言い合い
小野坂のことを熊岸刑事がリビングの外へと送り、平田貴士を連れてくるまで俺達はリビングに待機だ。俺は隣でソファーの背もたれに完全に背中を預けている砂橋を睨んだ。
「さっきみたいに人の神経を逆撫でるのはやめろ」
「逆撫でないと分からないこともあるでしょ」
「だからってあそこまで言わなくてもいいだろ……」
本当に小野坂が砂橋のことを殴らなくてよかったと思う。そうなってしまったら、話を聞くどころではなくなっていただろう。
砂橋は肩を竦めた。
「まぁ、次はすんなりいくか分からないけどね」
「そうだな。相手は、熊岸刑事の先輩刑事だ」
「二人とも、入るぞ」
熊岸刑事がノックをしてからリビングに平田と一緒に入ってきた。頭にはガーゼがテープでとめてあり、手当てはもう済んでいるらしい。さすがにひび割れた眼鏡はどうしようもできなかったみたいだが。
「頭を打ったからこの後病院で精密検査をするんだ。手短に済ませてくれ、熊岸」
「まず、平田先輩はこの家にいたんですよね? 今日、いったいなにがあったのか、教えてもらえますか?」
熊岸刑事が一番気になることを平田に聞いたが、平田はその質問には答えずに、俺と砂橋を見た。
「彼らは?」
俺達には聞かずに熊岸刑事に聞く。
「協力者です」
「だが、警察関係者じゃない。部外者だろう? 部外者の前で話すことなんてない。……もしかして、熊岸、お前が探偵に頼って事件を解決しているというのは本当だったのか? こんな餓鬼共の手を借りないと事件を解決できないのか、お前は」
熊岸刑事が平田に鼻で笑われた。
「仕方ないよ。僕が先に解決しちゃうんだから。熊岸刑事だって僕がいなくても解決できるけど、たまたま関わったら探偵に先に解決されてるんだ。無能なわけじゃないよ」
砂橋がにこにこと笑う。
先輩刑事と探偵に挟まれて、熊岸刑事も大変だ。
しかし、平田の言動ですぐに分かった。砂橋は、彼に遠慮しないつもりだ。先程、小野坂を相手にした時のように謝ることはないだろう。
「平田さんって元刑事なんだって? もう少し若かったら、平田さんも熊岸刑事みたいに僕が解決した事件の手柄を自分のものにできたのに残念だったね」
平田は砂橋のことを口だけの餓鬼だと思ったみたいでソファーにふんぞりかえった。ソファーに浅く腰掛けて、少し前のめりになり、両肘を両膝の上に置いて、臨戦態勢をとっている砂橋とは逆だ。
「俺が現役だったら、お前らみたいな素人に遅れをとったりしないさ」
「じゃあ、素人の尾行に気づかない平田さんは素人以下ってことだ。刑事って尾行もしたことがないわけ?」
平田は眉をひそめた。
これは手痛い。
砂橋は平田の妻から依頼を受けて、彼について調べていた。
パンケーキ屋に行き、その後、感電死した死体と向き合ってから一週間ほど、砂橋は俺の家に来なかったから、きっとその間、ずっと仕事をしていたのだろう。
「ああ、あと、喫茶店でスケジュール手帳を開くのはやめておいた方がいいよ。見ようと思えば見えるから。休みの日は十時から十九時までこの家にいたよね。それで? 今日は?」
「探偵ってのは底意地が汚いから嫌いなんだ」
「人のプライベートなんて気にしない人間しかなれない職業だよ。お互い様だと思うけど?」
砂橋と平田が睨み合う中、熊岸刑事が咳払いをした。わざとらしい咳払いに口での戦をしていた二人が熊岸刑事のことを見た。
呆れたように平田が両腕を組んで、ソファーに深く腰掛け直した。
小野坂の前では怪我をしていても尚、土下座をしていたが、そのような謙遜する態度はどこへやらだ。
「俺が今日なにをしていたのか、か。そこの坊主が言っていたように俺は休みの日、小野坂夫婦が家にいない時は美友ちゃんと一緒にいたんだ。一緒にいたと言っても、彼女がピアノの動画をアップするからその撮影を手伝ったり、お茶をいただいたりしていたんだ」
彼がこの家に来ていた理由は、小野坂が言っていた通り、小野坂美友の身辺警護のためだ。仕事があるため、休日だけとはいえ、彼は後輩の願いを快く聞いた。
きっと平田が休みではない日は、小野坂の妻が家にいたのだろう。
毎日のように家に誰かいて、外出もあまりできない。小野坂美友の生活はまるで見張られている囚人のようだ。ストーカーに狙われているというのなら、本人が守ってもらいたいと望んだことかもしれないが、俺だったらそんな状態は御免だ。
「今日もいつも通り、十時にこの家に来た。朋絵さんが十一時に家を出て、海外旅行に出かけたんだ。今頃は空の旅をしてる頃だろう」
「朋絵さんというのは、小野坂の妻だ」
俺と砂橋がなにか聞く前に熊岸刑事が情報を補完した。
俺たちが小野坂美友の死体を見たのは十五時半頃のことだ。十一時に家を出た小野坂朋絵は関係ないだろう。
「その後、正午に小野坂と美友ちゃんと一緒に昼飯を食べて、十三時から小野坂が出かけたな。それからは俺はリビングにいて、美友ちゃんはピアノを弾きに行ったんだ。なにかあれば、俺のことを頼る約束をしていたからな」
ちらりと台所を見ると、一人分のマグカップが置いてあった。あれは、このリビングで平田が一人でくつろいでいたことの証明になるだろうか。
「すると二時半頃、ピアノの部屋から美友ちゃんが出てきて、リビングにやってきて、お茶を一緒に飲もうとしたんだ」
話によれば、リビングでお茶を飲もうとしていた時に窓からストーカーの男が見えたと聞いている。
「美友ちゃんが叫び声をあげたから驚いたよ。家の裏にストーカーがいるって」
「平田さんは見たの? 家の中からストーカーを」
「確認している暇はない。俺はすぐに家を出て、裏に回った」
家の裏なら俺と砂橋も行った。街路樹が等間隔に並んでいて、人通りが少ない川に面している道だった。川の向こうは森のため、向こう岸からこの家の裏手にいる人間を見ることもないだろう。
「家の裏で人影を見たから、俺はそいつを追いかけたんだ。フードを被っていて、人相は分からなかったが、背は百七十あるかないか。中肉中背。体格からして男だ」
「それで、追いかけて、その頭の怪我?」
「ああ……これは、追いかけている途中で、滑って階段から落ちたんだ……。それさえなければ、ストーカーのことを捕まえていたはずなんだ」
「つまり、結果は、滑って転んで捕まえ損ねたってわけね」
砂橋の言い草に平田元刑事もムッとしたようで、熊岸刑事のことを睨んだ。「こいつをどうにかしろ」と言いたいのだろう。
俺も先ほど小野坂の件があり、砂橋には注意したのだが、こちらのことを侮っている平田の態度に砂橋も腹を立てたのだろう。
これに関しては、平田も大人気ない対応をしたのだから、どんぐりの背比べだろう。




