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たとえば俺が、チャンピオンから王女のヒモにジョブチェンジしたとして。  作者: 藍藤 唯
たとえば俺が、同じ思いを抱く誰かと向き合ったとして。
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02 ざいむきょう は くろう している!


 ――王城二階、大広間。


 フウタが広間のど真ん中で筆頭宮廷魔導師ヒューラ・ウォルコットと話をしているちょうどその時、財務卿リヒター・L・クリンブルームもまた、広間の一角で大勢に囲まれながら歓談に興じていた。


 もっとも、彼らの笑顔とは裏腹に、彼の中では今も仕事の数字が何千と駆け巡ってはいたがそこはそれ。

 今日も今日とてあれやこれやと忙しくせわしなく、思考を繰り広げる彼のもとには何人もの貴族がひっきりなしに現れる。


 立食形式のパーティで、グラスを片手に楽し気に。

 テーブルに置かれている肉類に手をつけながら、1人の貴族がふとリヒターに問いかけた。


「ところで、最近は少し付き合いの悪い連中もおりますな」

「あー……そうだな」


 顔ぶれを見れば、いつも通りの貴族派の面々。

 しかし確かにここ5月ほどだろうか。徐々に数を減らしているのもまた事実だった。


 否、リヒターの周りから人が減っている、というわけではない。

 ただ、そう。顔ぶれが変わったというべきか。

 新たに増えた人間は、だいたいが商工派と呼ばれるような人間であり――早い話がベアトリクスの取り巻きである。


 そしてそれが何を意味するかと言えば――商工派=王女派ということである。


 双方の繋がりの名は"スペクタクラ"。

 宮廷魔導師まで加わって、リヒターの周りは大変賑やかだ。いいことだね。


「……グラシアルか」

「リヒター様から最初に距離を置いたのがあの方ですからなぁ……」


 グラスを傾け呟く名は、グラシアル。

 呻くようなリヒターの声色を特に気にすることもなく、隣に立つ貴族は語る。


「確かに家柄としてはグラシアル様も相応の家格。リヒター様と手を取り合っていた頃が、私どもとしてもやりやすかったのですが……」

「いや、どうだろうな」

「といいますと?」

「金銭的な余裕も、この先の展望も、明確に今の方が上だ。あの頃は――みんなで一緒に破滅しよう、みたいなところがあったからな」

「そうでしたか?」

「無自覚か」


 頭を抱えるリヒターであった。


 王女が奸雄に覚醒しているのではないか。

 その疑いを最初に持った人物こそこのリヒター・L・クリンブルームであり、彼なりの手段で調査を進めてきた。


 その結果として王室派から距離を置くことになり、自然と貴族派は王女と溝を深めることになったのも事実。


 国王を敬愛してはいるものの、王の周りに居たのは元々貴族派と不仲な軍閥派ということもあり、貴族派は若干浮いていたと言っていい。


 そんな中でどうにか彼らをまとめ上げていたのがリヒター・L・クリンブルームであり、また、グラシアル・G・グリンゴットという人物も――リヒターと手を取り合っていた男であった。


 ただ、結局のところ。

 軍閥派が経済に困窮し隣国遠征に出ようと言っていたこと。

 貴族派が揃いも揃って事業に失敗し続け、民をどんどん貧困に追いやっていたこと。

 商工派は国のことなど知らんぷりで、議会で権利ばかりを主張する迷惑な輩であったこと。


 どれもこれもが上手くいかず、緩やかな破滅をどうにか食い止めようとしていたのもまた、リヒター・L・クリンブルームという男であった。


 これで王女という火種が爆ぜれば本当にろくでもないことになる。

 そんな危機感はしかし――ある意味で外れたのだ。


「僕は、今の状況から貴族派が上向けばいいと思っている」

「ええ、ええ、それはもちろん! リヒター様の辣腕で、こうしてスペクタクラの運営から宣伝と、地方にも活気が戻っているとか」

「キミの領はどうなんだ?」

「さあ……秘書に任せておりますので、今度確認しましょう」

「そうか……早めにな……」


 額を押さえるリヒター。早くも酔いが回ってきたのかもしれない。早く帰りたい。帰って――帰ってもすることは結局仕事か。


 そこまで考えてリヒターはため息を吐いた。


 ちらりと広間の中央を見れば、相も変わらず歓談に興じる王女の姿と――そして、何故か滂沱の涙を流す筆頭宮廷魔導師に捕まっている青年の姿。


 いったい何があったのか考えたくもないし関わり合いになりたくもないが、リヒターはほんのわずかに眦を下げた。


「僕はある意味で、お前に感謝している」


 その小さな呟きは、隣に居る貴族にさえ聞こえなかった。


 今のリヒターが王女と手を組んでいる理由は幾つかある。

 半ば強制されていることもそうだが、根本にはあの男の存在があった。


 フウタ・ポモドーロ。などと最近は名乗っているらしい、王女の食客(ヒモ)


