第95話 泊まり
「今日は誰かの家に泊まりたい気分だな〜」
羽矢は帰路に着きながら、わざとらしく願望を口にした。頭の後ろで両手も組む。
「なぜ俺の方をジロジロ見るんだ」
一輝は顔をしかめた。羽矢の狙いが容易に推察できた。
「いや特に他意はないぞ。本当だぞ」
羽矢の口調は片言だった。明らかに普段と態度が異なる。
「私も行きたいな〜」
莉菜も便乗し、故意に語尾を伸ばした。羽矢と莉菜の意見は合致しているようだ。
「莉菜も!どうして2人共うちがいいんだよ!」
一輝は理由の探索を試みた。正直、自身の自宅へ泊まりたい理由が見つからない。
「それは・・・私はできるだけ長くかずくんと一緒に居たいから」
「私は朝元と同じ時間を過ごすと楽しいからな」
羽矢と莉菜はそれぞれ理由が異なる。だが、目的は一致する。
その上、一輝と共に同じ場所で同じ時間を過ごしたい。この気持ちは両者に共通する。
「え〜。よりによって俺の家かよ。生憎、決定権は俺に無いぞ」
「てことは、決定権はもう1人の住人。美月ちゃんが所持するんだね」
莉菜は得意げな顔を形成した。
「まぁその通りだが」
一輝は虚を突かれたような感覚を味わった。当たり前のように正解を引き当てられた。
美月が了承すれば、すべて話が羽矢と莉菜の思い通りに進むだろう。それほど美月の自宅における権力は絶大だ。
現に両親が自宅を空ける中、美月は家の最高決定責任者だ。
「じゃあ、今から美月ちゃんに電話してくれないか?本日泊まれるかの是非を確認して欲しいのだが」
「それは構わないが。今、美月は学校にいる可能性があるんだよな」
一輝は一抹の不安を抱えながらも、渋々スマートフォンを制服のポケットから取り出した。
SNSを開き、トーク欄を介してメッセージを送信した。素早いスマートフォンへのタイピングを経て。
『今、電話できる?無理だったら返信しなくてもいいよ』
『おにぃからの電話なら大丈夫!それに、今は学校も終わって帰路の途中だから』
一瞬で既読が付き、メッセージの返信があった。
早いな。
一輝は多少なりとも引いてしまった。
美月はSNSの返信が尋常じゃないほど高速だ。
一輝がメッセージを送れば、毎回2秒ほどで返信が来る。
一輝の身体に盗聴器でも仕掛けているのだろうか。
「電話は問題ないらしいから。今から掛けるぞ」
羽矢と莉菜に前もって伝える。
「了解!頼むぞ!!」
羽矢は応援するようにサムズアップした。
一輝はSNSの電話機能を使用し、美月宛に電話を発信した。
プルル。
『もしもしおにぃ!』
美月がワンコールで電話に応答した。応えた際の声は非常に元気だ。
「美月いきなりごめん。ちょっと聞きたい件があるけど少し時間いいか?」
『ノープレブレムだよ。用件はなに?』
美月に不快感は一切なく、容易に受け入れた。
「本題に入るぞ。今日、増本と莉菜が家に泊まりたいらしいけど可能かな?」
一輝はスマートフォンを左手から右手に持ち替えた。
視界には楽し気に雑談する羽矢と莉菜が映る。
『あ、全然いいよ。羽矢さんと莉菜さんが来るんだね。じゃあ、今日は美味しい料理作らなくちゃ!』
美月は想像以上に軽くオッケーした。
「あっさりだな」
『断る理由がないからね。これから楽しみだな〜。今日は美味しい料理を作る予定だからスーパーに寄って帰るね。だからそろそろ切るね。バイバ〜イおにぃ』
ブツッ。ツーツー。
美月は電話を切った。
電子音だけがスマートフォンから流れる。
「どうだった?まぁ、答えは平易に想像できるがな」
羽矢は片目を瞑り、一輝へ言葉を投げ掛けた。
表情からすべて見透かしているようだ。
「あぁ。増本の予想する通りオッケーだってさ」
一輝は気怠げにスマートフォンを制服は仕舞った。こうなってしまうことは早々から勘付いていた。
「やったー!かずくんの家でお泊まりだ〜!」
莉菜は万歳のポーズを取りながら、大いに喜んだ。
羽矢も澄ました顔ながらも、薄く口元を緩めた。
「やれやれ。なぜ子供のようにそんなに喜べるんだか」
一輝はやれやれと肩を竦めた。




