6話 お嬢様の騎士団生活
朝はいつもより数時間早く起きて、それから朝ごはんだ。
前世ほど朝に弱いわけではないので、リシアに起こされてすぐに体を起こせた。
朝食はバイキング方式で、食べたいものを食べられるだけ取ると言った感じだ。ただ、肉は絶対食べろと言われた。まあおいしいから文句はないけどね。
意外なことに、リシアはか弱そうに見えて実は結構力もあるし、ご飯も特にガタイのいい男と同じくらいの量を食べている。だからこんなにおっぱいが大きいのか。昨日大浴場でリシアの膝に座っていたが、後ろの弾力がすごすぎてびっくりした。
対して私は普段の朝食に肉が追加された程度の量だ。子供のおなかにはあんなに入らない。
「ごちそうさま。それじゃあ準備しましょうか」
朝食を取り終わったら支度をして訓練場に移動だ。鎧や武器といった装備はリシアに手伝ってもらって身に着け、初めての訓練にワクワクしながら移動した。もちろんスパッツは忘れてないよ。
「こちら、本日より五日間騎士団を体験するシエラ・エイオス様だ」
初日、という事で騎士たちの前に立ち、自己紹介やらなんやらすることになっている。中学の卒業式の時より圧倒的に人が多くて緊張する。
「ご紹介に預かりましたシエラ・エイオスと申します。この度は私の我が儘を聞いていただき、ありがとうございます。これから五日間、あなた方の後輩として、精一杯頑張ります」
こんなものでいいだろうか。一応礼は騎士式でやっておく。
すると、騎士達から黄色い、というか真っ赤な歓声が沸いた。腹に響いてくるこの完成、さすがは騎士が何千人と集まっているだけのことはある。もう一言くらい言っておこうか。
「是非、ご指導お願いします」
さらに歓声が大きくなった。自分で言ったとはいえ、プレッシャーだな。
「では、さっそく訓練を始める! シエラ様はリシアがいる部隊での訓練となります」
リシアと一緒らしい。それなら心強いし、何かあったときも頼れそうだ。
「それではシエラ様、こちらへ」
リグノールについてくるよう促され、リシアの所属する団が訓練する場所まで移動した。
「全員集まったな。では、各自解散していつも通りに訓練を始めろ! シエラ様はリネアと私と一緒に」
「はい、よろしくお願いします」
訓練ではリネア、そして隊長のサラと一緒にやるようだ。リネアとは対照的に、サラは頼れる大人のお姉さんという雰囲気を醸し出している。それに、見るからに強そう。
「では、訓練内容を説明します」
今日の訓練内容はまず走り込み、その後素振りをしてから模擬戦。休憩を挟んで再び模擬戦、最後はトーナメント形式でまた模擬戦と、とにかく戦って覚えるという感じだ。走り込みの時点で体力なくなって見学になりそうだ。
「シエラ様は普段運動などしているのですか?」
「いえ、あまり……」
普段の運動といえば魔法のついでに少しだけセナに見守られながら庭にあった小学生男子が好きそうな木の枝を剣に見立てて素振りをしていたくらいだ。体力はついてない。
「でしたら、まずはここから寮まで走り切りましょう」
今いる場所から寮までか……。なかなか距離があるが、走り切れるだろうか。
前の身体ならまだしも、この身体では行ける気がしない。まあ、やるだけやってみるか。
「すぅー、はぁー……よし!」
前世のマラソン大会のように走れば、多分半分あたりまでは行ける。今の私にちょうどいいペースを崩さないように一定の速度で、そして呼吸もなるべくリズムよく。
「おお、なかなかいいフォームですね」
「そうですか?」
「はい、まるで経験者のようです」
まあ前世では陸上部だったし、何度か大会にも出た経験はあるからね。多分安定した走り方ならサラより私のほうがうまいだろう。が、そんなこと言えるはずもないしさすがにごまかす。
「ありがとうございます。過去に我が家の騎士達がこうして走っているのを見たことがあったので、真似をしてみました」
見たことないけどね。
「見ただけでこれほどうまく再現できるとは、さすがです」
だってまあ経験者だからね。
「模倣は私の得意分野ですわ」
これはまあ嘘ではない。そう、嘘ではない。魔法もセナが使っていたものを見よう見まねで覚えたものが多いし。なので決して嘘ではない。
にしても、こうして話ながら走っても案外疲れないな。この身体、意外と丈夫なのかもしれない。
「はぁ、はぁ……っ、はぁ……」
そして数分、さすがに疲れたが、何とか寮からさっきいた場所まで往復することができた。しかし、あの距離を一応少し早めのペースで言ったのにまさかしっかり往復できるとは思わなかった。いつの間にか運動していて体力がついていたのか、この世界の人間の特性なのか。
「お疲れ様です、シエラ様。少し休憩したらもう一周行ってみましょう」
「はい……!」
もう一周ならいけそうだ。
深呼吸で息を整えて、もう一度走り始める。
そして、その往復が終わったらまたサラに言われてもう一往復。結局、合計で六往復位させられた。それも、途中から休憩なしだ。
「それでは模擬戦と行きましょう」
走り終わると、休む暇もなく模擬戦が始まった。まずはリネアが相手らしい。慣れていない運動ですでに体力がほぼ尽きている私に対して、見習いとはいえさすがは騎士、リネアは疲れた様子もない。
「リネア、すごい……」
「私たち騎士は騎士学校に通っていたころからずっと訓練してきましたからね」
騎士学校なんてものもあるのか。そりゃその時代から訓練してきたのなら体力も力もあるわけだ。
「では、まず私が防御に徹しますので、シエラちゃんは攻撃してきてください」
「わかった、それじゃあ——」
模擬戦用の木剣を振り上げ、叩きつけるように思いっきり振りかぶる。
「力任せにしてはダメです。もっと素早く、防がれないように」
ちょっと何を言っているのかわからない。それ、相当な技術が必要なのでは?
