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行方不明の皇女と魔法の衣

 魔道騎士団の近くに召喚されて、もう一つ幸運だったのは、ソルタニア聖皇国に奴隷制度が無いことだろう。

 会話が成立するヒューマンタイプと言う事で、同じ人間か否かは判断を保留されたがぼくは所謂亜人といったカテゴリーに分類されることになったようである。


 そもそも、ナウザーの住人には、ぼくのような東洋人と言うか、所謂モンゴロイドに属する人種は皆無らしい為、人間だとは思われなかったようである。

 ぼくの数少ない持参品のタオルが、この世界の水準と比べても非常に精緻な技術で編まれている事もわかり、単なる魔物や獣から若干ランクアップした感じだ。


 もうひとつの持参品である牛乳瓶は、一連の騒ぎの中で、どこかに消えうせたようだった。

 多分、風呂上りでは無く、せめてもう少し衣類をつけた状態だったら、もっと早くに状況が是正されたかもしれない。

 基本的に、この異世界ナウザーのどの勢力に対しても利害関係は無い筈だが、よりによって、とんでもないタイミングで召喚したイズミットに対し、ぼくは敵意を持つ事にした。


 もっとも、これらは後で色々と話を聞いて、ぼくが召喚されるまでの、前述の状況を聞いてからの話だ。


 ちなみに、奴隷制度がある国だったら、人間を獣と同等に扱う事もあるわけで、亜人とは言え、衣類と食事とをそれなりに与えてくれたソルタニアには感謝しなければならないだろう事は、その時になんとなく理解していた。

 与えられた衣類は簡単な貫頭衣だけなので、未だにノーパンのままで微妙に落ち着かない。

 ただ、この時点で、この世界には下着の類が無いんじゃないかとは思っていたけれども。

 その時は状況がわからなかったが、ここはソルタニア軍の後方駐屯地とでも言うべき所で、イズミット軍と一戦交えて、さてこれからの方針をどうするかを決めている最中だったらしい。

 何でも、戦いの中で第一皇女が行方不明となり、このままでは撤退できず、かといって、戦いを継続するにも、イズミットの召喚魔法に対抗できる魔道騎士団の指揮官が不在では、どうにもならないと言った情況のようだ。

 魔道騎士団は第一皇女直属の特殊部隊と言ったところである為、指揮系統が第一皇女に一元化されている。

 よくわからないのだが、魔道皇女と名高いセーラ皇女の支援魔力と言うか、そういうものが無いと、強力な攻性魔法が使えないと言う事である。

 本来、そのようなレベルの情報は部外者が知ることは無いものだが、じつのところ、その当事者がぼくと言う事になるらしい。

 召喚魔法の魔法陣は異界から、魔物を出現させるにあたり、邪魔な存在を弾き飛ばす性質があるらしい。

 ところが、ぼくが召喚された魔法陣の中で、セーラ皇女だけが弾き飛ばされること無く、そのまま行方不明となってしまったそうなのである。

 では、セーラ皇女は、どこへ言ってしまったのか?


「……と、言う事を聞かれてもわかりませんよ。知らないっすよ」


 外聞を憚る為に、本隊と少し離れた所に作られた小さめのテントの中で、ぼくは同じ主張を繰り返した。

 机の代わりに、元々あった巨木の切り株には、設置された灯りの為の魔道具が置かれている。

 その机(?)をバシンと叩いて近衛将軍と言う強面のおじさんが怒鳴る。


「しらばっくれるな。お前が現れる瞬間まで、あそこに殿下がいた事は、わかっているんだ」


 魔道具の形状が、なんとも、刑事ドラマの取調室を思わせる。

 実際、バンテスと言うこの近衛将軍は前線で斧でも振り回したほうが似合っている人で、迫力も半端ない。

 そんな強面に詰め寄られて、マジでちびりそうになってしまった。


「まぁまぁ、バンテス卿。そんなに声を荒げたら話せるものも話せなくなりますよ」


 先ほどのイケメン、聖剣騎士団の団長と言うイグニート卿が、物柔らかに言う。


「えーと、アキラとか言ったかな。セーラ殿下は我々にとって大事なお方だ。殿下の行方を何としても突き止めて、保護しなくてはいけない。その為に、我々に協力してもらいたいんだ。わかるね」


