45 みなみ の たたかい
『フウタは"闘剣"でアイルーンに勝ったぞ』
『話し合えば分かり合えるってこと?』
『かもしれないというだけだがな。アイルーンを否定するお前もまた、あいつと同じだったというだけの話だ』
『俺はこうしてプリムと話していることに、"意味"はあると思う』
『"意味"?』
『理解出来るかどうか、分かり合えるかどうか。ライラック様やリヒターさんじゃないから、俺にはその判別はつかない。経験とか、知識とか……信念とか。きっとそういう色んなものが、分かり合えるかどうかの判断材料なんだろうけど、俺にはそれは分からない。でも、こうして話し合えば、自分の中で結論は出る。だから、"意味"はあるんだと、思う』
『――だから、その最底辺からでも、頂点に立てることを世界に魅せつける』
『人間である以上、目的を忘れることはあってはならない。いやむしろ――目的の為なら、何も惜しむことはない』
『その人とは、上手く話せないの?』
『話してみるさ。その上で、無理だと思ったら仕方がない。ただ、話してみないことには分からない』
『どうしようもねえ感情ってのはある。今でこそ、まともに何とか出来たが……俺は、勝たなきゃいけなかったんだ。そういう風に、ずっと思ってた。それが、勝ち負けもなく話し合いで解決? やァ、無理無理』
『アイルーンの言葉が正しく聞こえるのは、あんたが負けたからよ雑魚。単純明快な世界のルール。ついでに言えば、"悪党"のルール』
『悪党の……ルール?』
『あの女は、フウタと自分が同じものだなんて勘違いをかましていたけれど。むしろあいつは、あたしと同じよ。泥にまみれて、勝たなきゃ死ぬ場所で生きてきた。あいつにとって、負けは死と同義。あんたみたいに、鎗置いておろおろするだけで許されたりはしないのよ』
『……どういう、ことだよ』
――闘技場スペクタクラ外部。南方。
常山十字槍術が、世界三大槍術と呼ばれ始めたのは近代に入ってからの話だ。
それはそうだ。大陸を物流が動くようになり、世界というものが市井にまで価値観として知れ渡ってこそ、世界三大、などという呼称が付くというもの。
その中でどうして鎗術の名が売れるかと言えば、答えはそう難しくない。
闘剣? 否。鎗の真価が闘剣のみにあるならば、闘剣の存在しない文化圏も多い昨今、三大などとは呼ばれない。
戦争? これもまた否。優れた個より、整った無数。近代の戦いにおいては、兵士の数こそが尊ばれる。
では、何が常山十字を世界三大にまで押し上げたのか。
そもそも、槍術に何故三大の格付けを行ったのか。
即ちそれは、汎用性だ。
"傭兵""指揮官""闘剣士"、"騎士""護衛""暗殺者"。
名だたる戦いに縁のある"職業"の持ち主が、こぞってこの常山十字をこそ最高の槍術であると崇めたからだ。
戦場において個が賞賛される時代は下火になりつつあるとはいえ、戦場の華はやはり将兵だ。
闘剣などの1対1の場においても、常山十字の強さは歴史が証明している。
至る所で名を聞けば、自然に槍術と言えば常山十字と民衆の頭に叩き込まれるものだ。
最強の武器を目指した十字鎗。
分かりやすい構造も相まって、常山十字槍術はその門戸を世界に開いている。
何が言いたいかといえば。
その教えは多岐に渡るということ。
闘剣に限らず、戦争に限らず。ただすらに戦いというものに対し、常山十字の総本山が出した答え。
その全てを最高の次元で証明する若き才媛が――プリム・ランカスタという少女だったという話だ。
「……ぁああああああああああ!!」
「あははははははは!!」
振るわれる鎗の穂先には鋭利な殺気。
しかしアイルーンは既に悟っていた。今までとはわけが違うと。
具体的にどうこうと、言葉を並べるのは容易い。
消耗戦に持ち込み、闘剣の華もへったくれもないじわじわとしたなぶり殺し。なるほどそれはアイルーンにとっては不利を押し付けられた形だ。
致命傷を怖がっていないのもそう。
アイルーンを傷つけ、殺すことになんの躊躇もない。
どこでそんな意識の転換があったんだと――考えるのは、馬鹿らしい話だ。
『どうして、リヒターくんを殺そうとした?』
『どうして、ミオンさんを殺そうとした?』
『どうして、闘技場を壊そうとするの?』
『私には分からないよ』
その虚ろな瞳で呪詛のように呟いた、恨み憎しみの募った言葉。
彼女にとってきっとその3つは逆鱗で、自分はそれを全て踏み抜いた。
――アイルーンがそれでも僥倖だと考えていると知ったら、プリムはどう思うだろうか。
否、むしろ何も思うところなどなく、全力で殺しにくるに違いない。それこそ、"修羅"の如く。
「あはははっ……リヒター・L・クリンブルームを雑巾のように扱った甲斐がありましたわ」
「っあああああああああああああああああ!!」
どろり。
殺意の波動がまろび出た。
四肢の各所、そして腹部に裂傷。
どんどんと悪くなっていく現状に反し、アイルーンの昂揚は高まっていく。
自らの血を見たことで、既に手綱は効かない、完全なゾーンに入り込んでいる状態だ。
それでも食い破れない鎗の牙城。
常山十字の槍術が、近づく獣を捌くことに長けているから?
