別れる人々
ダークが操る《厳之霊の剣》は、ゾーガの神紋によって、擬似的に発動させたものであるが、ゾーガ神により選ばれた正統な雷戦士の手中にあるそれは、まったくの別物だった。
まず、形成される光の刃の輝きが違う。
迫力も凄い。
なんだか、「ゴゴゴゴゴ」と言う音が聞こえてきそうな錯覚を覚えるほどだ。
「ぬぅ」
ブラッドの頭部に張り付いたカークス卿の顔が、引き攣るような表情を浮かべる。
対して、眼に淡い金色の輝きを宿し、雷戦士の剣を構えるケインの方は、全くの無表情だ。
どっちが人間的だかわかりゃしない。
その、緊張した対峙は、しかし、一瞬だった。
「余所見していいのかしら」
嘲るようなフィーナの声と共に、無数の触手がブラッドの背後を襲う。
ブラッドもダーク同様に全方位を知覚する能力を持っている筈だったが、カークス卿と融合している為か、後ろをわざわざ振り向いて魔力障壁を発動した。
ナーダからドレインした『造り直す魔力』による障壁は、何本かの触手を変質させたように見えた。
触手がピンク色とも金色ともつかない光となって消えたのは、神気に戻ったのだろうか。
だが、ドレインした魔力はあっさりと底をついたようだ。
魔力障壁が消え、なおも襲い来る触手をブラッドがかわす。
その隙をケインは見逃さず、光り輝く刃を振るってブラッドに肉薄する。
ブラッドの大剣とケインの神剣が互角に打ち合う。
ケインは得意ではないと言ったが、その剣技はかなりのレベルにあるように見える。
「この……」
ケインと鍔迫り合いの体勢となったブラッドが、接続したジェネレータから大剣へ、何かを送り込むような気配があった。
だが、それは不発に終わる。
膠着状態となったそこへ、ダークが割り込むように迫り、自分の大剣をブラッドのそれに叩き付けたのだ。
ダークの大剣のヒビがいっそう大きくなった。
だが、接触したキーユニット同士の干渉によって、ブラッドが発動させようとした『何か』は未然に終わった。
そして、その干渉の瞬間、いくつかの記憶がダークに流れ込むのがわかった。
ダークはすぐさま飛び退り、入れ替わるように触手状になったアゾナの神気が、うねうねとブラッドの全身に絡みついた。
「なん……」
ブラッドはそれを引きちぎろうとしたようだが、乙女の守護者アゾナ神の“力”が具現化した触手はびくともしなかった。
全身を縛られる格好となった紅い神呪騎甲兵の動きは完全に封じられた。
まぁ、その縛り方が、やっぱりマニアックな印象のものになったのは、フィーナが眼にしたあの巻物の影響だろうか。
そこに、ケインが雷戦士の剣を振り下ろした。
ゾーガ神の発動たる輝く刃がカークス卿の顔ごと、ブラッドの頭部を粉砕した。
紅い神呪騎甲兵……ドラゴンを凌ぐパワーを持つ存在にとって、いやんな縛り方をされた上で止めを刺される形になったのは、極めて不本意であったかもしれない。
いや、止めを刺されたのだろうか。
ダークの知覚には、ブラッドのキーユニットは、未だに機能しているようにも感じられた。
だが、カークス卿の顔を張り付かせた頭部を失った紅い神呪騎甲兵は、世界からの退場を余儀なくされたようだった。
魔法陣が展開し、触手が弾かれる。
ブラッドは紅い身体に亀裂を生じさせ、大剣を残して粉々になりながら、その魔法陣の中に消えた。
その大剣も数瞬の後に、魔法陣と共に消えていった。
そこに残ったのは、かつて、カークス卿であったものの残骸のみであった。
ダークのタイムリミットもほぼ同時だった。
