王城散歩"ミラベル・G・グリンゴット"
王都は広い。
王城から街門まで伸びるメインストリートは、先から先まで歩くだけで1刻は掛かるほどに長く。
メインストリートを半径に、王城を起点としてぐるりと一周する街壁の中は、王都城下街と呼ばれる最も栄えた街並みだ。
勿論、反動のように治安の悪い区画や、放棄された区画というのは存在するものの――基本的に城下街は、物流の中心点としては栄えた場所と言えた。
理由としては幾つかある。
中でも大きいものを上げるなら、
一年を通して人間が過ごしやすい気候と肥沃な土地。
王国の主要都市を繋ぐ中継地点としても機能していること。
隘路悪路の無い、整備された東西南北へ伸びる多くの街道。
そして王都の内部に張り巡らされた利便性の高い水道と、その源流でもある王都郊外を流れる運河。
殺し合ってでもこの土地を欲しがる他国の気持ちが、少しは分かるというもの。
多くの有力な商会がこの国を拠点にする理由もこれであり――とある商会の元会長が自身の商会に力を付ける為に、嫌な思い出しかないこの地へ戻ってきた理由も分かろうというものだった。
逆に言ってしまえば、国外への流通をメインとする"金のある平民商人"をうまく御せなかったことが、王国経済の斜陽を招いたとも言える。
この優しい土地は悪人にもまた等しく優しい。
重税を課そうとも、逃げられてしまえば意味がない。
"貴族"社会に割り込んだ平民たちと、権力以外の方法で戦う術を知らなかったが故の敗北であった。
さて、そんな恵まれた王都の中心街では、様々な物流が動いている。
店の数や種類も豊富であり、グレード別に幾つもの店舗が適した区画に立ち並ぶ。
これはつまり、その場所に住む人間の層を狙い撃ちしているとも言えた。
その特性上、王都には色んな人間が住む。
王侯貴族を筆頭に、その下働きや従者たち。――たまに低位貴族の子女が縁を強める為に高位貴族の付き人を務めることもあったが、この"職業"を至上とする世界ではあまり見ない光景だ。
有力な商会のトップを始め、王都議員に名を連ねる資金を持った平民たち。そしてその下働きや、自身も商人として成りあがることを夢見る若者が商会の門を叩く。
これらは一例に過ぎないが、つまり栄えている場所だからこそ社会的格差が広がり、同じ街の中で金持ちも貧乏人も同居するという話であった。
それをある程度区分けしたのが"区画"であり、治安の良しあしはその"区画"によって分けられ、自然と類似した人間が同じ区画に集まるのは自明である。
ところがここに、その辺りの理解が全く足りない者たちが居た。
「いや高ぇよ。これは高ぇよ。服一枚に10万ガルドってなどういう冗談だ」
「そう申されましても、こちらの生地は遠国の皇国にて織られた希少なものでして」
「ああ!? ――よく見りゃオーシャンの野郎が部屋着にしてたヤツと同じようなもんじゃねぇか。俺ぁ馬鹿じゃねえからよ、分かるぜ」
「おーしゃん……?」
確かにイズナの目は鋭いが、悲しいかなそのオーシャンがやんごとなき身分の人間であることは、実は未だにイズナは知らぬことである。
「……っつかあいつ、服にそんな金かけてたのかよ」
「300ガルドの布が1枚あれば、さくっと作れるのになー」
「流石にお前、それはどうだよ」
と、本日のイズナの隣には、いつもの聡明そうな白い童女ではなく、なんだか毎日が平和そうな緩い少女が立っていた。
橙の髪を、馬の尾のように纏めた一房が揺れる。
「でもでも、お金なかったですし……あれ? 私って布一枚の価値もないのでは? ミラベル大発見!!」
「ああ? よく分かんねえけど、人間に値段なんかつけらんねえよ。何言ってんだお前」
「ミラベル……無料配布……」
「寝ぼけてんのか?」
こいつは何を言ってるんだ、と首を傾げるイズナである。
「とてもその見た目は300ガルドの布一枚には見えねえが」
「これは昔ヒューラ様がくれた服です!」
むん、と胸を張ると確かにくびれた腹部から、うっすら胸の下あたりが露出する。別に"こぼれる"心配はなさそうだが、言われてみれば彼女の服装は布面積が少ない。
そのスカートも、うっかり階段の下から見上げれば色々と見えてしまいそうだ。