彼女の守りの槍術が、アイルーンの技量をうわ回っているから?
どちらも違う。
アイルーンに鎗を向けた者は今までも数多く居た。
ただの引き打ちなら幾らでも潰してきた。
そしてなにより、これまでのプリムなら既に格闘術の距離にまで持ち込めている。
では、違いはなんだろうか。
「――ねえ。もう、黙るか……死んでくれよ……」
どろりと。
悲壮感すら漂う、穂先に纏う殺気の違い。
鋭い闘気のみで戦っていた彼女の清廉さは、それこそ泡と消えたのだ。
まろび出るどす黒い怨念のように、どんな手を使ってでも相手を殺めようとするその意志は、戦いの中で殺めてしまっても構わないと考えるアイルーンよりも遥かに上だ。
化けた、とはっきり分かるその威圧感。
プリム・ランカスタの目的は、必倒でも必勝でもない。
必殺なのだ。
「お前には分からないんだろうな」
懸命に彼女の鎗を凌ぐアイルーンに、呟かれるプリムの言葉。
「今日、スペクタクラの公演を楽しみにきた人の気持ちも。あの場所を作った人達の頑張りも……売店に遊びに来る人達にとってあの場所が……毎日を楽しくするために、必要な場所だってこととかもさ」
語り合うことなど、何も無い。
話し合うことなど、何も無い。
ただ、その怒りを鎗に載せて。
「あの場所の維持に、どれだけリヒターくんが頑張ってたかとかさ。お姫様が、あの場所にどんな夢を見てたかとかさ。フウタくんやイズナくんにとって、あの場所がどれだけ大きいものになってたかとかさ」
誰もが、大切な身内だった。
ぶつかったこともある。すれ違ったこともある。
けれど皆心根は真っ直ぐで、ぶつかったりすれ違ったりした"だけ"だったと、分かっていた。
だが、今目の前に立つ女は違う。
この女だけは、違う。
「お前だって……」
虚ろな瞳に走る流星は、決壊したように視界を滲ませてなお。
鮮烈に睨み据える――その殺意だけは揺るがない。
「お前だって、あの大会に出たはずなのにさぁ!!!!!!」
――歓声が聞こえなかったのか。
お前を応援する声が。
――視線が感じられなかったのか。
お前を見る人の目が。
――熱が伝わらなかったのか。
お前の闘いに盛り上がった人々の想いは、何一つ届かなかったのか。
プリム・ランカスタは、"闘剣士"なのだ。
どんなに打ちのめされて、心が打ちひしがれても。
それでも、闘技場を愛することだけはやめられなかった。
だから、あの場所に。あの場所を形作る人々に。
今もなお背を向ける女が。
「殺してやる殺してやる殺してやる!!」
「――」
殺意の奔流が鎗という形を伴って、アイルーンに殺到する。
鎗という得物を十全に扱い、十字槍術の全てで以て、アイルーンの首をつけ狙うプリム。
劣勢を強いられ続けるアイルーンは、自らの体が徐々に相手に追い付かなくなっていることに気が付いていた。
理由は、出血。
分かり切っていたことではあるが、貰い過ぎた。
だが――関係ない。
全力の殺し合いが出来るのならば。これが彼女の全力なら、いつか必ずそれを制するのみ。
「観客が居たから……なんですの?」
「っ……!!」
「そんなもの……知ったことではありませんわ!!」
「お前っ……お前えええええええええええ!!」
激昂。
ぺろりと、小さく、切れた唇を舐めるアイルーン。
やはりだ。
このプリムという少女、こうして心地良い殺気を放つようになり、アイルーンを苦しめるようにはなったものの。
自らの感情をコントロール出来ていない。
そこにこそ勝機と付け入る隙があると、彼女は睨む。
「自身の生を見世物にするような人間に染まった覚えは、ありませんの!」
「っ……!!」
闘剣。観客。
知ったことかと、アイルーンは嗤う。
自らにとって闘剣とは、結局苦痛の鳥籠で行われていた残虐な遊戯でしかない。観客とは、必死に生を勝ち取ろうとする籠の中の鳥を眺めて笑う、腐った"貴族"と同類だ。
『ベアちゃん』
「――っ」
「そこだああああああ!!」
僅かな雑念が、アイルーンの鈍っていた反射をさらに弛緩させてしまっていた。
腹部へと迫る一撃を紙一重で回避。
だがその紙一重を、十字鎗は許さない。
