王城散歩"モチすけ"
「何故ですか、マスター……」
――王城内部、フウタの私室。
窓辺にぼんやりと手を触れて、どこか想いを馳せるように呟く少女の姿が一つ。
まるで囚われた深窓の姫君のような呟きに、後方で彼女を見つめていたフウタは思わず苦笑い。
「どうしたものかな、アレ」
「さー?」
こてん、と小首を傾げるのはお馴染みのメイドさん。
同時に金の二房も同じようにふわりと揺れた。
『ちょっと今日こいつ預かってくれや!!』
と依頼を受けたのが今朝のこと。
ここは別に託児所ではないのだが、時折ルリを預かっていることと、アヤメが頻繁に遊びに来ることをどこからか聞きつけていたらしい。
彼女を預けて自分はどうするのかと問いただしたフウタだが、イズナはからからと笑うばかり。
お前に預けておけば安心だ、という彼の言葉を無下にすることはできず、困惑するモチすけを預かって。
特に危険なことをするわけではない、夕刻には戻るという言質だけはとって、こうして昼の間を、珍客と共に過ごすことになったのだった。
そこまでは良いのだが、問題はこの空気である。
1ミニトに1回、時計よりも正確にため息を吐く彼女。
どうしたものかと悩んでも、フウタにはいまいち為す術が見当たらない。
彼女に何かをした記憶はないのだが、妙に敵対視というかライバル視というか、張り合われているのは事実だった。
「モチすけ、暇なら少し遊びでも」
「結構です」
「そこにぼーっと立っててもあれだし」
「結構です」
「んじゃイズナの昔話でも」
「……結構です。マスター、あまりコロッセオの話は好きではなさそうだったので」
仰る通りである。
モチすけの気を引こうとして失敗した形だった。
「……参ったな。どうしようか」
望みを託すように隣を見れば。
「……あれぇ?」
先ほどまで居たはずの場所には、メイド型の空白が残っているのみ。
いつの間に消えたのだろうかと頭を掻くフウタに声がかかったのはその時だった。
「特に、モチすけに構う必要はありません。お気になさらず」
「そうは言っても……暇じゃないか?」
振り返ることもなく告げられた言葉に、少しフウタが悩んで告げれば。
彼女はゆるゆると首を振って、呟くように言った。
「慣れていますので」
「なんてこった、イズナも冷たい奴だな」
「撤回してください」
「おお?」
振り返るモチすけの表情には不快感。
失言でもしたかなと目を瞬かせれば、彼女はどこか居心地悪そうに目を逸らして。
「撤回してください。……マスターは、むしろモチすけに構いすぎです。――言葉が足りませんでした。モチすけが慣れているのは、マスターに会う前のことです」
「そうだったのか。まあ、あいつ喧しいからな……」
「……」
喧しい、という言葉も少々気に障ったようで、じとっとした目を向けるモチすけではあったものの。
フウタもふと気付いたことがあった。
イズナからは「拾った」と聞いていたが、彼女の出自については全く知らなかったことを。
「イズナと会う前のこと、聞いてもいいのか?」
「セキュリティコードに抵触しない範囲でなら可能です。フウタ・ポモドーロがモチすけの暇を気にしているのは理解していますし……」
ようやく体ごと振り向いたモチすけは、そのふわりとしたショートカットの白髪を自らの手で触れて、少し悩むように紅玉の瞳を俯かせた。
「モチすけの意識は、2年3月4日と3刻23ミニトと……46セコン前に浮上しています。以降、命令に従い――警告・セキュリティコードに抵触――……あまり多くは話せませんが、一つの施設にずっといました。命令があるまではポッドで待機していましたので、暇には慣れているというわけです」
「……なるほど」
一瞬、『警告』と出た瞬間に彼女の瞳から光が消え、まるで人形が喋るような不気味さを孕んでいたことに一瞬気圧されたフウタ。
喋ることが出来ないにしたって、他の誰かに管理されているような状態だ。
これをイズナが仕掛けたとは到底思えず、フウタは顎に手を当てて。
「イズナはどのくらい知ってるんだ?」
「今、フウタ・ポモドーロに話した内容とそう変わりません」
「そう、か」
――イズナにはもう少し詳しく話せる、というわけでもなさそうだ。
「なんだろ。モチすけの今後の人生には影響ないのか? その……話せないことが、デメリットになるような」
「……」
考えたこともなかった、という風に目を丸くするモチすけ。
思案するように天井に視線を滑らせて、その小さな腕を組んだ。
「不明です。少なくとも、過去の情報が現在に有益な結果をもたらすとは考えられません。……ただ」
「ただ?」
「いえ、なんでも」
「んん? そうか。まあ、なんかあったらイズナに言えよ」
「……はい」
頷くまでに少し間はあったものの。
それは否定や葛藤のそれではなく、胸に刻むようなそれであったことでフウタは1つ息を吐く。
彼女はどうなのか知らないが、フウタはそれなりにもうモチすけには情が湧いている。イズナの相棒だからというのもあるし、彼にとって大切な相手だからというのもある。
自分にも大切な相手が居ればこそ、その感慨も一入というものだった。
