01 フウタ は けいえいしゃ と はなしている!
――王国東部。辺境砦。
ここは王国内に点在する砦の1つ。
領内への不正な侵入を阻む他、税関としての機能も果たし、また領内で起きた事件への対応をも行う多機能な砦だ。
人員数は常時200人ほど。有事の際には、5000人規模の兵士を駐屯させることが出来るこの砦は、森の中に要害としてどっしりと構えられていた。
夜。
背丈の高い木々のせいで星々を拝むことすら許されない薄暗い砦の、そのまたさらに深い地下。
逃亡者や密入者、間諜に罪人と幅広く拘留する地下牢には今、1人の女が押し込められていた。
固い石のベッドの上に足を組み、のんびりと余裕を持った風体。
その両腕は木板によって固定されており、足には鉄球が括りつけられているにもかかわらず。
換気程度にしか役に立たない小さな通気口を見上げて、暇を潰していた。
そんな時だ。
複数の足音と、息遣い。
瞳に映るは、階段に映った篝火の明かりと、兵士たちのシルエット。
ゆっくりと降りてくる彼らの目的は――酷くあさましいものであった。
今日拘束されているのは女。
具体的にどんな罪で捕まったのか、彼らは詳しく知らない。
なんでも、数多くの人間を手にかけたとか、なんとか。
だが両手は拘束され、足も不自由な状態の女。それも、見目麗しい美女と来たら、女日照りの兵士たちの情欲が刺激されるのは無理のないことではあった。
「――よう」
声は格子越しにかかる。
特に何の感慨も浮かべないまま、彼女はゆっくりと男たちの方を振り向いた。
篝火に当てられた彼女の姿を見て、男たちの1人が口笛を吹く。
周囲に露見したらまずいとばかりに周りの兵士がどついて、「悪い悪い」と和やかな空気が形成されていた。
とはいえ、彼女は無反応だ。
それが面白くない兵士の1人が告げる。
「おいおい、遊びに来てやったってのに、無表情はツレねえな」
「……」
「ま、そのツラこっから愉快に変えて喘がせてやっから、良いけどさぁ」
下卑た笑みと共に、彼らは扉の鍵を開く。
ぞろぞろと入る兵士5人。
帯剣した彼らの腰元に目をやった彼女は、もう一度彼ら自身に視線を戻した。
それが、得物に怯えているように見えたのか、どうなのか。
何れにせよ、男たちはただ熱を上げて彼女に一歩踏み込んだ。
瞬間。
「――なるほど?」
鈴の転がるような上品な声色。
同時、鈍く何かが砕ける音が響き渡った。
「なっ――!?」
木板の拘束具が圧し折られたのだと彼らが気付くと同時。
「稽古相手にはちょうど良いですわね」
その一言を最後に、男達は無残に意識を刈り取られた。
――翌日。砦の兵士十数名の死亡報告と共に、捕縛したばかりの連続殺人鬼の脱獄が発覚した。
――王城内部。フウタの私室。
その日は見慣れたメイドが部屋の中でころころしているのではなく、少女が1人腕組みをしてソファに腰かけていた。
視線の先には、木刀を振るったフウタの姿。
凄まじい速度で放たれた刺突に少女が目を見張ると同時、彼は口を開く。
「あー……俺に勝とうなんざ100年早ぇ。俺が最強。俺が一番。テメエの実力なんざその程度なんだよ」
見張っていた目が、半眼に変化した。
「……それが精一杯ってわけ?」
「や、なんかごめん」
「あのねえ……」
呆れたように少女は手元のカップケーキを口にして嘆息する。
「やっぱり口上に関しては台本を用意する方が良いのかしら」
「でも、俺の棒読みが酷すぎるって却下になったよな」
「なったけども」
木刀を下ろしたフウタに、少女は頷く。
2人でこうして特訓をするようになってしばらく。
最初の頃からは随分と変化した2人の関係とは裏腹に、演技指導は全くうまくいっていなかった。
彼女が雇った"教師"を付けたこともあったが、結果は御覧の通り。
「才能がないのは分かっていたことだけど」
「"無職"だからか?」
「そーよ」
カップケーキを咀嚼しながらの肯定。
「何とも言えない顔ね」
「否定は出来ないけど、肯定するわけにもいかないからな」
「その肯定するわけにもいかない、っていうのは、あんたの言葉じゃなくてライラックのためでしょ」
「ああ」
舌打ちを1つ。
"職業"というものは絶対だと考えている少女にとって、姉の思想は今日捨てるゴミよりも無価値だった。
とはいえ。
「……剣の実力だけを考えたら、"無職"に何の才能もない、って断定するわけにもいかないんだけど」
「ああ」
「あたしにこんなこと言われたくなかったら、しゃきしゃき頑張んなさい」
「そうだな。分かってる」
言葉の応酬は軽く。
感情が籠っていないというわけではないが、さりとて熱を持ち合わせるわけでもない。
自然体であっさりとした会話は、ある種の息抜きだ。
