王城散歩"イズナ・シシエンザン"
『バカ犬』
――"食堂"リュート。
「……絶対おかしくない?」
4,5人程度で囲める、最奥のボックス席。
殆どフウタたちの特等席となりつつあったその席は、今日も今日とて囲むメンバーは同じだった。
フウタの隣にちょこんと座った少女が不満げに唇を尖らせて告げれば、フウタは真顔で首を傾げる。
「良いだろ別に、おかげでこうして飯食ってられるんだから」
「そーだけど」
「別に俺はどっちでも構わねえけど……」
納得がいかない様子の少女から、視線を後方へと向ける。
店の中心に背を向ける形で座っていたフウタが振り向けば、ちょうどど真ん中に用意されたステージでは、美しい歌声が響いていた。
食堂"タベルナ"リュートの名の元になった、先代店主の奏でていたリュート。それと同じものを抱えた少女――ミラベル・G・グリンゴットの美声は、聞く者全てを魅了する。
最近はフウタがよく顔を出すのも知られているからか、そこまで取り囲まれるようなことはない。むしろたまに遊びにくる著名人のような扱いで、既にリュートには彼のサインが描かれたスクロールが飾られているほどだ。
なお、そのスクロールの上の高い位置にイズナの達筆な掛け軸が飾られているのは、"食堂"の皆さんの真意を感じざるを得ないものとする。
あまりにも露骨で、苦笑いが零れたものだ。
イズナ自身も、飾られたそれを見た時は店の圧を感じて笑ってしまったらしい。
ともあれ。
そういうわけで、フウタが来店するのもイズナが来店するのもよく知られ、なおかつミラベルの美声で店中が沸き立っているからこそ隠せているもの、というものが一つだけあった。
それが――
「流石に似合わないと思うんだけど」
「そういう問題じゃないだろ」
「そうかもしれないけど……じゃああんまりじろじろ見ないでよ……」
顔を背ける彼女の瞳は――見えない。
全体的に黒みがかった眼鏡、と言えばいいだろうか。彼女が付けているのは、盲人が己の目を隠す為に使うような、そんな眼鏡であった。
そして被っているのはフード。
完全に、人目につかないようにと自らの顔を隠す少女の姿がそこにあった。
「まぁ……この前のステージが良すぎたんだろうなァ」
お気に入りの肉入りピザを平らげながら笑うのは、対面に腰かけるイズナである。
「確かに、フウタ・ポモドーロが優勝を決めた時よりも大きな歓声が常に続いていたかと」
「どうして俺を煽るんだいキミは?」
「煽る……? 事実では」
「くそぅ」
そしてその隣には、ぶどうジュースをちゅうちゅう啜っているモチすけも居た。
――そして二人の言う通り。隣の彼女が、目下の爆弾そのものである。
巷で大人気となってしまったパスタちゃんは、とてもではないがこうした平民たちの街並みを出歩くことが出来なくなってしまったのだ。
そこで思いついたのが、この変装である。
「皮肉なものね……まさか、結局身を隠すことになるなんて」
思わず独り言ちるのも、無理のない話であった。
「で、その眼鏡はどこから出してきたんだ?」
「ああこれ? 一定以上目が悪くなると、目つきとか酷くなったりするじゃない? それも含め色々あるのよ、目って。だから元々はそれを気にした貴族が目の周りを隠す為に、特注で作ってたものなんだけど」
そっと、まるで識者が眼鏡を押し上げるような仕草とともに、彼女はぼやくように呟く。
「試しに付けてみたら結構、陽射しが眩しい時とかは便利そうだと思ったのよ」
「へえ。じゃあ商売になったのか?」
「なるわけないでしょ……」
ふぅ、とため息を吐く彼女は、小馬鹿にしたようにフウタを見やる。
「言った通り、これは目が悪い人の為のもの。――そういう風にみんなが思ってる。それを"日除けです"って売ったところで、みんな思うのよ。『便利かもしれないけど、"そういう風"に見られたくない』ってね」
「なるほど……難しいもんだな」
「ま、おかげで変装には便利なんだけど」
「それはそうだ」
それに、とフウタは思う。今の彼女は疲れ切ったように荒んだ目をしていることだろうし、パスタちゃんの幻想を壊さないようにするには、この方が良いだろうと。
流石に口にはしないけれど。
「んで、俺とフウタに話ってなんだ、パスタ」
「あ、そうだったそうだった」
既にピザを一枚平らげたイズナが、追加のオーダーを出してから振り向いて切り出した話。
今回はパスタの呼び出しに、他の二人が応じた形である。
モチすけについては、呼ばなくても来るだろうと察していた。
「コロッセオでのことをちょっと聞きたいのよ」
「俺たち、コロッセオ不人気チームってか?」
「虚しくなるからやめろよ……」
「俺は案外吹っ切れたけどな」
「それとこれとは別じゃない??」
フォカッチャをもちもちやりながら、フウタは悲しそうな顔をイズナに向けた。
確かに吹っ切れはしたが、だからといってむやみに掘り返したい過去でもない。
