舞神の後継者と武神の継承者
振り下ろした光の刃は、しかし、途中で受け止められた。
受け止めたのは、ブラッドが手にする大剣だった。
そう、紅い神呪騎甲兵は、ついに主兵装である大剣を抜いたのだ。
いや、厳密には、それは剣ではなかったようだ。
(キーユニットの発動を確認)
(緊急警告。緊急警告)
(開放シークエンスの予兆波有り)
ダークの視界に次々にアラートメッセージのようなウィンドウが現れる。
なんだか、よくわからないけれども、とんでもない事態が起こりつつあるようだ。
それを引き起こしているのが、目の前の赤い神呪騎甲兵……いや、正確には、その手中にある大剣に見える何かだった。
その剣に見える何かは、魔力とは全く異質の波動を放ち始めていた。
そして、その波動が一際強くなり、ダークの身体が弾き飛ばされた。
『いけない』
不意に、その思念が伝わってきた。
『あれは、あの“大剣”の形をしたモノは、この世界を破壊してしまう』
『それをさせてはいけない』
『二百年前は何とか食い止めたが……今は……』
セーラ皇女のものでも無く、無論、ダークのものでも無い思念。
それは、ダークが手にしている光の刃――雷戦士の剣から伝わってきているものだった。
この剣の以前の持ち主と言うか、先代の雷戦士が残した、言わば残留思念と言うべきものだったのかもしれない。
赤銅色の髪をした端正な顔立ちの青年と、同じ色の髪をした野生的な印象の美女。
その二つのビジョンが見えた気がした。
「く、く、く」
ブラッドの頭部に張り付いたカークスの顔が、笑みの表情を浮かべる。
「ある時はこの世界の皇女としてアゾナの神気を鎧として纏い、ある時は黒き同胞となりてゾーガの神剣を手中とするか」
どうも、ブラッドが主体となって語りかけているようだ。
融合が完全になったらしく、その語り口は滑らかだ。
しかし、召喚魔道士に憑依されたり、ブラッドに融合されたり、カークス卿ってよっぽど生前(?)の行いがアレだったのか、もともとが、そういう運命の元に生まれたりしたんだろうか。
憑依とか融合とかの当初はうまく喋れないと言うパターンもいっしょだし。
「この世界の創造神に連なる皇女と、そして黒き同胞を取り込みし遥かなる異世界の存在よ。貴様が如何なる企てを持って介入してきたかは知らぬが、我々も盟約に従わねばならぬ」
えーと、その「遥かなる異世界の存在」って……ひょっとして、ぼくのことだろうか。
いや、企てなんか無いし、介入っていうより風呂上りに召喚されただけだし。
その召喚だって、戦闘のどさくさに召喚獣みたく魔物としてコーリングされたわけだし。
(敵性個体からの精査波を探知)
いきなり、視界にそんなメッセージウィンドウが一つ表示された。
「ふむ。記憶領域の大部分が上書きされているな。キーユニットも誤った使い方で破損しているようだ。ヴァール・システムの自律モジュールとしては完全に狂った個体となったわけか。回収するよりも、ここで破棄すべきだな」
言っている内容の意味はさっぱり不明だったが、少なくとも、目の前の神呪騎甲兵は全く理解不可能な異質の存在では無いと言う事がわかった。
少なくとも、ある程度の、こちらが解る範囲での意思の表示は可能なようだった。
もっとも、ダークの身体でどうやったら外への意思の表明が可能なのかはわからなかったし、ブラッドだってカークスの顔が無ければ、多分、声を発する事も意思を表示する事もできないのではないだろうか。
あるいは、ブラッドはカークス卿と融合する事で、そうした疎通可能な意思を持つ状態になったのかもしれない。
いや、ダークだって、なんとなく、分かり合える部分が無くも無いわけだし。
などと、自問自答している余裕はなさそうだった。
ゾーガの神紋の輝きが、また、一つ消えたのだ。
残るは二つ。
