第1話 七人の任命式
登場人物:一番(CH029・レオナ)、二番(CH030・ミーナ)、三番(CH031・セレス)、四番(CH032・フィアナ)、五番(CH033・メイ)、六番(CH034・クラウディア)、七番(CH035・アデリーナ)
*全員のイメージを確認されたい方は0話をご参照ください。
講堂に、七人の少女が並んでいた。
揃いの戦闘服に身を包んだ七人は、誰一人として姿勢を崩さず、背筋を伸ばして正面を見据えている。
プレートキャリアは着けていないが、それぞれ腰にはハンドガンとナイフを携えていた。
呼吸まで一定に保っているものの、その表情の奥にあるものまでは隠し切れていない。
安堵、喜び、緊張、達成感。
そして何より、ようやくここまで来たという思いがあった。
彼女たちは、数年にも及ぶガーディアン選抜試験を最後まで生き残った七人だった。
もっとも、その数年間という時間も、この場所の外ではほんの数日に過ぎない。
訓練内容は、常識では考えられないほど過酷なものだった。
骨折程度なら訓練を止める理由にはならず、重傷であっても治療すればいい。
部位欠損ですら、回復できる以上は致命的な問題として扱われない。
たとえ死んでも、訓練空間の機能によって復活させられる。
死ぬことさえ、訓練を止める理由にはならなかった。
ただし、そこまで辿り着ける者自体がごく少ない。
選抜試験には百人を超える参加者が集まっていたが、その多くは最初の試練で心を折られた。
それでも先へ進むことを選び、何度倒されても、何度死んでも立ち上がり続けた者だけが、ようやく本格的な訓練へ進むことを許された。
そして今、最後まで残った七人が、この講堂に並んでいる。
今日、彼女たちはようやくガーディアンとなる。
「次」
穏やかな声が講堂に響き、呼ばれた少女が一歩前へ出た。
彼女の前に立つ青年を、この国の者たちは『主様』と呼ぶ。
国王であり、この国を作った者。そしてガーディアンたちが仕える、ただ一人の主人だった。
主様が手にしているのは、細身の首輪。
それはガーディアンの証であると同時に、彼女たちに人間の限界を超えた力を与える装具でもある。
少女がわずかに顎を上げると、主様はその首に首輪を回し、留め具を閉じた。
「よく頑張ったね」
少女の頬がわずかに緩んだものの、すぐに表情を戻す。
「それで、その力で何がしたい?」
それは、先ほどから主様が一人ずつに尋ねている質問だった。
ある者は人を守りたいと言い、ある者はこの国の役に立ちたいと答えた。
主様はそれぞれの答えを聞き、頭を撫でたり、肩を軽く叩いたりしながら、「頑張ってね」と一人ずつ送り出していった。
やがて、五人目の番が来た。
「五番」
呼ばれた少女が一歩前へ出る。
「君もよく頑張ったね」
主様は彼女の首に首輪をつけながら続けた。
「ここで得た知識も、経験も、技術も、全部もう君のものだ。誰にも奪えない」
一度、少女の目を見る。
「もう、奪われるだけの存在じゃなくなったね」
少女の瞳が揺れた。
「その力で、何がしたい?」
五番は答えようとして、一度だけ唇を結んだ。
何年もの訓練で感情を制御する術は身につけている。
痛みも、恐怖も、動揺も、必要なら表情から消せるはずだった。
それでも今だけは、完全には抑えられなかった。
「……あなた様の傍にいたいです」
少しだけ声に力が入る。
「あなた様の見る世界を、一緒に見たい。微力ながら……お手伝いしたい、です」
最後だけ、ほんの少し恥ずかしそうに声が小さくなった。
主様は小さく笑い、ぽん、と五番の頭に手を置いた。
「じゃあ、よろしくね」
五番の口元が、わずかにほころんだ。
その光景を、六番は隣から見ていた。
――次は、私。
心臓が一度、大きく鳴った。
――やっとここまで来た。
父の顔が浮かぶ。母、妹、弟。
――絶対に守るから。
「六番」
呼ばれた六番は、一歩前へ出た。
足取りに乱れはなく、呼吸も正常。視線も安定している。
それでも、自分の心拍数が上がっていることだけは嫌というほど分かった。
主様が近づいてくる。
――大丈夫。
自分に言い聞かせた。
――これは不自然な緊張じゃない。みんな同じだった。
――何年訓練していても、これは訓練していないんだから。
目の前に立った男を見る。
優しそうな青年だった。少なくとも、見た目だけなら。
だが六番は、この男が複数の国を滅ぼしてきたという話を知っている。
逆らった王族を容赦なく処断したという話も聞いていた。
それは幾世代にもわたって語り継がれてきた話だった。
どこまでが事実なのかは分からないが、この国を敵に回して無事に済んだ国はないという。
そして何より、目の前にあるこの国そのものが、この男一人を中心に成立している。
敵に回してはならない。
だからこそ、六番はここにいる。
「六番」
主様が彼女を見る。
「君は、どうしてガーディアンになりたいの?」
想定していた質問だった。
六番は、用意していた答えを口にする。
「ここまで栄えている国と、その主君に感銘を受けました」
一呼吸置き、続ける。
「私もここで働いてみたいと思いました」
言えた。
少し硬かったかもしれないが、問題ない。これまでの者たちと大差のない答えだ。
――大丈夫。
そう思った瞬間だった。
「ああ」
主様が、いつもと変わらない顔で言った。
「それは嘘だね」
心臓が跳ねた。
空気が変わり、六番の身体が硬直する。
――バレた?