 彼の存在が、どう爆発するか分からなかった王女の行動に指針を与えてくれた。


 スペクタクラ、良いじゃないか。

 傾いた経済をどう立て直すのかと蓋を開いてみれば、民の笑顔でと来たものだ。

 奸雄を奸雄と警戒しているリヒターだが、ああも無邪気にコンツェシュを振るう彼女の姿を見せられては――演技の一言では片づけられないのもまた事実。


 彼女の頭脳を、在り方を。闘剣の色に染めたことで、国が守れたとさえ――今のリヒターは思っている。


 その彼女の根本にはきっと、あの男の存在があったのだろう。


 ならば結構。

 スペクタクラという形ある絆がある限り、少なくとも民が困るようなことはない。


「リヒター様」

「どうした?」


 少し穏やかにグラスを傾ける彼に、囁くような隣の男の声。

 彼の示した先から、広間の人々を割って突き進むようにやってくる1人の青年の姿。


 どういう風の吹き回しかとリヒターが目を細めると、彼は開口一番に告げた。


「リヒター。最近は随分と羽振りが良いみてぇじゃねえか」

「そんなことはない」


 緩くウェーブした蒼い髪をかき上げて、その青年は小馬鹿にするような目をリヒターに向けた。

 年のころはリヒターと同じ20代半ばから、少し上の後半。


 後ろには、リヒターもよく知る貴族たちを引き連れて、正面から彼に喧嘩でも売るように向き合う。


「はっ、どうだかな」

「そんなことは、ない。……ないんだ。羽振りがいいなんて……」

「あ? あれだけスペクタクラとやらで稼いでおいて、よくもまあ」


 なあ、と同意を求めるように後ろの貴族たちを振り返る彼の名はグラシアル・G・グリンゴット。

 リヒターと共に貴族派をまとめ上げていた男であり、この国でも有数の名家の生まれ。

 彼自身もまたこの国の厚生会を纏める立場で、王都議会元老院(きぞく)議員の1人でもある。


 そんな彼の振舞いに、リヒターは目を細めて呟いた。


「傍目から見ているだけのヤツは楽で良いな……」

「そりゃお互い様だろうよ。おかげでこっちは迷惑してるんだ」

「何が迷惑だ。一番無駄に税金使いまくってるのはお前たちだろう」


 ぴり、と空気がひりつく。


 致し方の無いことではあった。

 グラシアルに付き従っている者たちも、リヒターの連れている者たちも、元をただせば身内。


 確かに思うところはあるが、リヒターないしグラシアルに正面から文句を言える者は居なかった。


「それで、何用だ。最近はめっきり中庭にも来ないお前が」

「いや? ただ――あれだけ王女を嫌っていたお前が、今では尻尾振ってるのを見て笑いに来ただけだ」

「何を言ってるんだ?」


 訝しそうに首を傾げ、リヒターは告げる。


「敬愛する王家の方々に傅くのは当然のことだろう。尻尾を振る、などと評するお前は、いったいどこの立場に居るんだ?」

「王家の方々、なんて纏めようとしたって無駄だぜ。口で取り繕えるのは言動までだ。……スペクタクラにしたってそうだろう。陛下のものであるはずのアレを使うのに、どうして王女殿下の許可が要る」

