廃墟の日記
長須賀と入れ違いにシアタールームに戻ってきた向川はアメの列には並ばなかった。
「向川さんは食べないの?」
砂橋の質問に向川は首を横に振った。
「アメが完成した時に試食しましたから……あのアメのまずさはよく知っています。もう二度と食べたくないです」
「あ、そういえば、制作陣はもう全員食べてるんだっけ? さっき食べてた他の三人も二回目って言ってたし」
「試食したのは、私と神谷さんと長須賀監督ですね。あとは、役者の人は全員食べました」
「一山さんと保本さんは?」
「二人は時間が合わなかったので、今回が初めてですね」
「神谷さんも長須賀監督も、よくあのまずさを二回も味わおうと思ったね」
まったくだ。もう二度と味わいたくない。
アメを食べたのは結局十人程度だった。俺も砂橋もジュースのおかげでなんとかなったが、ジュースを飲ませてもらえなかったら、大変なことになっていただろう。
好奇心が沸いたからといって、まずいと強調されているものを食べるべきではないと学んだ。
「あとで買おうかな」
砂橋が隣でそんなことを言い出して、思わず二度見したのは言うまでもない。砂橋自身もまずいと言っていたのだから、もう一度、あのまずさを一人で味わうわけではないだろう。もしかして、探偵事務所の同僚に配るつもりか。最悪、関係性を壊しかねないからやめた方がいい。
「後半が始まる前にお知らせがあります。後半では映像が流れている途中で暗がりから皆様になにか持ち物が手渡されることがあります。その時は、あまり驚かずにその物を受け取ってください」
なるほど、今までは体感する映画と言われても体感したものはアメのひどい味しかなかったが、ここでようやく映画の中身に俺達が関われるわけか。
「それでは、体感型ホラー映画『群青の画面』後半スタートです」
全員が席についたのを確認して、係員はそう言ってからまたスクリーン横の椅子へと戻っていった。もう一人の係員はアメやクーラーボックスを持って外へと出て行った。
会場内が暗くなり、先ほどの続きが始まる。
シノリンがスマホを取り出し、ライトをつける際、時刻が見えたが、数字自体がころころと変わり、なにかしらのバグが起きているようだった。これも怪奇現象の一部だろう。
『やっぱり、二階が怪しいわよね……』
シノリンとマメタは二階の夫婦の寝室へとやってきた。子供部屋は後回しにするらしい。
夫婦の部屋を探していると、日記が見つかった。妻の日記らしいそれには子供のことが記されていた。
『ミヨが林の中によく出かける。どこに行ってるんだろう……。昨日、林で遊ぶミヨの後を追いかけてみた。あの子は変な祠の前で遊んでいた。気味が悪いからもうあの祠には近づかないように言って、ミヨには家で遊ぶように言った……。ねぇ、このミヨって、この家の子供のことよね?』
『ああ、プロデューサーから渡されたメモには娘の名前はミヨだって』
二人はビデオカメラで開いた日記を覗き込んだ。そこにはこの家で暮らしていた妻が娘に対する気味の悪さを吐露するような文で溢れていた。
『ミヨに家で遊ぶように言ってから、ミヨが誰もいないのに誰かに話しかけることが多くなった……』
『怪奇現象は、殺人事件が起こる前からあったってこと……?』
『分からないけど、林の中の祠は気になるね』
『でも、この家から出ないとどうしようもない……』
二人は悩みながらも日記を読む手を止めなかった。
日記には、ミヨと呼ばれている子供が、ある日、人形に向かってしゃべっているのを見つけて、不気味に思う母親の心情が綴られていた。夫に相談しても、子供にはよくあることだと言われてしまい、子供を持つ友人に話しても、そういう時期は誰にでもあると言われてしまったが、母親はなにかがおかしいと漠然と感じていた。
母親の勘か、考えすぎかは分からないが、ある日、ミヨのお気に入りの猫の人形の腹が鋏で切られていることに気づき、ミヨは普通ではないと恐れるようになった。
『ねぇ、これって……』
先ほど話にあがった「たからさがし」では、人形の腹を裂いて、その中に自分の大切なものをいれる必要がある。
ミヨという少女は事件の前日に、友人に「たからさがし」をしてもらう約束をしていた。人形の腹が裂かれていたのは、そのおまじないの一環だろう。しかし、子供たちの間で流行っているそんな遊びを母親は知らなかった。
今度、ミヨのことを病院に連れていこうと思うという文で、日記は締めくくられていた。その後は、真っ白なページが続くだけだった。
『ミヨちゃんはお気に入りの猫の人形を「たからさがし」のために使ったってことよね?』
『猫の人形を俺達は探せばいいんだな?』
『いったいなにが入っているのかしら……』
日記を閉じた瞬間、大きな猫の鳴き声が会場内に響き渡った。けたたましく鳴き始めるその声は、冒頭に流れていた真夏のセミの声のように大合唱を始める。
シノリンもマメタも思わず耳を塞ぐ。二人の様子を、カメラマンのカメラがしっかりと捉えていた。
『うるさい! なんで猫⁉』
二人がきょろきょろと見回しても、どこにも猫はいない。その代わり、シノリンが開かれたままの寝室の扉を見て大きな悲鳴をあげた。それと同時にマメタとカメラマンもシノリンが見ていた方向へと目を向けた。
そこには、血塗れの少女が立っていた。
カメラが少女を映した瞬間、少女の後ろには大柄の男性が立ち、その手には血塗れの斧が握られていた。
いきなり映像が乱れる。シノリンとマメタの叫び声とばたばたと騒がしい音の後、階段を転がり落ちるような音が聞こえた。
『マメタ⁉ マメタ!』
緊迫したシノリンの声が聞こえると、しばらくして、画面が急に明るくなった。




