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ルーザーストラテジー  作者: 七場英人
37/50

合宿で得たもの

 11時59分。気温30度、湿度88%、南東の風2m/s。島の北東の山の山頂部。柊の目の前には膝を着く鬼道の姿があった。鬼道は体中を切られもう戦えない。鬼道も柊も肩で息をしている。

「はあ・・ふう・・・やるじゃねーか。」

「はあ・・・はあ・・・とどめよ!」

 一閃。柊の剣は鬼道の喉を躊躇いなく切り裂く。鬼道はゆっくりと後ろに倒れた。

「これで思い知ったら、これからは大人しくしてることね。」

 柊は足を引きずりながら来た道を戻る。5分もしない内に、先に牛を見つけていたグループのメンバーと合流する。柊の姿を見つけると細田は駆け寄る。

「楓ちゃん!」

「真尋。」

 細田を見て緊張の糸の切れた柊はがくりと前に倒れる。走る細田は柊を抱き、支える。

「ありがと、お疲れ様。」

「ちょっとだけ、肩貸してね。」

 柊は細田に支えられながらゆっくりと下山を始めた。


 その後大きなイベントもなく、サバイバル合宿は5日目の16時を迎えた。時間になると各グループの元にはいつものドローンが現れ、合宿と戦闘の終了を伝え、ドローンの案内の元、集合地点の砂浜に集まった。砂浜では国谷が指示を出している。

「よし、集まったか!?各グループの中から1名が人数の報告に来るように!」

 根津は国谷の元に報告に行き、戻ってくると、ふふっと笑う。

「どうしたんだ?」

「いや、改めて自分たち見ると結構ボロボロやなって。」

「あ~。」

 修司たちだけでなく、誰もが、このサバイバルで服や靴が汚れている。それがこうして終わりを迎えると冷静に自分たちの汚さに気付く。

「帰ったらすぐあったかいシャワーいこっと。」

「私も!」

「俺はいっぱいスナックかな~。」

「お、迫間!」

 迫間たちも報告を終え、修司たちの隣に来た。

「あの後はどうだった?」

「ああ、もちろん何回かは戦闘があったけど。肉食って元気もりもりの俺らには敵なしだったぜ!」

「な~に言ってんの、篠河さんの作戦が良かったからでしょ。」

 大久保が迫間に向って言う。

「お、おいそれはバラすなって~。」

 根津と修司だけでなく、雪野や愛川、大久保や篠河など皆で笑っている。

 この合宿で今まであんまり関係がなかった人ともこうやって話すようになれたんだな・・・。

 修司はしみじみとそのことを感じた。危険や恐怖と隣り合わせの5日間がったからこそ気の許せる人間の存在がどれだけ心強かったかを知ったのだ。

「あ、修司!紅仁!根津君!」

 森の方から一色が向かってくる。

「おお~!頼りない根津を救った一色じゃないか~。」

「おうおう、言ってくれるやんけ。」

 根津は迫間にメンチを切る。

「おさえておさえて~。」

 宮本が拳を振り上げる根津をなだめる。迫間はおどけた顔で挑発する。

「もうどうしたんだよ~。」

「一色君からも言ってやってや、あの昨日のオッチャンはもうへろへろやったろ?」

「ああ、うん、なんか元気なかったよね。でそれが―――。」

「ほれ見ろ、言った通りやんけ。」

「ほんと一色君はやっさしいな~。あ、そろそろ並ばないと~」

「あ、こら待てや!くっそ~。」

 一色は訳も分からずキョロキョロしている。

「ね、ねえどうしたの、修司?」

「ああ、気にすんな。ふざけてるだけだ~。」

「え~気になるじゃんか~。」

 そして整列の声がかかり、一色は渋々列に入っていった。


 生徒の人数確認を終えると、国谷に労いの言葉もそこそこにバスへの乗り込みが端ましった。バスの中ではしばらくはお互いにどうだったかという報告が行われた。その中で柊が鬼道を切り伏せたことや滝田のグループが子牛をいち早く捕獲していたことなど、様々な情報が修司の耳にも入った。