 片方が怒鳴りつけて、片方が穏やかに諭す。なんだか、本当に刑事ドラマっぽいパターンだ。

 異世界でファンタジーな印象が台無しである。


 まぁ、協力するにやぶさかではないのだが、召喚されて一日もたっていない状況で、この世界の事もよくわかっていないのでは、何をどうしたらよいのか、さっぱりわからない。

 よく考えると、そもそも、この世界の言葉で意思の疎通ができる理由すら不明である。

 意思疎通の翻訳魔法のようなものがあるかどうかは知らないが、そのような魔法をかけてもらった筈も無い。

 もし、そうなら、ぼくがしゃべった時にあんなに驚くのは不自然だろう。

 ……と、いうような考えを、そのまま伝えると、バンテス将軍もイグニート卿も考え込んでしまった。


 そこに先ほどの銀髪のお姉さん(たしかサライと言う名前だった筈だ)がテントに入ってきた。


「これはサライ卿。いかがされました」


 心なしか、イグニート卿がイケメン度を上げて話しかける。


「何かわかりまして」


 サライさんが小首をかしげて問いかけるのに、イグニート卿は首を横に振った。


「では、セーラ皇女からの伝言を伝えます」

「伝言?」

「殿下から?」

「はい。この戦いに赴くに辺り、殿下より、次の命令を承っております」


 どうも、セーラ皇女は、自分が不在となった状況下を想定して、予め部下に指示を与えていたようだった。


「一つ、殿下が戦死した場合、魔道騎士団は速やかに本国へ帰還すべし」

「何を申される!殿下がお亡くなりになったときまった訳ではありませんぞ」


 サライさんがそう言うと、バンテス将軍が顔を真っ赤にして怒鳴った。


「殿下の命令は、まだ続きがございます、将軍」


 サライさんは血相を変えた強面に動じる事無く、言葉を続けた。


「二つ、行方が知れない状況となった場合、かつ、その状況が六刻以上場合、やはり、魔道騎士団は速やかに帰還すべし」


 こちらの時間の数え方は、ぼくの世界の二時間が一刻に該当するようだ。これも詳細は後で聞いた話で、この時は何の事やらわからなかった。


「セーラ殿下の行方がわからないと判明した時点より、今で七刻となっております」

「サライ卿、まさか……」

「三つ、魔道騎士団以外の騎士団については、各団長の判断に任せる。本来、殿下の権限は魔道騎士団のみであり、各団長が最善と思われる選択をせよとの仰せでありました」

「まさか、貴方が殿下を見捨てて行くなどとは……」


 バンテス将軍が信じられないといった表情で言った。


「殿下のご命令です。私の個人的な思いよりも優先されるべきものと考えます」


 あくまでも淡々と話すサライさんだが、その拳が硬く握り締められ、震えているのが見て取れる。


「しかし……」

「殿下のご命令です。魔道騎士団はこれより帰還し、以後の各員の身の振り方について、陛下の御裁断を待つことになります」

「サライ卿」


 ここで、イグニート卿が口を挟む。


「殿下のご命令は理解した。セーラ殿下ならば、いかにもそのような指示をなされるでしょう。しかし、文書か何か残っているのですか?」

「いえ、口頭によるご命令でした。内容が内容ですので、副官たる私しか承っておりません」

「それも殿下らしいと言えば、そのとおりですが……宰相閣下あたりは言いがかりをつけてきますよ。最悪、サライ卿の独断による敵前逃亡とも言われかねませんね」

「私はあくまでも、殿下のご命令に従い、魔道騎士団の全団員を守るまでです。例え、その結果として罪に問われるとしても、甘受致します」


 すっかり放置されたぼくは、そんな会話をぼんやりと聞いていた。

 何かもめているなぁ、と言うのは理解しているのだが、その時のぼくはイズミットによる侵攻やソルタニアがそこと戦争しているなどと言う事も知らなかったので、それ以上の事は理解できなかった。


(理解できないといえば……)


 と、改めて思う。

 サライさんは、いつまで、あんな格好をしているのか、全く理解できない。

 流石にまともに見るのがはばかられる、と、思ったので、サライさんが入って来た時は、視線をそらしたのだが、バンテス将軍やイグニート団長は全く気にせずに真正面から見ているようなので、それならば、と、そらした視線を元に戻した。