神紋の最後の輝きが消えると共に、強制的にセーラ皇女に『交代』する。
皇女は、その瞬間に、残った魔力を振り絞って目眩ましの魔法を発動し、凄まじい光が一帯に満ちた。
「うおっ」
「きゃっ」
ケインとフィーナが思わず顔を覆った。
その隙に、皇女は荷物が崩れた山の中に身を隠し、ぼくに『交代』した。
『アゾナの神域においては、童子は裸でいる事を許されず、乙女は宝飾以外は身に帯びる事を許されず』
この言葉は、ぼくにも当てはまる。
変質したアゾナの神気を封じたガラス玉は、セーラ皇女に代わると衣類を弾き飛ばす一方で、ぼくに代わると弾き飛ばした衣類を元に戻してくれるのだ。
そんな事情で、ケインとフィーナは、しばらくして視界を取り戻した様子だったが、元通りの革鎧姿のぼくが、荷物の山から這い出そうとして四苦八苦している姿に呆れたような表情を浮かべていた。
もっとも、ケインはダークの姿が見えない事に、すぐに気がついて、
「ひどい! また、放置するなんて」
と、涙していた。
こうして、アゾナにおける攻防戦は幕を閉じた。
最終局面では、正体不明の『痴女』や謎の黒い神呪騎甲兵の出現があった上に、ゾーガ神殿の戦闘神官が決着をつけた形になった為、聖剣騎士団を派遣したソルタニアの“復活派”の思惑は大きく外れたものとなった。
アゾナは第三波のキマイラ集団を最終的に壊滅させた功績、及び、イズミット召喚魔道士の犠牲となった騎士に対し、感謝と哀悼を捧げた。
ゴーレムとハーピーの群れを撃退に関して、策を献じた《ナイフ遣いの軍師》を始めとする冒険者は、あくまでも民間の個人としての扱いで、褒賞される事となった。
むろん、一連の戦闘に寄与した城塞都市の住民に対して各々に褒賞を与えた事は言うまでも無い。
中でも、最終局面で活躍した金髪の美少女、フィーナは多大な功績を認められた。
じつのところ、フィーナは、アゾナの面々が打って出ようとする場面では、隠蔽の魔法で逃げようとしたらしいのだが、そこのところは不問にされた。
当人曰く、最初は怖くてしょうがなかったらしいのだが、神呪騎甲兵の姿を見た時、何か心の中で命じるものがあって、それにつられるように向かっていったという事だ。
いささか不自然な感じではあるが、《闇の魔王子》の子孫の心中で、何があったかは永遠に謎のままだ。
ただ、舞姫の条件の一つであるアゾナの神気に対する制御を、あのような形で実現した点は、極めて高く評価されたようだ。
そういう事情で、この金髪の少女は、次期神殿長候補に名を連ねる事にもなった。
たぶんに、彼女がジョシュア神殿長の後釜になるだろうとは、先代神殿長ナーダの言葉である。
その先代神殿長だが、体内に蓄えた魔力をブラッドに全てドレインされた結果、愛嬌のある薬師のおばさんの面影は消えて、元の、妖艶で凄みのある美女に戻ってしまっていた。
当人の性格は変わらず、気さくな感じではあるのだが、さすがに、今のこの人を「おばさん」呼ばわりはできない。
そういうわけで、当分は「ナーダさん」と呼ぶことにした。
ちなみに、ナーダさんはしばらくアゾナに留まり、魔力の蓄積を行いつつ、今回の戦いの事後処理に協力するような話になったようだ。
「このアゾナも落ち着くのはもう少し先になるだろうさ」
その妖艶な美女は、疲れたような感じでそう言った。
たしかに、今回のイズミットとの戦いにおいては、アゾナ側には犠牲者こそ出なかったものの、住人の精神的な打撃に加えて、物理的な損害も大きなものがあった。