「話は戻るけどさ」
「はい」
「イズナはモチすけに構い過ぎ、だっけか?」
「はい、モチすけはそう口にしました」
「なら……今回のこと、そう凹まなくてもよくない?」
「……………………はぁあ……」
「すげえ溜め息!!」
それはもう盛大な、小馬鹿にするようなそれ。
最近、幼い少女にトラウマが出来つつあるフウタである。
「……フウタ・ポモドーロ。貴方には失望しました」
「そんなに!?」
「そんなに」
あまりのショックに、大の男が泣きそうになっているのだがモチすけはどこ吹く風。
ただ、想いを馳せるようにもう一度窓の外を振り返り、ぽつりと呟いた。
「……マスターは、確かにモチすけに構ってくれます」
思い返せばいくらでも、イズナはモチすけを想って動いてくれていた。
けれど。
「モチすけは、そうして欲しいわけではありません。ただ、マスターの役に立ちたいだけ」
「……」
「貴方も同じようなことは思ったことがあるのでは」
「……ああ、だから失望したって言ったのか」
「はい」
「……それは、ちょっと違うかな」
「……?」
少しほっとしたフウタである。
構って貰いたいのではなく、役に立ちたい。
その気持ちは分からないでもない。ただ。
「確かに、役に立ちたいって思うこともあるよ。夢の手伝いが出来たらいい」
「……」
「けど、それは断片的というか、考えてるうちの1つでしかない」
「……というと?」
驚いた様子のモチすけに笑う。
「幸せでいてほしい。笑っていてほしい。……それが、俺にとっては一番かな。そのために、夢の手伝いもしたい。役に立ちたいとも思うし、支えてあげたいとも思う」
「…………幸せとは、なんですか?」
「えっ……それは、なんだろうな」
「………………はぁあ」
「その溜め息やめてくれませんか!?」
幸せとは、人それぞれだ。
けれど、自分の大切な人から感じ取る、裏表のない笑顔がそこにあるのなら。きっとそれを幸せというのだろう。
たとえば。
「めいどー!!」
どかーん、と勢いよく扉を開いて突っ込んできたワゴン。
爽季に合わせて涼し気な、それでいて香りの良いお昼ご飯。
「てきとーに作ってきたのですよ。食べれー?」
「ありがとう」
「ほれほれ、もっちーも」
「もっちーではなくモチすけです」
「まーまー細けーこたあ言うなよ!」
ぽんぽん、と調子よく肩を叩かれて、招かれた先はいつものテーブル。
応接に使われる場所に並べられた料理と、冷やしたグラスに注がれた果実のジュース。
ちみ、と口をつければ、柑橘の生絞りのうま味が口の中に広がった。
「……!」
「うまうまー?」
「……はい」
「良かったー」
へにゃ、と微笑むメイドさん。
その幸せそうな表情に、モチすけはふと問いかける。
「……何故」
「ほ?」
「そんなに嬉しそうなのですか。……楽しそうなのですか」
「めいどー?」
こてん、と首を傾げて。
隣に座ったフウタを見上げれば、彼は苦笑いをするばかり。
きっと何か二人の間で話があったのだろうと察して、彼女は素直な想いを告げる。
「生きてますからねっ」
「……?」
「まーたこのメイドさん死にかけたんですよっ。……それで、もっちーが助けてくれたんしょー? ならまー、もっちーが気に入るものが作れたら、良かったーってやつですよっ」
「それは」
思い出すのは、少し前の話。
たまたまミラベルを探して訪れた王城で倒れていた彼女を、モチすけは自らの魔導で治療した。
その時のフウタの礼は忘れもしない勝利の記憶ではあるものの、確かにそれで満足して、コローナからどうこう、という話はすっとんでいた。
「メイドはさ」
ぷらぷらと、ソファで足をぷらつかせながら、彼女は呟く。
「今、生きてるだけで幸せなのですよ。他になんも要らない。だから……ありがとう」
「……幸せ」
「そーそー」
考え込むモチすけをよそに、視線を感じてコローナが顔を上げれば――柔らかい笑顔で彼女を見つめる男が1人。
ソファに隣合わせ。
高い身長を見上げるように、少し照れた笑顔を見せるコローナに、フウタも笑った。
その距離が随分と短くて、正面のモチすけは思う。
幸せというものが、イズナに必要なものならば。
それは果たして自分に手助けできることだろうかと。
「できるさ」
思考を読んだような、フウタの台詞。
弾かれたように顔を上げるモチすけに、彼は続けた。
「俺でも、頑張れたんだ」
別に実際に読めたわけではない。
ただ、この男は無力感というものには敏感で。
"無職"でも出来たことを、今のフウタは誇りに思っている。
"無職"でも出来ることを、これから先も努力していく。
モチすけの"職業"は知らないけれど。
「モチすけも出来るよ」
「…………」
その紅玉の瞳を丸くして。
頑張ろう、と頷こうとして。
ぶんぶんと首を振った。
「危うくフウタ・ポモドーロに感銘を受けるところでした」
「ダメなのか!?」
「ダメです。……ああ、そうですね」
そこでモチすけは思い出す。
どうして自分が、目の前の男に張り合っているのか。
気付く。そのきっかけと、イズナの"幸せ"の見つけ方を。
「貴方に勝つことが、モチすけの至上命題ですので」





