6.知らぬが仏
短いです。
賊が追ってこないのを確認し、王女の馬車の速さを緩めた頃、馬車の窓が開いた。
「すみません。中継地……オクトまではあとどれくらいでしょうか」
空いた窓から女の声がする。
窓から見える姿を見ただけでも分かる。彼女は王女ではない。
王女の側仕えだろう。
王女の顔は見えないが、きっと気分が悪くなってしまったようだ。
アレグリアスに休憩を促すように指示をする。
俺は後ろを見る。
遅れているのはほとんどがテロルゴの貴族騎士ばかり。
……最悪の場合は置き去りにでもしよう。
「夕方には到着の予定です。休憩されますか?」
「いえ……むしろ、もう少しスピードを上げた方がいいですよ。このままだと雨が降り始めますから」
そう言って小さな窓から黒髪の侍女が顔を出す。
「この辺りは平原地帯ですよね?賊が出ればすぐにわかりますし、殿下も大丈夫だとおっしゃっているので急げるのであれば、急ぎましょう」
「は。わかりました」
アレグリアスが何とも言えない顔をこちらに向ける。
「よし、この先の……」
平原の入り口で休もう、と言おうとするとアレグリアスは頭を振った。
「いえ……もうすぐ雨が降るから可能ならもっと急ぐようにと」
「はぁ?雨は……確かに降るかもしれないが、王女殿下は大丈夫なのか?」
「大丈夫だそうです」
アレグリアスの言葉を信じていないわけではなかったが、王女が先程の荒業をなんともないというはずがないではないか。
我慢をしているのだろうか?
「アレグリアス、場所を変わってくれ……、失礼、侍女殿」
「?……あ、すみません。私のことですよね」
呆けたような反応が少し気になるが、そこは見ないふりをする。
「雨が降りますが、王女殿下には不愉快ないように致します。先程のことがありますので、殿下にはお休みいただく方が……」
「いえ、それよりも暗くなって雨の中動く方がよっぽど危ないです。馬も怯えますし。オクトまでは迅速に行くように、と殿下はおっしゃっています」
侍女のいうことも分からないわけではない。
それに、王女を乗せた馬車が賊に既に見つかっているし、王族の馬車を爆走させた時点でよくて始末書、最悪斬首だ。
「……では、もう少々我慢を。できる限り迅速で快適な移動を心がけます」
そう言って馬車の窓から馬を一定距離を保つ。
雨の降りそうな空を仰いだ。
……責任は、誰がとるのだろう。
あ、俺か。
*************
馬車から騎士が少し離れたので、窓を閉めて姫様の方を向く。
「……あら、今どのあたり?」
「オクトまでもう少し距離がある、というところですね」
「そう、……どうかした?」
本を閉じて首を傾げる従姉妹に思わず苦笑が漏れる。
あの騎士は姫様が本に夢中になっていてあの馬車を疾走させたことを知らないことを知らない。
そう思うと、どちらが可愛そうなのか。