思考だけが急加速した。
――どうして。
――どこで。
――いつから。
そのとき初めて、主様の左手がわずかに前へ出ていることに気づいた。
腕は下げたまま、ただ、手のひらを見せるようにほんの少し前へ出している。
それだけだった。
――制止。
何を――。
そう考えた六番の視界を、影が横切った。
五番だった。
主様と六番の間へ踏み込み、左手で抜いたナイフを逆手に構える。
刃は顎の高さ。
同時に右手では、腰のホルスターから抜いたハンドガンを腰だめに構えていた。
――銃口は、私に向いている。
速い。
あまりにも速かった。
だが、五番だけではない。
視線だけを右へ動かすと、前列の二人が片膝をつき、後列の二人は立ったまま、互いの射線を妨げない位置へ散開していた。
四人とも腰のハンドガンへ手をかけている。しかし、銃は抜いていない。
ほとんど同時だった。
抜銃寸前の四人。そして目の前の五番。
計五人。
――全員が、私を殺せる位置にいる。
六番は動かなかった。
いや、動けなかった。
撃たれること自体は初めてではない。訓練では実弾を使う。
胸を撃ち抜かれたこともあれば、頭部に弾を受け、そのまま意識が途切れたことも一度や二度ではなかった。
訓練中であれば、死んでも身体は復元される。
痛みを覚え、失敗を理解し、次はどうすれば死なずに済むかを考える。
それだけだ。
けれど――今は違う。
五番を見る。
既に指がトリガーへ掛かっていた。
主様のあの小さな制止がなければ、もう撃っている。
おそらく即死しない場所を撃って行動不能にし、その後、生かすか殺すかは主様の判断に委ねる。
そういう動きだ。
五番の目には迷いがなかった。
そして六番は、もう一つ気づく。
主様は、最初から彼女たちを止めていた。
それでも、五人から伝わってくる殺気は凄まじかった。
特に目の前の五番は、表情ひとつ変えずに銃口を向けている。
主様が危険だからではない。
そんなことは、誰一人として考えていない。
訓練では、主様本人が相手をすることもあった。
そのたびに参加者たちは、文字通り手も足も出ずに叩き伏せられた。
七人全員で襲いかかったとしても、この人をどうにかできるなどとは思っていない。
理由は、もっと単純だった。
――主様に嘘をついた。
ただ、それだけ。
この国では、主様に対する意図的な嘘や偽りは重く受け止められる。
まして、最も近くに仕えるガーディアンにとっては、決して見過ごせるものではない。
――こいつは主様に嘘をついた。
五番の目を見れば、それで十分だった。
私が指一本でも動かせば、迷わず撃つ。
主様は五人に一瞥もくれず、まるで何も起きていないかのように六番だけを見ていた。
「訓練が始まる前に、僕が言ったこと覚えてる?」
六番の脳裏に、数年前の光景が蘇った。
目の前には広大な森が広がり、その手前には百人を超える参加者が集まっていた。
そこは、これから自分たちが挑むことになる選抜試験の訓練空間だった。
参加者たちの服装もさまざまだった。
華やかな衣服に身を包んだ者もいれば、粗末な旅装の者もいる。
貴族の娘も、平民の娘も、同じ場所に立っていた。
これから何が始まるのかも分からず、整列すら満足にできない参加者たちを前に、主様は言った。
『皆さん、こんにちは』
あまりにも場違いなほど、軽い挨拶だった。
『この試験では皆さんに、僕の所有物となる覚悟があるのかを試します』
ざわめきが起こったが、主様は気にせず続けた。
『それと、僕の所有物になる以上、絶対に生きて帰ってくる力と、幸せになるための力を身につけてもらうための訓練でもあります』
その口調は、相変わらず軽かった。
『これからの試験と訓練は、ずっと死ぬ覚悟で、努力して、我慢してもらうことになります。かなり大変です』
何人かの顔が引きつった。
『まあ、死んでも戻すので、頑張ってください』
あまりにも簡単に言った。
『ここでは身分も家柄も何の役にも立ちません』
参加者たちを見渡す。
『訓練を受けて、今の自分に満足できたなら、途中で棄権して帰っても構いません』
少し間を置いて付け加えた。
『あと、トラウマになりそうなら治療もできるので、係員に伝えてください』
それだけだった。
記憶から意識が戻ると、六番の視線がほんのわずかに左へ逃げた。
主様はそれを見逃さなかった。
「僕に仕えるだけで」
静かな声だった。
「君は、本当に幸せになれるの?」
六番は答えない。
「僕を信用できない?」
その一言で、何かが切れた。
