表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

一番、好き



 まずは友達から。それを言ったのは私なのだから約束は守らなくてはいけない。

 プニっと肌が触れる。肩と肩がぶつかって自制心が保てなくなりそうで揺れる。二人でレンタルした映画を見ているけれど内容は全然入ってこない。隣に恋人がいる時、どうやれば冷静になれるのか。私は円周率を数えたり素数を数えたりフェルマーの最終定理を求めたり忙しい。

「大丈夫?顔色悪いけど…」

「大丈夫!大丈夫!」

 じゃない。今すぐ抱きしめたい。それ以外にも色々したい。色々、したい。この状況を一文で説明するなら、お預けである。

 ゴロンと私は横に倒れる。昨日楽しみすぎて眠れなかったのだ。

「なんで寝てないの」

「な、なんでなんでしょう…」

 あなたのせいです、とは言えない。映画鑑賞会は一時停止。

「ちょっと失礼」

 恐らくトイレだろう。眠たい頭でだらしなく返事をする。ゴロンと寝返りを打つ。すると足が机にあたって彼女の携帯が落ちてきた。

「おっとっと…」

 両手でキャッチできた自分を褒めてやりたい。どこも壊れていないことを確認したら指が画面に触れてロック画面になった。4桁の番号を打つタイプのやつだ。

 さっきまで見ていた映画がホラーだったら。

 さっきまで見ていた映画がアクションだったら。

 さっきまで見ていた映画がアニメだったら。

 後悔することになるなんて思いもしなかったんだ。





「………」

「お待たせ。さ、続き見ようか」

「あ、うん。そうだね」

「…やっぱり、まだ眠い?」

「あー、そうかも」

 そして私は彼女のベットを借りることになった。彼女の声が犯人が誰か推理しているのが聴こえてくる。さっきまで見ていた映画がミステリーだったから。私は解除しようとしてしまったのかもしれない。探偵気分でロック画面で自分の誕生日を打ち込んでしまったのがイケなかった。

 深々とベットに顔を埋めて涙を堪えるのに必死になった。ロックを解除した先の待受画面。私と彼女の仲良く抱き合った写真。それくらい女友達ならいくらでもする。普通のことだ。でも前の私は事情が違う。女性と恋人の関係を持っていたのだから。だからアノ写真は“二人”にとって大切な思い出なんだ。それを私は粉々に壊している。人の気持ちを踏みにじってしまった。

「人間、失格だ…」

 本当はお泊りだったけれど体調不良を訴えて自分の家に帰らせてもらった。私は卑怯者だった。家に着いたらタオルを持って何時間も涙を拭き続けた。気付いたら朝日が登っていた。






 私は、誰?私って何?私は私?記憶喪失病になったのは私のせい?二人の邪魔をしたのは私?愛し合っていた二人を引き裂いたのは私?わたしってなに?好きになったのは何故?前の私が好きだったから好きなの?私は何?私の気持ちは何処?私はどうしてここに居るの?なんで私はなに?だれ?どうして?めちゃくちゃにしたの?写真見て嫉妬したの?本当は好きじゃないの?私は恋していないの?私はワタシハわたしは…


そして、最低なことを考え出した。


彼女は前の私がまだ好きなんだ。私の顔が好きなんだ。私の中身は嫌いなんだ。前の私を取り戻したいんだ。私は邪魔なんだ。元の二人に戻るべきなんだ。私はいらないんだ。私は邪魔なんだ。私は卑怯者だ。ワカラナイ…ワカラナイ…。もう何も。ワカラナイ。


「私なんか消えてしまえばいいんだ」






 ピンポーン、と家のチャイムが鳴った。これで3回目だ。鍵はかけてあるから大丈夫なはず。仕事先は有給を取って休んでいる。昨日はご飯食べてない。お風呂も入る気が起きない。テレビをつけてクソ詰まらなくて消しての繰り返し。携帯は電源を消した。通知が耳障りだから。私はいなくていい存在だから。消えてしまえばいい。前の私が帰ってくるはずだ。早く消えなくちゃ…。

ピンポーン。

どうやって消えればいいんだろう。もう一度記憶喪失病にかかればいいのかな。

ピンポーン。

ほら家のチャイムも正解だって鳴っているよ。あはははは。


ガチャ。


「へ?」

 今、鍵が開いた音がした気がした。フラフラと立ち上がって倒れかけた瞬間、誰かに抱きかかえられた。温かい人肌に触れた。

「バカ!」

「へ?どう…して…」

 チャリンと合鍵らしきものが床に落ちている。

「そう…だよね…」

 この家も二人の大切な場所だったものね。私の両目は赤く腫れていて涙も出ない。

「バカ!バカ!」

「い、痛い…」

 彼女は私の細い身体を容赦なく抱きしめてくる。私は抱きしめ返したい感情を殺した。だってもう必要ないから。

「なんで電話でないの!?」

「えっと…」

「ていうか部屋真っ暗にして何してるの!」

「いや…何も…」

 どうやって消えるか、考えてたよ。そう言えるわけもなく私は彼女に連行されてソファに座らされた。パチン、と部屋の明かりがついて眩しい。部屋はペットボトルとかコンビニ弁当、脱ぎっぱなしの服で汚い。私も汚い。とてもお似合い。

