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第16話

「二人とも、子供じゃないんだからケンカはやめなさいっ」


 ヴェルがやってきて俺たちを諌めた。手には紅茶と菓子箱が置かれたお盆を持っている。


「いや、こっちは子供だろ、っ痛!」


 頭に鈍い痛みがした。床にポトリと本が落ちる。これは……さっきクローゼットの中に置いてあったやつだ。このガキ……。


「こ、こいつは何なんだ!?」

「この子はグーラン。情報収集や作戦立案、あと諸々の小道具類の製作を担当してくれてる。今回使った閃光弾や胡椒の入った弾丸は彼女が作ってくれたものよ。そして――」


 グーランはクローゼットから降り立ち、まだヴェルが話しているのに、菓子箱へと手を伸ばす。

 が、その時、ヴェルが菓子箱を退けた。


「ほへ!?」

「グーラン、話を最後まで聞きなさい」

「……うーい」


 グーランは不満を滲ませた低い声を出す。

 グーランを制したことを確認してから、ヴェルはコホンッと息打って、話を続ける。


「そして、分かってると思うけど、彼が今回の目標ターゲットのブレイド・ライデンシャフトよ」

「はいはーい」

「ま・じ・め・に!」

「……わかったよ。ワタシはグーラン・シュラウド。十四歳だ」

「十四!? 子供だとは思ったけど、そんな幼いとは」

「子供じゃない! 少なくとも、知能に関してはお前よりは上だからなー!」


 グーランはその小さな腕を組んで鼻を高くした。うーん。やっぱりこの"子供"は少し、ピキッとくるな。


「グーラン?」

「……ま、まあ、でも、ブレイドがホントに生きていたとは驚きだな」


 ヴェルは半目でグーランを睨む。それを見てグーランはやばい、と肩をビクつかせる。ついさっきまでの軽口はどこへやら、視線を泳がせながら、話題を変えた。

 

「……やっぱり、傍から見るとそういう風に見えるのか?」 

「まあなー。お前の所在を突き止めるのに三ヶ月かかったからな」

「国家の機関が調べてもそれなのか……」 

「何せ戸籍や過去の履歴も何も残ってないからなぁ」


 永世国外追放される者は国家にとって都合の悪い人間ばかり。早くその存在を消してしまいたいのだろう。とりわけ俺の場合は王国が『王国勇者隊から裏切り者が出た』と知られることを警戒していたからか、それが徹底されたらしい。だが、まさか戸籍の情報すら消されているとは……。


「まあ、下調べしたのは他の隊の奴らだったけど、あまりにブレイド・ライデンシャフトについての情報がなくて、少しキレてたよ」 

「なんか……申し訳ないな」 

「まあ、いいわ。それも含めて話しましょう?」


 ヴェルは取り上げていた菓子箱をグーランの元に差し出した。 

 グーランは「わーい」と言わんばかりに菓子の入った箱を無邪気に開ける。中身はイチゴタルトのようだ。


「やっぱり子供だな、って痛!」


 グーランが空箱を投げ飛ばしてきた。こいつ、あとで覚えておけよ……。

 イチゴタルトにありつくグーランを横目に、俺たちは現状を整理することにした。 


「……なるほど。キミが国外追放になったのには、そういう経緯だったんだね」


 俺はヴェルに今までのことを洗い浚い話した。彼女たちもさすが国家機関といったところで、そのほとんどを知り得ていたが、魔法使いリーネのことについては、詳しいことを把握していなかったようで、少し驚いていた。


「ふあ、ふつおにかんえれあ、りーぬえてのぐあやふぃいよあー(まあ、普通に考えればリーネって奴が怪しいよなー)」

「食いながら喋るな」 


 グーランはイチゴタルトを頬張って、口をモグモグさせている。


「確かに、リーネ・フェアラートは特に怪しいわね」 

「豹変してからのメアシスは、俺やアネットのことは避けるようになったけど、反対にリーネとだけは異常に距離を詰めていたんだ」

「水晶がキミの部屋に置かれていた時に宰相と衛兵を連れてきたのも、タイミングが良すぎるね」

「ああ。きっと、全て仕組まれていたんだ……」


 締め付けられるような胸の痛み。追い落とされたことへの憤りというよりも、あの冷たく虚ろなメアシスの目を思い出すと、ただひたすらに悲しかった。


「でも、メアシスをおかしくさせたのは、エーテルで間違いないと思う」

「どうして、そう思うの?」

「メアシスが豹変し始めた頃から、あいつの周りに白いもやみたいなものが見えてたんだ。それと同じものが、今回デレツィアで戦った、あのエーテルを使ってた男にも見えたんだ」

