03 フウタ は きし と であった!
「来ましたね、フウタ。――では」
リヒターのところから、ライラックのもとへと戻ったフウタ。
彼女は余所行きの笑顔でフウタを出迎えると、僅かに視線を鋭くして呟いた。
「行きましょうか。国王陛下のところへ」
ゆっくりと顎をひく。
鉱石灯の明かりが煌びやかに世界を照らす中、2人の歩みを邪魔する者は誰もいない。
それはそうだ。この国の第一王女が、真っ直ぐに最奥へと向かっているのだから。
何をするつもりなのか察せないほど社交界に疎い人間なら、この場に呼ばれてはいない。
――国王への謁見。
ライラックが今日、フウタを連れてきた主目的。
理由については、フウタは聞いていない。ただ、国王自らフウタに会いたがっているとだけ。
いったいどんな話なのか、見当もつかないのも事実だが。
心当たりの無い何かしら、というのはもはやフウタにとっては慣れっこだ。
胸を張り、堂々と。
「礼儀とかは、どうすれば?」
「以前教えた通りです。略式で大丈夫ですよ」
ここは玉座の間でもなければ、朝議の時間でもない。
広間でパーティの最中となれば、そこまでの礼儀は求められない。
突き進んだ先。
立食形式の中、最奥にだけは豪奢な椅子が用意されており、既にそこには主が居た。
緩く蓄えた髭はライラックの髪と同じ銀。
髭のせいで少し老けてみえるが、どうやら思ったよりも若そうな人物であった。50は越えていない、だろうか。
ただ、それは皺やほうれい線の分析でしかなく、目周りは少々疲れたように下がり気味で、口角もまた同様だった。
「お父様」
「おお、ライラック。よく来たな」
「はい。それで――」
美しい一礼から、振り返った彼女は背後のフウタを指し示すように手を伸ばした。
「こちらが、わたしの客人のフウタです」
「……そうか。客人の」
「ええ」
にっこりと微笑んでみせる彼女に合わせ、フウタは軽く一礼した。
うんうんと頷く国王は、笑っていた。
「フウタです」
「ああ……」
笑っていた。
ただ、どうしてかそれが、物悲しくも感じられた。
国王の威厳があるとすれば、それは豪奢な椅子や煌びやかなその身なり。
しかし彼の表情、雰囲気、そして声。どれもが弱弱しくすら感じられる。
――いつか、"魔女"の処刑前に演説をしていた時は、もう少し覇気がある人物であったはずだが。
「元々、オルバ商会の用心棒であったそうだね」
「……はい。商隊に同道してこの王都へ」
「そうか。……そうか」
そういうことになっていた。
放浪の末、王女が外で拾ってきたなど外聞が悪すぎる。
オルバ商会の用心棒として雇われ、あの処刑場で派手に動いたことを機に、彼の出自はそう固められていた。
「ああすまない。改めて、私はこの国の王。ギルバート・M・ファンギーニだ」
ギルバート王。
その名にフウタはもう一度礼を取り、そしてライラックを一瞥する。
問題なし、と軽く目配せした彼女の隣で、フウタは無言で国王の言葉を待った。
「ライラックから、色々と話は聞いている。窮屈な想いは、させていないか?」
「はい。ライラック様には、本当にお世話になりっぱなしで」
「そうか。それは良かった」
緩い笑み。
フウタはほんの僅かに、目を丸くする。
意外だった。
目の前の男は、話に聞く限りでは少なくとも人を想うような王には思えなかった。
ライラックを追い詰めていたこともそう。
ベアトリクスを妻ごと捨てたこともそう。
コローナの公開処刑を是としたこともそう。
なのに、どうしてか。
会ったばかりの――ましてやオルバ商会の用心棒として彼の目論見であるところの法国との友誼をご破算にした元凶を、こうして慮っているように見える。
「武闘大会は見事だったと聞いている。次は私も、見てみたいものだ」
「それは光栄です」
うんうん、と頷くギルバート王。
彼はその節くれだった指を一つ立てると、顔色を窺うようにライラックを見やってから――緩く微笑んで口を開いた。
「おおそうだ。今度、話をしないか。娘がこれだけ入れ込んでいる相手は、初めてでな」
「お、お父様!」
頬を染めて声を上げるライラックに、ギルバートは娘をからかう父親そのままの表情で笑う。
――フウタは一瞬考えて、肯定の意を込めて頷いた。
少なくとも、目の前の男はライラックより立場が上だ。
ならばライラックの許可を得て、などというのもおかしな話だろう。
それに、こうなることをライラックが予期していないとも思えない。
ならこれは予定調和だ。
「いつでも、ご連絡ください」
「そうかそうか。……酒は飲めるのかな?」
「嗜む程度には」
「うんうん……では、近いうちに」
「はい」
まさか国王から酒席の誘いが来るとは思っていなかったが。
さて、毒殺などは考慮した方がいいのか――それは後でライラックに聞けばいい話だろう。
