306 大空の下で
「貴様っ!!」
晴れ渡る大空の下。真っ赤なドレスを纏い宙に舞う私の笑顔と挨拶に、気球からあの優男が身を乗り出すように睨みつけた。
確か、ナイトハルト……だったかしら? あら嬉しいわ。ちゃんと私のことを覚えてくれたのね。ふふ。
「何を嗤うかっ、魔女めっ!!」
「決まっているでしょ」
〝私〟は勇者を殺した〝邪悪〟として此処にいる。
黒い髪に酷い隈に白すぎる肌。ついでに瞳まで黒くして、ちゃんと〝敵役〟になってあげているのだから、やることは決まっているでしょ?
「――【稲妻】――」
ドォオオオオオンッ!!
正しく雷が鳴る音を立てて、一抱えもある黒い稲妻が勇者パーティーの乗った乗り物を直撃する。
わざわざ幻術で黒くしたのは特に意味はないわ。あえて言うのなら……〝悪役〟っぽいでしょ? でも……。
「……頑丈ねぇ」
篭をぶら下げた巨大な〝気球〟は、雷の直撃を受けて帯電しながらも、わずかな焦げを作るだけで何事もなく空に浮かんでいた。
熱気球……書物で識っているけど実際に見るのは初めてね。この大陸にもあるけど、こんな十名も乗れるような大きなものがあるなんて、さすがはエルド大陸の聖教会はお金持ちね。
そもそも空を飛ぶ乗り物が流行らないのは、単純に危険だから。
空を飛ぶ行為自体も危険だけど、空には魔物がいるのだから当然よね。
魔物対策に高価な上位魔物の革を使って強度を上げても、飛竜や鷲獅子に襲われたら、ランク4以上の魔術師や弓兵を複数用意しなければ、簡単に落とされてしまう。
たぶんこの熱気球には、高度な魔術防御と高価な素材がふんだんに使われている。
火魔術が使えれば墜とせたとは思うけど……さて。
「やらせるかっ!」
さすが勇者パーティー。こんな空の上でも再度攻撃されるのを待つことなく、打って出てきた。どうやって? もちろん空中戦よ。
――ギュインッ!
「ハアッ!!」
膨大な風を纏って矢のように飛び出してきたナイトハルトの剣を、闇魔法の【重過】と生活魔法の【流風】を使って下がるように躱す。
「新しいドレスに傷を付けないでくれる?」
「巫山戯るな!!」
巫山戯てはいないのだけど、ドレスの裾にわずかに傷がついてしまったわ。魔物革ですらないただのドレスだから、勝手に直らないのよ?
「――【氷槍】――」
「〝風〟よ!!」
私が撃ち放った丸太ほどもある氷槍を、ナイトハルトが風を使って吹き飛ばし、剣で粉砕する。
ナイトハルトはおそらく風系の加護を持っている。私やアリアのようにダンジョンの精霊から加護を貰うよりも、六大精霊から貰うほうが多いのかもね。
【――氷の鞭――】
気球にいた騎士らしき連中から矢が放たれ、私は氷の鞭で薙ぎ払いながら後方へと下がる。
「逃がすか!」
距離を取ろうとする私に風を纏ったナイトハルトが、正に風のように迫る。私はそれを横目に気球のほうを警戒する。
ナイトハルトだけが敵じゃない。気球にいた騎士どもの戦闘力は神殿騎士を超えているように見えた。全員がランク4? 嘘でしょ? その他にも面倒そうな奴らもいるじゃない。
あの二人……あいつらはあきらかにヤバい。エルフらしき男女。その中の男のほうが私の視線に気づいてニタリと嗤った。
私の戦力は落ちている。総合戦闘力は上がったけど、全属性を使えていた頃に比べて応用力に欠いていた。
最初の攻撃も先ほどの矢も、以前の私なら風の魔術だけですべて防いで避けることができたけれど。
「弱くなったわけじゃないのよ」
「――っ!」
ナイトハルトへ向けた氷の鞭が途中で砕けて、氷の弾丸となって降りそそぐ。
風の防御があるナイトハルトをこの程度で止めることはできない。私はこれまでサマンサから教えてもらった魔術制御の鍛練を積んでいる。そのおかげでこれまで出来なかった精細な魔術を使えるようになった。
「――【狩猟雷】――」
この魔術は本来、反射する物体がないと反射ができず、敵を追いかけることができずに散っていく。でも私は、空中に舞う微細な氷の粒を反射する核とした。
「何っ!?」
ナイトハルトの予想も付かない地点から反射する黒い稲妻が彼を襲う。普通ならこれは躱せない……はずだった。
「――――――――――ッ!!」
その瞬間、気球のほうから耳鳴りがするような〝音〟が響いた。
……音? 何も聞こえない。でも確かに何かが響いた瞬間、氷の粒が砕けて方向を見失った稲妻がナイトハルトを掠めるようにして消えていった。
でも、窮地を脱したナイトハルトは、喜ぶよりも気球のほうを見て顔を顰める。
「へぇ……」
面白そうなことになっているのね?