六番は唇を噛んだまま、しばらく沈黙していたが、やがて口を開いた。
「……私は」
声が震えた。今度は隠せなかった。
「アルヴェリス王国の命令で……この国のスパイになるために……」
一度、息を吸う。
「ガーディアンになるしか、ありませんでした」
誰も動かなかった。
五番の銃口は変わらず六番を向き、残る四人も警戒を解いていない。
続きを言おうとしても、言葉が出ない。
家族の顔だけが浮かんだ。
主様が少し眉を上げた。
「じゃあ、選択肢を整理しようか」
六番が顔を上げる。
「一つ目」
主様が指を一本立てた。
「試験不合格。君はアルヴェリス王国へ帰る」
六番の顔が強張る。
「まあ――たぶん家族も危ないね」
六番が目を見開いた。
「ああ、状況は把握してるよ」
主様は、そのままの調子で続けた。
「君はここで数年訓練してるけど、外ではまだ数日しか経ってない。お父さんも、お母さんも、妹も弟も、今のところ無事」
さらに、何でもないことのように付け加える。
「君が合格した場合、君の機嫌を損ねるようなことは向こうも避けたいだろうしね」
主様は一度、六番を見た。
「ただ、今の君だけで家族全員を連れて脱出するのは、装備なしだと結構厳しいかな」
そこで二本目の指が立った。
「二つ目。ガーディアンに家族を救出させる。君はガーディアンにはならず、そのまま家族と一緒に国外へ出る」
そして、三本目。
「三つ目。家族を救出して、君はガーディアンになる」
主様は六番を見る。
「その場合、アルヴェリス王国への対処は君に任せるよ」
三本の指を下ろすと、少し笑った。
「まあ、ここまで話してなんだけど、家族を救出してから後を考えてもらったらいいよね」
軽く首を傾げる。
「何か希望はある? 迷惑をかけるから断るとかはいらないよ」
六番は俯いた。
その視界の端で、五番と目が合った。
目は、まるで笑っていない。
けれど、その口元だけがほんの少し緩んでいた。
――なんで、ちょっと嬉しそうなのよ。
六番は震えるようにか細く息を吸い、ゆっくりと吐いた。
それから、もう一度主様を見る。
「……ありがとうございます」
声はまだ、わずかに震えていた。
「あの……」
「うん」
「我が家に仕えてくれていた方々も……助けていただくことはできますか?」
「いいよ」
返事はすぐだった。
主様は自分の後ろを親指で示す。
「リスト、あっちで確認してくれる?」
六番が視線を向けると、講堂の扉の前に一人のガーディアン――シルヴィア(CH036)が立っていた。
いつからそこにいたのか分からない。
主様が彼女へ声をかける。
「リストの対象者を保護して、状況を説明。六番がガーディアンを志望するなら、首輪授与の手配をして。後はいつも通りに」
「はい」
「僕の能力で転移させてもいいけど、それじゃ面白くないでしょ。やり方は全部任せるから楽しんできて。もちろん全員無傷でお願いね」
シルヴィアの口元がわずかに緩んだ。
「承知しました」
それから彼女は六番を見る。
「六番、こちらへ来てください。確認をお願いします」
声音はそれまでと何も変わらず、責めるでも見下すでもない。
まるで、いつもの訓練の続きを促すような口調だった。
六番は一瞬だけ彼女を見つめた。
「……はい」
小さく返事をして、一歩踏み出す。
五番の脇を通り、四人の間を抜けても、誰も撃たず、誰も止めなかった。
六番はシルヴィアのもとへ向かい、そのまま講堂を出ていった。
扉が閉じる。
「みんな、もういいよ」
主様が何でもないことのように言った。
一番から四番は腰のハンドガンから手を離し、それぞれ元の位置へ戻っていく。
五番も武器を収めようとして、動きを止めた。
右手が空いている。
左手も。
一瞬前まで握っていたはずのハンドガンも、ナイフもない。
反射的に腰へ視線を落とすと、ハンドガンは既にホルスターへ収まり、ナイフも元の位置に戻っていた。
――いつ?
そう思った瞬間、背後から腕が回ってきた。
「っ――」
身体が強張る。
背中に主様の身体が触れ、耳元へ顔が寄った。
そして、小さな声で囁かれる。
「五番、命令違反は重罪だな」
五番の肩がわずかに揺れた。
「あとで俺の部屋に来るように」
「……はい」
小さな声だったが、返事に迷いはなかった。
主様は五番を抱いたまま、最後に残った少女へ視線を向けた。
「さてと」
七番の肩が、ごくわずかに動く。
「七番」
主様が笑った。
「今のやり取り、どう分析する?」
これまでとは違う問いに、七番は静かに目を閉じた。




