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色々と? 色々と


 コールター侯爵令嬢は手を振り払われて唖然とした顔をしていた。

 そんな彼女を放って、デヴォンは座っているシェルビーの側に立ち、頭を抱えるようにして優しく抱き寄せた。


「どうして……?」

「それはこちらが言いたい。側室を退いてからすでに6年だ。もし次の側室を取るとしたら、10代の令嬢になるはずだ」

「でも、わたしたち、誰も閨を共にしたことなど……」


 聞いてはいけない言葉を聞いた気がする。

 シェルビーは驚きにそっと目を侍女長の方へと向けた。彼女は無表情であるが、全く驚いていないところを見ると知っているようだ。後宮を丸ごと面倒見ているのだから当然かもしれない。


「もしかして……未経験? やはり機能が……」

「シェルビー、そういうことは夜に」

「ああ、ごめんなさい」


 デヴォンがわかりやすく落ち込んだので、そういう事なのだろう。未経験のうちに不能になってしまうなんて、男としては辛い。何かしらの慰めの言葉を、と思いちらりと下からデヴォンを見上げた。


 彼は飲み込めないものを飲みこもうとするような、ひどく苦しそうな表情をしていた。

 あまりこの辺りは触れないようにしよう。やはり色々と……デリケートな問題だし、止めだけは刺したくない。


「彼女だって、まだデヴォン様のことを知らないのでしょう!? 今ならわたし、すべて受け止められますわ!」


 彼女の訴えに、シェルビーは首を傾げた。


「何のお話?」

「ふふふ。やっぱりまだ知らないのね。この女だって、気持ち悪い蛇だと言って逃げ出すに決まっているわ!」


 蛇、と言われてコールター侯爵令嬢からデヴォンへと目を向けた。彼は気まずそうに瞳を揺らした。


「殿下の先日の様子から蛇は苦手だと思っていたのですが、お好きな方でしたのね。大丈夫です。大人しくて可愛らしいのなら、一緒に暮らしていけますから。是非とも今度、お好きな蛇を見せてくださいな」


 よく考えてみれば、この後宮はデヴォンの後宮だ。もしかしたらルビーはデヴォンの飼い蛇で、密かに飼っていたのかもしれない。女性は苦手な人が多いだろうから、蛇を飼っているということで女性に嫌なことを言われたのだろう。


 確かに愛する人であっても、受け入れられない趣味というものがある。仕方がないことだ。コールター侯爵令嬢も頑張って蛇を好きになったようだが少し遅い。

 シェルビーの言葉に反応したのはコールター侯爵令嬢だった。


「そ、そんな。もう受け入れているというの……?」

「受け入れているというのか、元々大丈夫です。昆虫は苦手ですけど」

「これでわかっただろう。貴女の居場所はここにはない」


 デヴォンは護衛に指示を出すと、座っているコールター侯爵令嬢を両脇から抱えるように立たせて、そのまま連れて行った。入ってきた時とは違い、傷心のようで大人しく従っている。


 その後姿を見送ってから、首を傾げた。


「結局何だったのでしょうか? もしわたしが側室として駄目であっても、あの方が側室になることはないのに」

「彼女はコールター侯爵家でずっと暮らしていたのだが、そろそろ身の振り方を考えろと侯爵に言われたらしい。結婚するか、修道院へ行くか決断を迫られて、こちらに縋ってきたのだろう」

「そういうことですのね」


 矜持が高そうな女性だ。貴族令嬢としての適齢期を大きく超えてしまった彼女に残された結婚相手はいくらもいないのだろう。年下であるシェルビーでさえ、適齢期を超えてしまってからは婚約の申し込みがなかったのだから。


「シェルビーは本当に蛇は苦手ではないのだな」

「ええ。大丈夫です。つるつるして少しひんやりした肌も触っていて気持ちいいですし。殿下が蛇を飼っているのなら、見せてもらいたいぐらいです」


 真剣に答えれば、デヴォンは何かを決めたような真面目な顔をした。


「……今夜、時間をくれないだろうか? 見せたいものがある」

「わかりました。お待ちしておりますね」


 今までの側室たちはひどい拒絶をしたのか、あまりにも青い顔をして悲壮感が漂った表情をしているので、安心させるように微笑んだ。


 大丈夫。どんな蛇が来ても問題ない。

 大きくても太くても色が微妙でも。デヴォンが可愛がっている蛇に不安はなかった。


「では今夜、食事を一緒に食べよう」


 デヴォンは身をかがめて、座っているシェルビーの額にキスをした。



******


 デヴォンと約束をしたので、仕方がないと思うが、もう少し手加減が欲しかったとシェルビーは長椅子の上で伸びていた。


 デヴォンが仕事に行くと去って行ってから、侍女長をはじめとした侍女たちが燃えた。

 皮がむけているのではないのだろうかというほど念入りに体を洗われ、しっとりとした香油を塗られた。その後はマッサージだ。全身をマッサージされ、さらには手と足の爪も丁寧に手入れされた。