「――ちなみに、人気チームだとどうなるの?」
と、ふと思い立ったようにパスタが振れば、イズナとフウタは顔を見合わせる。
「まぁ、ミナセ、レザード、オーシャン?」
「妥当なところじゃないかとは思うけど……」
「なんだ、他に候補が?」
「冷静に考えたらお前別に不人気ではなかったよな……??」
「そうかァ? 今の3人除いたらプリムとあの少年が来て、あとはもうみんな団子だろ」
「うん、まあ、そうかもね」
俺以外は、とため息を吐くフウタだった。
「まぁあのチャラチャラしたヤツは人気よね……分かる気がするわ」
「お、パスタはオーシャン会ったことあるのか」
「まぁね」
何ならその前にお前にも会っている、などと言う理由は特にないので目を逸らすにとどめるパスタであった。
「聞いといてなんだけど、人気不人気はどうでもいいわ。それより、コロッセオの頃について少し事情を聴きたいの」
首を振って告げるパスタに、フウタは頷く。
イズナはと言えば、少し考えた風に目を閉じて。
「……まァ、そうさな。よく知らなかったろうから、教えてやるぜ」
「うーん、微妙に勘違いされてる気もするけど、まあいいわ」
妹のパスタちゃんはコロッセオの事情について、お兄ちゃんから何も聞かされずに育ったのだろう。
などと思っていそうなイズナに曖昧な笑みを浮かべつつ。
「で、コロッセオの事情って?」
アペタイザーをつまみながらのフウタの問いに、パスタは少し言葉を選ぶように悩んだ。
「んー、ストレートに聞くと、闘剣以外には何もしなかったの?」
「この前のパスタのオンステージみたいなことか?」
「そんなぶっ飛んだものじゃなくて、もっと"闘剣士"が活躍できるようなものよ」
「ぶっ飛んでる自覚はあったんだな」
「そこ、うるさい」
ど、と隣の男の小脇を小突くパスタ。
しかし鍛えられた脇腹が固すぎて、肘のやわっこいところが変にぶつかって彼女の腕が痺れる始末。
「"闘剣士"が活躍できそうな、闘剣以外のこと……んなもんあったか?」
「少なくとも俺は思いつかないな。というか、コロッセオは闘剣をするところ、でしかなかったから」
そんなパスタをよそに、顔を見合わせる男二人。
「なんでそんなこと聞くんだ?」
そう問えば、彼女はその小さな腕を組んで鼻を鳴らす。
「スペクタクラは、コロッセオと同じものにする気はないわ。――そもそも闘剣士の数で劣ってる現状があるのよ。それに何より……普通の闘剣じゃコロッセオには勝てないわ」
「……そうなのか?」
そうまで断言する理由は、フウタには分からない。
だがパスタには確信があるようで――
「お前の実況がついてるだけで、十分コロッセオより楽しいたァ思うがな。それともあれか? もっとすげえヤツを引っ張ってこいって話か。俺は馬鹿じゃねえからよ、分かるぜ」
「違う」
「……そうか」
「マスター、一言で敗北は流石に。マスター」
確かにイズナの言う通り、コロッセオには実況解説などというシステムは存在しなかった。
ただ強い闘剣士たちが日々しのぎを削る。言ってしまえばそれだけのことだが――それだけのことで、世界最高の闘剣を行っているのがコロッセオという場所だ。
「"世界最高"のブランドは、そうそう崩せないものなのよ。闘剣の聖地と言えば公国コロッセオ。なら王都スペクタクラは今後どうするべきか――たぶん、その答えが"新しい闘剣"……だと思うんだけど」
「けどよ。変にルールを複雑にしたって、見てる奴らは分かんねえぜ」
「それに、今のお前の言い分だけじゃ"コロッセオに勝てない"っていう理由はまだ分からないな」
「――モチすけは理解出来ます。少なくとも、フウタ・ポモドーロの問いについては」
「おお?」
コロッセオに勝てない理由。
それがまさか、モチすけから飛び出してくるとは思っていなかった3人の視線が彼女に集中する。
パスタも、言ってみなさいとばかりに鋭い目を彼女に向けたまま。
「最も大きいのは国民性です。基本的に王国王都の民は、他国の民に比べて穏やかな気質です。これは人種という観点から見た相対的なもので、一朝一夕に変えられるものではありません。公国は元から闘剣の土壌があったほどには血気盛んな気質の人間が多い国で、長い歴史を持つコロッセオという文化に吸い寄せられた他国の人間もまた、その地に集うようになって久しい。即ち、闘剣というものに興味を示すであろう人間の総数で単純に負けています」
「ぐああああああああああああ!!」
「いかん、イズナが限界を超えた」
「マスター。マスター」
「もうだめだ分からん。その呪文をやめろォ!」
「呪文ってイズナさん。せめて魔導って言ってよおとぎ話じゃあるまいし」
やれやれと首を振るパスタであった。
「でもモチすけの言うことは正しいわ。だから、闘剣をもっと楽しくとっつきやすいものにするべきなんだけど――イズナさんの言う通り、複雑にしたところで観客の心には届かない。だから、コロッセオから何かヒントが得られれば良いなと思ったのよね」
