激闘する神呪騎甲兵
カークス卿であったモノは、全身にヒビを生じさせていた。
そこからも、紅い輝きが溢れ出す。
そして。
ついに、カークス卿の身体の中から、紅い輝きを放つ神呪騎甲兵が姿を現した。
ただし、以前見たものと少し形状が異なるのは、融合召喚なる方法で顕現したからだろうか。
一番の相違は、フルフェイスのバイザーに見える頭部に、カークス卿の顔が張り付いたままだと言うところだ。
ハリウッド版宇宙な刑事の映画で、主人公のサイボーグ警察官がヘルメットを取って素顔を出しているような感じと言えば、一番近いかもしれないが、印象としてはアレよりもグロい。
一方で、それに呼応するかのように、セーラ皇女の巨乳に乗っかっている首飾りのガラス玉に封じられたゾーガ神の神紋も輝きを放ち出した。
「交代」
皇女は迷うことなく、ダークに交代する。
同時に、世界が軋むような感覚がある。
ダークがこの世界に繋がっているのは、魔力皆無なぼくを媒介として、ソルタニア皇家の第一皇女がアンカーとなっているからだ。
ダークへの交代を繰り返して、最近、それをはっきりと自覚するようになってきた。
一方の紅い神呪騎甲兵――ぼくが、個人的にブラッドと呼称している方は、ソルタニア皇家の血を引く騎士の肉体に融合する事で、世界に留まっているようだった。
かくして。
楽神アゾナの名を戴く神殿都市で。
驚愕の表情を貼り付けたままの人々の前で。
拒否する世界に無理やりに割り込むように、紅と黒の、二体の神呪騎甲兵が顕現する。
「ぐ……が……」
ブラッドの頭部に張り付いた、召喚魔道士の顔から、呻くような声が聞こえる。
「黒……そこにイタ……か」
召喚魔道士の意識が残っているのか、ブラッド自身のものなのかは不明だが、ナウザーの言葉で、何かしらの意思表示をする事が可能な状態らしい。
一方のダークと言えば、意思らしいものは皆目感じられない。
この状況に至っては、その行動を掣肘する事に意味は無いとの思いで、ぼくもセーラ皇女も、ダークに関するあらゆる制御を手放している状態だ。
攻撃対象の制御は、前回のように雷神ゾーガの神紋の影響だかなんだかを信じるしかない。
だが、そんな状況のダークだが、妙に反応が鈍い。
視界も薄暗く、時折、ノイズが走っているような感じだ。
不意に、その視界の片隅にウィンドウが開いた。
(警告。警告)
(座標■■への存在維持困難)
(高次元■■■への支援要請)
いくつかのメッセージが表示されるが、一部、不明な部分がある。
(支援要請受理を確認)
(安定化実行)
ゾーガの神紋の輝きが、一気に三つ消えたのがわかった。
同時に、ダークが本格的に起動したようだ。瞬時に視界がクリアになる。
そして、前方に居る紅い神呪騎甲兵にターゲットマークみたいなものが重なった。
(■■■の存在を確認。一部変質有り)
(敵性識別……保留)
ブラッドを認識したみたいだけど、同型の相手なので、敵か味方かの判断を保留したのだろうか。
あ、いや、そうでもないみたいだ。
(潜在的脅威……極めて大)
(無効化、もしくは、排除が妥当と判断)
(先制しての排除を選択する)
TUEEEな相手っぽいから、排除するっておかしくね?