つまり、後二分間がダークのタイムリミットと言う事になる。
こうなれば、しかたが無い。
ダークは左手に雷戦士の剣をかざしたままで、右手で……ヤンボル以来では、初めて主兵装の大剣を抜いた。
ブラッドがやったのを真似て、体内のジェネレータと接続して起動させようとしたが、やはり、破損しているようで、うまくいかない。
「無駄だ。そのキーユニットは、今のままでは使用できない」
ブラッドが無情に言った。
「そのキーユニットを完全に発動させる以外にはヴァール・システムの自律モジュールたる我を滅する事はできぬ。あるいは、ゾーガの神剣とアゾナの神気を合わせれば、何とかなったかもしれぬが、残念だったな。今の貴様にはゾーガの神剣のみ、それも、どうやら無理やりに使っているようだな。本来のポテンシャル以下の“力”しか感じられぬ」
つまるところ、今のダークは、何とか言うモジュールとやらとしても、ゾーガ神の、雷戦士の剣の使い手としても、中途半端な存在と言うことだろうか。
だが、それでも、ダークは怯む様子は無いようだった。
いや、そもそも、怯むとか言う感情を持ち合わせているのかどうかもよくわからないのだが。
両手に神剣と大剣をかざして、急ぐでもなく、遅れるでもなく、迷う事無く一歩前進する。
その途端に、ブラッドの大剣から、凄まじい波動が放たれた。
大剣と神剣をクロスさせて防いだが、完全に力負けして、再び弾き飛ばされた。
手にした二振りの剣も、取り落としてしまう。
二つ残っていた神紋の一つが、輝きを失う予兆の点滅を始めた。
(ダメだ、こりゃ)
上半身を起こしながら、ダメージをチェックしているダークの演算領域の片隅で、ぼくは呟いた。
主兵装を使用してからのブラッドのパワーは圧倒的である。
同型とは言え、記憶やら主兵装やらが不完全なダークには完全に勝ち目が無かった。
いや、たぶんに、それらはぼくのせいではあるのだが。
もっとも、ダークが完全なコンディションだったとしても、ダークに勝ち目があったかどうかは怪しいとも思えた。
明らかなタイムリミットのあるダークに対して、ブラッドの方はどうなのだろうか。
どうも、カークス卿の肉体と融合したブラッドにタイムリミットがあるとしても、それは、ダークのそれよりも遥かに長いもののように見受けられた。
そうすると、たとえ互角に戦えたとしても、多分、ダークの方が先にタイムアップしただろう。
ダークがタイムアップすると、同時にセーラ皇女が神呪騎甲兵に対峙する事になるが、アゾナの神気をまとった状態の皇女でも、ブラッドには太刀打ちできるようには思えない。
ぼくは、以前から疑問に思っていたのだが。
皇女とぼくとダークの融合した、この状態で。
この三者の誰かが、死ぬ、もしくは消失した場合、残りの二人はどうなるのだろうか。
目の前の紅い神呪騎甲兵が、止めを刺すべく、大剣の切っ先をこちらに向けるのを、他人事のように眺めながら、ぼくは、そんな呑気なことを考えていた。
だが、その答えがもたらされる事はなかった。
桁外れの魔力が、横合いからブラッドを叩いたのである。
紅い神呪騎甲兵は、少しよろめいた程度になっただけだったが、さすがに、その魔力の出所を無視するわけにもいかないようだった。
当然、ぼくも、そちらに視点をフォーカスした。
その少女は、唐突に現れたようにも見えたが、ぼくは、すぐに違うと解った。
隠蔽の魔法で、今まで、その存在を気づかれないようにしていたのだろう。
まぁ、アゾナ神殿の“試練の館”をも欺いた彼女――フィーナであれば、それも納得できる話ではある。
「何者だ?」
ブラッドも意外な伏兵に驚きを隠せない様子だ。
ぼくも驚いた。
いや、フィーナの唐突な登場自体もそうだが、その身につけている魔法衣……上下でセットになっているタイプのようだったが、彼女がズボンに当たる部分を脱ぎ捨てていたからだ。
