3-1 大戦の残火
第二次魔王戦争。
三百年前に第三魔王が引き起こしたという人類対魔物の全面戦争とされ、
その災禍は人類の人口を滅亡寸前まで追い込んだといわれている。
その戦争の最中、魔器、魔剣などが大量に作られたといわれ、現存するものの大半はこの時代に作られた。
ここはその第二次魔王戦争の主戦場となった場所。
掘り返せば大量の骨が出土し、夜な夜な死んだはずの兵士たちが徘徊してるとかそんな噂もあるという。
そんな話もあり、なかなかここに住もうと考える人間はいない。
盗賊ですらここを避けて通るといういわくつきの土地だ。
三人は夜の闇の中、その平原を月明かりを頼りに進んでいた。
「私は当時使われていた兵器を見つけてしまってな。その兵器の破壊を目論んだわけだが、失敗してしまった。
おかげでここ数か月の間この地で足止めを食らっていたというわけさ」
ホーウェンはどこか自虐的な笑みを浮かべる。
「そこでその兵器の破壊を手伝ってほしいと?」
「ああ、その通りだ。話が早くて助かる。幸い人目につきにくい場所でもある。
今まではどうにか『狩人』の目をやり過ごしてはこれたのだが…」
「あんたのような手練れでも『狩人』を恐れるのか」
意外そうにヴァロがホーウェンに聞く。
彼女は足元を一瞬で砂に変えた。
雷撃が効かないとわかった後のその判断は見事と言わざるえない。
もしあの時、フィアがそばにいなかったらヴァロは間違いなく終わっている。
抵抗力が高いとはいえ元は人間。砂の中に引き込まれていく状況に打つ手がなかった。
「ああ、いくら強い魔力を持とうが、所詮は個人だからな。戦闘訓練され組織された集団には敵わない。
はぐれ魔女はみんな同じさ。たとえどんなに強かろうと一人では何もできない。
自分勝手に生きているように見せて、その実『狩人』にいつ見つかるかおびえながら生きている」
「それを知っているあんたはなんで一人でいるんだ?」
「ただの物好きさ」
ヴァロの問いにホーウェンは笑ってはぐらかした。
森の中に足を踏み入れるとホーウェンは魔法式を手の平に展開させる。
ホーウェンの周囲がぼんやりと光りだす。
魔法の光により反射しているものではなく、彼女の周りが自ら光を発しているのだ。
「…ただ結界術の応用さ。あまり私から離れるなよ?術の効果範囲から出ると光は見えなくなる」
ヴァロとフィアは首を縦に振るとホーウェンの後を追った。
「…ヴァロはこの光が見えているのよね」
「ああ?」
フィアの顔には驚きがあった。ヴァロには何に驚いているのかさっぱりわからない。
「気付いたようだな」
どこか楽しげにホーウェンは言う。
「ちなみに昼間のは光学系の魔法と幻術を九対一ぐらいの比率で使っていた。
そのぐらいの比率が自分にはもっとも負担がなくてね。
ただ見破られるとは思っていなかったが…」
(ヴァロには幻術等の意識干渉魔法は一切効かない。つまりはホーウェンさんは光に直接魔力で干渉していることになる。
魔力を使った光への直接干渉はかなり高度な魔法。そんな魔法をいとも簡単に使えるなんて…。
そこまで上位の魔法使いは相当限られてくる…この人、まさか…)
不意に視界が開ける。
目の前にはぼんやりと光を放つ大きな石碑のようなが見えた
「ホーウェンさん。これは…」
「それは結界固定用の石碑だ。私が近くの岩場から削り取って運んできた。
…さすがに骨が折れたよ」
重大なことをさらりと言い放つ。
「この規模の結界になると媒介なしだと結界の維持が厳しくてな」
「…ホーウェンさん一人で?」
フィアが驚愕の声を上げる。
「まあな、というかほとんどは使い魔を使って作っている」
「俺が触れても大丈夫ですか」
警戒しながらヴァロがホーウェンに問いかける。
「基礎からしっかりと構築してある。
昼間の時のようにヴァロ君が触っただけで消えるような代物ではないよ」
ホーウェンはヴァロの問いににこやかに応えた。
恐る恐るヴァロは結界の中に入る。
反応はない。どうやら大丈夫のようだ。
結界に入り周囲を見渡すと森の中だというのにその広間一帯を見渡すことができた。
どうやら結界の効果の一つらしい。
規則正しい何かの音がヴァロの耳に入ってくる。
ヴァロはそちらに視線を移すと空から見える月光がそれを照らしだす。
それをみたヴァロは体をこわばらせた。
そこには剣を刺された巨大な魔物が体を木に持たれかけるように寝ていた。
人に似せた巨躯であり、頭の髪はぼさぼさ、手足の爪は鋭くとがっている。
例えるのならヒト型の魔獣オーガと姿が酷似している。
このサイズの魔物とは幾度か対峙した経験はあるが、ここまで間近で見るのは初めてだ。
「…なんだ、この化け物は?」
魔物が起きないように小声でヴァロは呟く。
「意外と冷静じゃないか」
さも意外そうな声でホーウェンが聞いてくる。
ヴァロとフィアは何度かこのサイズ以上の化け物と戦ったことがある。
それが二人を冷静にさせた。
「この戦場で私が掘り起こしたものだ」
魔物の体に手を当てる。
ヴァロとフィアは思わず身構える。
「大丈夫だよ。私の結界の中ではこの程度で目覚めはしない。
そううぬぼれるぐらいには魔法の研鑽は積んでいるつもりだ」
ホーウェンは自嘲するように薄い笑いを浮かべる。
「それは…魔剣ですか?」
フィアは魔獣の右肩に刺さった剣のようなものを指さす。
柄は金で装飾され、ところどころに宝石のようなものが埋め込まれている。
その剣には戦場で使うモノとは思えないぐらいの装飾が施されていた。
「そうだ。もと魔剣といったところだな。…三百年という歳月が剣とこいつを同化させたのさ。
もはやどちらが本体か区別がつかんよ」
「三百年も調律がされていない…嘘でしょう」
フィアはあり得ないようなものをみるようにそれを見つめる。
「…今では剣にかけられた術式もほとんど機能していない。原型を辛うじてとどめているぐらいか」
二人の会話をそよに、ヴァロは魔獣の胸のあたりにある剣の柄に目を奪われていた。
その形状にはどこかで見覚えがある。
「どうした?」
ヴァロの様子にホーウェンは声をかける。
「…俺はそれをどこかで見たことがある」
「ヴァロ?この剣を知っているの?」
「少し待て…だがそれは…既に破壊されているはずだ」
ヴァロは明らかに混乱していた。
「…知ってるなら話は早い。その剣は人類史上最も有名な剣の一振り」
彼女の言葉にヴァロはその剣の名をその伝説とともに思い出す。
騎士を目指す者にとって、その剣は誰もが一度は耳にし、あこがれる存在。
「これは聖剣カフルギリア…かつて第二次魔王戦争末期に人間たちが作り出し、
巨獣マーデリットと魔軍一個師団を焼き払った最終兵器さ」
ホーウェンのその言葉にヴァロは眩暈を覚えた。