靴や靴下は、案外まともなようだが。
「……幾つの時だ?」
「えーっと、8年くらい前になりますから……8歳とか9歳とか?」
「よく着れたな」
「きつかったので切りました! ほら、こことか」
「おお、おお……そんな努力するくらいなら買えよ……」
「お金がないのです!!」
後ろを見せて貰えば、うなじのあたりにばっさりと切り込み。
袖も脇にかけて鋏を入れた跡があり、スカートに至ってはあて布を縫って腰回りを文字通り"延長"したようだ。
「お前にも買ってやるよ……」
「ほんとですか!! わいわいわーい!!」
なお、現在借金があるのはイズナの方で、この頭の弱い女はオルバ商会からきっちり貰った多額の報酬があるはずだが――彼女はすっかり忘れているようである。
なんなら、報酬をくれた少女の私室でまき散らすのに満足してそのまま帰った前科持ちだ。
その時は、金を大事にするように死ぬほど言い含められ、自らの手で一枚一枚「ありがとうございます」と御礼を言いながら拾い集める罰を受けていた。
――どうやらこの分だと罰の効果は極めて薄いようだが。
「あ、あの……」
「おう、悪いな店員サンよ」
「いえ。えっと、どうされますか……?」
困ったように微笑む店員も、しばし葛藤していたのだ。
片や言ってしまえばまともな服を着ていない、頭の悪そうな女だ。モラルや身嗜みにはその人物の収入も見えるもの。
お前に買える品は置いていないのだと、追い払うことも出来た。
ただ、もう一人の青年に限っては話が違った。
服装こそ時と場合を弁えない武装姿ではあるものの、その得物も軽鎧も一級品中の一級品。
店員自身も記憶に新しいスペクタクラの闘剣士の1人であることを想い出し、そして何より"高い"と言いつつ一切気後れしていない。
買ってくれそうではあるのだ。
問題は、全く質に理解がないだけで。
「その――こちらの方には合わない品かとは思うのですが」
「んにゃ、こいつに買う服じゃねーんだ」
この店は、婦人服やそれに関係する布を販売、また仕立てる高級店であった。
イズナとミラベルが見つめていたのは、その中でも貴族の子女に向けた子供用のサンドレス。
確かに布切れ一枚に10万ガルドと言われれば高価ではあるが、使っている品の材質と一点ものの高級品であることを含めれば、酷く妥当な値段である。
そもそも、普段着用に買おうとしているイズナの方がおかしいと――今の段階では誰も知らない。
「ったく、女の買い物は女に任せるべきだと思ったんだが……ミラベルは失敗だったか。アニェーゼ連れてくりゃ良かったぜ」
行きつけの食堂の看板娘を想い出し、ぼやくイズナ。なおそちらを選んだ場合は彼女自身の買い物にさんざっぱら付き合わされることになるので、どちらを選んでもイズナには後悔しか残らない。
「うう、私がミラベルなばっかりに……あれ、待ってください。私がミラベルじゃなくなればいいのでは?」
「具体的にどうやるんだ?」
ミラベルはおもむろにしゅるりと自らの髪を結んでいたリボンを解くと、髪を左右で纏めて高い位置へともっていき。
「…………パスタちゃんだよー?」
「なんつーか……アレだな」
「なんです――なによ?」
「この妹を育てるためにコロッセオで必死だったフウタってマジ浮かばれねえな」
「???」
「兄貴が可哀想な妹って、ちょっとどうよ」
「ミラベルを妹に持つとかわいそう!?」
「いや、知性を失ったパスタを妹に持ったら可哀想って話だ。お前に兄貴居るのか知らねえけど」
「…………んー、やっぱりミラベルが妹じゃ可哀想ですよ」
「あん?」
へらへら笑うその表情が、妙に儚く見えたイズナだった。
結局、一旦店を出ることにした二人。
ぼやくように後頭部で手を組んだイズナは、青空を睨んで鼻息を飛ばした。
「まー確かに、モチすけのサイズとか分かんねえしな。あいつ連れてきた方が早そうだ」
「仕立てる感じですね!」
「そうだなァ」
サンドレスに10万ガルドを支払うことが出来なかったわけではない。
ただ、まともに店員と協議した結果としてまた来るという選択肢を選んだ形だった。