「はっ。前例を作ったのはお前たちだ。陛下の許可のみで行ったお前たちの、随分と金を掛けた屋外オペラ……いったいどれだけの赤字を叩きだしたと思っている」

「だから考案者の王女殿下が割り込むと? 冗談じゃねえ」

「口実を与えたのはお前たちだと言っている。グラシアル、いいか」


 目を細め、半ば睨むようにして。

 苛立つグラシアルに、リヒターは言い放った。


「これ以上僕に、身内の恥を見せてくれるな」

「……っ」


 ぐ、と歯噛みしたグラシアルは、周囲の取り巻きを一瞥すると。

 鼻を鳴らして、リヒターから踵を返す。


「いいぜ。お前らが、国の予算で作った闘技場を自分たちのもんだなんて主張して、今後も甘い汁をすするつもりなら、努々忘れるなよ」

「何をだ?」

「"お前たち"商工派の汚いやり方を嫌っているのは、何もこの王城に居る上流階級の人間だけじゃねえってことをな」


 そう吐き捨てて、グラシアルは去っていく。


 その背を眺めて、リヒターは一度溜め息を吐いた。


 ライラックが闘剣ないしスペクタクラのことで何とか指針が出来、一安心した矢先に。

 そのせいで割を食った彼らや、或いは軍閥派と呼ばれる一派が居る。

 あちらが立てば、こちらが立たない。いつ爆発するかもわからないのは、どこの派閥も同じこと。

 ままならないものだ。


 ただ。



「……スペクタクラの宣伝」


 貴族派の屋外オペラが失敗し、闘剣が成功したのは何もリヒターの功績ではない。あれは、建設が始まる前からひたすら根回しとプロモーションを続けたベアトリクスの手によるものだ。


「……殿下の許可」


 彼らの興行による大赤字を、分かっていて止めなかったのはリヒターではない。王女殿下その人だ。分かっていて失敗させて、承認権限を"成功経験者"である自分に回したのだ。


「……スペクタクラの建設」


 国の予算とは言うが、実際には皇国から奪い取った賠償金が大半だ。その上で確かに税金を流し込んだが、その殆どはもう帳消しになっている。代わりにオルバ商会への借金がまた嵩んでいるがそこはそれ。


