『召喚された日、俺に与えられた名前は”ハズレ勇者”だった』
魔法が絶対のこの世界で、魔力ゼロの勇者が召喚された。
歓迎はなかった。期待もなかった。
あったのは、嘲笑と、暗い地下への道だけ。
これは、そこから始まる物語です。
魔力ゼロ。才能なし。
それでも俺は、世界の理を断つ。
視界が、白く弾けた。
鼓膜を引き裂くような衝撃音。次の瞬間には、それすらも遠ざかり、世界は急速に静寂へと沈んでいく。
雨の音が聞こえない。
身体の感覚も、ない。
(……死んだ、のか)
そんな思考だけが、やけに鮮明に浮かんだ。
――その時。
「――目覚めよ、異界の救い手よ」
重く、厳かな声が、意識の奥底に落ちてきた。
フウガはゆっくりと瞼を持ち上げる。
そこに広がっていたのは、見慣れたアスファルトでも、信号機でもない。
巨大な石造りの広間だった。
天井は高く、視界の果てに溶けている。壁面を彩るステンドグラスからは、七色の光が差し込み、床に描かれた複雑な紋様――魔法陣を照らしていた。
(……なんだ、ここ)
現実感がない。
だが、夢にしては妙に”重い”。
空気の密度が違う。
匂いすら、知らないものだった。
「ようこそ、勇者フウガ。我が国の危機を救うため、古の術にて召喚させてもらった」
声の方へ視線を向ける。
一段高い場所。豪奢な玉座。
そこに座る男が、フウガを見下ろしていた。
王だと、直感した。
理由はない。ただ、その”見下ろし方”があまりにも自然だったからだ。
その周囲には、法衣を纏った老人たちと、重厚な鎧の騎士たち。
全員が――跪いている。
フウガにではない。
王に対して、だ。
(……おかしいな)
勇者と呼ばれたはずなのに。
歓迎されている空気が、どこにもない。
あるのは、“品定め”だった。
⸻
「適性測定を行う」
短く告げられ、フウガは祭壇の前へと立たされる。
透明な水晶。
神官が震える手でそれに触れ、何かを読み取る。
その顔色が、みるみるうちに変わっていった。
「……属性適性、無し」
ざわめき。
「魔力保有量……零」
空気が凍る。
「固有スキル……『鑑定不能』、および――『魔法耐性』」
沈黙。
ほんの数秒。
だが、それは致命的な時間だった。
次の瞬間――
「……は?」
誰かが、笑った。
それを合図にしたかのように、嘲りが広間に広がる。
「魔力ゼロだと?」「欠陥品か」「これが勇者?」
先ほどまでの厳かな空気は、完全に崩壊していた。
玉座の王が、露骨に顔をしかめる。
「百年に一度の儀式で呼び出したのが……これか」
吐き捨てるような声だった。
フウガは自分の手を見つめる。
何も感じない。
魔力、というものが何なのかすら分からない。
だが一つだけ、はっきりしていた。
(……ここでは、俺は”価値がない”らしい)
「陛下」
宰相らしき男が一歩進み出る。
「送還の術は存在しません。魔力なき者が戦力になる道理もない。処分するか、あるいは――」
一瞬、言葉を選ぶ間。
だが、その結論は決まっていた。
「――地下兵舎にて使い潰すのが妥当かと」
あまりにも、軽かった。
人の扱いではない。
フウガは何も言わなかった。
言葉を探すより先に、理解してしまったからだ。
(……ああ)
(これは、そういう世界か)
価値がなければ、捨てられる。
ただそれだけの、単純な構造。
腕を掴まれる。
乱暴に引きずられ、広間の出口へと向かう。
その途中。
視界の端に、ひとつの色が映った。
白。
柱の影に隠れるようにして立つ、一人の少女。
華奢な体。不安げな瞳。指は胸の前で、祈るように組まれていた。
――姫だと、確信した。
彼女だけが、この場で唯一。
フウガを”物”として見ていなかった。
何かを言いたげに唇を動かす。
だが、その声は届かない。
一歩、踏み出しかけて、止まる。
騎士に引きずられながら、フウガはその姿を見ていた。
(……ああ)
少しだけ。
本当に少しだけ、救われた気がした。
重い扉が閉まる。
光が遮断される。
足音だけが響く暗い通路。
湿った空気。
鉄の匂い。
地下へ、地下へと降りていく。
「――ハズレ勇者」
誰かが、そう呟いた。
それが、この世界でのフウガの最初の名前になった。
だが――
その名前を、フウガはどこかで受け入れていた。
価値がないなら、証明すればいい。
ただ、それだけだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
誰にも認められず、地下に捨てられたフウガ。
ただ一人だけ――彼を見ていた少女がいました。
次話、フウガは剣と向き合い始めます。




