冒険者と神殿の長と人形遣い
状況がある程度落ち着いた頃、ぼくが参加する冒険者集団とアゾナ側代表の話し合いが行われる事となった。
アゾナの神殿都市としての中枢が奥院ならば、央院と呼ばれるそこは城塞都市としての機能中枢になる。その央院の一室に、ぼく達冒険者全員は召集された。
座席についたライルさんは、アゾナ側の代表が少し遅れる旨を告げると、腕を組んで眼を閉じたきり、ピクリともしない。
ぼくはこういう堅苦しそうな席には参加したくはなかったのだが、「全員参加」と言う、実質的リーダーの元傭兵ライルさんの決定に従い末席にいる次第である。
ともかく、こういう大人同士の交渉事に参加するのは、元々が一介の高校生に過ぎないぼくには、実に気が重いものがある。
ぼくの右隣に座っているサーシャさんは相変わらずにマイペースで、プレッシャーも何も感じていないようだ。
ライルさんの隣に座っている薬師のおばさんは、少しやせたように見える。キマイラ集団の襲撃による被害は軽微だったが、人的被害は皆無ではなかったようで、結構忙しかったようだ。
重傷を負った重装歩兵出身の青年アルスはすっかり元気になったようで、最近は元山賊の男ケインといっしょに行動する事が多いようだ。
まぁ、意気投合するのは結構ではある。手をつなぐのも、アフリカ辺りでは信頼の証としてありふれた光景と言うから、そこまでは良しとしよう。
しかし、からませるように腕を組んで……と言うのは、人前では控えてもらいたいものだ。
薬師のおばさんの、かなり強引な治療の後遺症で激痛にのたうつアルスを押さえ込んだり介抱したりしているうちに、なし崩し的に……とか言う話だが、何があったかの詳細は知りたくもなかった。
「すまん、おれには黒い戦士様って言う探し求める相手が……」
「気にしないでくれよ、兄貴。おれは本当の自分に目覚めさせてくれた兄貴といっしょにいられるだけで良いんだ」
と、小さな声で会話しているようだが、なるべく聞かないようにする。
その二人の隣に座っている、もう一人の重装歩兵出身者であるリックはひどく困惑しているようだ。
リックが汚れた布の替えや薬を取りに駆け回っている間にコトがあったそうで、
「まぁ、騎士団内では結構あった話だが、それが趣味に合わないってんで、冒険者に鞍替えした筈なんだがなぁ」
と、ぼやいている。
ちなみに、このケインとアルスの二人を見て眼を輝かせているのが、ぼくの左隣に座っているエレナだったりする。
もっとも、この赤毛の少女だけではなく、城塞都市に居る女性達の三割ほどは同様の反応を示すので困ったものである。
昨日などは、エレナが同じ趣味らしいお姉さん達と
「もう一人のお兄さんはもう参加したのかしら」
「いいえ、あの渋いおじ様が絡む図も捨てがたいと思うの」
「いやいや、ここだけの話、ケインには既に想っている人がいるらしいぜ。たしか黒い戦士様って……」
「え~、いや~ん、素敵ぃ」
などと話しているのを聞いて、慌ててその場を逃げ出した。
異世界にも腐女子がいるのには恐れ入ったが、妄想力はぼくの世界より、あるいは上かもしれない。
同様の趣味を持つ従姉に言わせると、あーゆー世界こそが「友愛」と言う崇高な理念に支えられた云々とか言う話だったが、ぼくの知っている「友愛」って、確か口封じにBANされることだった筈だ。
それはともかくとして、さすがにライルさんやリックに、そのことを伝える気にはなれず、心の中でご愁傷様と言うしかできない。
だけど、ケインとアルスを見て眼を輝かせているエレナが、時々、ぼくの方をチラチラ見て、
「こいつを二人がかりで……ってのも、それはそれで……」