買って着てみて合わなかったら、返品することも可能だと店員は言っていたが、イズナがそれを拒否したのだ。
「――初めて渡すもんだしな。素直に喜んで貰いてえじゃねえか」
「初めてのプレゼントは想い出ですしね!!」
つまりは、そういうことだった。
せっかくだから買って帰ることを考えて居たが――モチすけにぶーぶー「ただの損益です」などと言われたとしても、彼女を服屋に連れていく方が良い。
そう結論付けての今回。
とりあえずフウタに預けているモチすけを回収しに行こうかと、メインストリートをのんびり歩む二人。
ちらりと隣のミラベルに目をやって、イズナは問うた。
「お前、初めてのプレゼントって覚えてるか?」
「もちろん覚えてますよ! 子供用のリュートです!」
「……今も使ってんのか?」
「あはは、子供用を使い続けたりなんかしませんよぅ!」
「????」
上から下までミラベルを見つめ、首を傾げるイズナである。
「元々、ピアノで遊んでたんですけどね」
思い返すように、ミラベルは呟いた。
「うちにあるピアノはすっごくちゃんとしたヤツで、私が触ると叩かれたんですよ。それで、兄さんが買い与えてくれたのが、別の楽器というか、おもちゃで」
「気に入ったのか?」
「そりゃあもう! 1人の時はずっと鳴らしてました! あんまり音の種類が多くなかったので、家にあったコップとか持ち出して叩いたりして音を増やして――高いコップだったって言われて、またぶたれて」
「そりゃ、親にか」
「はい。お兄ちゃんはそんなことしませんよぅ」
「……」
イズナの耳にも、"良い想い出"には聞こえないそんな話を、ミラベルは嬉しそうに語る。
「あんまり覚えてないんですけどね! ヒューラ様に助けて貰って、お引越ししてからのが長いので!」
「ほーん……」
「イズナさん?」
意味ありげに、少し考えたようなイズナのぼやき。
首を傾げて彼を見上げれば、首を振って目を細めた。
「俺ぁ、お前の兄貴じゃねえけど」
「知ってますけど」
「……でも、馬鹿じゃねえからよ。分かるぜ。……多分、お前が妹で、兄貴は嬉しかっただろうよ」
「……なんでですか?」
その問いは、何も分かっていないようでいて。
どこか、縋るようなにおいを感じさせた。
兄が今どうなっているのか、イズナは知らない。
だが、グラシアル・G・グリンゴットについての詳しい話を聞かなかったわけではない。
ただ。
「お前が立派に、音楽の才能ですげーって言われてんだ。初めてのプレゼントが楽器だったってこたぁ、お前のすげえとこを一番に見つけたのは兄貴じゃねえか」
「ぁ」
「誇らしいんじゃねえかね」
「そう、かなぁ……?」
「あっはっは、お前も馬鹿だなぁ。そうに決まってんだろ。男ってのは――プレゼントに限らず、最初ってもんには気を使うもんなのさ」
のしのしと歩いていくイズナを追うように、ミラベルは続く。
「……イズナさんは」
「あん?」
「イズナさんは、何かありますか。初めての、何か」
「そりゃ色々あったぜ。最初に貰ったプレゼントは憶えてねえけど、初めてのものだっつって貰ったものは色々ある。それなりに嬉しかったものも」
「いいなあ」
「……でも、俺の欲しいものは1つだけなんだな、これが」
「それは、初めてのものなんですか?」
ああ、とイズナは頷いて、いつも通りの豪快な笑みを見せる。
「あいつから白星を勝ち取る」
「……白星」
「舞台を変えて、俺もあいつも変わった。けど、未だ誰も成し得ていないことってだけは変わらねえ。――だから、俺が成し遂げる」
ぐ、と空に突き上げた拳。
イズナ・シシエンザンが求めるものはただ1つ。
他の何も、要りはしない。
「あいつを初めて負かすのは、この俺だ」
ニカっと笑えば、なんとなく。
「いいなあ」
その"闘剣士"の熱に当てられて、ミラベルは羨ましそうに呟いた。
自分にも何か、熱中できるものが欲しい。
そう思った。
【一巻発売から一週間】
ってことで、あとがきをご覧になった方も多いかと思います!
"第二巻発売決定 10月"!!!
ぱちぱちぱちー!!
やー、ようやく並行で進めてた2巻原稿が片付きました。
6章作ってくんで、書籍版ともども宜しくです!!!!!!!





