表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/10

03 大野治長

「士は己を知る者のために死ぬという……なら今、死ぬのはここではないのかもしれん」

 這々(ほうほう)ていげる徳川家康を見て、真田信繁は馬首を返した。

 背後で、まだ豊臣秀吉に対する呪詛を吐いている。

 老いによるものか、あるいは長年秘めていた憎悪が爆発してしまったのか。

 いずれにせよ、信繁はここで家康を追い詰め、その首を取るのを諦めた。

 愛馬を馳せる。

 駆ける、駆ける。

 大坂の城へ向かって。

 途中、越前福井藩の西尾仁左衛門という輩に遭遇したが、一蹴した。

 その際、邪魔だったので、もはや無用と、赤備えの兜をかなぐり捨てた。

 その後、風の噂に仁左衛門が「信繁の首」を得たというが、きっと落ちていた赤い兜を使ったのだろう。

 気がつくと、城門は目の前。

「開門! 真田左衛門佐なり! 大野修理! 開けろ!」

 門が開いた。

 中から大野治長が出てくる。

「左衛門佐」

「修理」

「家康は」

「おぬしの読みどおりだった」

「和睦、降伏も?」

「そうだ」

 治長は詰めに余念がない。

 きっちりと、信繁が唱えていた和睦、あるいはゆるやかな降伏も、可能性として駄目なのかを問うてきた。

 それだけ……それだけ、信繁に対して遠慮しているのか、あるいは追い詰めることにより、信繁におのれの策を用いさせたいのか。

 それは判然としない。

 ただ、ひとつだけ言えることは、大野治長という男が、豊臣秀頼という人物を、どうにかして生かしたい、ということだ。

 そしてそれは、秀頼の父が治長だった、という風聞が真実であるという証左かというと、そうでもない。

 なぜなら。

「修理」

「なんだ」

「おぬし……よくぞそんなことを気づいたものだ。あるいは、思いついたか」

「……両方かな」

 治長は笑った。

 からりとした、晴れ晴れとした秋空のような。

 そんな、爽やかな笑顔だった。

 それを見て、信繁は決めた。

 この男の策に、乗ってみよう。

「秀頼(ぎみ)は」

「山里丸だ。茶々さま(あの方)もいる」

「……よし、それではそこに乗り込もうじゃないか」

「頼む。茶々さま(あの方)は……おれが引き受ける」

「わかった」

 信繁はうなずいた。

 山里丸。

 一般に、豊臣秀頼と茶々の母子の終焉の地と知られる曲輪である。

 今その山里丸に、秀頼と茶々は避難している。

 時すでに、大坂の陣、佳境。

 信繁が入城した直後、城は落ち、各所から徳川とその麾下の大名の兵が、侵入を始めていた。

 わらわら、わらわら、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