243 歪んだ聖戦 10
アモル戦決着。
「――【拒絶世界】――」
光と闇の複合魔法【拒絶世界】から〝闇〟の粒子が飛び散り、私の身体が数十メートル先に転移する。
ダンッ!!
出現した瞬間に振るう黒いナイフが光の粒子を巻き込みながら樹木を両断する。だがそこにはアモルの身体はなく、彼の姿はすでに次の樹木に飛び移りその背中しか見ることができなかった。
「――っ」
アモルは異形をもって跳び上がることはできても空を飛ぶことはできなかった。私も目で見える地点に跳ぶことはできても一瞬だけ目標から視線が逸れてしまう。
地上を走ってくれたら転移で追いつけるのだが、今のアモルは人よりも魔物寄りになっていることで、おそらく王都へ向かっているであろう彼は猿のように木から木へ飛び移り、そのせいでまともな攻撃ができずにいた。
魔力消費を抑える竜血の丸薬を飲んでいてもそろそろ魔力は限界だ。
私はアモルにとどめを刺すことを一旦諦め、【鉄の薔薇】を解除してポーチから取り出した魔力回復ポーションを飲みながらアモルの後を追う。
「…………」
残してきたメルローズは無事だろうか……。私がアモルを倒しても不死者たちが止まる保証はない。
あれがアモルの【加護】なら止まるはずだ。でも、ダンジョンで二人の精霊と会った経験から、私はあれが加護だとは思えなかった。
ナサニタルの能力もそうだ。あんな悪魔を加護で使役できるとは思えない。
だとしたらあの悪魔はなんなのか? エレーナが治癒を願い属性を減らしたように、単純に力を求めた結果なら、強制的な悪魔との〝契約〟もあるのだろうか。
おそらく今回の件にも悪魔が関わっている。アモルの力が悪魔によってもたらされたものなら、その中心にいるのは……あの〝聖女〟か。
メルローズのほうは意思のある不死者はあらかた倒せているので、戦術を上手く使えば問題はないはずだ。
メルローズに残してきた人たちの無事を祈りつつ、私は彼らを信じて王都へと向かうアモルの後を追って地を駈けた。
***
『ああああああああああああああああああああああっ!!』
左半分の顔から理性を失った奇声をあげて、アモルが地を駈ける。
その言動はすでに人のものとは言いがたく、王都へと続く木々を薙ぎ倒して進む姿は心身共に〝魔物〟と化しているように感じた。
人間が進む数倍の速度で森を駆け抜けるアモルの後方……その夜空にカルラが飛ぶ。
カルラの攻撃力なら岩弾でも氷の槍でも足止めはできるはず。おそらく本気になれば森に被害は出るだろうが燃やし尽くすことも出来ただろう。
「ふふ……」
だがカルラは薄い笑みを浮かべたまま手を出そうとはしなかった。
カルラにも弱点はある。肉体の脆弱さは病人のそれであり、光魔術で強引に癒やすことで無理に命を延ばしているが、それは〝死〟を先送りしているだけにすぎない。
今のカルラはその命を維持するために【加護】を多用できないことが弱点となるが、現状は何かの目的があってアモルを泳がしているように見えた。
逃げるアモルとそれを追うカルラ。
王都に近づけばそれだけ人と出会う確率は高くなり、たとえ夜でも、王都には大量の物資が運び込まれ、商人が行き交っている。
それでも運良く彼らがアモルの行く手に現れることはなかったが、その代わり、森から街道へと飛び出したアモルに、王都からダンドールに向けて出立していた第一騎士団が遭遇した。
「なんだこのバケモノはっ!」
「総員、迎撃準備!」
突然現れた異形を前に、それがアモルだと認識できなかった第一騎士団の騎士三百名の一部が応戦の構えを取る。
『ジャマをするなァあああああアあ!!』
巨人と化したアモルが第一騎士団の騎馬を馬ごと吹き飛ばす。
その一撃で数名の騎馬が行動不能となるが、運が良かったのは、その一撃で飛び散った蟲の大部分がアモルの魔石が割れたことで死滅していた。
アモルと繋がっていたからこそかろうじて生きていた蟲は、アモルから切り離されたことで黒い塵となって消えていった。
「応戦せよっ!」
第一騎士団は他の騎士団が王都の守りを主な任務とするのに対して、攻めを担う装備と訓練がされていた。アモルの姿を見て恐れることなく即座に突撃槍を構えたのは有効な戦術ではあったが、問題はその〝バケモノ〟が想定の範囲を超えていたことだった。
『がぁあああああああああああああああああああっ!!』
アモルの蟲の身体に複数の槍が突き刺さる。だが奇声をあげたアモルは穂先を蟲の身体で巻き込み、豪腕で数人の騎士を吹き飛ばす。
『不敬であるぞぉおおおおおおおおおおお!!』
アモルの口から叫ばれた〝声〟に数名の騎士が動きを止める。
その騎士たちは今回の反乱の首謀者が〝王弟〟だと知っており、その姿も声も知っている上級の騎士たちだった。
その異形の魔物が元は〝人〟だと気付いた騎士たちの動きが鈍り、暴れ回るアモルの犠牲になっていく。
だがその時――
「――【稲妻】――」
ドォオオオンッ!!