ナイトハルトの視線の先……先ほどの〝音〟を発したらしきエルフの男が、血走った目で私を見つめていた。
……もう一人の女は?
「キャハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
次の瞬間、けたたましい嗤い声と共にあのエルフ女が真上から襲ってきた。
「――【氷の鞭】――」
即座に放った氷の鞭がエルフ女を絡め取る。でもエルフ女はこともあろうか氷の鞭を素手で掴んで、血の涙を流しながら嗤っていた。
両目が縫い合わされている。その縫い目から血を流したエルフ女は、凍り付いた手を無理矢理引き剥がして、噴き出したその血を周囲に撒き散らした。
攻撃じゃない? でもこれは――
「――ッ!」
唐突に悪寒を感じて、即座に飛び離れた瞬間、その悪寒の正体を知る。
「…………」
袖の端がわずかに変色していた。粉が吹いている? ううん、固まっている?
思わず魔術的な考察をしそうになってしまったけど、そんな隙を晒した私に、エルフ女は追撃をすることはなかった。
「――貴様、手出しをするなっ!」
風を纏ったナイトハルトが割り込み、エルフ女に食ってかかる。
「なぁぜ?」
それに対してエルフ女は空中で何かに腰掛けるように脚を組み、手の平から湯気のようなものを立ち上らせながら、派手な手振りで揶揄するようにナイトハルトを煽る。
あらあら大変ねぇ。でもある程度察しがついたわ。
エルフ女の魔術はおそらく〝呪術〟ね。
手から立ち上っているのは、蒸発した血と魔力による治癒だと思う。
でもそうなると呪術の対価は自傷ではない。血を流すことが目的かと考えたけど、それが対価かしら? でもそれをすることで、先ほどの攻撃とどう繋がるのか?
それよりもこのエルフ女は、ナイトハルトをあしらいながらも私から意識を逸らすことがなかった。
瞼が縫い合わされているから、その顔はナイトハルトのほうへ向けられていたけど、彼女からは常に憎しみのようなものが私へと向けられている。
この赤銅色の肌は……もしかして鉄エルフ? このサース大陸の鉄エルフはすべて闇エルフに変わってしまったけど、精霊の大きなお世話も他の大陸までは及ばなかったってことかしら。
どうしてこんな〝英雄級〟の手練れがいるのか? こんな戦力がいるのなら、どうして火竜退治に連れてこなかったのか?
【ナイトハルト】【種族:人族♂】
【魔力値:256/280】【体力値:403/415】
【総合戦闘力:2630(身体強化中:3417)】
【特殊能力:不明】
【エルフ女】【種族:鉄エルフ♀】
【魔力値:402/437】体力値:288/314】
【総合戦闘力:3108(身体強化中:4003)】
【特殊能力:不明】
エルフ女の戦闘力はナイトハルトを超えている。呪術で力を上げているのなら、精霊に選ばれた純粋な英雄級ではなく、正式な仲間ではないってこと?
私の魔術を阻害した気球にいるエルフ男も、こんな上級悪魔並みの戦闘力を持っているとしたら……厄介ね。
それでも……私が勝つけれど。
「「――ッ」」
私の魔力の高まりを察したナイトハルトが振り返り、エルフ女が満面の……邪悪な笑みを浮かべた。
――ヒュ!
微かな風を切る音を耳が捉える。私は目で見るよりも肌で感じるよりも早く、これまでの実戦で鍛えた直感だけを頼りに魔力を放つ。
――ドンッ!