「ねぇ、なんで連絡してくれないの」

「………」

「話してくれるまで離さないから」

「サイアクだ」

「何?」

 あぁ、私はこの鋭い瞳に恋したけれど、今は恐怖しか感じない。本当に魅力的な人だな。

「何でもないよ」

「嘘言わないで」

「面倒くせぇ」

「お願い」

 今度は私の手を掴んで離さない。本当に面倒くさい。放っておいてほしい。

「離して」

「嫌」

「ほんと…面倒くせぇな…。離せっていってるでしょ!」

「嫌!」

「離してよ!私のことなんか嫌いなくせに!」

「大好きに決まってるでしょ!」

「それは、どこが好きなの?この顔?前の恋人と同じ顔?声?身体?」

「何言って…」

「友達だったって…嘘なんだね」

「っ!!それは…」

「私が起きなければ“二人”は幸せなまま暮らせたのにね。私のせいでぶち壊しになっちゃったんだよね。ごめんね、知らなくて。でもまさか私があなたを好きになるなんて、最悪だったね。」

 違う!違う!と彼女の声がする。でも私は吐き出すのを続けるしかない。

「私の恋愛感情なんて前の私から受け継いだだけなのにね。勝手に、初恋だ〜、とかほざいちゃってさ。バカだよね」

「違う!」

「私は消えるべきなんだ。この身体は私の身体じゃない。私はいなくなるべきなんだ。この恋愛感情は私のものじゃない」

「違う!」

「どうして?何が違うの?恋人だったんでしょ?」

「確かに前は恋人だったけど。私が違うと言っているのは“貴方”の考えが違うって言ってるの!」

「なんで?この私が、恋人が消えた原因だよ?」

「だから!なんでそうなるの!」

 バシッと頰を叩かれた。滅茶苦茶痛かった。泣くべきは私の方なのに実際に泣いていたのは彼女の方だった。

「病気は…誰のせいでも無いよ。先生が言ってたの。記憶喪失病になった人が他の人に触れたら記憶が無くなっていくの。そういう病気なの。だから私も一緒に失くすと言ったら『一人で十分』だって言われたの。そしてこの病気はそれだけじゃない。本人だけは大切にしている感情も失くしてしまう…わ。私への恋愛感情も失くなってしまうの!」




 記憶喪失病。本人の記憶は勿論、感染者が触れた人も徐々に記憶を喪失していく。更に本人は恋愛感情、家族愛、その他、自分で大切にいている感情も失せる病気。治療方法は見つかっておらず、一定の時間経過で必ず治るのが特徴。

 そして、一度感染したら自宅監禁を強制させられる。拒否した場合、刑務所で隔離。食料は宅配便、ゴミは指定された時間に玄関前に置く。面会は原則禁止。感染者は全世界で数千と言われている。



 柔らかい手で顔を包んでくれている。もう限界だ。私も泣いてしまいそうだ。

「私たちは考えて選んだの。最期の日を、自宅監禁する前日は二人きりで過ごすって決めたの。アノ人は私の淹れる珈琲が凄い好きだったから、私流の淹れ方を教えたわ。なかなか上手く行かないねって二人で笑ったのを覚えてる。貴方は珈琲は好き?」

 私は首を横に振った。嫌いだった。

「アノ人は、本当に…本当に…心から珈琲を愛していたの。記憶がなってもコレだけは変わるわけないって…」

 私は起きてすぐ机の上に置かれていた謎のレシピを思い出した。今思えば珈琲の淹れ方を事細かく書いてあった。

「だから“初めて会ったあの日”。全く別人なんだと思って…寂しくなっちゃって…」

 あぁ…だから、あの時様子が変だったのか。

「でも…それでも、二人が引き裂かれたことには変わりない」

「確かに辛かった」

 ほら、やっぱりだと俯いたその時、話は終わりじゃなかった。

「辛かったけど、ちゃんとバイバイって言えたから」

「バイ…バイ…?」

「サヨナラじゃないよ?」

「え?」

「フフッ。あのね。バイバイって愛してるって感じがするんだって」

「どこが」

「だよね〜」

 くだらなくて笑った。私は消えてしまいたいのに、笑った。


「この恋愛感情は本物…。だけど…」

「貴方は別人。バイバイしたから平気。私は貴方が好き。貴方だから貴方が好き。これじゃダメ?」

 そんなの。決まってる。

「良いに決まってる」

 彼女の胸に私は顔を埋めた。同じ顔の別人を、好きなってくれるなんてバカだよ。私は彼女の背中に腕を回した。


「顔上げて」

 私は言われるまま彼女の腕の中で見上げる。ふにっ、と何かが当たった。なんだか頭がフワフワする。

「ファーストキスだね」

 言われて数秒、固まってしまっていた。ふぁーすときす?だれの?自分のポワポワしている頭で考えて、ようやく気が付いた。

「あ、私のか」

「そうだよ」

 これからよろしくね。と動いた彼女の唇が近付いてくるのを、目を閉じて待つことにした。


 




 

             完

私「じゃーん!クッキー焼いてきました〜!」

彼女「凄い!美味しそう」

私「でしょう?」

彼女「あーん」

私「……は、はい」

彼女「んん〜おいひ〜」

私(指がぁあああプニプニの唇に当たったぁああああああ)「わーい。ありがと〜」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