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再会した仲間と通信の魔道具

 キマイラの大集団を退けた後、事後処理を含めて、アゾナ神殿とナウザー神殿との間でかなりのやり取りがあったらしい。

 アゾナ城塞都市自体の被害は、じつのところ軽微であったとされている。

 しかし、それと引き換えに、守備兵力とも言うべき魔道人形は八割が損壊してしまい、次に同規模の襲来があった場合、防衛線の構築は困難な状況にあると言う話だ。


 城塞都市アゾナは、また、都市国家でもあるが、常備軍に該当する軍隊を持たない神殿都市でもある。

 各国に存在する舞姫が抑止力として働いていた事もあり、精々、盗賊や獣に対して備えれば充分だったわけだが、イズミットの侵攻に対して、それまでのアゾナ防衛の有り方を考え直す時期に来たというべきだろう。

 先に「軽微であったとされている」と言う表現をつかったが、これは、物理的な被害こそ防げたと言うだけで、じつのところ、人心に与えた衝撃は大きなものがあったようだ。

 特に、魔道人形の守護が事実上壊滅してしまった事もそうだが、怒涛のような魔物の軍勢を見た衝撃も大きかっただろう。




「どうも、イズミットの召喚魔法戦術に変化があるようだな」


 と、言ったのは、ぼくが参加している冒険者集団パーティーの、たしか、ライルと言う名前の、元傭兵のおじさんだ。

 ベテランの傭兵にしては線が細い人だと思っていたが、どうも軍師として有名な人だったようだ。

 もっとも、ナイフを扱わせても一流で、暗殺の分野でも知られている、じつは怖い人だったらしい。


「――と、言うと?」


 それに応えているのは、バンテス将軍だ。

 無論、バンテス将軍本人はソルタニア皇都にいるわけで、映像通信用の、大きな鏡のような魔道具でライルさんと会話をしているのだ。

 ライルさんが居るのは、アゾナ城塞都市の、神殿東院といわれている区画にある通信室といったような場所だ。


「これまでのイズミットの戦術における召喚魔法は、非常に厄介ではあったが、本質的には、騎兵同士がぶつかる前に、矢を射掛けたり、精霊魔法をぶっ放したりするのと同次元のもので、召喚した魔物は、強力ではあるが、じつのところ、使い捨ての当て馬だったわけだ」


 元傭兵ライルは、ぼそぼそと言う口調で、説明を続けた。


「だが、今回、同一の魔物を大量に投入して来た。しかも、途中までは明らかに統制された動きを見せていた。イズミットが魔物の召喚時間を長期化した事と合わせて考えると、一種の遊撃としていた魔物を、制式部隊のような扱いに準じて戦術を変えて来たと見るのが妥当だな」

「むぅ……」


 バンテス将軍はそれを聞いて考え込んでしまったようだ。


「おそらくは、今後、制御の難しいドラゴンのようなとんでもない魔物が召喚される事は無いだろう。しかし、制御可能な魔物によって物量で押して来る可能性は大きい。むしろ、諸刃であるドラゴン級よりも厄介な話になるかもしれん」


 ライルさんは、今後、イズミットがとり得るであろう戦術に関する見識を述べた。

 ま、今回は、ドラゴン級のやつが混じっていたようだがな、と、小さい声で付け加えたが、それは、バンテス将軍の耳には届かなかったようだ。


「……だとすれば、こちらの備えも見直すべきだな」


 バンテス将軍は大きく息をついた。

 そして、上目遣いに元傭兵の軍師を見て言った。


「どうだ。お主だけでも、こちらに戻って来んか。今こそ、お主の知恵が必要だと思うのだが」

「生憎だが、宮仕えは二度とごめん蒙る。弟子どもには色々と叩き込んであるから、今更、暗殺者あがりのよそ者が、ソルタニア正規軍に出しゃばる必要もなかろう。それに、情報は自分の目で確認せんとな。不正確な情報を元に誤った指示を出して、味方を殺すような真似は一度で充分だ」


 そこまで言って、ライルさんは魔道具を操作した。


「あ、こら、まだ話は……」


 何事かを言いかけるバンテス将軍の姿が消え、曇った鏡に戻った魔道具を見やって、ライルさんは肩をすくめて低く呟いた。


「だいたい、退屈なソルタニア軍よりも、こちらの方が俺の性にあっているようだしな。ふふ、それに、《剣の騎士団》が復活する場面に立ち会うと言う得がたい機会を失うつもりも無いさ」


