03 大野治長
「士は己を知る者のために死ぬという……なら今、死ぬのはここではないのかもしれん」
這々の態で遁げる徳川家康を見て、真田信繁は馬首を返した。
背後で、まだ豊臣秀吉に対する呪詛を吐いている。
老いによるものか、あるいは長年秘めていた憎悪が爆発してしまったのか。
いずれにせよ、信繁はここで家康を追い詰め、その首を取るのを諦めた。
愛馬を馳せる。
駆ける、駆ける。
大坂の城へ向かって。
途中、越前福井藩の西尾仁左衛門という輩に遭遇したが、一蹴した。
その際、邪魔だったので、もはや無用と、赤備えの兜をかなぐり捨てた。
その後、風の噂に仁左衛門が「信繁の首」を得たというが、きっと落ちていた赤い兜を使ったのだろう。
気がつくと、城門は目の前。
「開門! 真田左衛門佐なり! 大野修理! 開けろ!」
門が開いた。
中から大野治長が出てくる。
「左衛門佐」
「修理」
「家康は」
「おぬしの読みどおりだった」
「和睦、降伏も?」
「そうだ」
治長は詰めに余念がない。
きっちりと、信繁が唱えていた和睦、あるいはゆるやかな降伏も、可能性として駄目なのかを問うてきた。
それだけ……それだけ、信繁に対して遠慮しているのか、あるいは追い詰めることにより、信繁におのれの策を用いさせたいのか。
それは判然としない。
ただ、ひとつだけ言えることは、大野治長という男が、豊臣秀頼という人物を、どうにかして生かしたい、ということだ。
そしてそれは、秀頼の父が治長だった、という風聞が真実であるという証左かというと、そうでもない。
なぜなら。
「修理」
「なんだ」
「おぬし……よくぞそんなことを気づいたものだ。あるいは、思いついたか」
「……両方かな」
治長は笑った。
からりとした、晴れ晴れとした秋空のような。
そんな、爽やかな笑顔だった。
それを見て、信繁は決めた。
この男の策に、乗ってみよう。
「秀頼君は」
「山里丸だ。茶々さま(あの方)もいる」
「……よし、それではそこに乗り込もうじゃないか」
「頼む。茶々さま(あの方)は……おれが引き受ける」
「わかった」
信繁はうなずいた。
山里丸。
一般に、豊臣秀頼と茶々の母子の終焉の地と知られる曲輪である。
今その山里丸に、秀頼と茶々は避難している。
時すでに、大坂の陣、佳境。
信繁が入城した直後、城は落ち、各所から徳川とその麾下の大名の兵が、侵入を始めていた。
わらわら、わらわら、と。