 何が言いたいかというと、だ。


「……僕が文句を言われても困るんだよなあ」


 グラシアルの言葉で、反論するべきところがあるとしたらたった1つだ。

 まるでリヒター自身が先導しているような言い方であったが、違うのだと。

 やらかしているのはあの悪魔めいた姉妹であって、自分じゃない。


「やっぱりフウタに感謝するのやめよう」


 肩を竦めるリヒターであった。


「何がだ?」

「うぉっ、フウタっ……ノックくらいしろよ」

「ここ広間なんだが??」


 のけぞるリヒターの背後。

 筆頭宮廷魔導師ヒューラの相手はもう終わったのか、片手にグラスを持ったままぬぼーっとやってきた青年に、リヒターは小さくため息を吐く。


「殿下は」

「少ししたら戻るさ。リヒターさんの姿が見えたからな、ちょっと来ただけだ」

「そうか。殿下がこっちに来る前に帰れよ」

「なんかこう……ライラック様に対する敬意を感じないんだよな……」

「黙れ」


 ふん、と鼻を鳴らすリヒター。

 周囲では、いつもの彼の取り巻きたちが、意外な人物の登場に驚いている。


 思い返せば確かに、こうして公の場である程度親しい姿を見せるのは初めてのことだった。


 彼と話している時近くにいるのは、殿下か、或いは――とそこまで考えて首を振った。

 考えれば考えるほど、面倒事ばかりを思い出す。


「これはこれはフウタ殿。優勝おめでとう」

「ああ、ありがとう」

「良かったら今度、うちの領で取れる宝石をお送りしましょう」

「いや……そう、だな。じゃあライラック様に贈れるようなものを」

「それは素晴らしい! ならば是非うちの領で取れたことを――」


「待て待て待て待て」


 彼らの社交力に、フウタのコミュニケーション能力が全く追い付いていなかった。

 これで貴族派からの贈り物をフウタ越しに手渡したら、あとでどうなるか分かったものではない。


 明確に、フウタを利用したと思われるだけだ。


「せめて彼から買い付けるくらいにしておけ。面倒なことになる」

「そうか? リヒターさんがそう言うなら。悪いな」

「いえいえいえ、とんでもございません。いやあしかし、なるほど」


 ふむふむと頷く、その宝石を扱うらしい貴族。

 どこか満足気なその表情に、フウタは首を傾げていたが。


 リヒターの言ならば受け入れる程度には、チャンピオン兼王女のお気に入りと親しい仲であることを確認してのことだった。


「やはりリヒター様についてきて良かった」

「あそう……ならそろそろその宝石の事業成功させてくれ」

「いやあ、輸送に少々難がありまして……道路整備に少しお金を……」

「自分で工面してくれよ……」


 やれやれと首を振るリヒターであった。


 と、そんな時である。


「り、リヒター様~っ……!」


 ひぃ、ひぃ、と息を切らせてやってくる、1人の男。

 上等な服から染み出す汗臭さと、まるまると太ったその体型。


 卵が服でも着てるのか? と失礼なことを考えるフウタをおいて、彼はリヒターの正面に立つとどこか媚びたような笑顔を浮かべて、ハンカチで額の汗を拭った。


「いやぁ、遅れてしまいまして。ひぃ、すみません。昨日買った娘が、大変可愛くてですな、ぐふふ」

「……公の場でそういう発言はやめておけ」

「はっ。これは失礼を。ではこの後にでも、リヒター様にご紹介を」

「要らん」


 のっけからやたらと不愉快なワードが聞こえて、フウタは僅かに眉をひそめた。

 豪奢な指輪がその太った指から抜けないほどに締め上げていて、なんとも見苦しい。


「ああ、フウタ。紹介しよう。こちら、ボンレス・ハムモット侯爵だ」

「そうか。宜しく」

「おおこれはこれはフウタ殿! なるほどチャンピオン! いやあ、闘剣はあいにくと一回戦しか見られなかったのですが……いやあ、凄まじい熱でしたな。ぐふふ」


 ボンレス・ハムモット侯爵。


 ぶくぶくと太ったその身なりが、あまり良い印象は与えない。

 そればかりか、会ってすぐに随分と下世話な話をする男。


「……リヒターさんの身内か?」

「ああ」


 念のために聞いたが、即答であった。

 フウタは額を押さえた。


「フウタ殿は、どうですかな。女には苦労は――」

「俺は良い」

「さいで……」


 明確に距離を置かれていることに、ハムモットも気付いたのだろう。

 とはいえ、仕方ないとばかりにへらへらと笑っているだけ。


「おおそうだ、これうちの領で取れた肉を使った料理なのですが、チーズに肉を挟んで揚げたものでして」

「いらん」

「俺も、結構だ」

「そうですか……美味しいのになァ……」


 もっちゃもっちゃと、その油ぎった料理を口にする彼。

 そんな彼に、リヒターは面倒臭そうに問いかけた。


「ところで、女を買ったと言ったが……何人目だ?」

「今月で4人目ですな、ぐふふ」

「――金はあるんだろうな?」

「いやぁ……あっはっは」


 誤魔化すように笑うハムモット卿。

 その問いの意味は、いまいちフウタには分からなかった。


 否、言葉の意味が分からないわけではない。

 だが、単純にただ"そういうこと"のために金を払ったとして――たった4人でそこまで金に困窮するのかと。


「この国、水商売は高いのか?」

「フウタ……お前までこういう場で……いや、まあ、それもそうか。勘違いするな、こいつは水商売を相手にしてるんじゃない、人間を買ってるだけだ」

「…………ああ、そういう」


 す、とフウタの目が細まる。

 もっちゃもっちゃしていたハムモット卿は、視線に気が付いて首を傾げた。脂肪のせいで傾げる首がないので、身体ごと曲がったように見えた。


「リヒター様も、嫁が見つからないならそういう方法でも取れば良いのですよ、ぐふふ」

「嫁か。嫁なぁ……」


 フウタにとって意外だったのは、リヒターが彼の話に合わせているというか、まともに会話をしていることだった。


 もう少し、突っぱねるかと思っていたが。


「――いやいや、ハムモットなどの話でフウタ様を拘束するのはいかがなものかと」


 と、そこで割って入ったのが先の宝石商の男。

 確かに彼の話は聞いていて愉快なものではない。

 フウタも頷き、そろそろライラックのところへ戻ろうと踵を返す。


「あの筆頭宮廷魔導師ヒューラ殿など、5人の嫁が居るとか。リヒター様も6人ほど」

「張り合ってどうする」


 溜め息を吐きながらも、意外とまともに話をしているリヒター。

 彼らを背に、フウタは軽くリヒターに手を振って、この場所をあとにする。


 少なくともフウタには。


 ――人の売り買いに良い想い出は1つもないのだ。


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[気になる点] グラシアルは第二のモッピーになれるのか(グラシアルだからグッピー?) [一言] 高貴なリヒターさんを見た後だと、この宝石貴族と出荷されるハムも(リヒターさんが切らないから)そこまで悪い…
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