 そして、こちらの方に手を伸ばしてきた。




 致命傷ではないが、極めてそれに近い重傷には違いなかった。

 衣服を全部脱がせた状態で確認すると、正視に耐えない状況だった。


「こりゃあ、薬草とか治癒の魔道具とかでなんとかなるレベルじゃないねぇ」


 アゾナ城塞都市神殿南院にある治療施設の一室で、薬師のおばさんは目の前のベッドに横たわる元重装歩兵の青年――アルスの具合を見て、大きく眉をひそめて言った。

 重装歩兵は前衛で戦う事が多いので、聖盾せいじゅん騎士団ほどの鉄壁仕様ではないが、それでも、そこそこの守備力を持った装備や訓練を受けている筈だった。

 だが、キマイラの攻撃をまともに受けてしまえば、その代償は当然とも言える。


「受け流す予定だったんだが……おれもヤキが回った……ぐふ」


 アルスが自嘲するように言いかけて、血の塊を吐いた。


「し、しっかりしろ」


 もう一人の青年、リックと言う名の元重装歩兵が、すがるように言った。

 そして、必死な様子で薬師のおばさんに這いつくばって頭を下げる。


「な、なんとか兄弟を助けてくれよ。こいつを助けるためなら何でもするからよぉ」

「おれからも頼むぜ。なんとかしてやってくれ」


 元山賊の男、ケインも頭を下げる。


「別に見放しゃしないよ。ただねぇ」


 薬師のおばさんこと、ナーダは何かを考え込む様子だった。

 そして、何かを決心した様子で、アルスの傍らを示しながらリックに向かって言った。


「服を全部脱いで、そこに横になりな」


 リックは一瞬、眼を剥いたようだったが、直ぐに言われた通りに服を脱ぎだした。


「あんたも服を脱いで、反対側に横になるんだよ」


 薬師のおばさんは、ケインに向かって同じ指示を出す。


「な、なんだよ、急に」


 さすがに、ケインはわけがわからないといった様子で応えた。


「こいつを助けたんだろ。さっさとおし。あたしだって、あんたらみたいにむさ苦しいのは趣味じゃないんだ」


 おばさんが一喝すると、ケインは渋々と指示に従った。

 重傷を負った青年の両側に、素裸の逞しい男が二人横たわる。

 戦いの中で鍛えぬいた、至るところに古傷のある、しかし、均整の取れた筋肉美が余すところ無く露わになるが、それを見る薬師のおばさん、こと、ナーダの眼は観察対象を見る研究者のものよりも遥かに冷ややかであった。

