王城散歩"リヒター・L・クリンブルーム"
『さだめ』
「めいどー?」
その日、フウタは馬車に乗ってとある場所への移動の最中であった。
隣に腰かけていたコローナが、こてんと小首を傾げてのお馴染みの鳴き声。
何があったのかと彼女の方を見れば、フウタから彼女の可愛らしい顔は見えず、窓の外を向いている。
「どうした?」
「いや、なんか……」
振り向き、そっと外を指さす。
いつものボケ倒しもどこへやらのその困惑した表情は、それだけ彼女が気付いた"何か"が異常事態であることを示しているように思えた。
「どれどれ」
腰かけた彼女の前に上半身を乗り出して、顔を並べて眺めるのはコローナの差した指の先。
あのコローナが、純粋な疑問符と共に困惑した言葉を並べるのだ。よほどのことが起きているのではないかと目をやれば――。
「……ぶぇあ?」
あまりにも予期せぬ光景が広がっていて、思わずフウタも鳴いた。
二人の乗り込む馬車の速度は、大して速くはない。
それはそうだ。移動用に利用しているとはいえ、この辺りは人通りも多いストリート。貴族街であるから、馬車の前に人が飛び出してくるようなことはそう無いとはいえ――歩道を家族連れが楽し気に歩くのが日常の貴族街を、馬車がぶっ飛ばすのは些か問題がある。
そんなわけで目的地までパカパカ進む馬車であるが、きっとフウタやコローナだけでなく、その歩道を進む人々や、何なら馬車を引っ張る馬も凝視するような状況が出来上がっていた。
「……あれ、リヒターさんだよな?」
「後頭部だけだけど、メイドもそう思う」
ふんふん、と頷く彼女。
――そも、馬車は動いているものだ。
彼女が何かを見つけたとて、フウタが覗き込んだ時にはもう遅い、ということだって十分にあり得た。
なのに何故こうして二人が顔を並べて窓の外を眺め続けているかと言えば。
がたんごとん、がたんごとん。
その整えられた髪は、後ろからでもよく分かった。
貴族の見本たらんとする彼は常日頃から身だしなみにも気を使っていると聞く。
そんな彼は、先ほどからフウタたちの斜め前にずっと居る。
幾ら馬車が駆けることはないとはいえ、それでも徒歩よりは速いはず。
にも拘わらず彼がずっとフウタたちの前方もとい、徐々にフウタたちを追い抜いて遠ざけていっているのは。
「……………………いつできたんだ、この線路」
なんか、歩道と車道の間に一本の細い線路が出来ていた。
「もっぴー、ずっと真剣な顔して書類眺めてたのですよ」
「あ、ほんとだ。ぺらぺら捲ってる。……あの状態で」
車両、というのも烏滸がましい"箱"に、それこそ180セルチを超える長身が膝を畳んで入っている。
その膝が、"箱"の丈からはみ出しているといえばサイズ感が理解できるだろうか。
よく揺れるのが煩わしいのか、持っているペンの尻でかりかりと煩わしそうに後頭部を掻いている。
「ママー! あれ乗りたい!」
「しっ、見ちゃ――クリンブルーム卿!? え、あれが高貴の最先端……なのかしら……」
家族連れも大慌てだ。
「おいおい、あの人が乗るとどんなちんけなものでも貴族たちのファッションリーダーなのかよ」
「メイド知ってるよ。最近、メイド服なんて古いって言われ始めてるんだ」
寂し気に自身のスカートをつまんでみせるコローナ。
言われてみればリヒターは自分の家の侍従を全て執事服に統一していたなと思い出す。その原因が誰にあるかを考えれば、巡り巡って己に立ち返る……というやつなのだろうか。
それにしても。
「……あの人、疲れてんのかな」
そう思わずにはいられないフウタであった。
なお、今日の目的地はおそらくその線路の終点である。
「リヒターさん」
「あいたたたた、腰が、腰が……ん、フウタか。早いな」
「早いなじゃねーよ何だこれ」
御者に頼んで少し速度を上げてもらい、なんだかんだその謎の車両と並んで到着したのはクリンブルーム邸。
焼け落ちたその場所に作られた、新築の邸である。
玄関前、馬車の止まるロータリーの隣にちょこんと用意された妙な停車駅に、半ばぶつかるようにして止まった車両から、うめくように這い出してきたリヒターをフウタが出迎えた形であった。
「何がと言われても、トロッコだが」
「トロッコだがじゃねえが? ここは鉱山か?」
「鉱山なのかもしれないな……」
ひどく遠い目をするリヒターである。
「建て替えに乗じてなんでこんな面白いだけのもの作ってんだあんたは。どう考えても遊んでるだろ」
「そう、だな……」
「何をしみじみと頷いてんだ」
「……そう言ってくれたのは、僕の周りでお前が初めてだ」
「みんな馬鹿なの? それとも俺が出遅れてんの?」
「なんというか、まともな人間を久々に見た気がする」
