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たとえば俺が、チャンピオンから王女のヒモにジョブチェンジしたとして。  作者: 藍藤 唯
たとえば俺が、欲しかったはずの生きたい理由を見失っていたとして。
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27 にかいせん だいいちしあい かいし!



『こ、の対戦カード……お兄ちゃん、どう見る?』

『難しいな』


 会場の盛り上がりぶりは凄まじい。


『少女庭園』VS『スターダスト』


 即ち、

 ライラック・M・ファンギーニ&アイルーン・B・スマイルズ

 対

 プリム・ランカスタ&ミオン


 女性二人組という大きな人気の種を抱えた二組は、応援するファンも多く、それだけに怒号のように歓声が響くスペクタクラ。


 さもありなん。


 この二組の闘いを見るということの楽しみもそうだが、これは即ち。


 この二回戦で、どちらかが消えるということだ。


 ポモドーロ兄妹の解説もろくに聞こえないような、尽きることも枯れることもない大騒ぎの様相はしかし、やはりというべきかその"ポモドーロ兄妹"の言葉によって、また遮られることとなる。


『――鍵になるのは、ミオンさんだ』

『えっ、あの――審判も務めていた?』

『ああ。一回戦でもプリムを援護する立ち回りを見せていた彼女だ』

『残り3人の"優待枠"の方が、気になるって人は多いと思うけど』

『だからこそだ。単体の実力で言えば、"優待枠"3人はすさまじいものがある。それは事実だ。だがだからこそ、ミオンさんがどこまで"持つ"のか。そこが鍵になる』

『んー、よく分からないよお兄ちゃん。それだと、やっぱりミオンさんが一段劣るって感じだし。じゃあ少女庭園の勝ちで決まりじゃないの?』


 パスタ自身、良く分かっていないのは事実であった。

 それなりに勉強はしてきたが、未だに"戦い"そのものに造詣が深いわけではない。加えてこのタッグマッチは、フウタですら詳しいとは言い難い。


 けれどパスタは敢えて、プリムたちの不利を演出した。

 これだけ共に解説をしてきたのだ。分かることだってある。それは、フウタは決してこの試合を、どちらか一方の有利とは考えていないということ。


 だからこそ、素人らしい疑問をぶつけて、正解を引き出す。


『そう上手くいくなら、タッグマッチなんて盛り上がらないだろう』


 果たしてパスタの考えは正しかった。


 腕を組むフウタに、パスタはにこにこと言葉を紡ぐ。


『どういうこと?』

『プリムとアイルーンが殆ど互角なのは、第一回大会を見ていた人なら分かると思う。ライラック様とプリムの実力差についてはまだ可視化されたわけではないが、それでも隔絶しているとは言い難い。なら本来、戦いを決定づけるのは互いの抱える多くの要素になる』


 コンディション、ミス、それから根性。


 いずれにせよ、戦い続けた先に見えるデッドレース。


 だがタッグマッチではそうではない。


『ミオンさんは中距離からの戦いに長けた巧者だ。その上、プリムを上手く使うことも出来る』

『"指揮官"だもんね!』

『それもあるかもしれない。つまりだ。ライラック様とアイルーンのアタッカー2人構成と、プリムとミオンさんのアタッカーと支援型の構成は、どちらが優れているか全く判別がつかないんだ。……1つ言えることがあるとすれば』

『あるとすれば?』


 試合が始まったわけではない今、言えることは限られている。

 だが、注目すべきポイントくらいは示しておこう。

 自然とそう考えたフウタもまた、段々とこの立場に慣れてきている証拠だった。


『――ライラック様とアイルーン。どちらかが遊び駒になってしまえばスターダストが有利。1対1で丁寧に向き合ったら少女庭園が有利。おそらく、それは揺るがない』


 だから。



『まず二組が考えるのは、盤面作りだ』


 