「例えばそうですね——」
そう言うと、突然リネアがサラに攻撃を仕掛けた。
「なっ、貴様……」
「隊長なら防いでくれるかなと」
「まあ確かにあれくらいなら余裕だが、そう言うことじゃないぞ」
サラには防がれていたが、確かに素早く、防ぎにくい場所を的確に寝らった攻撃だった。それを防ぐサラも、さすが団長といったところか。
「どうです?」
「私には再現できそうにないわ」
「そうですか? 案外シエラちゃんならすぐ会得できると思いますけどね」
ないない。さすがにあんなとんでもない速度での攻撃なんてまず体が追い付かない。そもそも攻撃が早すぎてギリギリ見えたレベルだったし。けど、どうもこの身体は前世の身体よりもすでに身体能力が高そうだし、真似事くらいならできるかもしれない。
確か、リネアがやっていたのは突きだったか。剣というより槍の攻撃という感じだが、まあ剣でもできるでしょ。
試しにやってみよう。あの速さは再現できなくとも——
「せやっ」
さすがに無理だった。リネアが見せた攻撃は私の見た限りでは一瞬で三回の刺突攻撃を繰り出していた。多分、私が三回攻撃する間にリネアはそれを四回くらいはこなすだろう。
「型は完璧ですね。なので、あとはひたすら速くする練習です!」
「まさか、あれを見ただけで技を模倣してのけるとはな」
「ほとんど見えてなくて直感だったけど、出来ていたならよかったですわ」
見えたのはほぼ一発目のみ、あとはほとんど直感でやってみたが、以外にもそれで正解だったようだ。そしてあとは速度だけ……とはいっても、さすがにあの速さは再現できなさそうだ。魔法でも使って身体能力強化とかできるなら案外習得できそうだけど。
「あ、でもこの技って槍の技なんですよね」
リネアは首をかしげながら、今更そう言った。
「はぁ、やっぱりリネアは肝心なところで抜けているな」
「そんなことないですよー」
そんなことありますよ。昨日だって私の前で何回こけたことか。それに今も。
「あ、でも今から槍の特訓をしてもいいんですよ?」
「槍、槍かぁ……」
槍といえば少し前——とはいっても前世のことだからもう数年前になるが、当時ハマっていたゲームでよく槍を使っていたけど、あれは槍って言うか最早魔法だったもんなぁ。
「そうだ、この模擬戦で魔法を使ってみても?」
「私は構いませんが……どうですか、隊長?」
「魔法使いの戦闘がないとも限らないからな。では、許可します」
「ありがとうございます。それなら……」
さっきよりはまともに戦えるだろう。
現在使える魔法はセナに教えてもらった水、風、炎。この魔法で手数を増やして無理やり攻撃をねじ込む。それに、風魔法を使えば多少は行動速度を上げることもできる。
「では、始め!」
リシアはさすがに開幕速攻なんてことはしてこなかった。出方を伺うようだ。にしても、全く隙がない。どこからどう攻撃してもいなされそうだ。けど、さすがに魔法を使えば行けるでしょ。なんて、慢心したら負けるか。
まずは、様子見もかねて魔法を数発。といっても、実戦で使えるレベルの魔法じゃないから強くはないが。
「水魔法ですか、水魔法は精度を上げることで攻撃性能も高くなります。もっと一点を狙うように」
私の放った魔法を土魔法で作った壁で防ぎながら、アドバイスをくれた。さすが、経験者には通用しないか。
なら、風魔法で——
「風魔法は自身の速度向上、あとは極限まで薄く、早く放つことで刃にもなりますよ」
確か同じことをセナも言っていた。実の前で魅せてくれたが、さすがに再現できなかった。
今回も、どちらかというと風で出来た弾を当てた程度だ。これでは隙を作ることもできない。
もっと同時に放つこともできるけど、そうすれば今度はさっき以上に弱くなる。
そうだ、なら水で武器を再現して、それを動かす感じに——
「おお、すごいですシエラちゃん!」
水で作った剣を私が使う剣と同時に動かして、後ろからも同時に攻撃する。
「よし!」
魔法の防御も突破出来た!