ぼくは、ダークに関する認識を改めようかとも思った。
なんとなく、冷静で無機的な印象を持っていたのだが、案外、血の気の多いやつだったのかもしれない。
いや、あるいは、それは加護を与えているゾーガ神の影響だったかもしれない。
世界の秩序維持を優先する武神にとって、紅い神呪騎甲兵は混沌をもたらす存在と見なされても無理は無い。
事実、紅い神呪騎甲兵はアゾナ神殿の壊滅を目的として召喚されているわけで、これは、秩序維持の観点から看過できない話だろう。
ゾーガの神紋の輝きに導かれるように、ダークは雷戦士の剣を抜いた。
そして、雷戦士の剣が光の刃を纏う。
「ぎ……黒……ゾーガ神に取り込まれ……敵性識別……肯定」
ブラッドも、ダークを敵と認めたようだ。
その右手がこちらに向かって突き出され、青白い炎となった魔力が放たれた。
まるで、超高温のビームのようなそれを、ダークは咄嗟に光の刃で防ぐ。
召喚魔道士と一体となっているせいで、攻性魔法も使えると言うことだろうか。
雷戦士の剣は、さすがにびくともしなかったが、余波を受けたのか、ダークの周囲に散らばっている魔法衣や武具が燃え出した。
「や、やばいぞ。ここにいたら巻き込まれる」
薬師のおばさんに縄を解いてもらったらしいライルさんが、取り戻したと思しきナイフで他の虜囚となった女性の縄を切りながら叫んでいる。
同様に開放されたアルスやリック、そして騎士達も女性たちの縄を解こうとしているようだが、荒縄自体に魔封じの仕掛けが施されているのに加えて、亀の甲羅を思わせる結び方自体も、何かの封印のしかけがある様子で、遅々として進まないようだ。
この結び方については、《闇の魔王子》が関わっているものだろう。
イズミットの召喚魔道士が、何故、それを知っているかは現在のところ明らかにするすべが無い。
「まかせるが良い」
と、声をあげたのは、これも薬師のおばさんに鎖の縛めを解かれたばかりの《守護の人形遣い》の異名を持つエルフ幼女だった。
女戦士型の魔道人形が次々に動き出し、縛られたままの女性を数人、まとめて担ぎ上げた。
「それしかないな。失礼するぜ、神殿長」
ライルさんも、縛られたままの褐色の美女を抱え上げた。
けっこう体格の良い長身の女性を、線の細いように見える元傭兵は軽々とお姫様だっこしていた。
「あ、うむ。そ、そうだ、央院に逃げ込め。あそこなら一際強力な結界に守られている。巻き添えが飛んできても耐えられるやもしれん」
少し顔を赤らめたジョシュア神殿長が出した指示に従い、一団は央院を目指して避難する。
女戦士型魔道人形の手が足りないので、ライルさんとジョシュア神殿長のように、ソルタニアの騎士がアゾナの舞姫を抱いて走ると言う図が散見された。
ちなみに、これが縁となって、後日にいくつかのカップルが誕生したのだが、この時は、シャツとタイツ姿となった騎士が、亀の甲羅のような縛り方をされた娘を抱えている図だったわけで、そんなロマンチックさとは程遠いものがあった。
「ばかやろう、どこ触ってやがんでぇ」
「やかましい。お前の年齢でも、おれにとっては上限を超えてるんだよ。うう、ユアちゃんが縛られたままだったらなぁ」
中には、そんな煩い組み合わせもあったようだし、
「ん~、あたしぃ、おじさまの方がよかったなぁ~。いいなぁ、ジョシュアちゃん」
「おれも、できれば兄貴をこうやって抱いていたかったよ」
と、言うお互いに不本意な組み合わせもあったようだ。
ダークの、三百六十度全体をカバーする視界のおかげで、そんな人々が無事に避難していく様子を見て取って、ぼくは無論、セーラ皇女も安心したようだ。
だが、戦闘自体は苛烈を極めていた。
ブラッドが次々に放つビームを、ダークは何とか光の刃で受け止めているが、防戦一方である。
融合というか、その方式や有り方がブラッドとは全く異なるので、ダークはセーラ皇女の魔力を使う等と言う事はできないようだ。
もっとも、現在のセーラ皇女は魔力を使い果たしているので、それが方法としては可能ではあっても、この局面では無意味だっただろう。
数発のビームを撃ったブラッドは、今度は避難する一団に向けて、手をかざした。
(まずい!)