 リックとケインの身体を見ては、時々、何かをイメージするかのように宙に視線を転じる。


「ふぅううううう」


 ナーダの呼吸がゆっくりになり、それに従って、彼女の太い体が魔力の輝きを放ち始める。


「ひとつ、断っておくけど……」


 いつもは、それなりに愛嬌のある顔に、今は酷薄とすら言える表情を浮かべて、ナーダは呟くように言った。


「あたしの“これ”は、治癒魔法じゃないからね」


 そして、眼を閉じる。


「ほぉおおおおおおお」


 空手の息吹のような、独特の呼吸音がナーダの口元から放たれる。

 不意に、カッと眼を見開いたかと思うと、


「どりゃああああああ」


 凄まじい気合と共に、ナーダの太い腕が残像が見えるくらいの速さで動き、拳を打つ。

 世紀末な拳法使いの百○拳というか、白金なスタンドに例えるべきか、知らない人には何のことかわからない比喩でしか表現できないほどの凄まじさだった。

 魔力に覆われた拳の連打を受けて、アルスの身体は傷ついた部分も、そうではない部分も同じようになった。

 即ち、血は飛び散り、皮膚は裂け、筋肉は潰れ、骨は砕け散っていく。


「ぐえぇ」


 アルスが、悲鳴ともつかないくぐもった声を上げた。

 その口からは血の塊と共に、臓物の一部や骨の欠片が吐き出される。


「え!?」

「な、何を!」


 あまりの光景に、ケインとリックは愕然となった表情で眼を見張っていた。

 ナーダの凄まじい連打は一呼吸で行われ、アルスの肉体は完全に破壊された――かと思えた、次の瞬間、動画を反転再生させたように、破壊されたアルスの肉体が復元していく。

 砕けた骨が繋がり、潰れた筋肉が盛り上がり、裂けた皮膚がふさがって行き、飛び散った血が元に戻る。

 瞬く間に、アルスの肉体は傷一つ無い状態にまで復元された。


「さっきも言ったけど、治癒……じゃない。造り直すってのが近いかねぇ」


 何と言うか、三代目の白金の方ではなくて、四代目な金剛石に近かったようだ。いや、知らない人には何の比喩だかわからないだろうが。


「元の身体を知らないから、あんたらの身体を参考にさせてもらったよ。ああ、これを忘れてた」


 いつもの薬師のおばさんに戻ったナーダは、手近にあった清潔な布を、アルスの口にねじ込んだ。

 眼を開いたまま失神していたらしいアルスは、それで気がついたようだった。

 そして、その直後、信じられないほどの、聞くに堪えない呻き声が、布をねじ込まれた口から溢れ出てきた。

 しかし、アルスの、首から下はピクリとも動かない。


「造り直したんで、慣れるまで相当に痛むだろうさ。ま、痛いだけなんで、命に別状はないよ。死んだほうがマシってくらい痛むだろうけどね」


 薬師のおばさんは、容赦無くそう言って、脂汗を流して悶絶するアルスが舌をかまないようにする事と、しばらくすると手足が動くようになるので、自分自身を傷つけないように押さえておく事などの注意や指示を、ケインとリックに出す。

 ケインとリックは、服を着ながらコクコクと頷くだけだった。


「やれやれ、少し疲れたかねぇ。ちょいと休ませてもらうよ」


 そう言いながら、薬師のおばさんは、こちらの方に手を伸ばしてきた。




 ぼくは、そこで、二回目の魔道具の発動を止めた。

 空中に浮かんでいた映像が消失する。

 冒険者集団パーティーのみんなに持たせた、セーラ皇女謹製の魔道具に仕込んだ映像送信機能は問題なく動作しているようだ。

 ぼくが行方不明になってしまった経緯から、仲間内での連絡網の確立について、エレナが強く主張した事で作成したもので、みんなには携帯用な音声通信の魔道具と説明してある。


 ちなみに、再会した時のみんなの反応は、至極あっさりしたものだった。

 行方不明になった時は、「ありゃ、いなくなったのか、そうか」みたいな感じだったそうで、再会した時は「ありゃ、無事だったのか、ふ~ん」というような感じだった。

 まぁ、役立たずな亜人がどうなろうと知ったことでは無いと言うのは、これは仕方が無い話ではある。

 例外はサーシャさんとエレナ、それに薬師のおばさんだったが、サーシャさんは、ぼくの秘密を知っているので、それほど心配はしていなかったようだ。

 薬師のおばさんも他の亜人、つまり、エルフやドワーフの知り合いが居る為か、同じ亜人のカテゴリーであるぼくの事を少しは気にかけていたと言う程度だ。

 これと反対にエレナは、ひどく心配していた……とは、サーシャさんから聞いた話で、少なくとも、ぼくの前では、他のみんな同様に無関心な様子だった。

 べ、別に寂しくなんか、侘しくなんかないんだからね。

 まぁ、おかげで、みんなと離れていた間に、どこで何をしていたかを、サーシャさん以外には深く追及されずにすんだわけではある。


 サーシャさんには、みんなとはぐれてからの経緯を細かく説明する羽目になった。

 ぼくの話を聞いている間も、相変わらずのぽわわんとした表情だったが、紅い戦士との遭遇を聞いたときには、少し緊張したような気配だった。

 奥院に居た事には、ちょっと呆れられたように見えた。

 そして《闇の魔王子》と、その「遺産」について話が及んだ時には、珍しく、はっきりとわかる驚愕の表情になっていた。

 話を聞き終わってから、サーシャさんはひどく警戒するような様子で、その「遺産」の扱いを考え始めたようだった。


 アゾナを襲撃したイズミットの狙いが、おそらくは、この「遺産」である公算が大と言う点は、サーシャさんとセーラ皇女の見解が一致するところでもある。

 今までイズミットが表立った行動をとらなかったのは、確証が持てなかった為ではないか、と、セーラ皇女は考えているようだ。

 さすがに、ナウザー大陸でも屈指の財力と舞姫による影響力を持つアゾナ神殿と敵対するのは、少なくとも現時点では回避したかったに違いない。

 だが、《闇の魔王子》の心象空間が発動した事で、イズミット側は確証を得たのだろう。

 召喚魔法、即ち、世界に働きかける魔法技術に優れたイズミットにとって、あの心象空間発動の検知や、その意味を読み解く事は難しい事ではなかったであろう。


 サーシャさんは「遺産」の管理について、色々と考えたようだが、この二百年の間ゾーガ神の神託が無く、従って、その証である雷戦士の剣や神紋を見た人間はいない事から、過剰な警戒はかえってまずい結果を招くと結論づけた。

