46 にし の たたかい
感想キャンペーン、本日23:59〆切です。
沢山のご投稿、本当にありがとうございましたー!
書いて下さるつもりだった方は本日お願いします!
――闘技場スペクタクラ外部。西方。
騎馬に跨り駆け抜ける間も、空の花は美しく咲いては消えていく。その色は一時として同じ色はなく、全く同じ景色を見ることは今後一生ないだろう。
そう思うと少し惜しくなりもする。
けれど顔を上げることはなかった。ただ前を真っ直ぐ見据える彼女に感じ取れる世界の盛り上がりは、その花火の音と、そしてうっすらと耳に触れる、聞き慣れた女の聞きなれない歌声。
だがまあ、それも知ったことではない。
これから向かう先で起きているであろう出来事に比べたら。
日が暮れた王都に瞬く夜空の輝き。
そのせいか、人通りは普段の夜よりも格段に多かった。
家の窓やバルコニーから眺める者も多いだろう。
王都に住まう者たちなら、空を見上げれば誰しも目にすることが出来るほど、スペクタクラから放たれる花火は大きく高く華々しい。
路をゆく人々に気を付けねばならないのは欠点だが、皆が空を気にしているのは利点だった。
誰も、騎馬を疾駆させていったのが王女その人とは気づかない。
ぐるりと回って、西へ向かう。
北の隠し通路同様、西の隠し通路もまた、人目に付かない墓地に仕掛けてあった。
共同墓地と、その周辺の空き地は昼間こそ子供が遊びに来ることもあるだろうが、夜は別だ。
花火の明かりが普段からあるわけでもなし、やってくる者も殆どいない。
だからこそおあつらえ向きの戦場と、ライラックは考えていた。
酔狂かつ機転の利くお祭り好きが、花火の見えやすい場所としてこの地を思いつくかもしれないが――そういう不運は、諦めて貰うしかない。
とはいえまあ、薄い確率だ。
花火などというイベントを起こしたのは、王都で初めてのこと。偶発的な出来事に対しそこまで動きを見せられるなら、むしろその場で王城にスカウトしたいくらいだ。
――空き地の近くにまでやってくれば、既に剣戟の音。
目を細め、騎馬を降りる。
やり合っているのは、自分の予測が正しければフウタと――義勇団率いるビシエドだ。
正直に言えば、複雑な感情はあった。
ビシエドに対してもそう。
ビシエドにフウタをぶつけることにしてもそう。
如何なる理由からかは知らないが、幼き日に自分の"奸雄"としての思考を察知し、それからずっと警戒を続けていた男。
あの時の自分の演技が拙かったのかと考えもした。ようやく外に出られるというところで緩んだのかとも思いはした。
幼かったから、で片づけることも、出来なくはない。
だが幼かったから、で済まされない状況で綱渡りをしている自覚はあったのだ。あそこで落ち度を晒したとは、今もって尚思えない。何かしら、彼の嗅覚が鋭かったのだろうと思う。
「……」
――あのまま、利用されてくれればよかったのに。
と、そっと唇を撫でる。
あのまま利用されてくれていれば――くれていれば、何だっただろうか。幼い頃のことだったから、いまいち覚えてはいないけれど。
「まあ、どうでもよろしい」
どうにも。あの一件のあと。
ビシエドを前にすると、演技が硬くなってしまうのは事実だった。理由は、まだ分からない。
確かなのは、正直に言って、邪魔だということだけだ。
遮蔽物となる木々も少ない空き地は、見晴らしも良い。
花火もよく見えるとあって、当然その景観の下戦う者たちの姿もはっきりと目に映る。
すでに立っているのは2人だけ。
ビシエドとフウタであろうことは察しが付く。
フウタが負けるなどとは思っていない。
思っては、いないが。
もう1つの懸念が、これだった。
念押しはした。
そしてきっと彼も気づいているだろう。
憲兵を相手取るイズナを心配して、などではなく。
最初からビシエドにフウタをぶつけるつもりであったこと。
今回もまた、彼を利用したこと。
幾らでも利用してくれていい。
その言葉に甘えて今回もこの始末だ。