《常山十字:光芒》
突き出す鎗、その手元をくるりと回転させるプリム。
結果として変化するのは、穂先の十字。
その先端をこそ回避したアイルーンに迫る、十字の戈。
押し出される鎌は裁断する威力こそ無いが、それでも傷つけるには十分で。
脇腹を掠める、鋭い一撃は――IBの刺青を傷つける。
「……やって、くれたな……!!」
アイルーンの口角が、強烈に吊り上がった。
プリムも応えるように嗤う。
「ああ……お前の嫌そうな顔って、こんなに心地いいんだ」
余計なことを考えるのは止めだと、アイルーンは首を振った。
ただ目の前の女に勝利する。
それだけのこと――それだけのこと。
じくじくと痛む脇腹が、何かを訴えている気がした。
「殺すッ!!」
「あ゛は゛!!」
プリムの鎗は変わらない。
アイルーンの動きが鈍ったとて、攻め手を緩めることはない。
これはある種不運でもあり、幸運でもあった。
不運なのは当然、消耗した以上今までより遥かに命の危険が迫っているということ。
幸運なのは、怒り狂った彼女はいよいよペース配分というものを考えていないということ。
怒りというのは、体力を使う。
それをアイルーンは肌で知っていたし、鍛錬でどうこう出来ない純然たる事実でもあった。
だから機を待つように、それでいて今までよりも立ち回りはずっと丁寧に。
穂先に纏う殺気は変わらず、彼女のペースも変わらず。
だからこそ、虎視眈々と機会を狙う。
勝機は必ず巡ってくると思っていた。
プリムの体勢が僅かにでもブレれば、そこからは肉弾戦の領域。今までとは違った格闘戦が行えるはず。
そうすれば、勝てる。勝って――。
――勝って、アタシは。
『そのエイナ嬢は――お前にその振舞いを教えた女は少なくとも!! 貴き、誇るべき"貴族"であったということを!!』
勝ったことに胸を張り、進んでいくこの先で。
エイナは、笑ってくれるのか?
そもそも自分は、エイナに笑って欲しいのか?
『お前には分からないんだろうな』
分からないとすれば、今。
自らにとっての、"唯一"だった。
だから。
そうして、ブレた信条で戦ってしまえば。
「――隙だらけだぞ」
今、殺意一本の女を前に、反応が出来るはずもなく。
鎗が、閃いた。
「…………間に合ったか」
穂先が、アイルーンに突き刺さらないことに気付いて。
普段ならば、すぐさま返しで殺しにかかっているというのに、身動きが取れなかった。
それはきっと、"相手"がアイルーンの行動を予測し、割って入っていたからであり。
そして今、最も会いたくない人間であったからだろう。
「……どいてよ」
「どくものか。お前がこいつを殺してみろ。一生後悔するぞ」
緩く首を振る闖入者に対して、プリムは瞳を黒く染めたまま呟く。
だがそれでも鎗の柄を手放さない相手に、彼女は叫んだ。
「どいてよ!! 後悔なんかするもんか!! 勝てばッ……勝てばどうせ忘れるさ!! 私は――私は、単純だから!!」
「では聞くが」
振り返り、アイルーンを一瞥して。
彼は問う。
「――こいつを殺めることは、"闘剣士"の勝利なのか?」
「っ……なにを」
――"闘剣"において、殺人は反則だ。
けれど。今、なにもここで"闘剣"を引っ張り出してくるだろうか。
それは、あまりにも卑怯が過ぎるというものだ。
「どけよ。……どいてよ!! 私を……私を"闘剣士"だって決めつけるなよ!! 何も言ってくれなかった癖に!!」
「何も言わなかったのは、お前がきっと望む道に行くと思っていたからだ。それを……僕の失敗で捻じ曲げてしまった。その責任を取りに来た」
失敗。
それは、義勇団の手によって、家が燃やされたことか。
それとも、アイルーンに敗北したことだろうか。
或いは、スペクタクラのテロを、彼女に知らせてしまったことだろうか。
全て、そうなのだろう。
彼女の選択に、余計な外野の情報を入れてしまった。
彼はただ、それを悔いている。
「お前が居なくなったというから、病床から抜け出してこのありさまだ。僕だけじゃない。みんなが駆けずり回っている。とはいえ……この場に来たのが僕だったのは、正解か」
振り向けば、"修羅"。