「ちょっと待って、白いもや? キミにはそんなものが見えたの?」


 ヴェルは目を見張って言った。その声音には、驚きと僅かな緊張が滲んでいた。 


「ああ。腹に攻撃した時にだけ見えたから、おそらくエーテルを発動した時に見えるんだと思う」

「驚いたな。今のところ、エーテルには明確にその使用を判断できる特徴がないってされてきたのに……白いもやか。これは中々に面白いことになりそうだ」

「うん。やっぱり、キミを強引にでも連れてきてよかった……。それで、勇者メアシスにもそれが見えたって?」

「ああ。ちょうど、メアシスが豹変した頃くらいから、見え始めたんだ。もっとも初めは気の所為せいだと思ってたし、今までそれが何なのかはちっとも分からなかったけどな」

「でも、二例だけじゃなぁ。もう何回か、エーテルを使う敵と戦ってみないと、確実にそれとは言えないかもなぁ」

「だが、そもそもエーテルってのは一体何なんだ?」


 メアシスを操っていたのがエーテルだとしても、正直なところ、俺はエーテルについて何も知らない。真相にたどり着くためにも、できるだけ知識を得ておくべきだ。


「それがよく分かっていないの。分かってるのは、エーテルには魔法を打ち消す力があるってことだけ」

「ま、魔法を打ち消す!? 魔法じゃあ刃が立たないってことか!?」

「落ち着きなさい? 打ち消すと言っても、完全に無効化されるって意味じゃない」

「それってどういう……」

「熱い水と冷たい水みたいな関係にあるってことだな」


 グーランがイチゴタルトを「もう一つ」と取り寄せながら言う。

 

「熱い水と冷たい水?」

「熱い水に冷たい水を注げば温度は下がるが、一瞬で冷たくなるわけじゃないだろ? それと同じで、エーテルにはある一定の魔力の魔法を打ち消すってことが確認されてるんだ」

「……じゃあ、逆に言えば、魔力がエーテルを上回れば、エーテルを使う相手にも攻撃を与えられるってことか?」

「そうだ。でも、それには相手が持つエーテルを圧倒的に上回るほどの、規格外の魔力でぶつかり合う必要がある」


 なるほど。熱湯に冷水を同じ量だけ注いでも、温くなるだけで、冷たくはならない。冷たくするには少なくとも熱湯の二倍以上の冷水が必要になる、みたいな話か。


「でも、エーテルは魔力と違って身体への負荷が小さくて、しかも使える量に明確な上限がないってことが分かってる。そんなほとんど無限に力をバンバン使える奴相手に魔法で立ち向かうなんて、普通の魔法使いには無理だ。体が保たない」


 魔力は本来、人間が使うものではなかった。魔族が持っていた能力を、半ば強引に人間でも使えるようにした代物だ。だから、使い過ぎれば身体に悪影響が起こり、最悪の場合、細胞の壊死や臓器不全を引き起こす。

 なのに、エーテルは魔法を打ち消す上に、使用に上限がないときた。グーランの言う通り、そんな相手と魔法で正面から戦えば、体が壊れてしまう。

 

「エーテル……なんて恐ろしい力なんだ……けど、それでメアシスが操られてるなら、許せない」


 刹那、ヴェルがピクリッと体を震わせた。

 口元にはティーカップが寄せられている。熱かったのだろうか?

エーテルという力についてヴェルたちから色々と聞いたブレイド。しかし、その正体は依然としてよくわからない。エーテルに対して強い気持ちを示すブレイドをよそに、ヴェルはピクリと体を動かした。


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