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アルバム

 いい加減にしろと言いながら、話もそこそこにリビングから出て行った平田の背中に向かって、砂橋は舌を出した。


「おい、砂橋」

「先に仕掛けてきたのはあっちだよ。大人げないね」

「お前たち……ちゃんと事件のことを考えてくれ」


 熊岸刑事が大きくため息を吐いた。砂橋のせいで、俺まであの程度の低い戦に参加したことにされているのは不服だ。


 リビングのソファーに座ったまま、砂橋は鞄の中から個包装された飴を取り出した。袋に印刷されたデザインを見る限り、ソーダ味の飴だろう。


 俺もちゃんと事件のことを考えよう。


「十四時半頃に窓の外にストーカーが見えたと小野坂美友が言い、それを聞いて、平田が外に出て、ストーカーのことを追いかけた」


 俺は袖を引いて、腕時計も文字盤を見た。

 俺と熊岸刑事が砂橋たちの後を追いかけて、小野坂家に来て、小野坂美友の死体を発見したのは、確か十五時半の出来事だったはずだ。

 砂橋と過ごしているうちに、ことあるごとに時間を確認する癖がついてしまっていけない。


「平田さんが美友さんのことを置いて、この家を出てから約一時間。その間に首を吊って亡くなっていたってことだね」


 砂橋が会話に乗り気なのは、さっさとこの事件を解決して、平田の鼻を明かしてやりたいからだろう。子供っぽいとは思うが、今はその対抗心に乗っかるに限る。


「ストーカーの見た目は百七十センチほどの男と言っていたが、平田先輩が追いかけたせいで遠くに行っている可能性もある」


 ふと、砂橋が口の中で飴を転がしながらリビングの棚に近づいた。本と呼ぶにはやけに分厚いものを取り出して、開く。

 ページ間の隙間が本とは違い開いていると思っていたら、それはアルバムだった。


「最近の写真もあるみたい」

「そこにストーカーが映っていると思うのか?」


 熊岸刑事の問いに砂橋は床にあぐらをかいて座りながら、頷いた。組んだ足の上でアルバムを開き、捲る。


「この家には監視カメラもちゃんと仕掛けられている。なのに、小野坂も平田も監視カメラを確認しろとは言わなかった。二人とも、知ってるんだ。監視カメラを見たところで犯人が映ってないって」


 監視カメラはストーカーを牽制する意味も込められていたのだろう。玄関先の壁につけられているのがすぐに分かった。

 だが、家の裏はどうだろうか。


「ストーカーがいたって言われてる家の裏には監視カメラは仕掛けられてなかったよ。確認したから」


 俺が家の外観を思い出そうと表情を厳しくしていたからか、すぐに砂橋が情報を補完した。


 砂橋の場合、俺なんかよりも尾行は当たり前の職種にいるから、監視カメラなどがあるかどうかも普段から気にしているのだろう。そもそも、監視カメラがある場所で砂橋が他人には言えない、俺の小説のページについての話をするわけがない。


「ていうか、一年以上もストーカーをしていて、証拠もなにもないなんてありえる? 監視カメラの映像くらいあるでしょ」


 しかし、小野坂も平田も監視カメラの映像について言っていなかった。警察も確認していただろう。その上でなにも言わないということは、本当に監視カメラにはストーカーが映っていないのだろう。

 熊岸刑事が顎に手を当てる。


「ストーカーは監視カメラの位置を知っていて、それを避けて、家の裏にいたのか」


 ストーカーはいつ監視カメラの位置を知ったのだろう。


「家に近づかないと監視カメラの位置なんて分からないでしょ? 通行人を装って、何度も家の前を通ったところでじろじろ見ていたら怪しいし」


 監視カメラの位置を知ることができるのは、小野坂家の人間と平田元刑事くらいだ。そして、それ以外にもこの家に頻繁に訪れていて、監視カメラの位置を把握することができる人物。


「それにしても、このアルバムは見やすいね。写真だけじゃなくて、ちゃんと吹き出しの付箋とか貼って、人物名とか書き込んでる」

「まめだな」

「僕も弾正も自分の写真撮らないからねぇ。熊岸刑事は?」

「妻がよく撮る」


 人が死んだばかりの家で似合わない雑談を交えつつ、床に座ってアルバムを捲る砂橋の手元を立ったまま熊岸刑事と一緒に眺めていると「あ」という音を発して、砂橋が手を止めた。


「えっと、小野坂さんが百七十くらいだっけ?」

「そうだな」


 俺の身長が百八十で、砂橋の身長が百六十だ。

 小野坂の身長は俺と砂橋の間をとったようだった。百七十とみて間違いはないだろう。


「これ見てよ」


 砂橋が指さした人物は、小野坂元刑事と小野坂美友の間に挟まれている人間だった。その人物は、小野坂美友と同じ歳ぐらいに見えた。小野坂美友の隣には、五十代の女性の姿があった。彼女が小野坂の妻の小野坂朋絵なのだろう。

 背後に映っているのは、少し洒落たレストランで、四人ともレストランに合わせた服を着ている。


 そして、写真の横に貼られている付箋には「美友と片淵さんの婚約記念」と書かれていた。美友の隣に映っているのは、彼女の婚約者の片淵という男だろう。今から半年前の日付も書かれている。


 見合いをしたのが一年前。見合いから半年で婚約したのだ。


「確かに婚約者ならこの家に出入りは自由にできると思うが……わざわざ婚約者がストーカーをする意味はあるのか?」

「それは知らないけど、この人がストーカー候補っていうことは分かったね」


 砂橋はパラパラとアルバムを捲ったが、片淵以外に百七十程の身長の男という条件が当てはまるような人物は映っていなかった。

 もしかしたら、写真にはいない人物の中にストーカーがいるのかもしれないが、その可能性について、砂橋は触れなかった。


「片淵くんが、ストーカー……?」


 その可能性について、俺が砂橋に尋ねる前に、リビングの扉が開いて、小野坂が茫然とその場に立ち尽くしていたからだ。


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