 この結論にはセーラ皇女も同意したようだった。

 なので、二振りの剣は、結構無造作に行李に突っ込んであるし、首飾りは、ぼくが身につけたままとなっている。

 但し、全く無警戒と言うわけにもいかないので、エレナの主張を奇禍として、音声通信用としての魔道具を急遽作成し、配布する事となった。


 幸いに、負傷したアルスの手当てや、襲撃したイズミット側の動向を見定める必要も有り、今後の行動指針を決めるまで、今しばらくはアゾナに滞在する事となった。

 そこで、ソルタニア本国からアゾナ神殿に転移の魔法で送付された物資に、こっそりと入れてしまう事で、この魔道具の出所を誤魔化す事ができた。

 ぼくとしては、あんまり気が進まなかったが、そのブレスレットの形をした魔道具には、じつは盗聴、監視機能を忍ばせてある。

 一応、冒険者として登録する時に身辺調査は済ませているので、イズミットの間諜がこの冒険者集団パーティーに紛れ込んでいる可能性は限りなく低いものの、用心するにしくは無しというところだろうか。


 ちなみに、この魔道具は、発動条件が身につける事としているので、連絡を行う必要が無い時とか、通信が入ると具合が悪い場合は外していれば良い。

 ――但し、親機に当たる、ぼくのブレスレットから盗聴や監視を行う場合には、その限りでは無い。

 使用されている魔石の調整にはセーラ皇女も苦心したようだが、その甲斐あって、監視機能発動時に放たれる魔力については、誰も気がつかないようだ。


 しかし、念には念を入れなければならない。

 魔道士にも通用してこその監視機能である。

 テストとか検査とか言うものは徹底しなければ意味が無い。

 この監視機能の発動自体は、大妙寺晶ぼくでも行えるように、必要な魔力は予め組み込んだ魔石に蓄積してあるので、ぼくはつまみを操作するだけで良い。

 そういうわけで、時刻を確認した上で、エレナとサーシャさんの魔道具に対して映像監視機能を発動する。

 言うまでも無く、この時間帯に彼女達が入浴すると言う事実は無関係である。

 順番にテストしていったら、時間的にそうなっただけで、別に意図したわけではない。


 ついでに、映像の複数起動もテストする事にした。

 サーシャさんは魔道具を更衣室に置きっ放しにして、エレナは浴室にまで持ち込んだようだ。

 乙女の守護を司るアゾナ神のお膝元だけあって、ほとんどが若い娘さんだった。

 可愛い女の子や綺麗なお姉さんが、脱いでいく様子(うわ~)や、無防備に肌を晒している様子(うほほ~い)、そしてあんなところやこんなところを洗う様子(とれびあ~ん)を思うさま堪能した。

 まぁ、奥院でも色々と見たわけではあるが、こういうものは見飽きると言う事が無い、とは、《闇の魔王子》とも意見が一致したところでも有り、生前に会う事が叶えば、彼とは親友になれたと、しみじみ思う。

 セーラ皇女の意識からは、非常に不愉快な波動を感じたが、ぼくのリビドーの前には無力な様子だった。


 ところで。

 この映像監視機能には、履歴確認の機能まで付与されている。

 ひらたく言えば、録画機能であって、監視した結果を後で検証したり、万が一のケースでは証拠として扱う事を想定しているもので、無論、映像内容を後で楽しむと言う用途を目的としたわけでは無い。

 そんな事情で、サーシャさんが履歴を確認し、当然、入浴の様子を監視した事も確認されてしまった。

 まぁ、サーシャさんは、特に怒る事も無く、エレナには内緒にしてくれて、


「あたしは気にしないのよ。言ってくれればいつでも見せてあげるから。本当に気にしていないわよ」


 と、言ってくれた。

 それは、それは、念を押すように、繰り返し繰り返し、長時間に渡って、優しくにこやかに言ってくれた。

 その間、ぼくは、ずっと正座させられていたわけではあるのだが。

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