 そんなぼくの視線に気がついたように、サライさんはこちらを見て微笑んだ。

 それまでの会話を打ち切りたいと言う思いもあったのかもしれない。


「アキラ殿でしたよね。私を訝しげに見ているようでしたが、どうしましたか」


 う~ん、優しいお姉さんと言う感じだよなぁ。うちの従姉とは大違いだ。


 嘘をつくのもきまずいので、正直に話す事にする。


「いえ、その、サライ……卿の格好が……その……」


 そう言われて、サライさんは自分の胸元を見下ろした。


「あぁ、そういえば……」


 と、イグニート団長は気がついたように言った。


「魔道騎士団は魔法衣のままですね。宜しいのですか。それなりに消耗すると聞いておりますが」

「消耗を防ぐ為の仕掛けはございます」


 その豊かな胸元に触れる。

 五芒星に似た銀色の首飾りがある。たぶん、単なるアクセサリーではなくて、その消耗を防ぐとか何とかの道具なのだろう。


「魔法衣?」


 魔道具と言うのは、説明を受けた。何でも魔石と呼ばれる特殊な鉱石――曰く単純な用途に特化した魔力の塊と言うか、結晶を使用した道具の総称なんだそうだ。

 魔法、魔道具、魔法衣と、なんだか、色々な種類があるようだ。

 後で聞いた話では、セーラ皇女は、この魔石を作るのが得意で、魔法使いとか、魔導師というよりも、魔石使いと言うか、錬金術士と言うのが一番近いイメージらしい。

 ちなみに、ぼくの魔力はお話にならないレベルだそうだ。正確なところは測定用の魔道具で調べないとわからないけれども、ナウザーの人間は多かれ少なかれ、その身に魔力を宿しているのだが、ぼくは、その平均よりも更に低い魔力の持ち主らしい。

 逆に魔力が高い人間ならば、魔導師には感覚的にわかるそうだ。


 ぼくの世界には魔法なんて無いから、魔力なんて無くても困りはしない。

 まぁ、本音を言えば、召喚された時に付与されるチート能力で、膨大な魔力で、この異世界の人々を驚かせる……なんて事を夢想した時もありましたよ、はい。

 でも、現実はこんなものだ。

 身体能力も低く、魔道騎士団の一番年少の少女にも力で負ける。

 簡単な組み手をしたら、あっさり投げ飛ばされてしまったのは、癒えない心の傷になっている。

 もっとも、そのおかげで無害な存在として、特に拘束される事無しでいられるわけだ。

 間違って召喚されてしまった可哀そうな異世界の亜人と言うのが、ソルタニアの人々の評価である。


「魔法衣と言うのは、聖虫の繭から取れる布で作られた、特殊な衣服でね」


 イグニート卿が説明してくれる。

 なんでも、その聖虫は魔力を糸にして吐き出す性質の存在らしい。

 つまり、魔法衣と言うのは、魔力で織られた布でできた衣装全般を指す総称で、耐火、耐寒は元より、通常の刃物を受け付けず、攻性魔法すら防ぐ逸品。

 非常に高価で騎士の鎧の間接部分には使われているが、魔道騎士団の装備は、全身をこの魔法衣で覆っている。


「え?全身??」


 そこまで聞いたとき、ぼくの怪訝そうな表情を見たのだろう。


「ああ、そうか。魔法衣は優れた防具でもあるが、もう一つ特徴があってね。見る人の魔力に応じて色が変わって見える。ぼくから見るとサライ卿は藍色のローブに見える。サライ卿の美しい髪が映える色合いだね」


 歯が浮くような事を言って、実に様になる。なんだか、一生勝てないような気がする。


「ふむ、ワシから見ると、白く見えるが……まぁ、ワシは魔力が無いからな」


 先ほどの言い合いを忘れたいかのように、自嘲混じりに言ったのはバンテス将軍だ。

 魔力が全て筋肉に行ったタイプなのだろう。

 つまり、魔法衣は、見る人の魔力を写す鏡と言う事になる。


 ぼくは、この瞬間、僕自身に魔力と言うものが皆無と言うか、下手をすると、マイナスのレベルかもしれないと思った。

 何しろ、ぼくには魔力で織られた布と言うものが、全く見えない。

 つまり、ぼくから見ると全身を魔法衣で覆ったサライさんは、何にも着ていないように見えているのだ。

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