242 歪んだ聖戦 9
ダンドールの場面からになります。
「つーかまえた♪」
『なにっ!?』
フェルドの戦技に斬り裂かれ、剥き出しになった自分の魔石を掴まれたアモルは、そこに薄い笑みを浮かべる黒髪を靡かせた少女の姿を見る。
『カルラァアア!!』
生命活動の急所とも言うべき魔石に触れられたアモルが、焦った様子で腕を振り回す。だが、単純な攻撃力と防御力を優先した肥大化した身体は、背後にいるカルラを上手く狙えずにいた。
『貴様、最初から私の魔石が狙いだったかぁあ!』
「そうよ。だってあなたは面倒だったから」
最初から全力でやれば、不死のアモルといえども燃やし尽くすことは出来た。だがそれはカルラにとっても命を削ることになる。
今更〝命〟などに未練はない。それでも王都を火と血の海に沈め、あの少女と決着をつける前に死ぬつもりはなかった。
それ以上に……。
「あなた程度のくだらない存在に煩わされることが不愉快だわ」
アモルの半分になった魔石を掴む手から膨大な炎が溢れ、アモルの命と身体を焼いていく。
同じく精霊に【加護】を願った身であるが、アモルが自己評価の低さから身の丈に合わない力を求めたことに対して、カルラが願ったことはいずれ手に入れるであろう力の前借りだ。
カルラは最初から〝誰か〟の力で事を為すつもりなど欠片もなかった。
人が自身のランク以上の魔術を使えないのは、魔力制御力と魔術を構成する技術が足りずに、通常の数倍の魔力を消費してしまうからだ。
でもカルラは、【魂の茨】の無限の魔力さえあれば二つ上までの魔術を行使する目処を付けていた。
カルラはあと十数年もあれば、自分の実力だけで魔術レベル7まで到達できる自信はあった。それは自分が天才だからではなく、秀才型故にそこまでの道筋が見えていたのだが、それを知ると同時に、それまで命が持たないことにも気付かされた。
だからこそ、当時十一歳のカルラは残された命を捨てることで、いずれ手にすることができるはずの〝自分の力〟を前借りすることを思いついた。
その覚悟を持てたのも、あの少女――アリアがいたからだ。
あの少女と戦い、〝死〟という〝救い〟を求めた。自分の人生を狂わせたこの国を血に染めることも、いつしかアリアと〝踊る〟ための〝舞台〟にまで成り下がった。
その晴れの舞台に、碌な覚悟もない〝紛い物〟が我が物顔で上がろうとしていることにカルラは不快感を覚えた。
「さあ、どうするの? 〝王弟殿下〟……死ぬわよ?」
『おのれぇえええ!!』
煽るようなカルラの言葉に、アモルが怒りのままに魔石から魔力を放出してカルラを拒む。アモルの魔力が炎を拒み、カルラの魔力と拮抗するが、それで魔石の破壊は免れても溢れ出た炎が魔力の薄くなったアモルの身体を焼いていく。
「……なんだありゃ」
「ジェーシャ、気を逸らすなっ!! 敵はまだいるぞ!」
その光景に敵味方が唖然とする中で、ぼそりと呟いたジェーシャをドルトンが正気に戻すように怒鳴りつけた。
ドルトンとて気にならないわけじゃない。それまで戦っていたフェルドなら尚更のことだろう。それでもあの戦いが黒竜と戦っていたアリアのような『人の枠から外れた戦い』であることに気付き、自分の仕事に集中することこそが冒険者という仕事人の矜持だと考えた。
だが、全員がそう割りきれるはずもなく、魔力のぶつかり合いに誰も手を出すどころか近寄ることすら出来ない状況となっても、忠誠心からか不死者となった上位者に対する本能か、アモルを援護しようと混乱する第二騎士団を即座に意識を切り替えた虹色の剣が討ち倒していく。
『ぐぉおおおお……』
結果的にその行動がカルラへの援護となり、それを見たアモルが初めて焦りの呻きを漏らしながら、がむしゃらにカルラを振りほどこうと力を込める。
「どうしたの? それで限界? でも安心していいのよ……」
だがカルラは、さらにアモルを煽るように彼の魔石を握りしめながら、アモルだけに聞こえるようにそっと囁いた。
――あの寄生虫女もちゃんと殺してあげるから――
『なっ……』
その言葉に、アモルのただ一つ残っていた、半分になった〝人〟の顔が歪む。
カルラが蔑称を使いアモルが気にする人物などただ一人しかいない。それに気付いたアモルの半ば以上魔物になりかけていた精神が人へと戻り、彼女を想う人の心が限界以上の力を発揮させた。
人の想いは、それが純粋な愛でも、歪んだ執着でも。強い力を生み出す。
『やらせるかぁあああああああああああっ!!』
命や寿命どころではなく、血の涙を流し、魂さえ削りながら放たれたアモルの力は押し潰そうとしていたカルラの魔力と再び拮抗し、徐々に押し戻し始めた。
『キィエァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
ピキンッ!!