などと意味不明な事を呟いているのはどういうわけだろう。
いや、理解することを本能的に拒否している自覚はあるんだけど。つか、勘弁して下さい、ほんとに。
不意に扉が開き、三人の女性が入ってきた。
「呼び立てておきながら遅くなって申し訳ない」
先頭の一人が軽く頭を下げる。
「まずは自己紹介しよう。アゾナ神殿長のジョシュアだ」
威厳のある、かなり長身の美女だ。
褐色の肌に銀髪と言う容姿で、セーラ皇女の知識によれば、ナウザー大陸南方系に良く見られる人種らしいが、ソルタニア皇家の青い髪と言い、こういうのを見ると、ここが異世界だと言う実感がある。
その両脇に、護衛のように付き従っている二人には見覚えがあった。たしか、「宝物庫」に通じる扉の前で、衛視のような役割をしていたお姉さん達だ。
「こちらはアンナとハンナだ。武官のような役職と思ってもらえればよい」
席に着いたジョシュア神殿長が紹介すると、アンナとハンナは黙ったまま軽く頭を下げる。
二人の席は用意されていないようで、ジョシュア神殿長の両脇に立ったままだ。
ライルさんが、それに応えて挨拶する。
「いちおう、冒険者のリーダーって事になっているライルだ。各員の紹介は省かせてもらいたい」
「いや、紹介には及ばない。ナーダ殿には世話になっているし、サーシャは良く知っている。同じ時期に舞姫の修行をした間柄だ」
サーシャさんが? アゾナの舞姫の修行を?
セーラ皇女も知らなかった驚愕の事実である。
ぼくは呆気にとられてサーシャさんを見た。
エレナも同様に驚いたようで、目を剥いて色気過剰気味な金髪のお姉さんを見ていた。
そのサーシャさんは、
「は~い、ジョシュアちゃん、お久しぶり~」
と、神殿長に、にこやかに手を振っている。
そんな気安い態度を見て、武官の一人、アンナの眉がピクリと動いたが、反応はそれだけだった。
「ちょっ……、おまっ……、ま、舞姫……って」
エレナは、声を絞り出すのがやっとのようだ。
「ん~、充分に鍛錬できたみたいなんで、舞姫認定前でリタイアしちゃったの」
「え、いや、だって、アゾナの……って、清らかな乙女で……」
「あら、あたしぃ~まだ処女だもん」
エレナの顎ががくんと落ちた。
ぼくも驚いたが、露骨に表情に出すのは後が怖くてできなかった。
まぁ、あの“試練”をクリアして、あんな「儀式」込みで修行したと言う事で、なんとなく色々と納得するところはある。
しかし、いったい何の鍛錬が充分だったのか。
――てか、そもそも、何を目的に奥院の門を叩いたのか。
非常に興味深いものはあったが、敢えて聞かないことにした。
ジョシュア神殿長は苦笑すると、エレナの方を見やって言った。
「そちらの赤毛のお嬢さん……いや失礼、エレナ殿はサーシャの同僚、とでも言えば良いのかな。元魔道騎士団の団長補佐をしておられたとか」
神殿長に見つめられたエレナは、ピクンと身をすくめたようだった。
褐色の美女は、更に他の面々に視線を移す。
「聖剣騎士団第三重装歩兵隊出身のリック殿とアルス殿か。戦場で一番槍を競う《聖剣の双角》の異名はアゾナまで響いていますぞ」
このコンビも結構有名らしい。
「ケイン殿は、先年にイズミットに滅ぼされたバルディ公国で《三羽の鷹》と賞された優秀な弓師の一人でしたな」
「ふん、他の二人は連中が召喚した魔物に喰われちまったよ。今のおれは山賊あがりの弓使いさ」
ケインは吐き捨てるように言った。
かなり失礼な態度ではあるが、これにはアゾナ側は無反応だった。
ジョシュア神殿長は何事もなかったかのように続けた。