あまつさえ今も自分はこう考えている。
果たしてフウタは、ビシエドを殺せるのかどうか、と。
より冷徹な言い方をするならば、試金石だ。
ちょうど先ほど北の戦いの中で、"北からの景色が好きだ"という手札を切ったように。
今の内からフウタという青年がどの辺りまでを許容できる男なのかを知っておきたかった。
仲良くなれたからといって、敵対することがないなど――この世界ではあり得ないこと。
であればこそ、彼のあの深い情は、その親しい相手に対してどこまで刃を許すのか。
これは今のうちに知っておかねば、あとでより不幸なことになると判断してのこの采配。
別に、殺せないならそれでもいい。
彼はそういう人なのだと、緩く笑うだけのことだ。今後はもう、たとえ必要に駆られても彼にその手の仕事はさせないだけ。全て自分が請け負うだけ。
今回だって、あとで自分が――。
「貴殿なら――」
その時だった。
ふと、血を吐くようなビシエドの声が耳に触れたのは。
ライラックは見定めるように足を止める。
向き合う2人。双方が刃を構えた状態で。
「ああ、ビシエドさん。それは違うよ」
その声が。
胸に、響いた。
ライラックが現場に辿り着く、数ミニトほど前に時は遡る。
「昔、模倣が出来なきゃ弱いと言われたんだ」
そう呟くフウタの前に転がる、無数の骸。
イズナが東で行ったのとは訳が違う、容赦のない殺し。
血の滴る刃を見つめ、それからたった1人残っているビシエドを見つめて彼は言った。
「……恐ろしいな。200を数える義勇団が、《模倣》をしない貴公を相手に、数ミニトともたないのか」
「どうなんだろうな」
汗1つかくことなく、ぼやくようにフウタは続ける。
「模倣をしたわけじゃないから、彼ら1人1人の技量や努力は感じ取ることは出来なかったけど……まあでも。200人と言っても、正直。あのスペクタクラで1人を相手にする方が、疲れるし、楽しいよ」
ビシエドとともにフウタに殺到した者たちが、果たして何セコン保ったかなど、ビシエドは考えもしない。考える必要が無い。
何せ時間を数えるよりも先に、フウタが1回刀を振るうだけで最低1人は死んでいるのだ。
最低、だ。ここに来てから、彼は多くとも200は腕を振るっていない。
「それも、《模倣》あっての話だろう?」
「……そうだな。相手の軌跡を読み取って、どんな鍛錬をしてきたかを知って、出来ないであろうことも全部分かって戦って、それでも200合じゃすまないのが俺の知る猛者って奴らだ。……だからそう。最初の話だ。模倣が出来なきゃ弱いんじゃないかって、言われてさ。流石に予備なんて無いような得物を持ち出してきた相手には、負けるんじゃないかって言われてた」
「……それが、このありさまか」
ビシエドにも分かっていた。
今の刀の動き。それは確かに蒼海波濤流でも、桜花一刀流の動きでもない無骨で華のない剣だった。
殺戮に特化しているだとか、状況に合わせて完璧な動作とか、そういうわけでもない。ただ、手本通りの、つまらない剣術。
だが。
「確かに《模倣》はその場だけの借りものだけど。模倣で知った軌跡は、戦い終わったからと言って忘れるわけじゃない。彼らの鍛錬や、技術。その体型に、意味や理由。憶えられるだけ、憶えている」
「なるほど。恐ろしい男だ。貴殿から《模倣》を取り上げたって、大した意味はないじゃないか」
ふざけている、とビシエドは口角を上げた。
つまり目の前の男は、戦った相手の真似をするだけではなく。
その経験や型の技術を抜き取って、その人生を背負っているということだ。
文字通り、場数が違う。
戦場の勘、と呼ばれる積み重ねた経験によるその場その場での動き。それが全て、彼の中に詰まっているということ。
「……いよいよ、勝ち目などないのだろうな」
諦めたような息を吐いて尚、その鎧騎士は真っ直ぐフウタに相対したままだ。
そうと分かっていて、折れるわけにはいかないのだと。
ただ、既にその鎧は傷つき、ところどころが陥没していた。