神呪騎甲兵同士の戦いの余波で、東門大広場周辺、及び、東院の施設はかなりひどいことになっていた。
南院や見張り塔に向かった騎士が、融合召喚されて魔物化した時にだいぶ暴れたらしく、その近辺の被害も甚大で復旧には時間がかかるようだ。
また、城塞都市の出入り口である東西の街道も、魔道人形や魔物の残骸が大量に残っており、これらの処分や後片付けも大仕事である。
避難した人々が戻り、以前のような活気を取り戻すまでは、今しばらくかかりそうだった。
「まぁ、アゾナ神殿もそうだけど、ゾーガ神殿も慌しくなるようだねぇ」
ナーダさんは何やら騒がしい一団を見やり、苦笑いしながら肩をすくめていた。
その視線の先では、アルスと幾人かの騎士が、喚いているケインを説得しているところだった。
「せっかく、黒い戦士様に遭えたんだ。この近くにいるのは間違いない。なのに、何だってここを離れて東方まで行かなきゃいけないんだ!」
「いや、おれだって兄貴の望むようにしたいんだ。けどよう、こいつも盟約ってもんでさぁ」
「是非ともご理解いただきたい、ケイン殿。ゾーガ神殿は貴公を待っているのだ」
「さよう。我ら《剣の騎士》の二百年に渡る雌伏と悲願。正統なる戦闘神官を戴いての復活。何としてもお聞き入れくだされ」
なんだか、よくわからないけれど、生き残った聖剣騎士団の一部がケインを大陸東方にあるゾーガ神殿の本殿に連れて行こうとしているようだ。
しかし、他の騎士達は、怪訝そうにその様子を眺めている。
「リックは事情を知らないの?」
ぼくは、近くで面白くもなさそうにそれを眺めている、重装歩兵コンビのもう一人の片割れであるリックに尋ねてみた。
「さぁ? ま、どうでもいいや」
リックはそう言って脱力したようなため息をついた。
この青年は、ずっとこんな調子である。
「おお、ナーダ。ここにいたか」
その原因である、美しいエルフの娘が、そう言ってこちらに歩いて来た。
攻防戦の後に姿を変えたのは、ナーダさんだけではなかった。
《伝説の人形遣い》であるユアも、幼女から若い娘へと、本来の姿に戻っていた。
このエルフの娘は、特別誂えの魔道人形や、大量の女戦士型魔道人形を動かす為に魔力を分散した副作用で、一時的に幼女化していたらしい。
現在はアゾナが元々所有していた、自律制御機能を持つ魔道人形だけが稼動している状況なので、分散していた魔力を再び体内に戻していると言う事だ。
この当たりの経緯はナーダさんとは正反対である。
実際には数体の女戦士型を動かしているようだが、それくらいは、わざわざ魔力を分散する必要も無いらしい。
すらりとした長身で、歩みと共にゆさゆさと揺れる巨乳はサーシャさんやセーラ皇女にも匹敵し、きゅっとくびれたウエストや大きく張り出した安産型なヒップと相まって、じつに素晴しいプロポーションだが、それを見るリックの視線は絶望していた。
「ああ、せっかく、大人の会話ができる幼女に巡り合えたと思ったんだがなぁ」
などと、小さな声でぼやいている。
つまり、心は大人で身体は幼女、と、言うマニアックでコアな存在が、この青年の理想だったようだ。
「何か用かい? ユア」
「あ~、転移魔法の準備が整ったので、呼びにきたのさ」
ナーダさんの問いに答えたのは、ユアと共にやってきたライルさんだった。
この人も戦いが終わった後は、印象を変えたクチである。
臨戦態勢では《ナイフ遣いの軍師》の異名に相応しい、いぶし銀な迫力のある雰囲気だったが、平常運転では、線の細いただのおっさんである。
