第壱幕の拾
担任は正直ガチャ。そのせいで深い傷を負った人、多いですよね。
「さっきの子、大丈夫かな」
「何事もないといいけどな」
「それなのに校長はなんで……」
教室に帰った生徒たちの間では、倒れた生徒を心配する声と、生徒のことなど少しも考えずに自己満足に浸り、自分たちをそれに巻き込んだ校長への批判で持ちきりになっていた。その流れを、クラスの前側にあるドアが開く音が止めた。
ドアを開けたのは、束ねた長髪を左肩にかけたワイシャツにタイトスカート姿の小柄な若い女性だった。
「はい皆さん、おはようございます!」
生徒たちからの「おはようございます」という声が返ってくると、彼女はそのまま話を続ける。
「去年も担任をやっていて、授業を受けていた人もいるからもう知ってる人もいると思いますが、改めて自己紹介をします! 私が今日からこのクラスを担任する……」
そう前口上を言ってから、彼女はチョークを右手に持つ。黒板のできるだけ高い位置に手を伸ばすが、その小柄な背丈からでは、手が届いたのは背伸びをしてやっと黒板の頂点から15cmほど下の位置だった。
教卓に隠れていて生徒たちからは見えなかったが、背伸びをしている足の震えに耐えながら、彼女は「白川桃香」と縦書きで名前を書く。
「白川桃香です! 担当教科は社会、今日から一年間、よろしくお願いします!」
生徒たちから「よろしくお願いします」という声が返ってくる。
桃香によるあいさつが終わると、クラス全員の自己紹介の時間が始まる。あいうえお順のため名字がは行のさくらと、ま行のあおいと蓮は必然的に順番が後半になる。その時間を利用して、これから同じクラスになる仲間たちの自己紹介に耳を傾けながら何を話すべきか熟考しているうちに、順番が巡ってくる。
黒板の前に立ったさくらは、自己紹介を始める。もっとも、半数弱ほどは去年も同じクラスだったことや、クラスが違っていても顔見知りである生徒も数人いたため知っている顔もあったため、あまり緊張はしていなかった。
「火宮さくらです! 好きなものは花と和菓子、それから着物です! 皆さん仲良くしてください!」
自己紹介が終わると、ここまで自己紹介を終えた生徒たちと同様にクラスからの拍手が待っていた。その後数人が終わった後に、あおいと蓮の番が来る。
「みなさん初めまして、水崎あおいです。読書が好きなので面白い本があったら教えてください。よろしくお願いします」
あおいもさくらと同様拍手で迎えられ、席に戻るあおいとこれから自己紹介をする蓮はすれ違いざまにアイコンタクトをする。軽くうなずいた蓮は颯爽と教壇へと歩いていく。
「水崎蓮です! さっき自己紹介していた水崎あおいとは双子です! スポーツ全般が好きなのでよかったら一緒にやりましょう! よろしく!」
蓮の自己紹介も拍手で迎えられる。40人ほどいるクラスの全員の自己紹介が終わったところで、この日は解散となった。桃香が教室を出ると、さくらはあおいと蓮にこの後の予定を聞く。
「悪い、今日は俺バスケ部とテニス部に呼ばれてるから先帰ってて。あおいは?」
蓮は「いろんなスポーツをやりたい」という彼自身の意向から特定の部活には所属せず、代わりにスポーツ万能の運動神経を買われて多くの運動部から助っ人を頼まれている。彼が助っ人として参加した試合はどの部活でも助っ人らしく勝利を多くつかみ取っていることや、好成績にも導いているため、引っ張りだこだった。もっとも、一部の運動部関係者からは自分の部活の専属になってくれないことを悔やむ声があることは言うまでもないが。
「助っ人は大変だねー。私は図書室に面白そうな新しい本があるか探してから帰るね」
「わかった。私は隣のクラスの様子見てから保健室行ってみる。なーんかあの倒れた子、どうなったのか気になるんだよね」
「始まった。さくらのお人よしが」
「こりゃ間違いなく倒れた女子と仲良くなるな」
話したことがないどころか、名前も顔も知らない相手の安否を確認しに教室を後にしたさくらの背中を見て、あおいと蓮は彼女の優しい人柄ならば納得の行動であると感じる。事実、今までにさくらはこのような形でたくさんの友人を作り、教室に向かうまでに出会ってきた生徒たちや、幼い頃のあおいと蓮もその一人になるからだ。さくらは隣のクラスがもう解散になっているか確認するが、C組はホームルームがまだ続いているためかんなは帰れそうにない。そのまま保健室に向かう。
今時「ただの人間には興味ありません」と自己紹介する未成年は……もういないんだろうなぁ……。




