エルフな幼女と進まない会議
エルフやドワーフが居るという事は聞いていたが、実際に見るのは初めてだった。
この異世界におけるヒューマン種は、髪や瞳の色の相違を除くと、基本的に、ぼくの世界とほぼ同様で、前にも述べたようにモンゴロイド種に該当する人種がいないだけである。
しかし、その幼女の、真珠のような髪や透けるように白い肌はともかくとして、その横に長い耳は、明らかに普通のヒューマン種とは異なる亜人種であることを示している。
セーラ皇女の知識によれば、ナウザーにおけるエルフは、外見もそうだが、所有する魔力が桁違いに多い事と、やはり桁違いに長い寿命、そして、その寿命に反比例する繁殖力の弱さと、じつにファンタジーの王道な属性に満ちていた。
もっとも、エルフを見るのが初めてと言うのは、ぼくだけではなく、薬師のおばさん以外の冒険者達も同様だったようだ。
「ほぅ」
ライルさんは、感心したようにも思える声を上げただけだったが、ぼくを含めた他の面々は驚きの表情を隠せないでいた。
「まぁ、エルフっていうなら、一千の魔道人形を操る魔力も納得だよなぁ」
「ん~、でも、随分と若い……って言うか、幼いわよねぇ」
エレナとサーシャさんが、ぼくを間にはさんで、小声で話をしている。
ケインとアルスは素直に驚いているようだが、そこで、腕をからませるのはやめて。
問題は、リックの反応だった。
「す、素晴しい」
なんだか、目がハートマークになっているような、少し危ない雰囲気だ。
エルフな属性に反応しているなら友達になれるかもしれないが、別の属性に反応しているなら、今後、付き合うのは考えものだと思えるほどだ。
「まったく、前にも言ったろう。どこもおかしいとこなんかありゃしないじゃないか」
薬師のおばさんが呆れたように言うのへ、エルフ幼女がくってかかる。
「何を言うか、見ろ、この醜い傷を」
彼女が真珠色の前髪をかき上げると、額……というか、おでこの、髪の生え際近くに、小さなバッテンのような傷跡があった。
「こんな傷が残っては、仲間のところにも戻れぬ。嫁にもいけぬ」
「で、でしたら、私の嫁に……」
余計なことを言いかけるリックの後頭部を、サーシャさんが勢いよく張り倒した。
いやな音がして、リックの首がおかしな方向へ曲がるほどの威力で、一撃でリックは気絶したようだ。
「ま、魔女のやつ、容赦ねぇな」
「ヤンボルではもっと凄かったぜ、兄貴」
ケインとアルスが怯えたようにひそひそと話をしているが、そこで抱き合うのはやめて、お願い。
そんなこんなで、落ち着いて話し合いを再開するのに場所を移す事になった。
ひとつには、用意された部屋が時間切れになったと、ハンナ武官が告げたのだ。
「元々、この央院と奥院が旧アゾナ神殿だった区画で、東西南北の外院は後から作られた区画なのさ。外院への男の立ち入りは、一応は許可制だけど緩かっただろ」
アゾナ側の代表――アンナ武官を先頭に、ジョシュア神殿長とユアを抱えた魔道人形、そしてハンナ武官の順で歩く、その後をついて行きながら、薬師のおばさんが説明してくれる。
確かに、アゾナ城塞都市の外院と呼ばれる部分は許可証を見せるだけで通行できたけど、この央院に入る時は、男限定で警護の魔道人形に色々と身体検査のような事をされた。
「あー、あれは身体検査じゃなくて、予防措置って言えばいいかねぇ。結界の範囲は奥院だけになっちまったけど、それでも旧区画には、ごくごく微量にアゾナの神気が漂っているから」
「予防措置?」
いきなり不釣合いな言葉に、ぼくは首を傾げた。
「乙女の守護者たるアゾナの神気は女には薬になるけど、男にはある種の毒でね。長い間浴びると勃たなくなっちまうのさ」
おばさんはあっさりと言ったが、ぼくやリック、アルスはそれを聞いて「うげっ」とか言う声を出してしまっていた。
「心配するな、一日二日くらいの時間なら問題無いし、定められた区画にいる限りは神気は存在しない」
ライルさんは、さすがに落ち着いていた。
ケインは軽く肩をすくめて、
「別に、おれにとってはどうでも良い話だ」
と、こう呟いただけだったが、これを聞いたエレナが口元に手を当てて、
「うそ、ケインの方が受だったのか」
などと言っていた。
聞かなかったことにした。
――てか、いい加減にやめて、頼むから(苛)。
つまり、ソルタニアにもあるアゾナ関連施設が男子禁制なのは、むしろ、男の方を守るため、と、言う事になるようだ。
神気を取り込む修行をしている舞姫は、その体内の神気を完全に制御できるので、彼女達に触れる分には問題ないとの話だ。
さて、央院に男を入れる場合、予防の為の魔道的処置を施すと同時に、男を立ち入らせる特定区画に対して、言わば、神気を除去するような処理をするらしい。
なんだか、放射性物質のような扱いである。
「まぁ、除去した場所も時間が経つと神気が入ってくるからねぇ。そもそも《闇の魔王子》の宝玉の壊し方が……」
おばさんがそこまで言った時、ジョシュア神殿長が振り向いた。
「ナーダ殿。いかに先代とは言え、それ以上を話せば、処断せざるをえませんぞ」
怒っているというよりは呆れているというような感じに見える。
そういえば、おばさんと、この美しい褐色の神殿長は以前からの知り合いだった筈だ。
たしか、口止めされていたとかなんとか……って!?