「あの、お父様。その席にわたしは……」
「遠慮して貰えるかな? 娘の話を、年頃の青年から聞いてみたいという父親の我儘だ」
「……もう」
拗ねたように頬を膨らませ、そっぽを向いてみせる彼女にギルバート王は微笑む。
「では、パーティは存分に楽しんでくれ」
ここでの会話はお開き。
その意を込めた発言に、食い下がる理由もない。
首肯したフウタが、ライラックと共に立ち去ろうとしたその時だった。
「陛下」
かつ、かつ、と響く足音。
この場に不釣り合いな金属同士が擦れるような音を鳴らし、次第に近づいてくる気配。
フウタは、振り向くより先にライラックの様子を窺った。
特になんの感情も抱いていなさそうな雰囲気は、問題なしとみて良いのだろう。
足早に立ち去るのも不自然だ。
フウタがゆっくりと振り向けば、そこには案の定鎧を着込んだ騎士が1人。
「おお、ビシエドか」
「はい。そちらは殿下に――ああ、フウタ殿か」
形式的な一礼に、ライラックも応える。
同じようにフウタも応じたところで、ふとフウタは気が付いた。
珍しく、ライラックが社交的な笑顔すら浮かべない無感情であったことを。
「俺のことを知ってるのか」
「ああ。武闘大会はしっかりと見せて貰った。……またあとで時間を貰えるか?」
ビシエド、というらしい彼。
どうやらフウタのことは知っているようで、軽く飲みにでも行くようなその誘い。
ライラックを見れば、特別否定するような視線を向けてきているわけでも、何か合図を送ってくる様子もない。
「――ああ」
「ならバルコニーで。少し陛下と話があるんだが、殿下とのお話は終わったのか?」
「ああ。じゃあまたあとで」
有無を言わせぬような、力強い言葉。
騎士といっていたが、なるほど軍人と言われればしっくりくるその雰囲気。
「――ではまたな、フウタよ」
「はい」
そのギルバート王の最後の言葉に頷いて、フウタは彼らから背を向けた。
ライラックはライラックで、またギルバート王に軽く笑顔を浮かべて頷き合い、仲の良い親子のように微笑ましい別れを終えて。
「――面倒でしたね」
「うーん開口一番それですか」
「いえ、要らぬ心労を掛けてごめんなさいと。……楽しかったですか?」
「楽しかったかと聞かれると、そういうわけではありませんが」
「自室でメイドと遊んでいる方がよほど楽しいのでは?」
「それと比べたらどんな娯楽も勝ち目がないのでは……」
今日は何をしてくるか分からない。
そんな満開笑顔のメイドさんを思い浮かべ、フウタは薄く口角を緩めた。
ともあれ。
国王の席から離れるにつれ、人も多くなってきた。
ライラックも自然な笑みだけは浮かべつつ、小声で言葉を交わす。
「ビシエドですが」
「あ、はい。鎧の彼」
「特別警戒する必要はありません。他の人間と接する時と、そう変えなくて結構です」
「分かりました。……一応、彼はどんな人物なんですか? なんだかライラック様の反応が変だった気がして」
「……そうですか?」
小首を傾げるライラック。
頷いてみれば、彼女はそっと唇を撫でて思案したのち、心当たりを見つけたのか顔を上げた。
「もしもあるとすれば、そうですね。あまりここで話すようなことでもないので、また今度にしましょう」
言われてみればここは社交パーティーの会場。公の場の極致のようなところだ。
込み入った話をするには向かない。もっとうわべで互いを牽制するような会話の方が、よほど似合っていると言える。
「じゃあ、あとで話をすると言っていましたが……ライラック様は」
「同伴するつもりはありません。適当に済ませてきなさい」
「分かりました」
「……そうですね。一応、彼がどういう人物か、客観的な人物評だけ済ませてしまいましょうか」
「お願いします」
主観的な視点が入ると、彼女としても少々話しづらいこともあるだろうが。皆が知っている前情報という意味でなら、話す価値もあった。
ただ、フウタにとって不思議だったことが1つある。
今日の社交パーティに来るに当たって、ある程度接触の可能性がある重要人物についてはライラックから事前に話を聞いていたのだ。
その中に、ビシエドの名前は存在しなかった。
――もっとも、ハムモット侯爵もリストアップはされていなかったのだが。
どうでもよろしい、ということなのだろうとフウタは解釈した。
「ビシエドは、簡単に言えば」
そう、こともなげに彼女は告げた。
――国王の、騎士です。
ざあ、と夜風が吹く。
このバルコニーはいつか、フウタがライラックを抱き留めた場所。星空の下、誓った場所だ。
別段、王家専用の場所というわけでもない。
ましてこの時期の夜は涼やかで心地が良いとなれば、既に何人か先客が眼下の街並と頭上の星空を肴に一献と興じているところであった。
高級な石で作られた欄干に手を引っかけ、ぼんやりと空を眺めていたフウタの背後から、声。