まぁ、この落差が良いと、サーシャさんを始めとする一部のお姉さん達には好評なのではあるが。
余談ながら、ライルさんは央院に避難する時、ジョシュア神殿長を抱えたままで、アゾナ側が防衛用に設置したトラップにひっかかってしまったそうで、どこかの部屋に転移され、そのまま三日間ほどを幽閉されて過ごしたそうだ。
幸いに、その部屋には充分な量の食料や水、及び、秘石納めに必要な機器があったので、事なきを得たとの話である。どうも、専用の特訓部屋みたいな場所だったようだ。
問題は、解放された時にも、ジョシュア神殿長の縛めが解けていなかった点だ。
荒縄に魔封じを始めとするいくつかの仕掛けがあった為、そちらの才覚に欠けるライルさんではどうしようもなかったとは、本人の弁ではあるが、食事はともかく、秘石納めの儀をどうやってクリアしたのかは、二人とも黙して語らなかったようだ。
まぁ、奥院の蔵書には、秘石納めの儀式に関して、外部の者の手を借りてはいけないと言う記載は無かったわけではあるが。
ただ、「責任は取る」とのライルさんの一言に、褐色の美女が嬉し恥ずかしな感じでうなずいたとは聞いている。
元々あと数ヶ月で神殿長を引退する予定だったと言うジョシュア神殿長が、引退後にどういう道を選ぶかは、これで決まったようなものだろうか。
そんな事情で、ライルさんも、当分はアゾナに逗留して復興を手伝う事になるようだ。
それはともかくとして、ライルさんの言葉に、疑問に思って尋ねてみる。
「転移?」
「復興支援に他の神殿から大勢の人手や物資がくるのさ。まぁ、アゾナ以外じゃ、まず無理な話だがな」
転移魔法はセーラ皇女も時々使っている魔法で、召喚魔法のように世界に働きかける空間魔法の一つだ。
もっとも、召喚魔法は異界とこの世界を繋ぎ、転移魔法はこの世界同士を繋ぐ、似て異なるものだ。
その転移魔法は極めて便利な魔法ではあるが、この魔法が存在するおかげで、ナウザーでは、物流とか移動手段の発達が遅れているような気もする。
ただし、敵対勢力の侵攻に使われることが無いように、各都市には転移魔法に対しては防御結界が張られているのが普通である。
この防御結界を突破する魔術的符号は、信用のおける、ごく一部にのみ公開されている。
そして、防御結界は、予め登録した魔力の固有波動と、この魔術的符号の組み合わせが一致して、初めて対象者の転移を許可する仕組みだ。
魔力の固有波動は、指紋同様、滅多に一致する人間は居ない為、現行の転移魔法における、いうなれば認証システムとしては、有効に機能しているようだ。
ただし、この「認証システム」に従って、今回のように外部から大量の人手や資材を転移させるとすると、相当な手間とコストがかかるわけで、屈指の財力とコネを持つアゾナ神殿なればこそ、それらの代償を払うことが可能と言う事になるらしい。
その準備ができたので、要人でもある先代の神殿長を呼びにきたと言う事である。
戦いが終わった直後の、極めて混沌とした状況において、先に述べた事情でジョシュア神殿長が不在だった為に、先代であるナーダさんが仕切ることになった経緯もあって、復興に当たってのいくつかの事項は、ナーダさんを頂点とした命令系統のままで残っている。
この転移魔法の関連作業も、そうした事項のひとつだった。
北院にある、いつぞやの演習場。
ここが転移魔法のゲートとして準備が整えられた場所だった。
