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蠢動する秘石と顕現する狂戦士

 抜いた瞬間に、ぼくの右手にずっしりとした――どころではない、物凄い重量がかかってきた。

 一応、セーラ皇女が支援の為の、重力制御のような魔石を配置してくれていたのだが、それでもあやうく取り落とすところだった。

 いま、落としたら、二度と持ち上げたり、運んだりすることは不可能だと、半ば本能的に悟って、両手で支え、渾身の力で先ほど描いた魔法陣の中央に持っていく。


 置くというよりは、落とすといった感じだったが、なんとか、所定の位置に収めることができた。

 おそらくは、ここ二百年の間では、それを見るのは、ぼくが初めてかもしれない。

 剣と言うことだったが、輪郭こそそれらしいものだが、刃に当たる部分が無い。つまりは、剣の形状をした鉄板と言うのがもっとも近いだろうか。

 ぼくの世界で言えば、なんというかダマスカスナイフが大きくなったものといえば良いか、それよりも複雑な紋様が、表面にビッシリと浮かんでいる。

 セーラ皇女の知識によれば、それはゾーガの神紋と言うものらしい。


 そして、魔法陣が発動の輝きを放つ。

 その輝きは、魔法陣の八方に配置したガラス玉に収束し、そのガラス玉からレーザビームのような光条が、中央の“剣”に向かって放たれる。

 次の瞬間、目も開けていられないほどの、光の爆発が巻き起こった。

 音響無しのスタングレネードというものがあったら、こんな感じかもれしない、などと、呑気なことを考えながら目をつぶり、両腕でかばう。


 しばらくして、光が消えたことを感じて目を開けると、いつのまにか鞘に納まった《厳之霊いかづちの剣》と、淡く光る八個のガラス玉があった。魔法陣は今の発動で消失したらしく、跡形も無い。