力の拮抗と出力に耐えられずアモルの魔石がひび割れる。だが、その瞬間に膨大な力が溢れ出し、ついにカルラを弾き飛ばした。
弾かれたカルラが手に残った魔石の破片を埃のように払い落とし、まるで上手に数を数えられた幼子を褒めるように仄かな笑みを浮かべた。
『ぐぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
アモルはひび割れた魔石で身体を繋ぎ止めようとするが、ボロボロになった身体は再生することなく、死滅し始めた蟲が剥がれ落ち始めた。
『わたしがぁあああああああああ!!』
徐々にアモルの瞳から理性の色が失われていく。それでも残った意思の力か、愛した少女を想う心か、ぎょろりと動いた眼球が王都の方を向いた。
『りぃいしいああああああああ!!』
正気を失ったような声をあげたアモルが崩れ始めた身体でその方角へ走り出した。
獣のように手足で地を蹴り、王都へと駈けだしたアモルを止められる者はいなかった。それをこの場で唯一止められる力を持ったカルラは、それを止めることなく見送り、波打つ黒髪を靡かせながら空を飛んでアモルを追っていった。
***
「聖女様……我々は動かなくてもよろしいのでしょうか?」
王都にある聖教会の神殿にて、聖女リシアの側に控えていた神殿騎士が声を潜めてそう訊ねると、窓から王都の景色を見つめていた少女は静かに首を振る。
「いいえ、必要ありません」
聖教会の中で神殿騎士を中心とした『聖女リシア派閥』、その中心にいる者たちは、王弟アモルの行動を把握していた。
それどころか、アモルと第二騎士団を中心とした強硬派と神殿騎士団は裏で共謀し、アモルが辺境伯家を襲撃すると同時に出撃するであろう第一騎士団を神殿騎士団が足止めする手筈になっていた。
その作戦に聖女リシアは関わっていない。彼女自身にそれを理解できる教養がないこともあるが、アモルや神殿騎士たち聖女の信奉者たちはあえてそのような〝些事〟に彼女を関わらせなかったからだ。
だが、そうなるように悪魔に指示をしたのは、その聖女リシアなのだ。
「……ですが、殿下が失敗した場合はどうなさるのですか」
きっぱりと援護はしないというリシアにその神殿騎士は不安げな顔を見せる。
この作戦は、アモルが表に立ち『反乱』という形で王家派の力を削ぐことにある。神殿騎士団はあくまで裏方で表に出ることはない。
アモルは辺境伯二家を討伐後、現れる第一騎士団を各個撃破しながら騎士団の戦力を削ぎつつ姿を隠す予定になっていた。傍からすれば王家に弓を引く短絡的な行為に見えたとしても、現状王家派に流れつつある中立派は表立って王家派に参加することを躊躇するようになるだろう。
その間に貴族派が騎士団と中枢を掌握して、王太子エルヴァンに次期王としての実権を握らせ、聖教会が民を煽動してリシアを王妃として押し上げ、実権を貴族派が掌握すれば後はどうとでもなる。
貴族社会ではどれほど〝黒〟であろうと、実権さえあれば〝白〟にすることも出来るのだ。
だが、それもあくまでアモルがダンドールとメルローズを倒せればの話だ。アモル個人にどれほどの力があっても、第一騎士団の到着が間に合えば勝利は難しくなる。