私の剣が通らなくとも魔法で攻撃できれば——
「あと二本あれば実戦でも通用するかもしれませんね」
行けると思ったが、さすがに甘かったようだ。私と同じように水で作った剣で背後からの攻撃を防がれた。けど、まだもう一本くらいなら増やせる。
「うひゃぁ」
剣で私を弾き飛ばし、横からの魔法も防いだ。
「そこまで」
惨敗だ。魔法を使ったところでまだ私の魔法じゃ手も足も出ないか。
「隊長、見ててどうでした?」
「そうだな、戦いの才能はあるけどまだ技術が追い付いていない……。訓練すればすぐにでもリシアに追いつくだろうな」
確かにまだセナに教わっている途中だしね。それと、魔法に集中すると剣が疎かになるのも弱点だ。果たして克服できるのか。
「では、今日は戦いながら剣の特訓をしましょうか」
「私から、ご指導いたします」
「お、お手柔らかに……」
その後、二人にみっちり扱かれた。
相当疲れたが、実感できるくらいには上達した。
アドバイスを受けながらひたすら戦っていたら、手加減されてはいるものの、それなりに打ち合えるようにはなった。それに、ある程度までなら攻撃を見切ることもできるようになった。一日でこれほど上達するとは、実は才能があるのかもしれない。
……しかし、残念ながら魔法は上達しなかった。
「お疲れ様です、シエラちゃん」
「ふぁ、ちょっと寝てた……」
疲れ果てて、リネアにおんぶされて寮に戻っている途中だった。
「ふふっ、シエラちゃん、普段は大人びてるけど寝顔はまだまだ可愛らしい子供ですね」
「んなっ⁈」
「赤くなるところも可愛いです」
やってしまった。せっかく頑張っていたのに。しかも可愛いなんて、恥ずかしいし実質二十三歳の私的にはまた違った意味でも恥ずかしい。
「貴族とはいえまだ六歳なんですから、もっと楽にしても誰も文句は言わないと思いますよ?」
「そう?」
まあ確かに家のメイドや騎士達はそうだが、平民たちもそんなものなのだろうか?
「大丈夫です、シエラちゃんは可愛いですから」
ダメそうだ。けど、リシアの前でなら……いいのかな?
「あら、また寝ちゃいましたか」
今日は、よく頑張った。
※ ※ ※
二日目、今日はリシアに戦い方を教わっている。
昨日以上に激しい剣の攻防、そしてリシアが使う魔法も昨日より強烈だ。さすがに防戦一方になるが、そろそろ感覚はつかんできた。
たまに私が攻撃する時、いつもリシアは防ぐというよりは受け流している。それも、何度かやられているうちにそろそろ覚えてきた。
攻撃を見切って受け流して——
「せやっ!」
「そこまで!」
「やった!」
ようやく一本取れた。
攻撃を受け流してそのままカウンターを放つ。手加減されていたとはいえ、我ながらよくやったものだ。
「おめでとうございます、シエラ様。まさか二日目でここまで成長するとは思いませんでした」
「いやー、あんなにあっさり技を盗まれるとは思いませんでしたよ」
二人も驚いている。
正直なところ、私自身も驚いている。まさか、リシアの技を盗めるとは思わなかった。確かに友達とゲームで対戦して何度も負けるうちに戦い方を真似してやっと勝てたなんてことはあったが、それを現実で出来るとは。
「でも、シエラちゃんは戦う時にとにかく学ぼうとしていましたからね、当然と言えば当然かもしれません」
しっかり見透かされていたようだ。
リシアと戦う時、とにかくリシアの戦い方を見るようにしていた。
さすがにこの動きを見たいからと誘導するなんて器用なことはできなかったが、打ち合っているうちにある程度吸収できたと思っている。まあそれも、リシアがしっかり戦いながらアドバイスをくれたおかげだが。
「これは、私ももっと精進しなければシエラ様にすぐ追い抜かれてしまいますね」
「けど、そこに至るまでは何年もかかりそうですわね」
「シエラ様はもっと経験を積めばすぐですよ。冒険者として経験を積むのも、騎士に教わるのも、あとは通うことになるでしょうが、エセリアでも学べるでしょう」
