第30皿 流転する捕食者
わたくし──クリュは、森の中の前線に宅配をしに行っていた。
食べやすくカットされた、猪肉のサンドウィッチを皿に載せて、食事効果が切れそうな冒険者の方へ配っている。
皿へはラップもかけられているので、砂埃もかぶらずに衛生的だ。
遠目から、猪と戦っている冒険者達が見えるのだが、彼らは以前と違って屈強な戦士となっていた。
危なげなく巨獣を倒し、英雄としての頭角を現してきている。
一匹も後方へ通すこと無く、奥へ奥へと森の縄張りを消滅させて突き進んでいる。
このペースでいけば、地図上の中心点まで塗り潰すのは陽が落ちる前に完了しそうだ。
「どうよ、クリュちゃん。俺達、見違えるように強くなっただろう?」
以前、酒場でゴロツキとして絡んできた冒険者の方から話しかけられた。
確か名前は、オルフェウスさん。彫りの深い顔に無精ヒゲを生やした、背の高い中年男性だ。
よく酒場で竪琴を弾いていた。
「そうですね、格好良いです!」
「んはは! おじちゃん、照れちゃうぞ! どうよ、結婚しちゃわない?」
「け、結婚ですか?」
もしかして、プロポーズというやつだろうか!?
ど、どうしよう。そんなの、全く考えた事がなかった。
頭の中がグルグルと回ってしまうようだ。
「デュフフ、オルフェウス殿。中年がロリに求婚とか犯罪ですぞ、犯罪」
いつもの奇妙な喋り方で、ポリュペーモスさんが間に入ってきてくれた。
「ば、ばかっ! 俺が十歳にも満たない娘さんに結婚を申し込まねーよ! 常識人なんだよ、俺は!」
元ゴロツキが何をいうんだか、と冒険者達から野次が飛ぶ。
「第一、俺は新婚なんだ。この前、カミさんの腹ん中に子供もできちまったしな。その子の嫁にどうか? って話してたところよ」
「な、なんだ。そうだったんですね」
「まさか、クリュちゃんまで俺の事をそんな目で見ていたのかよぉ……」
うーん、やはりどうしても初対面の印象が……。
頭では、良い人達と分かってはいるけど。
「オルフェウス殿、戦場でそんな事を言うと死亡フラグが立ちますぞ」
「な、なんだよそりゃ」
「数々の英雄譚で、急に浮ついて幸せ自慢を始めたら、次のページで主神ゼウスのいざこざに巻き込まれて死んでいるやつでござるよ」
「あ~……。確かにそんなパターンで、大体はゼウスのせいだな」
わたくしはそんなに神話には詳しくないが、ゼウスという神様の評判は何となくわかってしまった。
「特にオルフェウス殿は、名前的に八つ裂きにされて首と竪琴だけで海に投げ込まれ、レスボス島に流れ着いたでござるからなぁ」
「はは、俺がその状態になったら神話の通りに歌いながら漂流してやらぁ。だけどよ、こんな歯ごたえの無い猪相手にひけは取らねーぜ」
確かに、現状で危険なことは一つも無いように思える。
数十人もの冒険者が前線に投入されているのだ。
その一人一人は、スパルタ式特訓で鍛え上げられた精鋭達である。
ある者は崖から蹴落とされサバイバル、またある者はギリシャ式格闘技パンクラチオンの組み手を連続72時間。
全員がジスさんが言った英雄を目指すために強靱な精神で耐え、スタミナ料理で肉体を鍛え上げ続けた。
結果、最初は強敵だったカリュドーンの猪さえも、赤子の手をひねるように倒せるようになった。
「そうかもしれないでござるが、何か嫌な予感がするでござるよ」
「平気、平気。あのエニューオーが出てきたって、相手は一人。散らばって逃げりゃ何とかなるさ」
「そうでござるな。……さてと、拙者は丁度、食事強化も切れそうなので、後方で休憩がてら、狩った獲物をジス殿の元へ運んでくるでござるよ」
ポリュペーモスさんはそういうと、巨大なカリュドーンの猪数匹分を軽々と持ち上げ、ジスさんがいる後方の戦闘食堂に向かって小走りしていった。
それからも前線を押し上げながら、オルフェウスさんら冒険者は獅子奮迅の活躍を見せた。
カリュドーンの猪の習性を完全に読み切り、無駄な動きなく躱し、飽きたら力比べという感じで真っ正面から受け止める。
防具がジスさん特製の手作りであるため、そんな事をしてもビクともしないのだ。
指先や関節部にさえ気を付ければ、誰も負傷せずに戦える。
獣の武器である牙が封じられた今、冒険者達が持つ武器で一方的に蹂躙が可能なのだ。
剣、槍、斧、棍棒、弓。毒袋となっている肝臓を傷付けずに、冒険者達の燃料である食料とするために屠っていく。
ここまで手際よく行動できるのも、全てお皿さんの仕込みだろう。
的確に敵を分析し、また味方を理解する。
一連の流れは、それはまるで神々が人間に与える加護の如きだ。
だが、あまりに急激な勢いというものは、思わぬ方向にも流れを変化させやすい。
「お、おい。何か見たことの無い獣がいるぞ……。もしかしてアレは神話生物──」
その後、狩るモノと狩られるモノは流転した。




