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辺境領に飛ばされた元官僚、数字だけで王国を立て直す 〜廃領再建から始まる、数字と制度の国家経営録〜  作者: 蒼井テンマ


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第36話 名前の残らない仕事

 その国は、以前よりも小さくなっていた。


 地図の上で見れば、領域は減り、

 国境線は、内側に引かれている。


 だが——

 まだ、そこにある。


 王都の市場は、派手さを失った。

 商人の声も、以前ほど大きくはない。


 それでも、物は流れ、

 人は暮らしていた。


「……随分、変わったな」


 通りを歩きながら、誰かが呟く。


「昔は、もっと大きな国だった」


「そうだな」


 だが、その会話に続きはない。

 変わったことは、誰のせいでもないからだ。


 王城の書庫。

 古い制度資料が、静かに整理されている。


 その中に、一冊の報告書があった。


 ――税制再編試算(暫定)

 ――地域裁量導入案

 ――緩衝組織による調整モデル


 著者名は、ない。


 必要がなかったからだ。


 数年後。

 統治連合という名前は、ほとんど使われなくなった。


 だが、その思想は残っている。


 決めない場。

 衝突を和らげる場。

 責任を分散する仕組み。


 誰も、それを発明とは呼ばない。

 ただ「今のやり方」と呼ぶ。


 辺境。

 かつて廃領と呼ばれた土地。


 畑は、ほどほどに実り、

 倉庫は、過不足なく満ちている。


 アレンは、いつも通り帳簿を見ていた。


 役職は、ない。

 命令権も、ない。


 それで困ることも、もうなかった。


「……この数字、少し歪んでますね」


 エリシアが、隣で言う。


「直すか?」


「ええ」

「でも、大きくは直しません」


 アレンは、頷いた。


「歪みは、残す」

「全部直すと、また壊れる」


 それが、彼のやり方だった。


 夕暮れ。

 遠くで、子どもたちの声が聞こえる。


 この国が、もっと大きかった頃には、

 聞こえなかった声だ。


 誰かが、言ったことがある。


 英雄がいれば、国は救われる。

 強い王がいれば、滅びは防げる。


 アレンは、そうは思わなかった。


 国は、壊れる。

 それは、避けられない。


 だが——

 壊れきらないようにすることは、できる。


 その仕事に、

 名前はいらない。


 歴史書の片隅に、

 一行も残らなくていい。


 それでも。


 この国が、

 今日も一日、終わる。


 それで、十分だった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


この物語は、

「国を救う英雄の話」ではありません。

また、「正しいことをすれば必ず報われる話」でもありません。


ただ、

何もしなかった場合よりは、ほんの少しだけマシな選択を積み重ねる

そんな人間の話を書きたくて、ここまで続けてきました。


内政や制度、数字といったものは、

派手さがなく、成果も分かりにくく、

失敗した時だけ強く記憶に残ります。


それでも現実の世界では、

多くの国や組織は、

英雄ではなく、

名前の残らない仕事によって支えられています。


この物語の主人公も、

何かを「救った」と胸を張ることはできません。

けれど、

壊れきる速度を遅らせることはできた。


それだけで十分だと思える人間が、

一人くらいいてもいいのではないか。

そんな気持ちで書きました。


ここまでお付き合いいただいた皆さんが、

この物語のどこか一節でも、

「少し分かる」と思ってくれたなら、

それ以上の評価はありません。


最後まで、本当にありがとうございました。

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