動き出す序章Ⅳ
長らくお待たせしました。
クラルヴァイン王宮 アーサー
サロンに戻った父王、って面倒臭いから親父でいいか、親父とセレスタン卿が、俺の作ったオセロ盤とコマでゲームに興じている。見た目さえ整えてしまえば、簡単なルールで知恵比べができる遊びに、すぐに夢中になってしまったらしい。
「このような素晴らしいものを作ってしまわれるとは、殿下の才にこのセレスタン、感服しております」
「いや、作ったのは卿の娘だろう。我は見栄えを良くしただけだ。リュシエンヌ、丸いコマは見易く裏返し易いようだな。最初からこうするつもりであったか?」
「は、はい。でも羊皮紙が丸く切れなかったので……」
セレスタン卿の絶賛をリュシエンヌに受け流すと、元々娘に大甘なセレスタン卿は娘の発想をベタ褒めしはじめた。
「しかし、錬成の魔法でこのような物が作れるとは…… この光沢と精緻さ、どれほどの魔力があればこんな真似ができるのか……」
白黒のコマを掌で弄びながら、親父がしみじみ呟く。一般に錬成の魔法で何かを作ろうとすれば、重い物、大きい物、高価な物、精緻な物になればなるほど大きな魔力が必要で、普通は水の魔法で水を出したり、土の魔法で土壁や重石を作ったりするのが精々だと思われている。
だが実際は、作り出すものを詳細にイメージすれば、それに応じて魔力の消費は抑えられるのだ。
おそらくは魔力という物質の万能性によって、曖昧な部分を現実と摺り合せるための充填剤代わりに消費されているんじゃないかと俺は思ったのだが、ひょっとしたらリュシエンヌが知識チートで他者より優位になるための伏線でそうなっているだけかもしれないな。
その他にもいくつかの裏技を併用していることもあり、俺にとってはこのオセロ盤を作る程度のことは大した負担でもない。地面に手を置いたのも演出で、あのオセロ盤に庭の土は一切使われてなかったりする。
当のリュシエンヌはといえば、元の席に戻って目を白黒させている。
小説の通りであれば、リュシエンヌのオセロ盤はこの後、バラデュール家お抱えの細工師が木製の完成版を作り、改めて親父に献上し、セレスタン卿が王都で懇意にしている商人の伝手で販売され、リュシエンヌ快進撃の第一歩となるはずだった。
この段取りは、すでにリュシエンヌの頭の中にあっただろうから、初手で計画が狂ったことになるのか。
横で聞いている限りでは、俺の作ったオセロ盤は王子が王宮の庭の土から作り出したものなので、王家の所有となるような話の流れになっていて、リュシエンヌが提供したのはアイディアだけの扱いになりそうだ。
著作権だの特許だのというのもリュシエンヌの提案待ちで、まだ世に出ておらず、状況からしてもリュシエンヌがこの場で主張するのは僭越と考えられてしまうだろう。
「あらあら、リュシーが考えて殿下がお作りになったのなら、それは子供達のものではございませんか。取り上げてしまうのは可哀想ですわ。それに、お二人とも、大事なことをお忘れではなくて?」
すっかりオセロ盤に夢中になっている二人に、リュシエンヌの母エリアーヌが水を差した。
この叔母からすれば、リュシエンヌの婚約話を取り纏めに来たのだからゲームに夢中になられていても困るのだろう。
だが良いことを言ってくれた。これなら、さほど違和感もなく所有権をリュシエンヌに譲れそうだ。
「ならばその玩具はリュシエンヌのものだ。どんな魔法でも、見も知らぬ物は作り出せん」
俺がそう言う傍らで、親父とセレスタン卿は揃って咳払いなんかしながら、場を取り繕って話を仕切り直し始めた。
「うむ、新しいものを考え出すリュシエンヌ、それを見事な形に作り出したアーサー、こうして口に出して見れば、実に似合いの二人よな」
「いや、我が娘がこのような形で王家のお役に立てるとは、まこと光栄なことにございます」
これ幸いにとお似合いの男女扱いに持ち込み、そのまま既定路線である婚約まで話を進めてしまう。
この二人にとって、俺とリュシエンヌの婚約は必然である以上、どんな筋道を通ってもお似合いの二人を婚約させましょうって話に辿りつくことになる。
立場から言えば、遊びを考え出したり物を作ったりなんてのは、下々のやることで俺やリュシエンヌのような王侯貴族は、家臣に何か用意しろって言う側だ。
わざわざ自分で労力を割くなんて、ここにいるのが、親父とバラデュール候一家じゃなければ、眉を秘めて小言の一つも言われているところだろうが、俺とリュシエンヌの婚約は、親父の王国統治構想を支える大きな柱の一つだし、王位を継ぐ俺に信頼できる重臣を今から用意しておこうという親心でもある。
一方のセレスタン卿としても、王家を支える派閥の首魁として磐石の立場を得るのと同時に、親馬鹿な父親として、娘の夢を叶えてやりたいという思惑もあるはずだ。
まあ、俺の向かいで若干気まずそうな顔をしているリュシエンヌは、これが破滅の第一歩になるんじゃないかと思ってるだろうがな。
ちなみに俺自身は、立太子される頃までには、王家そっちのけで派閥争いに明け暮れるような貴族を一掃するつもりなので、無理に婚約する必要はないと思っている。
後漢王朝だと思って調子こいたら徳川幕府だった、みたいな目に遭わせてやるつもりなので、セレスタン卿がその波に呑まれてしまう側でないことを祈るばかりだ。
* * * * *
クラルヴァイン王宮 リュシエンヌ
結局、婚約を断る理由も見つけられず、アーサー王子の婚約者にされてしまったわ。
オセロで負かしてしまえば、王子に嫌われて婚約の話も難しくなるかと思ったのに、全然気にしていないみたいだし、自分で作ったオセロまで譲ってくれるなんて大誤算よ。
お父様もお母様も無事に婚約の話が済んで、今は陛下とのんびり世間話なんかしちゃってるし。
あら? でも、お母様の社交界の話はともかく、お父様が話している領地の小麦の収穫量とか魔物の縄張りが広がりつつあるとか、重要な話なのかしら?