何かがぶつかるような音が響いて、一瞬後にそちらへ向けた視界の中に、間近で嗤うエルフ女の顔があった。
……ああ、そうなの。
あなたもこちら側なのね。
私の口元にも笑みが浮かび、完全詠唱破棄した私の魔術をエルフ女に叩きつける。
ギィンッ!!
私とエルフ女の放った魔力がぶつかり合い、その中間で鬩ぎ合うように留まっていた巨大な氷が、艶を失うように灰色に変わっていく。
「キャハハハッ!」
――ドゴォンッ!!
それを砕いたエルフ女の蹴りが私へと迫る。
「――【電撃】――」
私の放つ雷撃がエルフ女を絡め取ろうとしたとき、彼女は何かを蹴るようにして雷撃を躱して飛び離れると、何かを足場にして飛び移りながら襲いかかってきた。
呪術師で近接主体? アリア並の速度で? 出鱈目ね。
「――【氷の鞭】――」
咄嗟に迎撃する氷の鞭を、エルフ女はまた何かを蹴るように避ける。
勇者パーティーで空を飛べるのはナイトハルトとエルフ女だけ。でも、ナイトハルトの風魔術や私の闇魔術と違って、何かしらの魔術で飛行をしているわけじゃない。
エルフ女は〝何か〟を蹴っていた。
それは何?
「邪魔をするな、バーニャ! そいつは私が倒す!!」
私とエルフ女の戦闘にナイトハルトがまた割り込んでくる。
「邪魔はあんたよ、ナイトハルト!」
水を差されたエルフ女……バーニャ? が不機嫌そうに口を挟む。
「クラインの仇は私が討つ!」
「それなら私がやってあげるわよ。雑魚は引っ込んでな!」
意固地なまでに自分で倒すことに拘るナイトハルトに、バーニャが苛ついた様子で殺気を滲ませる。
「巫山戯るな!!」
そんな挑発と罵倒をされたナイトハルトから、膨大な魔力が溢れ出す。
【ナイトハルト】【種族:人族♂】
【魔力値:234/280】【体力値:345/415】
【総合戦闘力:3293(身体強化中:5435)】
【特殊能力:風精霊の加護】
精霊の気配と膨大な風の魔素……これがナイトハルトの加護?
それだけじゃない。エルフ女が顔を顰めるように飛び離れ、私が蜘蛛の巣のように張っていた氷が砕かれた。
アリアのように時間制限はあると思うけど、それでも破格の戦闘力ね。
その効果は単純なステータス上昇と、この〝風〟か。
「逃がさんぞ、魔女め!」
ナイトハルトの纏う暴風が、氷を魔素ごと砕いているように感じた。
「これは面倒ね……」
初見の力に、初見の敵。魔力で無理をすれば勝てるとは思うけど、私の目的はそんなことじゃない。
だから、情報だけ置いていきなさい。
「――【魂の茨】――」
【スノー】【種族:人族♀】【ランク6】
【魔力値:∞/660】20Up【体力値:31/48】
【総合戦闘力:2376(特殊戦闘力:6472)】
【加護:魂の茨 Exchange/Life Time】
私の放つ無限の魔力とナイトハルトの加護がぶつかり合い、わずかにその動きを止める。
晴れ渡る青空が一瞬で黒雲に覆われ、雷光が瞬いた。
「――【雷煌】――」
天より降る無数の雷が収束され、巨大な雷となって気球を襲う。
「なっ!」
その瞬間、恐ろしいまでの速度で戻ったナイトハルトが気球を風で覆う。
「――――――ッ!!」
気球からもエルフ男がまた〝音〟を発してた。
でもね……。
「その程度では止まらないわ」
――轟ッ!!!
耳をつんざくような轟音が響き、二人の防御があってなお気球部分の魔術防御を打ち破り、火花が散るように燃え上がり始めた。
「くそっ!」
ナイトハルトが歯がみしながら仲間たちの救出へ向かう。
バーニャは動けないのか、縫い合わされた目を睨むように私へ向けて、異様な殺気を放っていた。
「残念ね……今日はこれまでよ」
私は目の見えないバーニャに煽るような声を掛けて、空間転移でその場を離脱した。
追っていらっしゃい。決着の舞台へ。
力の一端を見せた勇者パーティー。
スノーは何を思うのか。
次回、アリアパート。