 徐々に淡い光を薄れさせていくガラス玉の中に、何かが見える。

 ちょうど、中に模様が入ったビー玉のような感じで、封じられているのはゾーガの神紋だ。

 つまり、ぼくの世界の素材に、軍神ゾーガの“力”の一部を取り込んだことになる。

 《闇の魔王子》の助言によるもので、これで、全ての準備が整ったわけだ。


交代リリーブ


 ぼくは再びセーラ皇女に「位置」を譲ると、失神しているフィーナの首輪を外し、それに繋がっている銀の鎖を八個のガラス玉をはめ込んだ首飾りのように魔力で加工した。

 この銀はミスリル銀なので、ちょうど良かったとも言える。

 そして、置いてあった剣と、クリスタルに囲まれて浮かんでいる残りの一振りを、ひょいひょいという感じで肩に担ぐ。

 魔道士、皇女と言う属性や、たおやかな見かけによらぬ、物凄い膂力だ。

 《魔の皇女》と言うよりは怪力姫とでも言うべき……あ、いや、その。

 ――例の心象空間での一件以来、セーラ皇女が亜空間だか、異次元だか越しに向けてくる意識に、非常に怖いものを感じるようになったような気がする。



 後は、ここ……かつて『第五宝玉の間』と呼ばれていた場所から、魔力の触手を伸ばしたルートを辿って転移するだけなのだが、フィーナの処遇を忘れていた事に気がついた。

 彼女を連れていくほどの魔力を使った場合、その後の行動に支障が出てしまう。また、転移して外に出てしまうと、おそらく戻る事は難しいだろう。

 どうしようと考えている間に、金髪の美少女は失神から醒めたようだった。

 ふらふらと、何かの余韻に耐えるように身体のあちこちを引くつかせながら立ち上がったフィーナは、満足げなため息をついて言った。


「ああ、気持ちよかった」


 なんだかふっきれたような、すごく晴々とした表情になっており、気弱そうだったキャラの面影はどこにも無い。

 どちらかというと、最初の、つまりは、《闇の魔王子》の影響下にあった時の印象に近いものがある。


「あら?」


 フィーナは、二振りの剣を担いだ皇女ぼくの姿を見て、少しびっくりしたような表情を浮かべたが、何かを察したようにうなずいて言った。


「行かれるのですね」

「あ……ああ」


 セーラ皇女の意識が前面に出て応える。


「アネッサ導師から頼まれていたのだけれど、状況が大きく変わったので……」

「私のことは、もう大丈夫です。ほら」


 金髪の美少女は、魔力を発動し、砕けたクリスタルに残っている神気を集めて秘石を結晶化して見せた。

 セーラ皇女が再結晶化したものと、ほぼ同じ形状の秘石を、しかも一度に数十個も生成していた。

 ひと目見ただけで憶えただけでは無く、それを発展させて発動したようだ。

 さすがに《闇の魔王子》の子孫だけあって、凄まじいまでの魔道的才能だった。

 もっとも、セーラ皇女のものと同等とはいかず、滑らかなそれではなく、ところどころゴツゴツとした瘤や小さな突起がある。

 しかも自立的にグネグネと蠢いている。

 セーラ皇女のものがファイバーケーブルのような感じだったとすれば、フィーナのそれは、触手とでも表現したいようなものだった。

 どうも、セーラ皇女が、魔力を触手のように使ったのも見ていたので、ごっちゃになって憶えてしまったようだ。


「見て。もう一人でもできるようになりました」


 フィーナが魔力を放つと、秘石でできた触手が彼女の四肢やくびれた腰にからみつき、その身体を宙に持ち上げた。

 左右の足に絡みついた触手が蠢き、M字のように開脚させる。

 色々と口にもできない状態な部分が露わになり、潤滑という意味では香油は不要な感じになっている。

 そして、一本の触手な秘石が、納めるべきところへ、うねうねと潜り込む。


「あふ……あ……ああ」


 悲鳴のような、満足げな響きをもった呻きのような声が、金髪の美少女の口から放たれる。



 なんというか、極端から極端に走る《闇の魔王子》の子孫を見ながら、セーラ皇女は頭を抱えたくなったようだった。

 ぼくとしては、この素晴しくマニアックな光景を脳裏に焼き付けていたわけで、


(これであと十年は戦える)


 とか、意味不明な事を口走りそうになっていた。

 まぁ、それはともかくとして、これなら、このまま放置しても、一人でやっていけるかもしれない。

 「宝物庫」への許可証――小さな紫水晶のついたブレスレッドを差し出すと、触手の一つが伸びてきて受け取った。

 なんだか、またしても取り返しのつかない状況をつくったような既視感を覚えつつ、ぼくは淡い光球へと足を運んだ。

 本音を言えば、もっと滞在して、色々と目の保養……いや、見聞を広めたかったところではあるが、状況がそれを許さない。

 触手に玩ばれているように見える金髪の美少女の裸体を見つめながら、ぼくはアゾナの奥院から外へと転移した。



 ずっと後になって、アゾナの神殿長に若くして就任した金髪の少女とか、新たにアゾナを巣立った舞姫達と先達の舞姫との「太さや固さが全てでは無い」とか何とか言う、部外者にはよくわからない意見の対立などを、風の噂で耳にする事になるのだが、それはまた別の話である。




 転移した途端に、目の前にキマイラの巨躯が迫ってきたので、慌てて近くの魔道人形の後ろに逃れた。

 ぼくが盾にした魔道人形を含め、数体がそのキマイラに取り付いて押し返す。

 サーシャさんたちとは、かなり離れた位置に出てきたようだ。

 魔道人形側が優勢といった区域のようだが、全体的には押されているはずだ。

 奥院に入るときに、試練の館で預けた荷物を回収したいところだが、さすがにそんな余裕はなさそうである。

 身につけた神紋を封じたガラス玉の首飾りと、それを押し上げている巨乳をちらりと見る。

 そして、鞘に入った二振りの剣のうち、片方をその場に置いて、もう片方――神紋をコピーした方を目の前に掲げて呟いた。


交代リリーブ


 首にかかったミスリル銀製の鎖につけられたガラス玉にある神紋が淡い輝きを放つのが視界の片隅に見えた。

 そして、雷戦士の剣を掲げる、白くほっそりとした腕が、黒い光沢のある腕に変わった。

 軍神ゾーガの力を(強引に)借りて、漆黒の戦士が、紅い戦士による制約を打ち破り、異世界ナウザーに(無理やりに)顕現した瞬間だった。

 ほぼ同時に、キマイラ達の動きに変化があった。

 それまであった一種の統制のようなものが消え失せて、軍勢と形容すべき集団だったものが、単なる大群となってしまったようだった。


 後で聞いた話を統合して検証すると、漆黒の戦士が顕現したと同時に、紅い戦士の姿が消え失せてしまい、キマイラ達の指揮系統とでも呼ぶべきものが無くなってしまったようだった。

 しかし、その時は、そんな事は考えもせず、ぼくは、戦場と言う混沌の空間に反応して鏖殺モードに切り替わったダークの意識に引きずられていた。

 弾け飛ぶ事無く留まっている首飾りの、その輝きに導かれるように、ダークは手にした雷戦士の剣を抜き放つ。

 剣の形状をしたそれの表面に刻まれた神紋も、首飾りに呼応するように輝き、そして光の刃を形成する。


(なんだか、宇宙な刑事のレー○ーブレードみたいだなぁ)