 この辺りもまた、1対1とは違った楽しさがある。

 思わずフウタも楽しみが募り、石畳の上へと身を乗り出すように視線を向けた。



『ありがとーお兄ちゃん!! じゃあ見所も分かったところで、みんなお待たせしました!! ――選手入場です!!』


 拳を振り上げ叫ぶパスタの声に合わせ、わっと再び沸き起こる大歓声がスペクタクラを飽和させる。


 だが次の瞬間、その声援を内側から跳ね除けるように響き渡る――高揚感を引き立てるスタイリッシュでテンポの速い音楽。






 ――『一番星に届け~スペクタクラedition~』――






 どん、と弾けるような音に始まり、明るく雄々しく楽しい楽曲がスペクタクラを染め上げる。

 一瞬にして塗り替わったカラーに、観客たちの多くも立ち上がって騒ぎ立てる始末だ。


「プリム! プリム! プリム! プリム!」


 ちょうど、そのテンポに彼女の名前が合うのだろう。

 大熱狂の中心には、"優待枠"の彼女。


 吹き上がる白煙は入場門。そこから飛び出すようにして駆け抜けてきた彼女の周囲には、魔導であしらわれた流星が共に突き抜けていく。


 彼女の登場にいっそう熱を増す観客席へと、手を振って応じる満面の笑顔。


 続いて静かに後をついてきたミオンは、はしゃぐプリムに連れられるように石畳の上へと歩いていく。

 この演出に興奮しているプリムと、それを窘めるようなミオンの正反対のコンビは、一目で見て分かるほどに仲良しだ。


『――さあ、現れました『スターダスト』!! 今大会は本戦から登場の"優待枠"!! 一回戦では"珍しく"最初は動かず、丁寧な鎗捌きでもって受けに回ったプリムと、それを背後から援護するミオンのコンビネーションは目を瞠るものがありました!!』


 堂々と石畳の上へ降り立った二人に、口々に送る大声援。


『プリム・ランカスタは前回大会、予選から這い上がってきたアイルーン・B・スマイルズを相手に惜敗。その時の様子は、誰もが傷ましく思ったことでしょう。プリム自身も、あの時は心が折れそうだったと、そう言います』


 やはりか、と慮るのは売店で彼女と接点があるファン。

 実際に、大会後の彼女には確かに影があった。


『決勝戦へと進んだアイルーンと自分の間に感じた距離。正しいと思っていた闘剣が折られた音。己の鎗が信じられなくなった苦しみは、今もなお彼女を蝕んでいる。けれど!!』


『それでも彼女は立ち直った、立ち直って、またこの舞台に戻ってきた!! その陰には隣に立つ、ミオンの支えがあってこそ』


 鎗を構え、ミオンも油断なく見据える先は対面に大口を開けて構えるもう1つの入場門。


『リヒターの懐刀でもあるミオンにとって、リヒターとアイルーンの試合がどう映ったか。少なくとも試合後に飛び込んできた彼女の想いは、あの日会場に居た人なら感じ取ることも出来たでしょう。そしてだからこそ、隣に立つ者として、護衛として――戦いというものに、闘剣というものに想いを込めるなら!! その想いの名は勝利の二文字!! 二度目の敗北など決してあってはならない!! 常山に降り注ぐ脅威という名の流星、その悉くを砕いて星河を築こう!! その先にある一番星を目指して!!』



『――スターダスト!!!』



 爆発的な盛り上がりは、パスタの煽りを受けてというものもあるだろう。だがその根幹は、皆も一度目にした光景への雪辱を想えばこそ。


 もうあんな姿は見たくない。

 そう考えるからこそ、この戦いへの勝利を求める。


 熱を上げ、声を上げ。盛り上がる会場はスターダストの煌めき一色。

 この熱のまま戦いに――とは、決していかないのが"闘剣"だ。


 闘う剣。剣を交えるには、交える相手が必要で。


 何故ならこれからここに、その対戦相手が現れるからだ。




 ふっ、とスターダストを象徴する音楽が掻き消える。




 同時、まるで海に氷が広がるかのように会場を染め上げる――荘厳な曲。


 そして彼らはふと気づく。


「……雪?」

「わ、ほんとだ……」



 しんしんと、粉雪。

 魔導の演出であるが故、決して寒くも冷たくもない。

 ただそこに白く舞い、踊り散っていく小さな白。






 ――『地吹雪は蒼穹を舞う』――






 しっとりと始まったビオラの音色は、果たしてすぐに苛烈なものへと変化する。


 まるでそれは優しく舞い散る粉雪が、空を噴き上げる地吹雪に代わったかのようで。


 その荘厳ながらも人々を鼓舞するような楽曲には、選手の名をコールするような楽しみは無いけれど。


「オーオーオーオーオー……オーオーオーオーオー」


 その歌詞の無い曲に合わせ、皆が皆コーラスに臨むような楽しさと不思議な一体感があった。

 それはまるで、王女の庭園にはせ参じる騎士の如く。


 白煙が吹き上がり、その中からゆっくりと響き渡るのは、この大音量の音楽の中で不思議と響き渡るヒールの音。


 先ほど飛び出してきたプリムとは対照的に、煙をものともせずただ優雅に並んで2人歩んでくるのは、銀と金が靡く2人の少女だ。



『――さあ、出てきました『少女庭園プリンセス・ガーデン』!! 前回大会のベスト4、そして準優勝者!! そのどちらもが"優待枠"でありながら、"優待枠"同士で組んだ最有力優勝候補の一角!! 何故こんな組み合わせになったのかと、ライラック王女に聞きました。その答えは、着いて来られる人間がアイルーンしか居なかったからだと――そう、組むに値する相手が彼女しか居なかったと、そう言ったのです!!』