泣きそうな顔でフウタの肩にぽんと手を置くリヒター。
その背後からひょっこり顔を出すメイドフェイス。
あたかも、まともな人間2号のような堂々とした面の皮の厚さである。
「めいどー!」
「消えろ非人間筆頭」
「すてい、コローナすてい!」
次の瞬間にはモップを握っていたコローナを慌てて抑えるフウタであった。
瞳から光が失われていてとても怖い。
「どうして馬車にモップ積んであるんだ」
「メイドのたしなみですよっ」
ぺろりんっ、と舌を出す変わり身の早いメイドさん。
さておきフウタは振り返ると、その線路の先――リヒターが通ってきた軌跡の方角へと目を細める。
「ちなみにこれ、まさかと思うが」
「王城まで直通運転だ」
「ライラック様がよく許したなおい」
「ああ……それがな」
同じく線路を見つめ、リヒターは呟く。
「ダイレクト出勤システムの運用レポートを要求された」
「なんて?????????」
「ダイレクト出勤システムの運用レポートを要求された」
「だいれ……まさかこれのことか?」
思わず車両を指さすフウタ。
「何でも……」
とリヒターは過去を思い出す。
『特定の場所に線路を敷くことが有用かどうか……示してみれば宜しい……ふっ……事と次第によっては乗合馬車を導力車に切り替えるのも考慮しますよ……? ふふっ……』
めちゃめちゃ笑われていた。
「これの運用によっては、もしかしたら交通事業がうちでやれるかもしれないからな……」
「しっかりしろ!! どう考えても無謀だ!!」
ぽん、とトロッコを優しい目で撫でるリヒターを、必死に肩を揺すって覚醒させようとするフウタである。
「こんなのが事業になるわけないだろ!」
「何事も、小さなことから始まるものだ」
「思ったより前向きじゃねえか!!」
そう、怒鳴った瞬間のことだった。
「前向きにもなりたくなるわ!!!」
リヒターはキレた。
「なんで屋敷から王城にトロッコが走ってるんだ、意味が分からない!!」
「あんたに分からなきゃ誰にも分からねえよ……」
「だが、気づいてしまったんだ」
「はぁ……?」
ぽんぽん、とその小さな箱を叩く。
「これに乗ってる間だけは、僕は誰にも邪魔されないんだ」
「そうだろうな、近寄りたくないもんな」
「それがどれほど尊いことか、お前に分かんのか!? ああ!?」
「情緒不安定じゃねえか。もう誰かこの人休ませてやれよ」
こんな狭苦しいトロッコに愛着がわいている辺り、"貴族"として大丈夫なのかと心配になるフウタである。
窓の外からも、流行の最先端と勘違いされていた始末だ。
ろくに息抜きも出来ていないに違いない。
なんかこう、適当なところに一緒に食事にでも行くかと、少し考えて。
「レポート要求されてるんじゃ、しばらく出勤はこれになるのか……」
「そうだな。まあ、じきに慣れる」
「慣れていいものと悪いものがあると思うんだ」
「違うな」
ゆるゆると首を振って。
「慣れるべきものと、慣れるしかないものがあるだけだ」
「あんたほんとマジで一回どっか出掛けた方が良いよ」
「線路は一本しか敷いてなくてな」
「旅の相棒はそいつじゃねえよ」
もうトロッコから離れろという話である。
「ねーねーもっぴー」
「もっぴーと呼ぶな無礼者」
「ぶれいぶれーい。でさー」
「なんだその新手の流し方は」
そういえば、とフウタは思い出す。
珍しく彼女にしては大人しかったなと。
フウタとリヒターの会話を大人しく待っているとも思えないし、何をしていたのだろうと思えば。
「メイド、ぴったり! 姫様んとこ行ってくる!」
勝手にトロッコに乗っていた。
リヒターはちらりとフウタを一瞥して、案の定『彼女は好きにさせてあげたいんだ』的な空気を出していることを察すると。
「めっ?」
彼女の両脇を抱えて、猫のようにトロッコから追い出した。
そして、小馬鹿にしたように鼻で笑う。
「悪いがこれはクリンブルーム専用車両なのでな」
「思った数倍愛着あるじゃねえか」
思わず苦笑いするフウタは、ふと気付いた。
ぷくー、と不満げな彼女の表情。
怒ったり、苛立ったり。そんな顔は、案外リヒター相手にしか出さないので、珍しい光景に新鮮味を感じるフウタである。――どちらかといえば、彼女に辛辣に当たるのがリヒターしかいないというのもあるが。
彼女はすぐさま、軽く足踏みをすると――倒れていたモップの先を踏んだのか、起き上がるようにモップの柄がコローナの手元に飛び込んでくる。恐ろしいほどの早業に、フウタが「あ」と声を零すよりも早く。
「うぉっしゅうぉっしゅ」
ああ、かくもさだめとは儚いもので。
NEW GAMEなレビューせんきゅー!! 今後とも敵にご期待あれ!