「――今宵は、良い風が吹いているな」
その伸びやかな声色は、美声というには少々物足りないが――聞き心地の良いものではあった。
フウタが振り返ると、そこには鎧の騎士が1人。
鉱石灯に照らされて輝いていた鎧は、今度は星空の下で鈍く淡く光を宿している。
そっとフルフェイスの兜を脱いだ彼は、熱を振り払うように首を数度左右に振った。
長い金の髪が、静かに靡く。
「兜にその髪は暑くないか?」
「よく言われるが……あまり切る気にもならなくてな」
その青の双眸は、ライラックのそれよりも淡い。
軽く口角を上げて、彼はフウタの隣に並び立った。
「改めてビシエドだ。貴公のことは前から話には聞いていたが……あいにくと機会がなくてな。武闘大会で初めて武勇を目にしたよ。見事なものだった」
「それは、どうも。……華が無い、無骨なものだっただろう」
「だからこそ――私は貴公に興味を抱いた」
手甲を握りしめ、ぼんやりと彼は呟く。
こんな鎧に身を包んでいるのだ。騎士というのもライラックから聞いた。
なるほど確かにプリムやイズナ同様に、華のある戦いよりも強さを見て評価してくれたのかとフウタは思う。
「ずっと、陛下についているのか?」
「この30年、ずっとだ。騎士になったのは、最近だが」
「そうだったのか」
「ああ、最近といっても」
気が付いたように、ビシエドは緩く笑う。
「――もう、なんだかんだで7年は前のことだ」
「最近にしては、随分と。あんた、幾つなんだ?」
「歳か? そうだな。そろそろ40も半ばだ」
「それで30年ってことは、随分と若い時から」
「ああ。陛下がまだ子供の頃――私もまた、子供だった」
す、と目を細めて空を眺めた。
きらきらと輝く星々に、かつてを思い出していることが見て取れる。
30年。
フウタにとっては気の遠くなるような時間だ。
隣の男はそう歳をとっているようには見えない。
疲れた様子のギルバート王とは違い、まだまだ同年代かその少し上くらいに見えていた。
だというのに、40も半ばとは。
「――殿下は、どうだ」
フウタがそんなことを考えていると、ぽつりとビシエドは問うた。
曖昧で、ひどく答えにくい問い。
ただ、いつも通りで構わないとライラックは言っていた。
頷き、笑ってみせる。
「いつも可憐で美しい人だ」
「そうか」
彼の返事は、ただ一言だった。
けれど、その一言に何か重い気持ちがこもっているような気がして、フウタは目を細める。
「……何か、思うところでも?」
「そうだな。あると言えば、ある。ただ、気を悪くしないで欲しい。貴公は殿下の食客と聞いた。貴公の立場に、決して唾を吐きかけるようなつもりはない」
そう前置きして、彼は続けた。
「スペクタクラでの殿下は――正直に言えば、人生で最も楽しんでいるように見えた。活き活きとしていた」
「そうだと、俺も嬉しい」
「ああ。だから、そうだな……」
顎を撫でて、ビシエドは笑う。
「すまん、私は言葉が上手くないんだ」
「安心してくれ、俺もだ」
「そうか。なら……いいか」
遠い目をして、ビシエドは呟く。
「ずっと楽しく、殿下が遊んで暮らしていければ良い。私は、そう思うよ」
「それは」
「難しいことなのはわかっている。殿下の性分だからな。ただ、"奸雄"などという職業に生まれ、ああして生きている以上……心の安らぐ場というのも、存在しなかっただろうからな」
「……そうか。そうだな」
ビシエドが30年、王城に務めてきたというのなら。
彼女の人生の全てを、見てきたということだろう。
見てきただけで、苦しむ彼女に手を差し伸べることはしなかったようだが、それは結局のところ誰しもが同じこと。
フウタとて、自分の特異な力がなければ同じ穴の貉だったかもしれない。
だから、笑って続ける。
「たとえばライラック様が、スペクタクラでは本当に楽しそうにしているとして。――なら俺は、そんな彼女を支えられるように、精一杯スペクタクラを盛り上げるよ」
「……」
驚いたように、ビシエドは目を丸くした。
そして緩く眦を下げて、「そうか」と呟いた。
「そうしてくれると、良い」
しみじみと彼はそう言って。もう一度夜空に視線を投げた。
フウタは思う。
人生の殆どを見てきたような男が、今が一番楽しそうだと評するのなら。
スペクタクラを盛り上げることが、自分の使命であると。
そうなると、だ。
「分かったよ、ビシエドさん」
「ん?」
「じゃあそのために、ちょっと妹のコンサート頑張るわ」
「は?」
ビシエドのすっとぼけた表情が、酷く印象的だった。
五章、現時点での新キャラ
ヒューラ・ウォルコット
グラシアル・G・グリンゴット
ボンレス・ハムモット
ギルバート・M・ファンギーニ(名前初出)
ビシエド
野郎だらけじゃねえか!!!!!!