 王女ライラックの性格の嫋やかさ、優しさについては会場の誰も(一部除く)が知るところ。

 しかし皆知っている。

 そんな彼女をして苛烈な一面を見せるのが、この闘剣だということも。


 ならばきっとパスタの言葉は真実で、またこの大会に懸ける想いも真実だ。


『スターダストが果たしたい雪辱は、確かに大きなものでしょう。でも忘れちゃいけないことがある。それは――想いを果たすためには、アイルーンの隣に立つ、"王国最強"の武人をも超えなければならないということ!!』


 わっ、と沸き起こる歓声は、会場へと視線を巡らせ微笑むライラックの対応によるもの。


 隣のアイルーンはそんなライラックに呆れた表情はしているが、以前とは違いどこか遠い目でスペクタクラを一望する。


『――その凍てつくほどに鋭い刺突と、アイルーンの暴風のような拳が合わさった時、巻き起こった地吹雪は果たしてどこまで舞い上がるのか!! それは一番星へ至る星河を覆い隠してしまうほど絶大なものなのか!! そして、そう!! 前回届かなかった王座に、自分たちが届くほど高く高く吹き荒ぶのか!! ――大嫌いな蒼穹に、今、王女の庭園を!!』



『――『少女庭園(プリンセス・ガーデン)』!!』




 

 石畳の上へと足を踏み入れ、相対する4人。


 油断なく両者を睨み据えながらも笑顔を崩さないミオン。

 槍を構えながら、楽しみな気持ちを押さえきれないプリム。

 どこか歓声を煩わしそうに、冷めた目つきのアイルーン。

 そして、何故か満足気なライラック。


「……ふむ。悪くありませんね。やはり演出は凝って正解でした」

「全部貴女の仕込みでしたのね」

「自分のだけですよ」


 こともなげに呟くライラックは、しかしやはりご満悦だ。

 そんな彼女を見てミオンは1人、また彼女のヒモに吹き込む新しいアイディアを思いつきながら――それはそれとして身構える。


「今回はご無礼をお許しくださいね、殿下」

「構いません。それに、今回"も"でしょう?」

「あら。良かれと思ったのですが」

「……」


 見据える瞳。

 それが、ついに交錯する。


「……意外と付き合い長いはずなんだけどさ」

「そうですね」

「私、王女様とやり合える日をずっと待ってたんだ」

「それは光栄です。そして」


 コンツェシュをゆっくりと引き抜き、そして払う。


「わたしもです。ええ、立場上歯痒かったですよ。ようやく遊べるというものです」

「ふふん」


 あれから1年。

 ライラックとプリムは、互いを強者と認知しながら、刃を交えることが無かった。


 だからこそ、今。


「アイルーンにも、スペクタクラでの借りを返さなきゃ」

「はぁ、借り……。貴女がただ負けただけでは?」

「それを借りって呼ぶんだよ!!」

「そうですの」


 なら、まぁ。


 軽く頭を掻いたアイルーンが、ワンピースを脱ぎ捨てる。


「――ならわたくしも借りを返すとしましょう」


 そんな彼女に、ミオンが目を細める。


「借りと言うなら」


 蒼天に輝く、銀の糸。


「こっちも、"借りっぱなし"なので」

「あら――汚い言葉遣いは直しましたの?」

「お互いさまでしょう」


 向き合う、四人。




『――それでは、『少女庭園(プリンセス・ガーデン)』対、『スターダスト』!!』




 本戦二回戦。第一試合。


『試合開始――!!!』 

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― 新着の感想 ―
[良い点] >……意外と付き合い長いはずなんだけどさ >私、王女様とやり合える日をずっと待ってたんだ >わたしもです。ええ、立場上歯痒かったですよ。ようやく遊べるというものです そういえばこの2人は…
[良い点] ずんどー(挨拶) [気になる点] っかしいなぁ…このPCの辞書、少女(笑)庭園に変換されるのだが?おっと誰か来たようだ… [一言] その後、私の姿を見たものはいなかったという…
[良い点] ミオンさん何かたくらんでる…(´・ω・`) これはミオンさんが勝ったな(フラグ
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