最終話:そして異世界へ……
「さぁ、勇猛なる英霊たちよ。あなた方の救いを求めている世界へと旅立つのです!」
朝靄の中、安息地の湖のほとりでは、皆の前に姿を現した女神ボインプルンとカロンが立っていた。
現在、『カロンの渡し船』にはジーパンをはじめとする四名がぎっちりと乗っている。
ゴルゴなんか相当重いだろうに、小舟は沈む様子はない。
「しかし、カロンのさらに上位の存在がいたとはな……正直、今も驚いているよ」
「ねー、しかも、あたし達に他の世界を救う使命があるなんて言うんだから、驚いちゃったよ」
「フンガー!」
最終日の朝、カロンが安息地に戻ると、空が乳白色に輝き、天空からボインプルンがゆっくりと降り立ったのだ。もちろん、神様っぽくみせる演出だった。
ボインプルンは、「ファフニールのような魔物は様々な異世界で暴れ回っている。その世界を救うために、あなた方はここに英霊として呼ばれたのです」と大嘘を吐いた。
本来は安息地で魂を癒すだけの予定だったのだが、予定が狂ったので一晩ででっち上げたらしい。
アーノルディ達は女神の宣言に困惑はしたものの、『選ばれし魂』という部分に使命感を燃え上がらせ、異世界へ旅立つ決意をしたという訳だ。
そこから先はトントン拍子で、四人はドナドナの子牛のようにカロンの渡し船に詰め込まれた。
「あの光の向こうに新しい世界が広がっています。そこであなた方は英雄となるのです。あなた方の力を求める多くの者達が待っているのです!」
ボインプルンは芝居がかった声で両手を大きく広げた。
いよいよ、別れの時が来たのだ。
「ま、待ってくれ!」
「はい? 何でしょう?」
渡し船が光の門へと向かう直前、ジーパンがボインプルンに向かって叫んだ。
「な、なあ、俺達が行っちまった後は、ちゃんと姐さんは救われるんだよな? 姐さんは罪を償うだとかで俺達を面倒見てくれてたんだ。その辺は大丈夫なんだろうな?」
「問題ありません。元々、カロンは、あなた方のような不遇な魂を生み出す悪行を重ねていたのです。それを慈愛の女神である私が、正道へと導くためにここの管理を任せたのです。彼女の頑張りで、あなた方の後、すぐに別の世界へと旅立ちます」
ボインプルンが柔和な笑みを浮かべてそう言うと、ジーパンは安堵の表情でカロンを見た。
「そんならいいんだ。姐さん、俺はろくでなしだったけど、姐さんのお陰で色々と助けられた。俺以上に幸せになってくだせぇよ。もしも何かあったら、すぐに駆け付けやすから」
「ありがとう」
ジーパンの純粋な言葉に、カロンは微笑んだ。
短い期間であったが、懐いている飼い犬が里親に引き取られていくような気持ちであった。
そうして、四人を乗せた渡し船はゆっくりと湖を進み始める。
彼らを乗せた船が豆粒ほどの大きさになり、やがて完全に光に吸い込まれていくまで、四人とカロンはずっとその様子を眺めていた。
「……出会いがあれば別れがあるものです。寂しいですか?」
「少しだけ」
カロンは自分の心境を包み隠さず話した。
ボインプルンに振り回されはしたが、何だかんだ言いつつそれなりに楽しかった事は事実だ。
「さて、じゃあ本題に入りましょう。カロン、あなたを異世界に転生させます」
「おっ! 来た来た!」
ついに待ち望んだ時が来た事に、カロンは破顔した。
四名もいなくなったので、無表情モードも解除されている。
「じゃあ、異世界転生する際は、今の記憶を引き継がせてください。んで、文明は高すぎず低すぎず……そうだなぁ、中学校の知識レベルで神童扱いされる感じでお願いします。あと、なるべく危険が無くて、ヌルゲーで、私の事が未来永劫歴史に残るような世界がいいです」
カロンが思いのたけをぶちまけると、ボインプルンは「うわあ……」みたいな顔になった。
「欲望丸出しですね。しかし、安息地の幸福度を最大に満たしたのは事実です。わかりました、その要望に応えましょう」
「やったー! さらば地球よ!」
カロンは嬉しさのあまり、年がいもなくスキップして喜んでいた。
そんなカロンをなだめ、ボインプルンは屋敷のベッドにカロンを誘導し寝かせた。
「では、これより異世界に転移する準備を行います。あなたが眠り、次に目を覚ました時には異世界転移は完了しているでしょう。大体、三か月くらいでしょうか」
「結構掛かるんですね」
「適合する条件のある場所を探さねばなりませんので。では、お勤めご苦労様でした。次に目を覚ました世界が、あなたの望む物になる事を祈っていますよ」
ボインプルンは優しく微笑むと、乳の谷間から謎の粒子を発生させた。
きらきらと輝くそれは、アロマキャンドルを焚いているような甘い香りがした。
そうして、カロンは瞼を閉じ、深い眠りに落ちていく。
「次の世界では、人生を勝利者でやり直すんだ……」