たしかに、ここならば、生産施設の近くなので、転移されてくる物資の移送を考慮すると最適な場所だろう。
ナーダさん達の後にくっついて、ぼくが到着した時には、サーシャさんやエレナが先に来ていた。
「サーシャさん達もよばれたの?」
「ん~、あたしたちはお出迎えよ。ほら、ユニコーンを回収するのに、魔道騎士団から何人か来るみたいだから」
そんな会話をしている間に、演習場の広大な敷地のあちらこちらに、魔法陣が現れた。
この敷地全体が転移魔法の結界となっているそうで、そんな感じで現れた魔法陣に、見覚えのあるお姉さん達が魔道騎士団の制服姿で転移してきた。
たしか、ソルタニア魔道騎士団第五中隊の幾人かだった。さっそくに、サーシャさんやエレナと旧交を温めている風情である。
ただ、その中に混じって、一般の服装をした、初めて見る顔の女性が一人いた。
どうも、魔道騎士団関係者でもないようで、誰かを探すかのように、きょろきょろと辺りを見回している。
神官服が似合いそうな清楚な印象の綺麗な人だ。
そこへ、先ほどの騒がしい一団がやってきた。
正確には、騒いでいると言うか、喚いているのはケイン一人で、それを無理やりに連れてきている周囲の騎士が、必死でなだめている。
「冗談じゃない。おれは行かないぞ。ここに残って、黒い戦士様を探すんだ」
どうやら、転移魔法で、一気にゾーガ神殿に連れていこうとしているようだ。
「いよいよ《剣の騎士団》の復活か。おれも立ち会うつもりだったが、そうも行かなくなったからなぁ」
ライルさんがそれを見ながらぼやいている。
「黒いやつが雷戦士の剣を持っていたから、あっちが本命と思っていたんだが、まさか、ケインだったとはな。召喚魔道士にもしてやられたし、おれの読みもたいしたものじゃないな」
「いったい、アルスとか、あの騎士達は何者? 何だか、ゾーガ神殿にケインを連れて行こうとしてるみたいだけど」
ぼくは疑問に思ってきいてみた。
「ん? ああ、知らないのか。連中は代々の《剣の騎士団》の構成員さ。ゾーガの戦闘神官は神託で選ばれるが、その手足となる《剣の騎士》は盟約だか約定だかによる世襲制なんだ。たぶん、聖剣騎士団の、少なくとも一割は該当する筈だ。まぁ、傭兵時代にあちこちに行った先で目にした、諸々の文献からの推論だがな」
「へぇ」
さすがに報告書マニアをやるだけの事はある。
「ゾーガ神殿では、今頃、蜂の巣をつついたような騒ぎになっている筈だ。何しろ、二百年ぶりに正統な継承者たる戦闘神官――雷戦士が現れたんだ。いくつかの儀式を復活させたりしなきゃならないんで、関係者は文献あさりや準備で大変だろう。何にせよ、戦闘神官本人がいなきゃ始まらない話だが、転移したが最後、ケインのやつは当分はゾーガ神殿からは出られないだろうな」
「本人はいやがっているみたいだけど?」
ぼくがそう言うと、ライルさんは意表をつかれたような表情でぼくを見た。
「そういえば、お前さんは異世界から来たんだっけな。そっちの世界じゃどうだか知らないが、こちらじゃ『選ばれる』って事が義務を負うって事にもなるのさ。選ばれた当人にとっては、不本意でもな」
「いや、ぼくの世界にも似たような状況はあるけどさ」
ぼくの世界と言うか、ぼくにとって一番身近な例を挙げるとすると、学級委員なんかはそれに該当するだろう。
立候補する物好きもいるが、基本的には他薦だし、それで選ばれたって、多少は内申書に反映される程度で、面倒な仕事を押し付けられるだけだし。
(そんなものといっしょにするな!)