それがフウタの蹴りの一撃によるものであることは、もしもこの場に人が居たとすれば誰の目にも明らかなほどくっきりとした靴跡で。
それだけの強度の一撃を貰えば、腹部も無事では済まない。
――言ってしまえば、相手にならなかったのだ。
「王の騎士が、情けないと思うか?」
「いいや」
「そう言ってくれるか」
果敢に挑んできた者を、悪し様に罵る趣味はない。
ただ、ビシエドの細かい事情を知らぬフウタにとっては確かに、王の騎士という前評判よりは単純な技量が追い付いていない感覚はあった。
《模倣》をしていないから、定かではないが。
「私は……陛下に拾われた時、路上で倒れ伏していた。子供の頃の話だ」
ぽつりと、呟く。
突然の昔語りと小馬鹿にすることはなかった。
フウタが黙っていると、ビシエドは痛む腹部に手を当てて、立ち上がる。
「陛下は本当に優しい方だった。私以外にも、目の前で苦しむ人間を放っておけないような、本当に優しい方だった」
実際に、ギルバートによって拾われたり、救われた人の数は少なくない。ビシエドの記憶の中でも、多くの人間がその手を取り、最後には幸せな笑顔を浮かべていたことをよく覚えている。
その恩を返そうと剣を執った者も居れば、1臣民として尽くすことを誓った者もいる。恩知らずな人間も居たし、剣を執った中には挫折した者も居たが、ギルバートはそれら全てを許した。
そんな彼の為に働きたいと、ビシエドは心に決めたのだ。
「陛下の"職業"、知っているか?」
「いや……すまん、王国に来たのは……」
「そうだな、この1年という話だった。……陛下の"職業"は、"癒師"なんだよ」
「…………"貴族"じゃないのか」
「ああ。まあ、先代の頃からこっち、10年くらい前までは戦争も多かったからな。王位継承者も多く死んだ。陛下もあの頃は、自分が国王になるだなんて思っていなかっただろう」
"癒師"。
スイレンのように魔導を使って人を癒す、医の道を行く者も居れば。
誰かの心を癒す、カウンセラータイプの者もいる。
共通するのは、人を癒すことだけであるからその適性がどこにあるのかは分からない。
だが、王城に最初にフウタが来た時に、コローナがフウタを"癒師"ではないかと聞いたのは、会話を用いてのカウンセラーではないかと思ったからだった。
「……そうか、なるほどな」
フウタも少し納得する。
道理で、随分と落ち着く、人好きのする人だったと。
それが意外だったと、フウタは思った。
「そんな人に国王をやらせることに、不安はなかったのか」
「"貴族"がやった方が良いと、そういう者もいた。だが、結局それは権力争いの種だ。戦争直後に次期国王争いなど、バカげている。国王を盛り立て、皆で支えようとしたのが……今の王国だ」
「……」
だんだんと。
フウタにも、この国の現状が見えてきたような気がしていた。
経済が斜陽に傾いていた理由。
リヒターの剣が、戦争を経験した者のそれであったこと。
派閥争い――というよりもむしろ、派閥の形成の流れ。
王都という中心地に溢れるスラム。
そして何より、"奸雄"を恐れた理由。
この国は、疲れ果てた大地にようやく丈の低い草が芽吹いたばかりの、なんとか自給を成り立たせている病人なのだ。
だからこそこれから盛り立てねばならない。
にも拘わらず、先人は次々と先立ち、指針が定まらないまま。
「――陛下に、辛い想いはさせたくなかった」
顔を上げるフウタに、ビシエドは小さく告げる。
「出来ればライラック殿下は優しくいい子で、ああ……本当に、治世においては能臣である、王女であって欲しかった」
「……ビシエドさん」
おそらくは王国近代の、最もつらい時期を生き延びてきた男の言葉。
彼がギルバートの騎士になったのが7年前。となればその前にも何人も騎士は居たのだろう。
ライラックが異例なだけで、王家の者には騎士が付くのが当然だというのなら――きっと、彼より優れ、彼と同じようにギルバートに忠義を誓った者たちが多く散っていった。