冒険者か……。道としては悪くない。活動しているうちに魔法も剣も上達しそうだし、お金も稼げそうだ。まあお金に関しては困っているわけでもないけど。それい、騎士に教わるのも、いい。リシアやサラ、それに家の騎士達はレベルが高いから、しっかり稽古をつけてもらえば数年後には立派な騎士にもなれるかもしれない。ならないけど。
そしてエセリア。確かエセリアは貴族が通う学院だったか。ママに「あなたが十四になったら通うのよ」と言われた気がする。ここでも学べるのなら学んでおきたいな。
「エセリア、懐かしいですね」
「リシアも行ってたの?」
「はい、騎士学校に入学する前はエセリアにいました。まああそこでは騎士より貴族って感じでしたけどね」
「リシア、貴族なの?」
「あれ、行ってませんでしたっけ?」
聞いた覚えはない。
「リシアは一応男爵家の娘なのですよ。そして、私は伯爵家の次女です。女の騎士は大体貴族の産まれです。でないと、なかなか騎士への道は歩めませんから」
「なるほど、いろいろあるのですね……」
ほとんど男性しかいないあたり、やはり女が騎士になるのは難しいのか。恐らく、家の伝手があってようやくとかそんなところだろう。
「あ、でも最近はどうもあわただしいようで——」
「リシア、それ以上はやめておけ」
「あわわ、ごめんなさい」
どうやら騎士団も大変なようだ。近々大規模な戦闘でもあるのだろうか。最近は国境沿いでの国同士のトラブルというのが多いらしいし、もしかしたら戦争というのもあるかもしれない。そうなれば、確実にエイオス家は巻き込まれる。今のうちに逃げた後のことも考えたほうがいいだろうか。
「大丈夫です、何があろうと、我々が必ず解決して見せましょう」
いや、私とて貴族の——侯爵家の娘だ。それに、戦闘に関することだって教えてもらっている。出来ることは何でもする。それくらいの覚悟はしておく。少なくとも、自分の命くらいは守れるようにならなければいけない。
「私とて侯爵家の娘、何かあれば民を守らねばなりません。なので、ここでもっと力を付けて見せますわ!」
堅苦しくて面倒なこともあるが、それも含めて異世界、そして貴族だ。せっかく転生したのだから、多少の面倒ごとくらいは満喫してやろうじゃないか。
「いい覚悟です。では、さらに厳しくいくとしましょうか」
え、まってそれはまだ早いと思うんですけども。カッコつけて啖呵なんて切るんじゃなかった。まあ自業自得だし、頑張るしかないか……。
※ ※ ※
「ふぁあっ」
「おはようございます、シエラちゃん」
またリシアの背中で目が覚めた。
訓練には辛うじてついていけたが、終わったとたん気が抜けて倒れてしまったんだった。まさか、今日もリシアに運ばれるとは。寝顔はもういいとしても、あんなことを言った手前このざまというのはよろしくない。さすがに五日間で体力を付けるなんてのは無理だろうが、せめて次似たような機会があったときこうやって倒れないように毎日特訓しよう。
「サラ隊長は厳しいですからね。でも、あの特訓についていけたんですから自信を持ってくださいね」
サラの特訓は本当に厳しかった。
攻撃はしっかり寸止めでダメージはないが、ひたすらそれを受けて防げるようになるとか、身体に負荷をかけながら戦うとか。強くなる前に死んでしまいそうだ。いや、むしろこの訓練について行けるようになればよっぽどのことがなければ死なないか。
「ねえリシア、私ってどれくらい強くなれるかな?」
「そうですねー、もし隊長の訓練について行って、体験が終わってからも毎日訓練を続ければきっと成人する頃には騎士団で隊長を務めるくらいには強くなれると思いますよ」
「成人する頃かー」
この世界での成人は十六歳だ。あと十年頑張って隊長か……。果たして、騎士団長はどれだけ強いのやら。
「シエラちゃんが強くなってまた私と戦ってくれるの、待ってますからね」
「…………うん、その時は、手加減されなくても勝つよ」
「はい、楽しみにしています。その時のためにも、明日からも頑張りましょう!」
「うん!」
人体に関することはもうちょっと先でちゃんと説明します!