「先代?」
ぼくは、よく理解できなくて、思わずおばさんの方を振り返った。
おばさんは、そんなぼくにウィンクして言った。
「正確には、三代前になるけどね。こう見えても、あたしはここの神殿長を務めていたのさ」
サーシャさんが舞姫候補してた以上の、驚愕の事実だった。
次に用意された部屋につく頃には、さんざんに驚かされた反動か、ライルさんを除く冒険者の男達はすっかりくたびれてしまったようだった。
一方で、魔道士であるサーシャさんやエレナは、おばさんと魔力蓄積に関する方法論で盛り上がっている。
通常、魔力を蓄積するには結晶化、つまりは、魔石と言う形態を取るけれども、それとは別系統に、体内に蓄積する方法がアゾナの蔵書にあったそうで、おばさんはそれを実践しているそうだ。
これの副作用としては、筋肉が異常に発達と言うか、強化拡張されてしまうと言うことで、おばさんの太い身体とか、段違いな身体能力を見れば納得できる話ではある。
「もっとも、実践できるようになったのはごく最近の話でね。ほら、これが一年前のあたしさ」
と、鏡像を転写した羊皮紙……異世界では写真代わりに使われているものを見せてくれた。
「うわ……」
つい、覗き込んだぼくは、思わず声を上げてしまった。
面影はあるが、目の前の、何もかもが太いおばさんとは、まったくの別人がそこにいた。
出るところは出ているものの、どちらかと言えば引き締まったボディーで、若さの代わりに妖艶さを得たと言う印象の、一種凄みのある美女だった。
もったいないと言うか、なんと言うか。
もっとも、蓄積した魔力を消費しきってしまえば、目の前の薬師のおばさんは、元の、先代アゾナ神殿長ナーダだった頃の、この容姿に戻るそうだ。
「まぁ、せっかくここまで貯めたんだ。おいそれと戻るつもりはないよ」
残念ではあるが、一方で、こんな凄みのある美女が近くにいたのでは落ち着かないとも思う。
とりあえずは、愛嬌のある薬師のおばさんでいてもらったほうが良いのかもしれない。
先ほどの部屋が待合室みたいな造りだとすれば、次に案内されたここは、会議室とか応接室のような感じだった。
スペースも広く、装飾も豪華なもので、軽食や飲み物なども用意されていた。
「ふん、元々、ここで……と、言う事か。手のひらの上で踊らされるような真似は好きじゃないが、まぁ、良いさ」
ライルさんが面白くもなさそうに呟くのが聞こえた。
どうも、アゾナ側は色々と小細工をして、冒険者の……より正確にはソルタニアの、もしくは、ナウザー神殿側の反応を見ているのだろうとセーラ皇女の意識から考察が伝わってくる。
ナウザーは、主神たる創造神の名前であり、この世界の呼称であり、人間が住まう最大の大陸の名称でもある。
そのナウザーの名を冠する神殿から派生したソルタニア聖皇国は、当初、人間社会の中心であり盟主であった。
だが、人が増え、大陸各地に都市や国家が勃興するにつれて、相対的に、その政治的地位は低下していき、一応、ナウザー神話体系における盟主ではあるものの、実際の発言力は、他の国家より若干に重きをおかれるレベルと言うのが現在の状況である。
今回のイズミット侵攻による戦乱は、再び、名実ともに盟主たる地位にソルタニアを返り咲かせる、その好機ではないか。
そう考える人々がいるのは事実のようである。
各地へ冒険者を派遣するのも、慈善事業でも、単なる世界平和への貢献でも無く、魔物退治を通じてソルタニアの影響力を及ぼす事と、各地の情報収集と言う側面があると、セーラ皇女は見ている。
具体的には、例の宰相閣下あたりが、裏で糸を引いている可能性が大きいようだ。
ところで、この宰相閣下には未だに逢う機会が無く、セーラ皇女は知っている筈なのだが、本人が顔も見たくないと嫌っているせいか、どんな人か、その情報にアクセスできない。
まぁ、それはともかく。
そんな事情で、現在の冒険者は、ある意味でソルタニアによる侵略の尖兵と言う性格を持たされている。
ちなみに、ソルタニア皇家としては、当代皇王自身の、
「そんな面倒な事するより、普通の国家のままでいいじゃん」
と言う、身も蓋も無い言葉に代表される見解との話を、ソルタニア出発のあれやこれやをしている時にサライさんから聞いた。
神殿のネットワークを駆使して各国に情報を提供し、魔物退治の専門家、及び、それを育てる組織を、国家間を超越した形態で造ろうとしているのは、皇家側の意向だろう。
エメルダ閣下が、制約の多い皇家から臣籍に降って軍の実権を掌握する選択をしたのも、本人の志向もさることながら、おそらくは、宰相閣下に代表されると思しき、言わば“復活派”の動きを牽制する為ではないか、と、セーラ皇女は見ているみたいだ。
セーラ皇女自身は、魔道士たるを選択した時点で、政治的権限や発言する機会を失ってしまっているので、妹達に全てを委ねざるを得ない立場であることを申し訳なく思っているようだ。
一方で、アゾナ側としては、神殿都市としての自治独立を守りたい筈で、冒険者……ソルタニア側に、なるべく借りをつくりたくない思いがあるようだが、最大守備戦力の魔道人形を失ってしまっていると言う現実がある。
支援は欲しいが、今後の事を考えると、単純に力を合わせて危機を乗り切る、と、いうわけにもいかないと言うところか。
アゾナ方面に派遣された《ナイフ遣いの軍師》が“復活派”なのか皇家側なのかはセーラ皇女も読みきれないようだ。
万が一の可能性ではあるが、イズミットの間諜だったと言う事も無いわけではない。
どちらにせよ、一介の高校生にとっては、あまり関わりあいたくない、面倒な次元の話ではある。
こうして、共通の敵であるイズミットに対抗すると言う名目の、アゾナとソルタニアのOHANASHIが始まった。