と、言うセーラ皇女の怒鳴り声が聞こえたような気もするが、ぼくの実感としては、そんなところである。
「で、だ。《剣の騎士団》は盟約に従って、正統な継承者をゾーガ神殿に迎えなきゃならん。その迎えられる本人は嫌がっている。それで、あの騒ぎと言うわけだ。もっとも、ナウザー神殿が、ケインを説得できる人物を送ってくると連絡してきたんだが――あれがそうかな」
ライルさんの視線を辿って、そちらを見ると、先ほど魔道騎士団の面々といっしょに転移してきたお姉さんが、ケインのところに駆け寄るところだった。
それに気づいたケインが驚いたような表情を浮かべている。
「旦那様」
「お、お前……どうして、ここへ」
「ソルタニア皇家から連絡を頂きまして……」
ケインを旦那様呼ばわりするところを見ると、皇都に残してきたと言うケインの奥さんのようだった。
こんな綺麗な奥さんが居て、どうしてあっちな趣味に走るか、まったく理解に苦しむ。
「伺いましたわ。雷戦士の剣を抜き、ゾーガの神託を受けたそうですね」
「ああ。おれも武人の端くれだ。『剣の義務』は知っているさ。だがなぁ。せっかく、黒い戦士様にも巡り遭えたんだ。近くに居るはずなんだ。この機会を逃すわけには……お前だって、望んでいたじゃないか」
「旦那様ったら……」
ケインの奥さんは、楚々とした美貌を朱に染めてうつむいた。
そして、ほっそりとした手を振り上げて……ケインの顔を張り飛ばした。
物凄い音が、演習場に響いた。
《剣の騎士団》を始めとして、周囲の人々は呆気にとられていた。
ぼくやライルさんも例外では無い。
しかし、ケインの奥さんは、そんな視線を全く意に介さないように言った。
「旦那様、人目も憚らず、そんな事を言わないようにとお願いしたではありませんか」
「い、いや……だって……」
もう一度、ビンタの音が演習場に響く。
サーシャさんがリックを張り倒した時にも、勝るとも劣らない威力に見えた。
「わ……わかった。おれが悪かった」
「わかっていただければ良いのです。それに黒い戦士様がおられなくても大丈夫です。じつは皇都でこれを入手しました」
そう言って奥さんが懐から、堂々と取り出したのは、魔石を埋め込んだ安産祈願のお守りだった。
「あら、あの魔道具屋、量産できたって連絡してきたけど、本当だったみたいね」
サーシャさんが、そう言うのが聞こえた。
「わたくしも使ってみましたが、中々に具合が宜しくて、旦那様のモノよりも満足できましたわ。それに酒場を営んでおられる旦那様の元同僚の方々にも試してみましたが、みなさん、黒い戦士様と同じだって誉めてくれました。これがあれば、黒い戦士様を無理に探す必要はありません」
嬉々として、ケインの奥さんが言う。
それを聞きながら、ぼくは、極星の異名を持つ弓遣いが、どうして、あっちな嗜好に走る事が可能だったのか、何となく理解できたような気がした。
奥さんに「説得」されたゾーガ神の戦闘神官が、冒険者仲間との挨拶もそこそこに、その奥さんやアルスを始めとする《剣の騎士》と共に大陸東方にあるゾーガ神殿へ転移したのは、それから半刻の後だった。
ちなみに、ゾーガ神殿は、アゾナ神殿とは逆に女人禁制だが、アゾナのように厳密なものでは無いので、奥さんはゾーガ神殿の離宮のようなところで暮らすことになるようだった。
重装歩兵コンビの、もう一人であるリックは第八騎士団の生き残りと共に、魔道騎士団に率いられてソルタニアに帰還する事にしたようだ。
第八騎士団が事実上、壊滅したも同然の状況なので、再編が急がれるわけであるし、金剛石の谷を通るルートと言う事もあり、慌しい話ではあるが、ケイン達を見送った後、すぐに出発する事になった。
「元気でな」
元重装歩兵……では無く、今なお正規軍である青年は、そう言ってアゾナで調達した馬に跨った。
ちなみに、重装歩兵であっても、騎士団に入団するに当たっては、騎馬の修練は積んでいるそうである。
魔道騎士団のお姉さん達も、再会して直ぐに別れるのは残念そうだったが、急ぎであればこその転移魔法だったわけなので、程なく、この一団はアゾナを去っていった。
こうして、ぼくが参加した初めての冒険者集団は、半分が居なくなった。
いや、ライルさんも、数ヵ月後のジョシュア神殿長の引退を待って、褐色の美女と共に「責任を取りに」その故国へ行くと言う事だし、ナーダさんも、以前のように魔力を蓄積するまでの一年をアゾナに留まって過ごすと言っていた。
結局、アゾナ攻防戦の終わりと共に、ソルタニア第二十四独立遊撃小隊も解散した、と、言う事になったわけだ。