ぼくの焦燥を感じ取ったかのように、ダークがその動きを封じようと前に出る。
だが、魔力の輝きが、ブラッドの掌と一団を結ぶのを防ぐことはできなかった。
数人の女性を抱えた薬師のおばさんの、その大きな背中が倒れるのが見えた。
だが、それは、攻撃では無く魔力吸収の類だったようだ。
「ク……、この……系統ハ……こう……か」
ブラッドが周囲に散乱する具足の一つを手に取った。
魔力を帯びた手で、握り締め、その具足はあっさりと砕けた。
次の瞬間、その破片の一つ一つが鏃のようなものに変形する。
その鏃の群れが、一気にこちらの方に放たれた。
薬師のおばさん、こと、先代アゾナ神殿長ナーダの『造り直す魔力』を応用したのだろう。
(へぇ、そんなこともできるのか)
ぼくは、呆気にとられたというか、呑気に感心していたが、ダークのほうは過激に対応した。
周囲への被害を考慮する必要が無くなったので、左肩のハードポイントに設置した副兵装――拡散用多弾頭型の魔道弾を発射したのだ。
この魔道弾に使われている魔石はセーラ皇女謹製のもので、聖剣騎士団が使用した魔道弾とは桁違いの威力がある。
じつは、ダークの副兵装は、ソルタニアを出立する前にほとんどをこの多弾頭型魔道弾に切り替えていた。
この多弾頭型だが、少なくとも一発以上は《魔の皇女》が調子の良い時に作成した特別級の魔石が混じっている。
皇女の計算上、全弾が命中すれば、下位ドラゴン級の魔物へもダメージを浸透させる事が可能な筈だった。
無論、実際に試すわけにもいかないので、実証してはいないけれども。
ちなみに、多弾頭型魔道弾以外については、腰に設置した魔戦銃と、左右上腕部に設置した別種の魔道弾があるだけだ。
先日のゴブリン集団との戦闘における反省を踏まえ、数への対抗策として、そのように副兵装を変更したのだった。
その、多弾頭型魔道弾が展開し、ブラッドが放った鏃の群れを弾幕となって防ぐ。
鏃の群れを迎撃した上で、いくつかは、ブラッドにも命中した。
その中には特別な一発も含まれていたようで、ブラッドがよろめいている。
そこに、追撃として、右肩の多弾頭型が発射される。同時に、ぼくの行李のあった場所にダークは走った。
ブラッドは回避を試みているようだが、セーラ皇女謹製のそれは、追尾式でもある。
ビラニアのように、紅い神呪騎甲兵にくらいついた魔道弾の群れが、凄まじい爆発を引き起こす。
数発は『造り直す魔力』で不発にしたようだが、さすがに、それで防ぎきるのは無理だったようだ。
ブラッドの動きが止まった。
その隙に、ダークはぼくの行李から魔弾の弾倉を取り出し、腰の魔戦銃にセットする。
この魔弾も皇女謹製の魔石を魔力増幅効果を持つミスリル銀でコーディングした特別製だ。
先日の、新型魔道人形発案の件について、セーラ皇女に強制されるような感じで(極めて不本意ではあったが)ミスリル銀の塊を褒賞としてもらったわけだが、それを流用して拵えたものだ。
「オ、オノレ……よくも……」
特別製を含む魔道弾の打撃はただ事では無いダメージの筈なのだが、それでも、ブラッドにとっては軽いジャブを受けたくらいにしか感じなかったのだろうか。
頭部に張り付かせたカークス卿の顔が怒りに歪んでおり、しかし、魔道弾の直撃を立て続けに受けた紅いボディーには傷一つ見当たらない。
絶対不可侵な相手と言うか、ゲームで言うところの非破壊オブジェクトに等しい存在なのだろうか、と、ぼくは、一瞬絶望しかかったが、しかし、ひとつの記憶を思い出す。
確か、ヤンボルで炎龍と対峙した時、そのブレスをまともに受けてはマズイと言う自覚があった。
多分、それは、ダークの認識でもあっただろう。
つまり、いかに神呪騎甲兵と言えど、不可侵でも不滅でも無いのだ。
ダークの認識からすると、邪龍を凌ぐパワーを持つとは言え、その耐久力、防御力自体はドラゴンよりも低いレベルにあると言う事になる。
あるいは「当たらねばどうと言う事は無い」のかもしれないが、当ててしまえば、こちらのものと言うことか。
ぼくの思惟に同調するように、ダークは多弾式魔道弾の残りを全弾発射した。
さきほどの直撃に懲りたのか、ブラッドは攻性魔法によるビームで、それらを迎撃していく。
その、動きが止まった紅い神呪騎甲兵に、黒の神呪騎甲兵は、腰の魔戦銃を抜いて狙いを定める。
魔道弾の爆発音を圧する轟音と共に、魔弾が発射された。
ミスリル銀で増幅された魔弾が、魔力の輝きを放ちながら射線を疾走し、その輝きが銃口と対象を瞬時に結ぶ。
なんだか、ビームガンのようにも見えるが、威力もそれに近いもののようだった。
ジャブでは無く、ストレートをまともに受けたように、ブラッドが体勢を崩した。
迎撃が寸断した隙に、魔道弾が次々に着弾する。
ダークも、第二弾、第三弾と弾装が空になるまで次々に撃った。
同時に左右上腕部の魔道弾をパージする。これは無力化型なので、この局面では邪魔になるだけだ。
そして、光の刃を纏った雷戦士の剣を振り上げ、紅い神呪騎甲兵へ止めを刺すべく疾走した。