第29皿 戦闘食堂
「お冷や~。お冷やは~いらんかね~」
「あ、こっちにお願いしますヴェールさん!」
「あいよ~」
私──ジスは気持ちが昂ぶっていた。
それは何故かというと、ついに『カリュドーンの猪狩り』当日。
つまり決戦の日だからだ。
森の入り口から少し離れた場所に、急ごしらえの店を作った。
壁は無く、簡易的に木製の柱と屋根だけをこしらえて、最低限の火を扱える調理場。そこに肉以外の食材を運び込んだ。テーブルと椅子を並べたそこは、バーベキュー場のようなものだ。
部外者から見れば、また冒険者ギルドが脱線して商売でも始めるのか? と思われる事だろう。
だが、これは戦闘のための食堂。
縮めて言うと“戦闘食堂”とでも呼称すべき特殊なものだ。
店内で喰っているメンツは、筋骨隆々な冒険者ばかり。
私の分身皿に載せられた料理は、普段の店とは違って遠慮無く食事強化を付与している。
おかげで店の中がピカピカと、バフで光る不気味な人体でいっぱいだ。
「ねぇ、ジス。あたし達は森の中で戦わなくていいの?」
初級水魔術で水を出して、そこに初級氷魔術で氷を入れるという、人間お冷や製造器になっているヴェールが話しかけてきた。
『ああ。カリュドーンの猪程度なら、スパルタ式訓練で鍛え上げられた冒険者に、私の食事で力強化を組み合わせれば問題無い。既に一連の流れもできている』
その状況を肯定するかのように、狩ってきた猪を担いで帰還してくる冒険者達。
1、担いできた猪を裏方が解体し、食肉とする。
2、戻ってきて腹を空かせた冒険者に、猪肉を調理して提供する。
3、腹が一杯になって強化された冒険者が猪を狩りに行く。
4、再び1へ。
──というループだ。
「いや~……。何か私、最近ずっと細かい仕事してて目立ってないな~って……」
『ヴェールは、金稼ぎ重視で動いているんだから仕方が無いだろう。金遣いの荒さによる自業自得だ』
「うぐぐ……」
『まぁ、魔術師というのは重宝される存在だからな。特に、こんな冒険者になってくれる魔術師が皆無だから替えが効かない』
魔術師というのは基本的に職にあぶれることが無い。
この世界の生活水準の支えになっているのが“魔術”なので仕事はいくらでもあるし、稼ぎも平均的に高いだろう。
戦闘職として栄誉を求めたいのなら城勤め辺りがメジャーだし、研究職として英知を求めたいのならパトロンはいくらでもいる。
それはこの経済が崩れ始めたアテナイでも、最底辺といわれる新興企業のような冒険者ギルドにはどうやっても入ってくれないということだ。
『憧れの王子様の近くに居られるんだから、結果的にはオーライじゃないか?』
「そ、それは、その……近くから事故的に見えてしまう、エリクさんのコックコートから覗く流麗な鎖骨、袖まくりした時にだけ見えるレアな、確かに硬そうな男らしい筋張った腕の筋肉……でっへっへ」
ヴェールは顔を緩ませすぎて、もはやデッサンが崩れてしまっている。
何というか、恋する乙女というのはチョロすぎると実感させられてしまう。
これからもエリクの名前を利用して、うまくコントロールしていこう。美少女の外見ということで忘れている奴も多いが、コイツは根がクズなのだから……! 金返せ……!
『私達が出る時は、想定外の……いや、想定内の強敵が現れた時だな』
「エニューオーの事?」
『いや、それとは別に、この縄張りには何か居る気がするんだ』
縄張りはかなりの広さが観測されている。
それをエニューオー一人が戻ってきても、広範囲に散らばる猪達を守れるかどうかは微妙である。
何か、複数の戦力が居る可能性が高いと踏んでいる。
──と、その時、予感が的中した。
『お皿先輩、大変です! なんかでっけぇライオンが出てきましたよ!』
前線に連絡用として送っておいた使い魔のフォボスが、念話によって遠距離から報告してきた。
ビンゴである。
『よし、わかったフォボス。たぶんソイツはヤバイから、冒険者を下がらせろ』
『そ、それが……怪我をした冒険者が動けなくて、それを守るためにクリュさんが!』
私は最悪の事態に舌打ちしながら、一番移動速度が優れているアレで急行する事にした。