上衣の裾は太ももぎりぎりまでしかなく、絶対領域なミニのワンピースといった風情である。
そんな格好の金髪の美少女は、ピシリとブラッドを指差した。
「この世界に仇なす不届きもの。乙女の守護者アゾナの名において成敗します」
ぼくは呆気に取られたが、ブラッドも反応に困ったようだった。
「な……?」
大剣をこちらに向けた状態で固まっている。
そんなブラッドには構わず、フィーナはやや前屈みの姿勢になり、上衣の裾の後ろを捲った。
いや、そんな格好したら、見えて……見える……見えそう……。
などと、つい、ぼくが考えた次の瞬間、その上衣の裾から、物凄いスピードで何かが飛び出して、ブラッドに襲い掛かった。
「むぅ」
紅い神呪騎甲兵は大剣でそれを打ち据えたが、弾力のある“それ”を傷つける事はできなかったようだ。
ぼくは、“それ”に見覚えがあった。
なんだか、こめかみに鈍い痛みを覚えたのはむろん錯覚だっただろう。
しかし、セーラ皇女の意識も、頭を抱えたような気配があった。
「無駄です。私の胎内で練り上げたアゾナの神気を、いかなる剣でも斬ることなどできません」
何だか息を荒くし、顔を紅潮させたフィーナが言う。
それは、たしかにアゾナの神気ではあったようだ。
触手な形状で、何か粘液のようなものに濡れて、ビクンビクンと蠢動してはいるけれども。
その触手が、何本も次々に出てくる。
……って、いったい、どこから出しているんだ、と、思わず突っ込みたくなった。
いまや、まるで羽を広げた孔雀のように、フィーナは触手を展開している。
ブラッドが大剣の波動を放つが、その触手が即時に絡み合った障壁を形成し、完全に防御していた。
アゾナ神の気が超高密度で結晶化した――仮にも神と呼ばれる存在の力を具現化した“それ”を破壊するのは、いかな神呪騎甲兵と言えども容易では無いようだ。
何にせよ、ブラッドの気がそれた今がチャンスである筈だった。
ぼくは主兵装の大剣とゾーガの神剣を拾い上げたが、しかし、ゾーガの神剣の方は、手を離した時に光の刃を失っていた。
首飾りの神紋の輝きは残り一つ。
どうも、ダークを顕現化させるだけでぎりぎりのようだ。
それでも、ブラッドはこちらの方にも注意を向けたようにも見えた。
油断無く、黒い神呪騎甲兵と、神気の触手を展開する少女の双方を警戒する姿勢を見せる。
だが、さすがに、もう一つの方向からの攻撃を予期するのは無理だったようだ。
飛来した矢が、ブラッドの背後で爆発を起こした。
「ぬぅ、まだ、いたのか」
ブラッドが、そちらを見る。
そこには、空になった矢筒と弓を傍らに置くケインの姿があった。
「やっと、やっと遭えた……黒い戦士様」
潤んだ瞳をぼくの方に向けてきた。
いや、その視線はアツいのだろうけれども、ぼくの背筋は寒くなった。
もっとも、元山賊の男は、TPOはわきまえているようだ。
一転して冷ややかな視線をブラッドに向ける。
「ふん。よく見りゃ、色だけじゃなく、細かいところで形状が違うな。見苦しい顔なんかもついてやがる。やっぱりニセモノってことか」
そう言いながら、極星の異名を持つ弓遣いは、背負っていた大きな剣に手をかけた。
「まぁ、矢も品切れだし、こっちの方はあんまり得意じゃないが、ニセモノ相手にはちょうど良いか」
その背にした剣。
それは、いきなり消え失せた、もう一振りの《厳之霊の剣》だった。
ケインは、その剣を――今まで愛用していた武器であったかのように、手馴れた動作で、あっさりと抜いた。
同日、同時刻……後で聞いた話を統合すると、そういうことになるようだった。
ゾーガ神殿に居た、セーラ皇女の伯父に当たる神官が、ゾーガ神の神託を受けたのは。
すなわち、戦闘神官――後に《極星の雷戦士》と呼ばれることになる、二百年ぶりの正統な雷戦士が出現した瞬間だった。