気になってアーサー王子の方を見てみると、退屈した様子もなく皆の話を聞いているわ。
もしかしてオセロに誘ったのも、王子からすれば余計なお世話だったのかな。
「あ、あの、殿下? わたしの考えた遊戯盤はつまらなかったですか?」
意識すると気になって仕方なくなり、思い切って王子に訊いてみることにした。
「いや、さっきも言ったが、単純ながらよくできていると思う」
「わたしが勝ってしまって……」
「そなたが考えた遊戯盤だ。最初はそなたが勝つのが当たり前だろう」
「でも、遊戯盤をわたしに譲って下さり……」
「欲しければ自分で作るなり、誰かに作らせるなりすれば良い。いや、勝手に作ってしまってはそなたに悪いか……」
何だろう、食い気味に突き放すような言い方をして勝手に考え込んでいるけど、そんなに拒絶されてる感じはしないのよね。
「まあ、良い。作ろうと思ったらそなたの許しを得ることにしよう。それで良いか?」
「そんな! 殿下、畏れ多きことにございます」
つい頷こうとしたら、いつの間に世間話を止めていたのか、横で話を聞いていたお父様が慌てて口を挟んできた。王子が作りたいものを作るのに、いちいち許可を出すのは僭越なことだと思ったみたい。
「よい。我がこの遊戯盤はリュシエンヌのものであると言ったのだ。卿はそれをこそ守ってやれ」
お父様、王子の言葉にすっかり感銘を受けちゃったみたいだけど、王子でさえわたしの許可がないと作れないものを、他の人が勝手に作ったらダメよね?
これって、わたしがオセロの特許を持っているようなものじゃないかしら?
「ふむ、新しい工夫を利用するならそれを考えた者の許しを得る、か。新たな工夫や考え方を王家が保護すれば、民の知恵を吸い上げる工夫になるやも知れぬな……」
「発案者が使用料を受け取り、その一部を税として納めさせれば、王家の収入にもなりますわね」
感動している父上を余所に、国王様とお母様は王子の言動から知的財産権みたいなことを考え始めている。何なの、このチート一族。ってわたしにもその血が流れているのか。
結局、王子の機嫌を損ねることはできず、かといって気に入ってもらえたかどうかも分からないまま、わたし達の顔合わせは終了し、わたしは王子がくれたオセロ盤を抱えて帰ってきた。
婚約破棄と身の破滅がセットになっているから警戒しちゃったけど、今のアーサー王子はまだヒロインにも出会っていないただのハイスペック王子の卵なのよね。何となくとりつく島がないような印象は受けるけど、ゲームで見るほど周囲に興味が無いって感じでもないし、国王様やお父様達の話も大人しく聞いていた。それに、わたしの問いかけにも答えてくれていたもの。
こうなると迷うわね、何があってアーサー王子がゲームみたいな氷の王子になるのかは分かるんだけど、わたしにそれを阻止できるとは限らないし、頑張ってみてもヒロインが出てきちゃったらまるっきりの無駄になる可能性もあるから積極的に動くのも危ないのよね。
やっぱり最初に考えていた通り、王子達とヒロインにはなるべく関わらないようにして、婚約破棄されても食べていけるようにお金を稼ぐことに集中した方が良いかな。王子については、ヒロインが出てくるまでは様子見ってことで、こちらからはあまり関わりにいかないけど、手を貸せるときは貸そう。
幸い、王家が勝手に特許制度みたいなものを作ってくれるみたいだし、いろんなアイディアをストックしていけば、食いっぱぐれることはないはずだわ。
それにしても王子の錬成、すごかったわね。わたしにあの力があったら、思いついたものをいつでも好きなときに試作できるのに。でもものは考えようだわ、わたしができないならできる人を味方につければ良いのよ。この世界には、王子以外にも有能なキャラがいるんだし、そういう人に協力してもらえるような人間になれば良いのよね。
よし、明日からがんばろう!