「……リヒター・L・クリンブルーム」
「1日ぶりだな。お前のせいで色々滅茶苦茶だ全く」
瞳が交錯する。
先ほどまでの、戦いに酔っていた表情から一転、憎々し気に睨み据える彼女の瞳に、リヒターは首を振る。
「綺麗な花火が見える場所で、見向きもせずに殺し合いとは蛮族どもめ……いや、まあ、あれも汚い花火か。もう最悪だな王都」
疲れたようにため息をつく。
何をしに来たのかと、そんな空気の中。
一際大きく瞬いた花火のあとで、彼は言った。
「プリム。……僕たちは別に、お前に仇を討ってほしいなんて思っていない。それなら最初から鎗をもって護衛を全うしろ無駄飯食らいめ」
「なっ……でも、こいつは!!」
「ああそうだ。アイルーンは本当に悪いヤツだ。いや、本当に、マジでな……人の家燃やして謝りもしない」
息を吐き、振り返り。
「……だが迷っているな」
「っ……」
「別に戦いを見ていたわけではないが、そのくらいは分かる。今のお前には、あの日まではあった"誇り"が欠けている。差し詰め、エイナを貴族と認識したからか」
「――相変わらず、知ったような口を」
「そうだな……だが1つ言っておいてやる。なにも借り物の心が悪いわけではない。その遺志を継いだお前の気持ちは、何よりも尊ぶべきものだ。やり方はちょっとマジでどうかと思うが」
その光景は――プリムがあっけに取られるに足るものだった。
それはそうだろう。
アイルーンという少女の殺人鬼としての側面だけを知っていた彼女は、リヒターがやられたと聞いて、一方的に殺されかけたのだと思っていたのだから。
それが蓋を開ければ、言葉で何も勝てなくなっている。
いったい、いつからそんなことに。
「――リヒターくん、何が」
「今知る必要はない。人の過去はデリケートだ。仲良くなったら聞け。いや、なってほしくもないが」
「なりたくもないやい」
ほんの少しだけ、瞳に光が戻ったプリムとは反対に。
ゆらりと立ち上がるアイルーンは、恨めし気にリヒターを睨み据え、切った唇を拭いながら告げた。
「どういうつもりですの。次はこの2対1を?」
「まさか。そもそもお前が居るなどと思って駆け付けたわけではない。そういう意味ではマジで最悪だと思ってる。またかよとも思っている」
「……」
「だが、都合が良いのも事実だ。これも、また、だな」
ふん、と鼻を鳴らして。
立ち上がったアイルーンと、鎗を構えたプリムに挟まれたリヒターは、一歩その場から退いた。
「それはどういう意味ですの」
「――それで良いのか、と問いたいだけだ」
「……何がです?」
解せない、と眉を下げる彼女に、リヒターは続けた。
「歓迎するべき事態ではなかったが。プリムがお前の土俵で戦おうとしたんだ。それに対する答えが、いつも通りの闘いでそれでいいのかと聞いている」
「……それはつまり、わたくしにこう言っているのですか?」
――"闘剣"で勝負しろ、と。
「お前がどれほど"闘剣"を嫌っているのかは、分かっている。かつて、生を見世物にする遊びだと言い切ったくらいだからな」
その言葉を聞いて、プリムの瞳が細まる。
「だが、そうじゃないんだ。お前にも、関わることだ」
「わたくしに?」
「ああ」
それはきっと、名を"誇り"という。
「僕にもまだ、全部が分かったわけじゃない。だがな。"闘剣"とはきっと」
その軌跡を模倣する男が居た。
数々の剣士がしのぎを削った。
その光景に、興奮した自分が居たことを、リヒターは否定しない。
「その生き様を魅せることなんだ」
「っ……」
「プリム」
「……ずるいよ。そんなこと言われたら、殺すことなんて出来ないじゃないか」
「――元から、そんな道を歩ませるつもりはない」
ふん、と笑ってみせれば。
ようやく少し、プリムは口角を緩めて。
そして、静謐な闘気が、涼やかに彼女の身を包む。
「アイルーン」
「……」
アイルーンは、答えない。
けれど、今の彼女に口で答えを言わせること自体が酷だろう。
それこそ――構えているだけで、十分だ。
プリム・ランカスタVSアイルーン・B・スマイルズ。
二本目。
「レフェリーは……この僕だ」