多くの書物に目を通した。
フウタなりに努力を重ね、彼女の用意した要点を記憶し、勉強は頑張っているつもりだ。
結実はしていないが、それでもフウタはこの時間が嫌いではなかった。
「頑張ってはいるんだけど、中々な」
「努力なんて結果の前ではただのゴミよ。あんたの頑張りであんたの価値は変動しない。生産者が2倍の時間を掛けて作った野菜が2倍の値段で売れたりはしないでしょう」
「ああ。努力は実って初めて価値があるってことだろ」
「重ねて言えば、正しい努力ね。一番大事なのは、目的に対する正しいロードマップ。その目的に何が必要なのかを見極める力」
「今回はそれをパスタが担ってくれている、と」
「あたしも"無職"のプロデュースなんて初めてだから手探りが多いけど――……」
そこまで話して、ふと少女は渋面を浮かべた。
「どうした?」
「……別に」
「なんだよ、言えよ」
「あんたが嫌に素直で気持ち悪い」
「思ったより酷い気持ちだった」
これにはフウタも苦笑い。
露骨に嫌悪を示す少女――パスタに、彼は言う。
「別に、俺はお前に非協力的なつもりはない。目指す方向は一緒だし」
「それで?」
「お前の足引っ張ることに得なんてないんだから、だいたい従うよ。もちろん俺が思考放棄するっつってんじゃなくて」
「あっそ」
フウタの、自分を見る目が変わったのはいつからか。
少なくとも出会った当初からウィンドの大騒ぎまでの間は、パスタが何をしようと悪感情を隠しもしなかったはずだ。
逆算していけば、あの騒ぎの後でフウタの雰囲気が変わったことは分かっている。そうなれば、自ずと答えは分かる。どうせ、ルリの案件だ。
面倒なことになった。
フラットな状態でビジネスに臨むのは良い。
だが、仲良しこよしになるつもりは欠片もない。
「……コロッセオの開催まで幾ばくもない。別のアプローチを考える必要があるかもね」
「別のアプローチ?」
「今の練習じゃ手詰まりになってる気がするって言ってるの」
だからといって無駄に突き放すのはただの遅延行為。
とりあえずは仕事に専念することだと、パスタは目を閉じた。
「手詰まりか……。なあパスタ」
「何よ」
「分かってるけど、俺に本当に悪役なんて出来るのか?」
「出来る出来ないじゃなくて、やるのよ。あんたがもしも、手加減せずに頂点に登りつめて、大人気のチャンピオンになれるとしたら――これが1番」
「そう、か」
悪役。
それが、再三にわたってパスタが指し示しているフウタの辿るべき道筋。
今のところピンと来ているわけではないし、何故パスタが確信を持ってそう言っているのかもわからない。
ただ、あのコローナの処刑があった日にパスタが放った言葉は正しく歓声を引き起こしたし、彼女が持ってくる書物には如何に"悪"が人の心を惹き付けるかという点に大いに共感できる部分はあった。
フウタにとって問題なのは、そんな悪のカリスマに自分がなれるのかどうかという一点だけ。
目的こそはっきりしているが、自信がないのは事実だった。
悪人のつもりはないし、書物に目を通しても悪いことがしたいとは思わない。
そんな自分で良いのかと思うし、パスタが言う"才能がない"というのも否定できない事実のように思えていた。
とはいえだ。
「何? "経営者"の言うことが聞けないの?」
書物を手に取った彼女が、フウタを見上げる。
その瞳は相変わらず不遜で、人を突き放すようなものではあったけれど。
「分かった」
「……」
少し驚いたように、その瞳を丸くするパスタに告げる。
「いや。"経営者"の言うことなんざ、絶対に聞かないけど」
思い出すのは過去。
"経営者"の言葉に乗って、自分はコロッセオを追放された。
その"経営者"にとっては、コロッセオこそが優先すべき事業であり、フウタが邪魔だったのだと分かってはいても。
感情というのは、それで納得できるものではない。
ないけれど。
目の前にいる"経営者"は、あのコロッセオの"経営者"とは比べ物にならないと分かっている。
何より。
『――あんたは、"経営者"なんだから』
あの日、1人の子供を、1人で立たせるために、全てを尽くした彼女をもう知ってしまっている。
パスタ――ベアトリクスという少女を知ってしまえば、"経営者"だなんだと関係ない。
自分の為にと嘯きながら商会の為に、誰かの為に手を尽くせる彼女が、今更ここで手を抜くはずがない。
「お前の言うことなら、信じるよ」
そう告げたフウタに、パスタは心底不愉快そうに表情を歪めて手を払った。
――王都コロッセオ開幕まで、あと10日。
季節は桜季。激動の1年が、始まろうとしていた。
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