 その間には、夜の教本が渡され、復習をする。


 すべてが終わった頃には、夜の食事の時間になっていた。

 食事はデヴォンが一緒にすることになっており、メニューもいつもよりも豪華だ。二人では食べきれないほどの量の食事がテーブルの上に並ぶ。後宮にいる使用人たちの期待度の高さを感じる。


 執務が終わり、後宮にやってきたデヴォンも同じことを思ったのか、テーブルの上に乗った料理の数々に唖然としていた。


「二人でこの量を?」

「食べられるだけでいいそうです」

「そうか」


 とりあえず、二人で食事をした。初めて一緒の食事であったが、デヴォンの気安さのおかげか、楽しいひと時だった。食事が終わり、お茶が出てくる頃にはすっかり気を許してしまっていた。


 楽しい気持ちでシェルビーはデヴォンに聞いてみた。


「殿下はわたしのことをどう思っているのですか?」

「貴女が側室を受けた理由を知っていて、それでもいいかと思っていた。子供ももう諦めていたからね」


 お金のためだと知っていて、黙っていてくれたのか。


 正直、知っているだろうなと思っていた。ローリング伯爵家の借金は隠せていなかったし、その後すぐに側室として推薦状を書いてもらうように懇意にしていた貴族夫人にお願いしたのだ。知らない方が不思議なくらいだ。


「そうでしたか。本当に恥ずかしい理由ですわ」

「普通は給金の他に宝石やドレスを強請るものが多いのだが、貴女は何も強請らなかった。侍女や護衛達にも横柄な態度は取らなかったので、嫌な気持ちにはならなかったな」

「……そういうこともできましたのね」


 宝石を強請るなんてやったことがなかったため、思いつかなかった。シェルビーはなるほどと頷きながら、お茶を飲む。


「今は貴女でよかったと思っているよ」


 そう言うと、デヴォンは立ち上がった。すっと手を差し出される。その手の意味が分からないわけがない。

 侍女長お勧めの夜の教本の内容が頭の中で再現される。


 恥ずかしくなるが、これが側室の仕事だ。

 気合を入れて、彼の手に自分の右手を乗せた。彼の手がしっかりと包み込む。その温もりにどきりと胸が跳ねた。


「緊張している?」

「ええ。少し」

「私も緊張しているよ」


 お互いに顔を見合わせて、くすりと笑った。二人はゆっくりと寝室へと移動した。


 部屋に戻ると、侍女たちが慌ただしく夜の支度を行う。デヴォンも汚れを落としてくると浴室の方へと姿を消した。


 デヴォンが出て行ったのを確認して、侍女がネグリジェをシェルビーに持ってきた。侍女はどこか嬉しそうにそれを広げる。初夜の時に準備されていたものよりもはるかに刺激的だ。あまりにも明け透けなそのネグリジェに顔が引きつる。


「……これ、どうしたの? 初めて見るけど」

「陛下からの贈り物です。無事、篭絡することを祈願して選んだそうです」

「このネグリジェを着なくてはダメかしら?」

「もちろんです。心配しなくても、慎ましやかな雰囲気は残っていますから」


 絶対に嘘だと思いつつも逆らうこともできず、白の薄い布でできたネグリジェを身に纏う。いつも着ているものよりもはるかに薄く、肌が透けている。胸元もやや大きめに開いているのも気になって仕方がない。隠しておきたいところには刺繍が施されているので直接透けたりしていないが、逆に強調してしまっている。