「謀略と暗殺で知られる《ナイフ使いの軍師》ライル殿、《再生の薬師》ナーダ殿、そして、ソルタニア魔道騎士団最強の魔女。いやいや、さすがは、ソルタニア。二十四番手の独立遊撃小隊にも、これだけの陣容を揃えられるとは」
「さすが……と言う言葉は、そのままお返ししよう。こちらの手の内はお見通しと言う事か」
ライルさんが、肩をすくめて応じる。
その二人の視線が交差する。
口調はどちらも穏やかだが、その眼は油断無く相手を見据えている。
それはそれとして、ぼくのことはスルーですか、そうですか。
見ているだけで胃が痛くなるような無言のやり取りがあったのは、しかし、十秒もなかっただろう。
先に視線を外したのはライルさんの方だった。
「人形遣いはどうした。この場に来ると言う話だったが」
「破損した魔道人形の修復について、鍛冶と話をしていたようだが、もうそろそろ来る頃かと。だが、ユアが来る前に、先にこれは話しておくべきだな」
そのジョシュア神殿長の言葉の後に、ハンナと呼ばれた武官が初めて口を開いた。
「じつはソルタニア第一皇女が奥院におられました。先日の魔物軍襲撃の直前に、神殿関係者専用区画に入ったのをこの目で確認しております」
その後を、もう一人の武官、アンナが引き取るように続けた。
「しかしながら、その襲撃の後、こちらでは皇女の所在を把握できない状況です」
「な……」
それを聞いて、エレナが血相を変えて立ち上がる、その寸前――
「エレナ」
サーシャさんのその声は、むしろ穏やかなものだったが、赤毛の少女を抑えるには充分な何かがあったようだ。
エレナは歯をくいしばり、爪に血が滲むほどに拳を握り締めながら席に座り直した。
ちなみに、ぼくはといえば、つい、明後日の方向に視線をやってしまっていた。
あるいは、誤魔化す為のお約束な、下手な口笛を吹いてしまって墓穴を掘っていたかもしれない。
セーラ皇女に軽く頭を叩かれたような錯覚を覚えて、直ぐに視線を正面に戻したけれども。
そんな一幕を見たライルさんは少し考え込んだようだが、ややあってこう答えた。
「行方不明とされているセーラ皇女についての情報は感謝する。奥院のルールは聞いているので、所在を把握している間に、こちらへの連絡が無かった件は了解しよう。どちらにせよ、我々の任務は皇女の捜索では無く魔物への対応だ」
これを聞いて、エレナがまたしても何事かをいいかけたが、サーシャさんに眼で制されたようだった。
ジョシュア神殿長は軽く頭を下げた。
「こちらの事情を理解してくれて感謝する。……お、ユアが来たようだ」
微かな地響きと共に、ゆっくりと扉が開いた。
侍女の姿をした身長二メートル以上はある石像が入ってきた。
その腕の中に、布にくるまれた、小さな――まるで、大人の身体から四肢を取ったような大きさの身体が抱かれている。
髪の色は真珠を思わせる光沢のあるピンクだが、顔は白い仮面に覆われて全くわからない。
「遅くなった。それと、数年前に邪龍から受けたブレスの余波で人前に出せる姿では無いので、こんな格好で失礼する」
石像に抱かれた人物が仮面越しにくぐもった声を出した。
「直接に御目にかかるのは初めてだな。私がユアだ」
伝説と謳われた《守護の人形遣い》の挨拶は、そのようなものだった。
ジョシュア神殿長が深いため息をつき、薬師のおばさんが席から立ち上がる。
「まったく、相変わらずだねぇ」
「ま、待て、ナーダ。な、何を……やめろ」
詰め寄った薬師のおばさんは、石像の抵抗を腕ずくで抑え、有無を言わさず布を剥ぎ取り、仮面を毟り取った。
「な、なんて事をするんだ」
涙目になってそう叫んだのは、ツルペタな小さな身体に愛らしい顔の、エルフな幼女に見えた。
伝説と謳われた《守護の人形遣い》の素顔は、そのようなものだった。