「今回の合宿で柊が学年で1番だってのはもう間違いなく決まりだな。」

 迫間が修司に話しかける。

「たぶんな。」

「いや~やっぱりバケモンなんだな、アイツ。」

「そうだな、俺らが手も足も出なかった鬼道をやったんだからな・・・。」

「・・・でもさ、きっとお前も分かってるだろ?」

 迫間はにやりと笑う。

「・・・ああ。柊を倒せば―――」

「俺らが1番だ。」

 迫間は拳を修司に突きだし、修司はそれに拳を合わせる。

「まあ、これからガンガン鍛えてもらおうぜ。」

 そういうと迫間は席に消えて行った。

 バスが出発して20分もしない内に全員が死んだように眠っていた。


 学園に着くと、すぐに解散となった。修司たちは同じ第3寮の生徒や同じ方向の第2寮の生徒たちと帰路に着く。日が陰り出した空はカラスが飛び、蒸し暑さはまだ消えない。話題は再び合宿のことになる。

「なあ、一色。柊って合宿中どうだった?」

「あ~、いつも通り?かな。」

「つまり?」

「柊さんが中心で全部決まって、男子はあんまり発言権ない感じかな。はは・・・。」

「そ、それは大変だな。」

「あ、でもなんやかんや僕らにも食べ物くれたし、細田さんがやられた時にはすごい優しくしてたよ。」

「フォローはいいって、あいつが取り巻きとかの身内にだけ優しくしてんのはみんなわかてんじゃん。」

「でもさ、鬼道に切りかかるアイツはヤバかったよな。」

「ああ。」

「お、迫間とか見てたの?」

「おお、なんてったて俺らが鬼道と戦ってるとこに柊が乱入してきたんだからな。」

「え!?じゃあお前らあの鬼道とやり合えてたのか?すげー。」

「ま、まあ途中で柊が持っていちまったけどな。」

 迫間は本当はボロボロにやられていたところを柊に助けられたとは言わなかった。その代わり額にはうっすら汗が滲んでいた。迫間はなぜかまた修司に同じ話を振った。

「でも、あの時の柊はホントにヤバいヤツだったよな。治世。」

「そうだな。」

「どんな感じだったの?」

「目は血走って、『殺す!』とか言って鬼道に突進してたし、ありゃ男が見たらドン引きですわ。ははは。」

「こわ~、でも普段から切れたらヤバそうな感じはあるよな柊って。」

「ああ、柊は切れて向かってきたら・・・。」

 他の男子たちは上を見ながら何かを想像して身震いした。


 寮に着くと皆部屋でシャワーを浴び、すぐに食堂に向かう。食堂ではエビフライ、とんかつ、ハンバーグ、グラタンなど、いつもより豪華なメニューが並んでいた。食堂のおばちゃんたちは毎年この日は1年生に久々のまともなご飯を食べさせるために腕を振るらしい。メニューはどれも男子高校生が喜びそうなものばかりである。当然むさぼるようにがっついていた。修司も例外ではない。

 そしてデザートをロビーで食べながら、修司たちはテレビを見ている。空はすっかり暗くなっていて月と星が見える。

 やっぱりあの島ほどは見えないな。

 がやがやとした周囲の騒音と明るい蛍光灯の下、修司は帰って来たのだとしみじみと感じていた。


 翌日からは夏休みが始まった。仙進学園の生徒もこの時期は実家に帰省したり、部活の合宿で遠征をしたりと各地に散らばってしまう。それは普段は学園内での限られた生活を送る仙進学園の生徒にとっては貴重な学園外での時間となる。しかし修司はそうではない。合宿前と同じように朝から森の中の個人訓練場に向かう。6日前も通った道なのに修司はなんだかえらく久しぶりにこの道を通るような感覚になった。そして島の大自然を見た直後だとこの学園の森は人為的に整備されているような気もした。木の種類や足元の歩きやすさなど、違和感すらあった。そんなことを考えながら修司は個人訓練省に着いた。脇の木に長髪の男がもたれかかっている。

「久しぶりです。」

 修司が話しかけると全は読んでいた本を閉じた。しおりは本の中央ほどに挟まれている。

「合宿はどうだった。」

「自分なりに掴むものはあったと思います。」

「ふっ、それは楽しみだな。だがまずはコイツとだ。」

 木の陰からヘルメットを被ったモグラがひょこっと顔を出す。モグラは手を挙げて挨拶でもするかのような動きをする。そしてまたいつもの基礎訓練が始まった。全が描いた無数の円を踏みながらモグラを追う。そして時折投げられる石を剣で防ぐ。そこで修司は何か異変を感じた。

 あれ・・・?

