50話 不安と恐怖を和らげるための行動
「おにぃ!ちょっとソファに来て!」
夕食後、美月はリビングのソファに座りながら、1階全体に響く声で一輝を呼ぶ。
「どうしたんだ美月。今、夕食に使った食器を移動させている途中なのだが」
一輝は台所の流しに自身が使用した食器を片付けていた。
「そんなの後でいいから!お願いだから早く来て!!」
美月はわずかに怒りを滲ませた声で一輝を催促する。
「後でいいのかよ。・・・わかった。もう終わるから。ちょっと待っててくれ」
一輝は手早く食器を片付け終えると、リビングに居場所を作るソファへと早歩きで移動した。
「遅いよ!すぐに隣座って!!」
美月は不満そうに頬を膨らませながら、近くのソファの部分を軽く叩いた。
一輝は指示に従い、美月の隣に腰掛ける。
すると、即座に美月は一輝の右肩に自身の顔を寄せた。その後、流れるようにテレビの電源をオンにする。
ふわっとフローラルな香りが一輝の鼻腔を刺激する。
この匂いはシャンプーの匂いだと一輝は瞬時に理解する。一緒に寝る時も毎回のように美月からこの匂いが放出されているため、嫌でも覚えてしまっている。
そのまま一輝と美月は黙ってテレビを眺める。不思議と2人の間に会話は生まれない。
「今日はこれじゃ・・・落ち着かない・・。おにぃ。膝まくらをお願いしてもいい?」
美月は焦ったような表情で一輝に注文を出す。
「それは構わないけど。どうしたの?体調でも悪いの?」
一輝はいつもと異なる行いを見せる美月を心の底から心配する。美月はかなりの甘えん坊だが、普段は膝まくらを頼むことなどない。
「・・・。ううん。大丈夫だよ。ただ単に今日はおにぃの膝まくらが欲しくなったから・・・」
美月は目を泳がした後、謎の間を生んだ。
一輝はわずかにその間に違和感を覚えたが、深く探るような真似はしなかった。
「・・おにぃ。頭も撫でて・・・いつもと同じで優しく・・だよ」
美月はぼそっと小さい声で言葉を紡ぎながら、一輝の膝の上にふわっと頭を載せた。現在、一輝は美月に膝まくらをしている状態だ。
「はいよ」
一輝は優しく手慣れた手つきで美月の頭を撫でる。
美月のツヤのあるサラサラなブラウンヘアの感触が手のひらをくすぐる。
「・・・。うぅん」
最初の方は強張った顔だった美月も優しく撫でられ続けることによって次第に安堵した表情を浮かべる。目を瞑ってはいたが、確かに心の変化は見て取れる。
「少し落ち着いたみたいだな」
一輝は妹の変化した様子にほっとする。
美月のいつもとは異なる様子に一抹の不安を感じていたのが正直なところだった。
しかし、一輝は気づいていなかった。美月がここ最近悩んでいることを。本日、ある男子生徒によって恐怖を植え付けられ、その結果、生じた不安を和らげるために兄である一輝に対して助けを求めるようにいつもより強く甘えたことを。
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