そう呟き、カロンの意識は沈んでいった。
「ん……? もう朝?」
窓から差し込む朝日で、カロンは目を覚ました。
まだぼんやりとする頭を覚醒させるようにかぶりを振り、そこで気が付く。
「そ、そうだ! 私は異世界人になったんだ!」
一晩寝たくらいの感覚なのだが、ボインプルンの話では三カ月は経っているはず。
一体、ここはどこの世界なのだろう。果たして、どんなワクワクする勝ち組人生が待っているのだろう。自分がどんな姿になったのか確認するため、カロンは窓ガラスを鏡代わりに姿を確認した。
「なんじゃこりゃあ!?」
カロンは仰天した。
窓ガラスに映っていたのは、三か月前と同じ、クール系美少女カロンのままだった。
よくよく見ると、寝ていたベッドも、室内のテーブルやらなんやらもまるっきり同じである。
「カロン、目が覚めましたか?」
「げぇっ!? ボインプルン!?」
カロンが目を覚ますと、そこには顔よりもでかい乳を持つ諸悪の根源――ボインプルンが待ち構えていた。
「な、なんでカロンのまんまなの!?」
「はい。それについて説明するため、今日はやってきたのです」
「え?」
こほん、と咳払いを一つし、ボインプルンは状況を説明し出す。
「実は、カロンが眠りに就いたあと、上司の神々に『五人しか救ってないけど、安息地の幸福度は最大になったからいいよね♪』と報告したところ、『ダメに決まってんだろ』と言われてしまいまして」
「えぇ……」
それは当然だった。
年収1億円の金持ちと年収0円の無職を2で割って、「二人の平均年収は五千万円だから二人とも金持ちって事で問題ないね!」というくらい無理がある。
「というわけで、もう一度、安息地を再開する事になりました」
「……は?」
カロンは絶句した。ヌルゲー異世界転生をさせてくれるはずではなかったのか。
「異世界転生させてくれるって言ったじゃないですか! ウソツキ! 奇乳!」
カロンが思わず大声で抗議すると、ボインプルンはむっとした表情になる。
「ウソツキ呼ばわりはひどいです! ちゃんと異世界転生はさせました。あと、私は美乳です!」
「おっぱいはさておき、何にも変わってないじゃないですか!」
「では、証拠を見せましょう。以前と同じようにステータスウィンドウは開けます。そこの一番上の項目を見て下さい」
カロンは釈然としないまま空中をタップし、ステータス画面のその項目を確認する。
そこにはなんと『魂の安息地R』と表示されていた!
「どうです? 『魂の安息地』から『魂の安息地R』にリニューアルされた世界となったのです。前とは微妙に違う世界ですよ」
「まったく同じに見えるんですが……」
「細部が違います。例えば、ステータスウィンドウの枠がちょっとオシャレになっているでしょう?」
「そんなシステム流用して、ガワだけ変えたソシャゲみたいな事をするなああぁぁぁ!!」
カロンは絶叫した。
これではただの詐欺である。
「大体、ヌルゲー異世界って言ったじゃないですか! どこがヌルゲーなんですか!」
「安息地……いえ、安息地R自体は穏やかな世界です。まさにヌルゲー異世界ではありませんか」
ボインプルンは平然とそう言い放った。
カロンはもう、反論する気力すら無かった。
「つまり……この世界でもう一度同じ事をやれと」
「はい。端的にいうとそうなります。ですが、きちんと前回の反省点を活かし、異常な稼ぎを出来ないよう修正しました。最低でも50人の魂を癒していただきます」
「そんなー」
カロンは泣きたい気分だった。
確かにここは綺麗だし、ボインプルンがファフニールだのを送り込んで来なければ平和な世界である。
だが、何かが違う。
「後ろ向きに嘆くよりも、希望を抱いて未来を目指すのです。それこそがあなた自信の魂の救済にもなるでしょう。大丈夫、私も色々と至らない点がありました。魂の安息地Rでは、私が補佐として常にカロンを見守ります」
「余計困るんですけど」
「ああっ! 大変です! 早速、迷える哀れな魂がここに辿り着いたようです」
カロンの抗議をスルーし、ボインプルンはカロンの手を引き、部屋を飛び出す。
「カロン、あなたも来るのです。もちろん他の皆さんに不快感を与えないため、前と同じく私の前以外では暴言禁止になっていますので、ご安心ください」
「うぅ……異世界転生してハッピーに暮らせると思ったのにぃ」
「ハッピーに暮らすためには、それ相応の頑張りが必要なのですよ。さぁ、一刻も早く迷える魂を救い、本当にあなたが幸せになれる異世界転生を目指し、ソシャゲキャラの魂を救うのです!」
こうして、カロンは迷える魂を救う『魂の安息地R』の管理人となった。
彼女の贖罪は、もう少し時間が掛かりそうだった。
これにて完結となります。最後までご愛読いただきありがとうございました!




