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イージスの皿は砕けない! ~龍に勝つ方法? 飯を喰らって食事強化《バフ》ればいい~  作者: タック
二章 同じ皿の飯を食う冒険者ギルド、アルゴナウタイ設立

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第31皿 尊い想いを踏みにじる事になろうとも、もう逃げません

 冒険者達が見た、未知の獣。

 その形は獅子であるが、生物としてはあまりにも美しく、そして、あまりにもイビツ。

 金糸で繕われた布のような、独特の光沢の表皮。復讐の炎を灯したかのような赤のみの眼。


 そこにいるのが当然という風体で、悠然とたたずむ獣の王者。

 冒険者達は呆気にとられていた。

 その姿で該当するモノは、神話で語られる“ネメアの獅子”だからだ。


 ギリシャ人なら子供でも知っている、ヘラクレス十二の試練。

 その一つが、ネメアの獅子を退治するという逸話。

 その獅子はヘラクレスの豪腕から放たれる矢も、棍棒も効かないという最強の防御力。


「お、おい。コイツがきっと、エニューオーの切り札ってやつだ!」


 冒険者達は大声をあげて、自然と固まっていた身体を奮い立たせる。

 そしてカリュドーンの猪相手と同じように、一人の冒険者が飛び掛かった。

 力強く握っていた剣が、遠心力と腕力を乗せて振り下ろされる。


「なっ!?」


 誰もが、予想はしていたのだが、現実ではあって欲しくないと思っていた。

 剣が、その黄金色の皮膚を切り裂けなかったのだ。

 硬質な物に弾かれたというのではなく、決して切れる事の無い革防具を相手にしているような感じだった。


「ほ、本物の神話生物(ネメアの獅子)だぁ!?」


 ネメアの獅子の身体は変身したかのように筋肉で膨れあがり、その体格を1.5倍程度にした。

 意表を突かれた冒険者はカウンター気味に、ネメアの獅子の丸太のような前足に捕らえられる。

 閃き、胴体へ振り抜かれる長く鋭い爪。


「ぐあッ!?」


 ジスさん特製のボディーアーマーは無残に切り裂かれ、冒険者は血しぶきを上げながら後方数メートルの木まで吹き飛ばされていた。

 わたくしは急いで駆け寄ると、まだ彼の意識はあった。


「に、逃げな……クリュちゃん。あいつは……」


 慌てて徒党を組んだ冒険者達は、ネメアの獅子を囲むように戦闘を開始したのだが、どんなに巨大な斧を振り下ろしても、鋭い槍を突き立てようとしても無駄なようだった。


「──俺達じゃ……かないっこ無ぇ」


 冒険者達の表情に絶望が表れていた。

 万が一でも勝てる相手なら、この人達も諦めはしないだろう。

 諦めても、次に繋げるための逃走として士気を保っていられるのだろう。


 でも……このネメアの獅子には絶対勝てない。

 そう私達の本能が告げている。


 ネメアの獅子にも、弱点はある……。

 神話のヘラクレスは全ての武器を捨て、その腕のみで獅子を絞め殺した。

 だが、現実的にそれは可能なのか?


 不可能である。

 あの素早く、鋭い爪を一撃でも食らえば、現状のどんな防具でも切り裂かれてしまうだろう。

 もし意表を突いて組み付けたとしても、相手の筋肉の量は人間のそれとは桁違いだ。絞め殺せないだろう。


 森と共に生きていた人間だからこそ分かる。

 同じ体格の野生動物相手では、丸腰の人間は勝つ事は出来ない。

 武器や知識、人海戦術などを使ってやっと優位に立てるのだ。


 それが神話レベルの獅子ともなれば……勝算は見いだすことは出来ない。


 狩る者と狩られる者は、立場が入れ替わったのだ。


殿(しんがり)は俺が務める! お前らは動けない奴らを背負ってでも先に行け!」


 先頭で戦っていたオルフェウスさんが木に背を預けながら叫ぶ。

 たぶん、突進に備えての立ち位置なのだろう。躱せば木に激突させる事ができるし、爪を食い込ませて時間稼ぎにもなる。


「くそっ、任せたオルフェウス! 俺達の中じゃ、お前が一番強い! だから、生きて戻ってこいよ!」


 冒険者達は後ろを振り向かず、けが人達を背負いながら後退していく。

 フィロタスさんも言っていた。オルフェウスさんは敵のあしらい方が一番うまいと。名前の神話由来では、セイレーンをあしらったともされている。

 そして、もう一つ有名なのが──。


「へへ……お前ら、さっさと行っちまえ……振り向くんじゃねーぞ……」


 その小声はたぶん私だけが聞いていたのだろう。

 それで思い出した。


 オルフェウスの奥さんを冥界に取り戻しに行った時、冥界の王ハデスから『振り向いてはいけない』と言われて、不安に駆られて振り向いたら──それが最後の別れになっていたという逸話を。


「あ……っ」


 わたくしは振り向いて、見てしまった。

 オルフェウスさんの脚が折れていて、木に背を預けなければ立っていられない状態。


「おいおい、振り向くなって言ったじゃねーか……クリュちゃん」


「だ、誰か……オルフェウスさんが……」


 周りに助けを求めようとしたが、冒険者は全員が後方へ走り去っていた。


「いいんだよ、これで。獣の脚は速ぇ。誰かが後ろからやられちまうより、強い奴が踏ん張って殿を務めるのが戦場での習わしだ」


「で、でも奥さんと子供が──」


「だから……だよ」


 オルフェウスさんは、優しくあやすように告げた。


「クリュちゃんや、アイツらにはまだ分からないだろうがよ。託せる相手がいるっていうのは、覚悟を決められるってことだ。俺が死んでも、子供がいるのさ」


 つまり、最初から死ぬ覚悟で……。

 それを冒険者の皆さんも気付いていて……。


「おおっと、アイツらを冷酷だって恨まないでやってくれよ。こんな事態が起きちまうって可能性くらい、お互いに了承済みだ。冒険者っていうのは友達のゴッコ遊びじゃないのさ」


「で、でも!」


「俺が死んだら、妻と息子に見舞金が入るくらいの良い思いもできるんだぜ。さぁ、もう行きな。クリュちゃんは将来、絶対に良い女になるんだからさ」


 わたくしは……そう言われてしまったら、その命を無駄にする事はできないと感じてしまった。

 たぶん、ここでわたくしが死んでしまったら、この気高い行為を踏みにじってしまう事になるのだろう。


「だからよ、早く……この俺の事は良いから逃げろぉッ!!」


 ああ、そうだ。

 わたくしは、一度同じ事を言われた。

 あの時は間に合わなかった。


 おばあちゃんが盗賊に殺された日。


「……や……です」


「クリュちゃん……」


 おばあちゃん……わたくしはもう、何と言われても逃げません。

 例え、それが誰かの尊い想いを踏みにじってしまう事になろうとも。


「いや……です! わたくしは、もう逃げません!!」


「悲しいけど戦場っていうのは、感情論だけじゃどうにもならないんだ……。このままだと二人とも──」


 その時、優しく否定する──あの声が聞こえた。


『簡単な事だろう? あのネメアの獅子を倒せば良いんだ』


「お皿さん!?」

プロローグの後に人物紹介ページを作りました。

頂いたファンアートもそこにあるので、興味のある方は是非! ヴェールの切り絵すごい!

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