油揚げ、厚揚げ、いなり寿司
「……油揚げを焼いてくれ。あと、ぶ厚い厚揚げを甘辛く煮てくれ」
開店直後、ふらりと暖簾をくぐったのは狐崎様だった。以前とは打って変わって覇気がなく、その姿には深い疲れがにじんでいた。
(口には出しませんが、妖力がかなり減っておられる……)
「油揚げだ、油揚げが食べたい」
「すぐにご用意できますのは、おでんの厚揚げですが、よろしいでしょうか?」
「おお、それでいい。頼む!」
おでん鍋から厚揚げを二つ取り、しっかりと温めてから器に盛り、カウンターへ置く。狐崎様は迷いもなく箸を取り、一気に平らげた。
「かぁ、美味い。これだよこれ。肉も魚も悪くないが、俺は、油揚げを欲していたんだ。おでんの厚揚げ、もう二つ頼む」
「かしこまりました。ちょうど、焼き油揚げも焼きあがりましたので、こちらもどうぞ」
「ありがとう」
狐崎様の箸は止まることなく、焼き油揚げもまたあっという間に消えた。まるで、干からびた身体に水が染みわたるように、次々と油揚げを求めていく。
(今夜の狐崎様は……どこかで、かなりの妖力をお使いになったのだろうか。まあ、聞きませんが)
「ところで店主。今日の、持ち帰りの稲荷寿司は何個までいいかい?」
「稲荷寿司ですね。確認いたしますので、少々お待ちください」
暖簾をくぐって厨房に入り、仕込んでおいた稲荷寿司の数を確認する。迎えに来る、スズとランの分も考えて多めに作っておいたが、全部で五十個しかなかった。
(……今日、狐崎様が特別に欲しておられるようですし。スズとランの分は、また明日にでも作りましょう)
「お待たせしました。お持ち帰りの稲荷寿司は、五十個ございます」
「すべて、いただこう。あと追加で、大盛りのきつねうどんを頼む」
「かしこまりました。ただいまお作りいたします」
出来上がった、きつねうどんもまた狐崎様はぺろりと平らげた。さっきまでの気怠げな表情が嘘のように、瞳には妖力が宿り、背筋もしゃんとしている。
「美味かった、ごちそうさま。また来るから、油揚げをたっぷり用意しておいてくれよ」
「はい、いつでもお待ちしております」
稲荷寿司を包んだ風呂敷を肩にかけ、狐崎様は店を後にした。今夜は、油揚げ、厚揚げ、稲荷寿司、すべてを食べ尽くし、持ち帰っていかれた。
(――ふむふむ。妖力を使いすぎると、ああなるのですか。気を付けないといけませんね。そして、我々狐にとって油揚げは、妖の栄養源なのですね)