「なるほどな……残念ながら、そういうものはなかったが」
「……みたいね。正攻法でゴリ押すだけで勝てる――実に羨ましい話だわ」
嘆息。思案。
「けどパスタ。そうするとアレか? 次の闘剣では、武闘大会と違うことをやろうとしてるってことか?」
「出来ればそうね。エンターテインメントは、常に新鮮なものを提供するべき。ただ、観客へのユーザビリティを損なってはいけない」
自らが目を通してきた書物や経験で得た知識を動員して悩むパスタ。
頼もしいことこの上ない彼女の"経営者"としての手腕には、余計なことを言わない方が良いのかもしれないが。
フウタはそこでふと、思ったことがあった。
「入場とか、実況とかも拘るっていうならそれでも十分差別化は出来てるかもしれないし――闘剣士たちのモチベも下げるわけにいかないよな」
「…………それは、そうね。如何に面白いことをさせようとしても、闘剣士の本質を見誤るわけにはいかない。ま、それこそ八百長なんてさせても、今度は闘剣士たちが闘剣をしたくなくなる。そうすれば闘剣士に憧れる人もいなくなって、そのままゆっくりと破滅するだけよ」
「はっはっは、パスタは厳しいな。……実際、その通りになったコロッセオがあるんだ。説得力が違わあよ」
遠い目をするイズナに、フウタは少し眉を下げた。
フウタが辞めたことで、【天下八閃】の殆どがコロッセオを去ったという事実は未だに衝撃が強い話だ。
オーシャンこそ別の理由であったとはいえ、プリムやイズナ、アイルーンはフウタを探して出奔した。
もしかしたら、八百長をやらされる可能性を考えて、コロッセオの舞台を降りた者もいるかもしれない。
考えれば考えるほど、"新しい闘剣"というのは難しいものだった。
「予選のバトルロイヤルなんざ、結構楽しかったけどな」
「うーん……予選なら出来るけど、本選でやるのは"もったいない"のよね」
「もったいないだァ?」
「闘剣士が少ないから、興行の消化が早いのはあまり良いことじゃないのよ」
「……なるほどな。考えてみりゃそりゃそうだ」
「でも確かに、弄るなら試合形式か……」
そっと唇を撫でるパスタ。
その拍子に口元にソースがついていたことに気付き、少し頬を赤くしてナプキンで指を拭った。
「そうだな……別の角度から考えてみるのはどうだ。たとえば、ライラック様は御前試合を闘剣に変える形で新たな文化を築こうとしているわけで。御前試合の要素を取り入れるとか」
「闘剣士の背後で貴族たちが土地の利権をかけたりするわけ?」
「………………王国の伝統文化、そう聞くとあまりクリーンじゃないな……」
言われてみれば御前試合は、平和的に揉め事を決着する手段として使われていたものだ。その背景に何かしらの駆け引きがあるのは当然のことと言えた。
「……俺ァ、そいつぁ反対だな」
「いやまあ、やる気はないと思うけど」
「そうじゃねえ。もっと大きい範囲の話だ。……闘剣ってのは、自分と相手の強さのぶつかり合いだ。そこに余計なもんは乗せたくねえ」
「なるほど。じゃあそもそも何かしらを賭けて闘うこと自体があまり好ましくないって話ね」
「そうだな。少なくとも俺ァそうだ」
「盤上遊戯みたいにリソースの奪い合いとか陣取り合戦とか、結構面白いと思ったのだけど……」
どうしたものか、とパスタはそこでふと顔を上げた。
「……盤上遊戯」
「どうした?」
「……闘剣のルーツがどうこうって言ったわよね、フウタ」
「ああ、言ったが」
「王都の闘剣のルーツは、御前試合なんかじゃないわ」
「えっ」
にや、と口角を上げたパスタが告げる。
「戦争の阻止から始まったのよ」
思い返すのは、自身がオルバ商会の名代としてフウタを繰り出したあの苦い記憶。
けれど結果として法国と共に隣国へと攻め込む話は立ち消え、経済基盤を整える為にライラックが繰り出したのがこのスペクタクラだ。
「なんだ? 闘剣で戦争を阻止するってのか? 平和で良いな」
「何言ってるのよイズナさん。むしろ、"戦争"をするのよ」
「んぁ?」
まだ、闘剣士の数は足りない。
だから、盤上遊戯のようにはいかないけれど。
たとえばそう、本当に小規模なものであれば。
「2on2……なんてどう?」
楽し気に口角を上げて、パスタは言い放った。
驚きに目を見開き、沈黙するテーブル。
『――恋心、花心。大好きだよ、世界で一番♪』
「ところでパスタ。さっきからミラベルがお前の歌らしきめちゃめちゃ女児向けなものばっか歌ってるけど」
「調教が必要みたいね、あのバカ犬」
顔を真っ赤にしたパスタが拳を震わせて立ち上がったのを、慌ててフウタが止めた。これでは後ろから本物が登場するようなものである。
メンバー紹介なレビューせんきゅー!!
楽しくなるね!!