仮にダンドールとメルローズのどちらかでも討ち漏らした場合、聖女の派閥であるアモルの暴挙を許すはずもなく、それを理由に王太子や聖女リシアを攻撃してくるだろうと容易に想像できた。
リシアはそんな不安を口にする神殿騎士に振り返ると柔らかく微笑みかける。
「大丈夫ですよ。アモル様を信じましょう」
聖女リシアはアモルが勝てるとは思っていない。悪魔の力を得た今のアモルなら単独で成功させる可能性もあったが、リシアは第一騎士団を足止めしてもアモルの反乱が成功する確率は低いと考えていた。
そんな勝利確率をわずかでも上げるためにアモルを二つに分けさせた。
悪魔の力を使えば、アモルと共通意識を持つ蟲の複製体を無限に作ることは出来る。だがアモルの本体ともいうべき〝魔石〟がなければ再生力が得られず、魔石を分けるほどに再生力は低下していく。
それでも数がいれば戦力にはなるが、魔石が小さくなることで、たとえ悪魔の力でもそれをアモルだと認識させることが難しくなり、結果的に第二騎士団という手駒が使えなくなる可能性があった。
それ以上に細分化するほどアモルの自我は薄くなり、ただの魔物に成り果てることにアモルが恐怖を示した。
辺境伯二家を同時襲撃するため、悪魔とリシアの力でアモルの精神を歪ませることで二つに分けることには成功したが、そこまでやって尚、確実な勝利は見込めない。
その理由は、リシアが敵と認めた二人の少女がいるからだ。
少なくともあの桃色髪の少女は必ず邪魔をしてくると、確信めいた予感があった。
だからここで、最後の〝切り札〟を使うと決めていた。
神殿内でもここはリシアの私室ではない。夜の王都を見つめていた窓から離れたリシアは、その部屋にあるたった一つのベッドに歩み寄ると、胸元から小さな玻璃製の液体が入った瓶を取り出し、ベッドの側で膝をつく。
「ナサニタルくん。聞こえていますか?」
「…………」
土気色の肌で骨と皮になったナサニタルが微かに目を開け、唇を震わせるがそれが言葉になることはなかった。
今の彼を見て、まだ十四歳の少年だと思う者はいないだろう。それほどまでに生きていることが不思議な状態であった。
魂と生命力を吸われ続けた絞りかす……。これまでナサニタルを生かしておいたのは彼が悪魔の〝正当契約者〟だからだ。悪魔に対する碌な知識もなく、詐欺同然で契約をしてしまった彼がまだ生きているのは、リシアと共謀したほうが多くの利を得られると悪魔が彼女を〝仮契約者〟として容認したからだ。
ナサニタルはリシアの意思で生かされていた。でも、それも終わろうとしている。
「今夜は『さよなら』を言いに来ました」
「…………」
リシアの言葉にナサニタルの目が開く。それでも動くことはできず、そんな彼を愛おしげに見つめたリシアは、栓を抜いた瓶の液体を自分の唇に紅のように塗ると、恐怖に怯えるナサニタルの唇にそっと重ねた。
「――――ッ!」
動かなかったナサニタルの身体がびくりと跳ね、涙を流したナサニタルの瞳から光が消える。
その瞬間、リシアの背後に影のように控えていたメイド……〝夢魔〟コレットが晴れやかな笑みを浮かべてその瞳を真紅に輝かせた。
「さあ、はじめましょうか」
聖女リシアは何を企むか。
そして案の定、収まりきらずにもう一話続きます。
次回、アモル戦最終!(たぶん)