 などと、ぼくは他人事のように心の中で呟いた。

 そして、魔道人形の軍勢とキマイラの集団が争う激戦の中に巨大な光の剣を振りかざして乱入し、鏖殺モードのままに、キマイラも魔道人形も見境無く――と、言う事にはならなかった。


 異世界ナウザーにおいて武神にして軍神である、剣を象徴する二柱の神、風神ラゥーガと雷神ゾーガ。

 風神ラゥーガは主神の敵を倒す事を第一に考え、その為にはどのような犠牲も歯牙にかけない残虐な側面を持つ。

 一方の雷神ゾーガは秩序の維持を優先し、その強大な武力は、反比例するかのように精密に制御され、発動対象を明確に選択する。

 と、言うような事がアゾナの奥院にあった書物に書かれていたのだが、少なくともゾーガ神に関する記載は本当だったようだ。

 魔道人形とキマイラが入り乱れている混沌の中にあって、ダークが振るう光の刃は、驚くほどに正確にキマイラだけを切り裂いていった。

 そうしている間に、首飾りの八つのガラス玉は、一つ、また一つと輝きを失っていく。

 おおよそ、一つのガラス玉が輝きを失うのは一分間程度だろうか。

 つまり、ゾーガ神の力を借りていられる時間は、合計八分間と言う事になる。

 次にゾーガ神の力を借りる事のできるまでの、所謂クールタイムがどのくらいになるかは、今のところわからないが、とりあえず、現在の局面を打開するには、十分な時間だったようで、キマイラの群れの半分以上は倒す事ができただろうか。


 残り一分を切った段階で、残存するキマイラは、更に半分が逃げ出しているようで、後は魔道人形だけでも何とかなりそうな……


 不意に、いやな予感というか、危険を知らせる警告のようなものを感じた。

 対峙していたキマイラの心臓部位に数本の矢が刺さり、キマイラが絶命する。

 見事な腕前だが、そんな射手の心当たりは、今のところ、一人しかいない。

 ぎ、ぎ、ぎ、と錆付いたような動きで振り返ると、数キロ向こうから、元山賊で現在冒険者な弓を持った男が、こちらに走ってくるところだった。



「黒い戦士様はどこへ行った。ここに居た筈だ!」


 久方ぶりの再会なのだが、そんな事はお構いなしに元山賊の男は、ぼくにくってかかるように怒鳴った。


「さ、さぁ。何のことかなぁ」


 冷や汗が滲み、目が泳ぐ。

 危ないところだった。

 魔道人形の集団に身を隠し、タイムアウトになって、セーラ皇女に交代して、引き寄せの魔法で置き去りにしたもう一振りの剣を回収して大妙寺晶に戻るまで、合計二分もかからなかった筈だが、その間にあの距離を走破するとは、セーラ皇女も顔負けの身体能力だ。

 身体強化の支援魔法は使えない筈だから、あるいは、セーラ皇女よりも数段上かもしれない。


「せっかく……せっかく逢えたと思ったのに……」


 荒い息をつきながら、そう呟いたかと思うと、男は血走った目でぼくをにらみつけた。


「このアツい血の滾りを……剥けてもいないのは好みじゃねえが……首飾りだけって格好もそそるか……」


 雷戦士の剣よりも、衣服の入った荷物の回収を優先すべきだったかもしれない。


「ひえぇ」

 思わず、悲鳴に似た声が口から出てしまった。

 異世界ナウザーに召喚されて以来の、最大級の危機感を覚えた、次の瞬間、男の後頭部を逞しい手が張り倒した。


「まったく、こんなところでサカっているんじゃないよ」


 薬師のおばちゃんだった。


「無事だったんだねぇ。どこにいたのか、なんでそんな格好なのかは後でゆっくりと聞かせてもらうよ。ほら」


 背負っている大きな行李から、ぼくの着替えを出して差し出してくれた。

 おそらく、いきなり走り出した男の後を追ってきたのだろうけど、少なくともダークの検知の範囲外に居た筈だ。

 それをこの時間で追いついてきて、息も切らしていない。

 背負った行李の重さを考えると、このおばちゃんの身体能力は、セーラ皇女の数段上どころか、遥かに突き抜けているかもしれない。


 おばちゃんの後ろ、遥か遠くに、他の面々がこちらに近づいてくるのが見える。

 ともあれ。

 こうして、ぼくは、冒険者集団パーティーのみんなに再会することになった。

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