彼らの遺志を背負い、彼らの想いを背にギルバートを支えようとするビシエドだからこそ、この現状が歯がゆかったと、今になって分かる。
「俺は戦争を経験したわけでも、誰かの意志を背負ってライラック様に仕えてるわけでもない。でも確かに、ビシエドさんの言いたいことは伝わる」
「……私には、出来なかったのだ」
呟かれる、言葉。
出来なかった。
苦しみ、嗚咽を漏らすように、己の無力を呪うその一言。
それが何かをフウタが問う前に、彼は言う。
「ライラック様を、その能臣にすることが!」
「……ああ」
ギルバートの為を思うなら、それが最上だっただろう。
フウタも、それには同意する。
奸雄が、治世において能臣となるならば。
その治世がなされていることが最大の鍵ならば。
それを達成できなかったのか――或いはその時すでに奸雄であったのか。
いずれにせよ。出来なかった事実はもう、7年前にビシエドは突き付けられている。
「――私の責任だ。分かっている。だが、その上で敢えて。敢えて恨み言を言わせてくれ、フウタ殿」
「……」
「貴殿なら。あれだけ殿下が好いている貴殿なら、それが成し遂げられたのではないか……?」
縋るような瞳だった。
治世の能臣となることを、フウタなら誘導できたのではないか。導くことが、出来たのではないか。
フウタは考える。たとえば自分に、その意志があったとして。成し遂げることが出来ただろうかと。
それは、分からない。この国の現状も知らず、ただ楽しく生きてきただけだ。時折起きる事件、目の前のことに手一杯だった。
それだけの、ただの"無職"だ。
確かに少し、歯痒い気持ちは、あったのかもしれない。
ないかもしれない。
悩むフウタに、彼は続ける。
「殿下のあんな表情は、初めて見た。楽しそうだった。私もギルバート王に、"癒師"であることも"国王"であることも忘れ、自由に生きて貰えたらと、そう思わなかったと言えば嘘になる!」
だから。
「どうしてライラック殿下を止めてくれなかった!」
同じ想いを抱く貴殿ならばわかるだろう。
「殿下が、"奸雄"であることを忘れられたら。"王女"であることを忘れられたら。そうは思わないか、フウタ殿!!!」
その問いが、真っ直ぐにフウタを射抜いた。
「ああ、ビシエドさん。それは違うよ」
フウタは、柔らかく笑った。
「……フウタ、殿?」
「それは、違うんだよ。ビシエドさん」
ゆるく首を振って、フウタは拳を握る。
「確かに。ライラック様に思うところがないと言えば嘘になる。危ない橋を渡るし、頼ってはくれないし。何を考えているか分からなくて不安になりもする」
「それは……彼女がやはり何か」
「ああ、そうだ。企んでるんだ」
困ったような笑み。しかしそれは儚くも――強い意志を感じさせる表情。
「きっとこの状況もライラック様が望んだことだ。ビシエドさんとの間に、何かあるのは感じてた。だから俺をぶつけた。他にも色々理由はあるかもしれないけど、話してはくれない」
「――なら!! なら疑いはしないのか! "奸雄"が何かを企んでいると分かっていて、貴殿は素知らぬふりをすると!」
「いいや。俺だって、嫌な時は嫌だって言うさ。この国を滅ぼして2人で逃げる、なんてのは、あまりしたくない。……ああ、そういう意味では確かに。パスタには悪いし、ライラック様にも不興を買うかもしれないけど。それを承知で、俺が好きな王都の飯屋に連れていくのもいいのかもしれない」
「……なにを」
自嘲するように。
その自嘲は――同じ志を持つ男にも突き刺さる。
「でも、忘れちゃいけないことがあるんだ」
そっと、握りしめた右手を開けば。
確かな、傷。
「俺を救ってくれたのは、"奸雄"ライラック・M・ファンギーニだ」
真っ直ぐに瞳が、ビシエドを射抜く。
「あんたにとってもそうだろう。あんたを救ったのは、"癒師"ギルバートじゃないのか」
「――それは」
「俺に、詳しいことは分からないけどさ」
それはたとえば、彼らの過去であったり。