 飛んでくる石を剣で切る修司。モグラを追い、また飛んでくる石を切る修司。明らかに以前よりも剣が石にミートしている。合宿の成果か、これまでの全との訓練の成果かが出たのかは分からないが、投げられた軌道からほぼ正確に石を捉えることができていた。ほぼ全ての石を落とすことができている。

 2時間ほどの訓練の後、休憩中に珍しく全が話しかけてくる。

「前より最後まで目で追えている。無駄な時間は過ごしていなかったようだな。」

 修司は、合宿中に多くの戦闘経験を積んだ。それはこれまでとは違い、いつ、どこから、どんな攻撃が来るのか分からないという状態が、高い集中力と洞察力を育んだのだ。


 良く晴れた空からジリジリと日が照りつける中、いよいよ影武者との訓練が始まった。

「[ハイパーシーン]。」

 修司はハンマーを構える。影武者の武器は鎚型で、先端は角のように尖っている。槌は2mほどの大きさで、威圧感がある。修司はいつものようにまずは回り込みを狙う。影武者の動きは鈍く感じる。軽く仕掛けて様子を見る。影武者は簡単に弾く。しかし自ら仕掛けては来ない。

 待ちの戦法か。

 修司はまた仕掛ける。今度は強く押すように。影武者は動かない。持っている槌の重さもあるのか、体勢を崩すことができない。影武者は反撃をするがそれを修司はかわす。数回そのようなやり取りが続く。

 なんか今までよりも反応がにぶいよな・・・。

 これまでの影武者は反撃のチャンスには追撃を仕掛けてくることが多かったが、今回はほとんど反撃をしてこない。

 槌で動きが鈍っていてあんまり動けないか・・・何か狙っているかだが・・・前者か?

 

 15分ほどの戦闘の後、そこには、汗を流す修司と、武器を飛ばされ、傷ついた影武者の姿があった。修司の読みとは違い、影武者に特別な動きはなく、少しずつ削っていった修司が勝ったのだ。木陰にいた全が口を開く。

「影武者が弱いと感じたか?」

「弱い、と言うより、何のひねりもないように思った、の方が正しいかもしれない。」

 修司は自分の手の平を見つめた。

「この風武者は別に弱くしていない、なんならこれまでより強くしていた。」

 修司は顔を素早く挙げて全を見た。

「お前は合宿を通して、次にステージに到達したようだな。」

「次のステージ?」

 全はわずかに笑っているようにも見える。

「お前、合宿でどうしようもなく強い奴と戦っただろ。」

 修司はドキリとした。

「そして、きっと同レベル同士のぶつかり合いも見たんじゃないか?」

 修司はうなづく。まさに鬼道と柊のことだ。

「詳しくその時のことを話してみろ。」

「はい・・・。」

 修司は、合宿4日目の死闘のこと、そして、自分が全く太刀打ちできなかったことを、その悔しさを正直に話した。全は、時々相槌を打って話を聞いた。話し終えると、やはり全の顔はにやけているように見える。

「人間は大きな壁にぶつかった時に、大きく2つの反応に分かれる。」

 修司はゴクリと唾を飲む。

「1つは、その壁への恐怖に支配され、壁から逃げようとする反応だ。そして、もう1つは、その壁をぶち破ろうと必死に食らいつく反応だ。」

「・・・そんな2つは当たり前じゃないか?」

「そうだ、当たり前の分岐だ。・・・だが、世の中の人間のどれだけが、本当に壁をぶち破ろうと思う?」

「それは・・・。」

「多くの人間は、『壁が大きすぎた。』『仕方がないことだ。』と言い訳を作る。それも無意識にだ。」

 修司は黙って話を聞く。鳥の影が頭上を通り過ぎた。

「だが、お前は違う。お前は、壁に愚直にひたすらぶつかることができる。」

「・・・ひたすらぶつかる。」

「そして、今回の経験で、お前の闘技の経験と技術が、執念と混ざり合い、お前の戦闘センスをワンステージ上に持ち上げたのだ。」

「そ、そんな突然・・・。」

 修司は困惑する。

「ふっ。何も突然じゃない。お前はずっと積み上げてきて、それはもう次の扉を叩いていた。きっかけが欲しかっただけだ。」

「次のステージ・・・。」

 修司は、何か急に満たされたような、充ち溢れるような感覚になった。

「さあ、訓練も次の段階に入る。」

「ど、どんなことをするんですか!」

 修司は前にのめり出した。

「俺と試合をするぞ。」

「全さんと・・・試合・・・。」

 修司は口元がほころぶのを感じた。遂にここまで来たのだと。

「20分後、試合をする。今は休んでおけ。」

「はいっ!」

 8月の太陽がジリジリと熱い。

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