 こんな姿を見られてどう思われるのか、心配しながらシェルビーは寝台の隅に腰を下ろした。





 寝室の扉を開けたデヴォンはシェルビーの姿を見て立ちすくんだ。


「なんだ、その格好は」

「殿下の好みで作って祈願してくださったそうです」

「誰が?」

「陛下が」


 デヴォンは閉めた扉に背中を預けた。シェルビーに近寄ることなく、俯きながらぐりぐりとこめかみを揉みこんでいる。


「あの人は一体何を考えているんだ……」

「好みではありませんでしたか。着替えてきましょうか?」


 男性との夜を過ごしたことのないシェルビーはどうしていいのかわからず、とにかく着替えてくることを提案した。デヴォンは大きく息を吐いてから、顔を上げる。何とも言えない笑みが浮かんでいた。


「大丈夫だ。ただ私が我慢すればいいだけの話だ」

「わかりました。それでは先に見せたいものを見せていただけますか?」

「そうだったな」


 デヴォンは大股で寝台に近寄ってきた。座っているシェルビーは無防備な様子でただただ彼を見上げた。彼はシェルビーに覆いかぶさるように屈みこんでじっと彼女の目を見つめる。


「殿下?」

「その、もしかしたらこれを知ったことで私のことを嫌いになるかもしれない。そう思うと非常に怖いんだ」

「それって蛇に関することですか?」

「そうであるし、それだけでもない」


 よくわからなくて、首を傾げた。


「わたしとしては男としての機能にとどめを刺さないか心配しています。ほら、それで処罰されても辛いですし」

「……頼むからその考えから離れてくれ。私に問題はない」


 低い声で呻くと、抱きしめられた。大きな胸に抱きこまれて、シェルビーが目を見開いた。


「え、ええ?」

「目を瞑れ」


 強く言われて反射的に目を瞑った。ふっと抱きしめていた腕が消えた。包み込むような温かさが失われて、シェルビーは目を開けてしまった。


 先ほどまで部屋にいたデヴォンがいない。茫然としていると、しゅるりと音が鳴った。膝の上に視線を落とすと、そこにはルビーがいる。綺麗な赤い瞳がじっとシェルビーを見つめていた。


「ルビー?」


 ルビーをひょいと両手で包み込むようにして持ち上げて、目を合わせた。


『これでわかったか。ルビーは私だ』

「しゃべった?」


 ルビーが人間の言葉を喋っていた。現実味のないことであったが、現実である。


 ルビーと黙って見つめ合うこと数秒。


 シェルビーは驚きの声を上げた。


「ええええ? ルビーったら男だったの!?」

『そっちか!』

「だって、女の子だと思っていて」

『もっと違うところを驚け!』


 なんだか怒られているようだが、ルビーに言われているだけだ。次第におかしくなってしまって、シェルビーは笑い声を立てた。


「嫌だわ。ルビー……いえ、殿下はわたしの不満を毎日のように聞いていたのね」

『そうだ』

「どうして正体を教えてくれたの?」

『お前は私の姿を見ても怖がらなかったからな』


 なるほど。

 シェルビーはこの時になって、ようやく他の側室が子供ができない理由が分かった。この姿の彼を受け入れることができなかったのだろう。きっとシェルビーにしたようにそっと蛇の姿を見せて反応を見ていたのだ。


「ふふ。ではこれからは殿下の姿で来てくださいますの?」

『ああ』

「それは困りましたわ。わたし、ルビーのことを気に入っていたんです」

『……人間の姿の私は不要か?』


 どこか自信なさげにしょんぼりとするデヴォンにシェルビーは微笑んだ。蛇の姿の彼にチョンとキスをする。


「きっと好きになります。だからもっと教えてください、殿下のことを」


 恥ずかしく思いながらも伝えれば、ぎゅっと強く抱きしめられた。大きな体がシェルビーを包み込んだ。


「ありがとう」

「……あの、服は?」


 恥ずかしくて真っ赤になれば、デヴォンはニヤリと笑う。


「蛇は服は着ないからな。元に戻ると自然とこうなる」

「!!」


 シェルビーはそのまま卒倒した。









 その後、シェルビーは無事デヴォンの子供を産んだ。子供ができにくいと言われていた王家であったが、二人に限っては子沢山だった。王子が三人、王女が一人と常に賑やかだ。


 二人目を産んだ後、シェルビーは側室からデヴォンの正妃となった。子供たちは皆元気で、とても仲がいい。大人になってどんな聖獣になるかはわからないが、きっと彼らを心から愛してくれる伴侶が現れることだろう。


 庭で寛ぎながら、今の幸せをかみしめていた。


「ふふ、幸せね」

「ローリング伯爵の失敗に感謝だ」


 デヴォンは幸せそうに笑い、妻の唇にそっと口づけをした。


Fin.


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