ライラックの過去であったり。
王国で"奸雄"が恐れられている、戦争の根付いた恐怖だったり。
「ギルバート王と、ビシエドさんの関係に、口を出すつもりはない。ただ、俺は彼女が何かを企んでいたとしても……構わないんだ。そう、星空の下に誓った」
「……フウタ、殿」
「俺を救ってくれたのは、ありのままのあの人だから」
それを、本人が聞いているとも知らず。
「だから俺は」
――一瞬、花火が止む。
「"奸雄"であることも。王女であることも。そして何より、いつも一緒に居て笑っている彼女のことも」
夜空に、星が瞬く。
「全てのライラック・M・ファンギーニを愛している」
それは、予期すらしなかった――生まれて初めての全肯定。
「――フウタ、殿。それは」
「悪いな、ビシエドさん。ライラック様は確かに"奸雄"ではあるんだろう。でも俺は、"奸雄"っていう側面だけであの人を否定されるのは我慢ならねえ。それが……そうだな。所詮はヒモでしかない俺が唯一持てる、たった1つの矜持だ」
花火が、上がる。
一瞬、時が止まったかのように思えた刹那は泡沫。
「あんたも、そうなんじゃないのか。"癒師"のギルバート王も、国王のギルバート王も。――王子だった頃の、あの人も。全部、愛していたからこの行動に出た」
ぐ、と歯噛みするビシエド。
返す言葉が見当たらない。
だが、それはつまり。
「なら――どうしてライラック様のことは、そういう風に見てあげられなかったんだ」
「くっ……ぁ……!!」
分かってしまったのだ。
自らの真の落ち度が。
そして何より――彼女が、この男を。この男だけを手元に置いている理由が。
「……後悔ばかりの人生だ」
エストックを構える。
ともすれば折れそうな心は、自らその首を突き刺しそうにすらなってしまう。
だがそれは、己が始めた全てのことへの、責任の放棄だ。
"奸雄"には、立派な騎士がついている。
ならせめて最後まで、国王にも全霊の味方が居て然るべき。
「――受け取ってくれ」
ビシエドは、自らの腰に差した鞘を引き抜いた。
コンツェシュやエストックのような刺突剣は折れやすい。
故にその使い手はこうして外に出る時、2本携帯しているのが常だ。
――いつかのライラックがそうであって、初めての王都での闘剣をしたように。
「どうして」
「貴殿はそのままでも十分強大だ。どのみち、勝てる見込みは無いのかもしれない。それでも」
彼に唯一の矜持があるというのなら。
「たとえば私が、同じ想いを抱く誰かと向き合ったとして。――それを乗り越えずには――黄泉路を胸張って通ることが出来ない」
「……分かった」
その手を、伸ばそうとした瞬間だった。
「――不要です」
告げる涼やかな声と共に、フウタの足元に突き刺さる一本の刺突剣。
「――殿、下」
「ライラック様、こちらに来てたんですね! ……ん? え? いつから?」
「たった今です!! そう、"受け取ってくれ"から!!」
「そ、そうですか」
彼女の表情は、夜の帳と花火の逆光で見えることはない。
だが、その突き刺さったコンツェシュを握ることはできる。
エストックとコンツェシュは同じ刺突剣。
そして何より、彼らが使うのは我流はともかくとして同じ宮廷剣術だ。
「どうして、自らの剣を」
「…………使って欲しいんです。今の、貴方に」
「……分かりました」
彼女の剣に、どんな想いが乗っているのか。
それは今のフウタには分からない。
ただ、分かることもある。
それは、正面に立つ男の意志だ。
花火が上がる中で、最後の戦いが始まる。
《模倣:ビシエド=……》
「えっ」
堂に入った宮廷剣術の構えを取る男に、金の瞳が見開く。
それは決して、逆手に取られたとか、何かをされたとか。そんな卑怯なことではなく。
その軌跡を読み取ったからこそ分かる――彼の鍛錬の数々と。
覚えのある、才能の無さ。
「あんた……"無職"か」
「流石に、露見するか」
そのことに驚愕したのはもちろん、フウタ1人ではなかった。