轟音と共に夜空より落ちた稲妻がアモルを撃ち、周囲の騎士たちも薙ぎ倒した。
【稲妻】の魔術は一直線上に飛ぶ、周囲に影響を及ぼしにくい魔術であり、余波で弾かれた騎士たちは苦痛で呻きながらも、空を浮かぶ黒髪の少女を視認して、顔を引き攣らせた。
茨の魔女……カルラ・レスター。
王宮や王都で悪魔と戦う彼女を目撃した者は多く、多くの同僚がその戦いに巻き込まれて命を落とし、その存在は恐怖と共に知られていた。
カルラの周囲が帯電し、星空に暗雲が集まりはじめるのを見て、数人の騎士たちがまるでお伽話の〝魔王〟にでも出会ったかのように声にならない悲鳴をあげた。
『がぁああああああああああああああああああああ!?』
再び放たれた稲妻がアモルを撃ち、逃げ遅れた数名の騎士を吹き飛ばす。
「れ、レスター嬢っ、何をなさるか!」
おそらく隊長らしき騎士がカルラに叫ぶが、当の彼女はその批難に顔色一つ変えず、少しだけ煩わしげに口を開いた。
「まだいたの? さっさとダンドールの屋敷へ行きなさい。ここにいたら……」
カルラは騎士たちとアモルへ語りかけるように唇だけを笑みの形へ変える。
「……死ぬわよ」
まだ成人前である少女から放たれる異様な〝鬼気〟を感じて、その場にいた全員が我知らず一歩足を退いていた。
だが、その騎士にあるまじき本能の脅えが彼らの命を救った。
『……ああああああああああああああああああああああっ!!』
魔物寄りになった弊害か、あるいは蟲の本能的な〝畏れ〟か、アモルに残っていた人の顔を蟲が侵食して食い尽くし、再び正気を失ったアモルの身体は王都の方角へ走り出す。
唇の端を上げてそれを追うカルラ。第一騎士団の騎士たちは嵐のように被害を与えて通り過ぎていったそれらを、唖然と見送ることしかできなかった。
***
『ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』
叫びをあげたアモルが王都の外壁へと辿り着く。
その背にある無数の短矢や変色した部分は私が足掻いた結果だが、矢に効果はなく、毒も表面の蟲を殺すだけに留まった。
最初は存在したアモルの肉体は、右半分の顔を残してもう残っていないのか……。
あれにはもう毒も斬撃も効かない。圧倒的な力で磨り潰すしか倒す方法はない。私の虚実魔法ならそれが出来るか?
数秒でも止まってくれたらチャンスはある。外壁に辿り着いた瞬間、登るのでも破壊するのでも数秒の時間はある。
だが――
「きゃあああああああああっ!?」
外壁のほうから悲鳴が聞こえた。私は疲労が溜まった脚に力を込めて速度を上げるとそこに一般人の姿があった。
「こんなところに外周の人間が!」
王都と言っても全員が壁の中に住んでいるわけではない。王都に家を持てない者や、閉門までに辿り着けなかった個人商人を相手にした簡易的な宿や店があり、それを管理する衛士など数百人の人たちが城門前に集落のような物を作っていた。
だが、それは門の近くの話であり、そこから離れたこんな場所にまで人がいるとは思わなかった。
人々の悲鳴。外壁を登りはじめたアモルに、錯乱した半裸に近い男女が私を見つけて助けを求めるように縋り付いてくる。
私はそれらを歩法で躱し、冒険者らしき大男の顔面を踏み台にして飛び越えるが、その時すでにアモルの姿は外壁を登り切るところだった。
「――【浮遊】――」
私は壁をよじ登るのではなく、浮遊を使って十メートルの外壁を一気に飛び越す。
その壁を飛び越える手段の差がアモルとの距離を詰めさせた。
「――【幻痛】――」
私が放った【幻痛】にアモルが一瞬だけ動きを止めた。もう【幻痛】も効果が薄い。でもその瞬間に投げ放った分銅型のペンデュラムがアモルの後頭部を砕くが、飛び散るのは蟲の死骸ばかりでアモルはそのまま走り出す。
あの方角は……聖教会の神殿か。
「――【鉄の薔薇】――」
桃色がかった金髪が灼けた鉄のような灰鉄色に変わり、光の粒子を翼のように広げた私が光の帚星を引きながら、背後からアモルの片腕を斬り飛ばし、光の粒子に巻き込むように蟲ごと磨り潰した。
「――!?」
だが、その腕が瞬く間に再生し、私は振り回された新たな腕に吹き飛ばされ、閉められた商店の扉を突き破る。
アモルの再生力が上がっている? 王都に何がある? 私は破壊された店から飛び出すと竜血の丸薬を口に含み、そのままアモルを追う。
距離を離された。いよいよ異形が現れたことに気付いた人たちの悲鳴を目印に屋根に飛び上がると、同じく屋根の上を跳びはねていくアモルの背が見えた。
だが、それを追いかけようとした私の目に、遠くから巨大な火の魔素が立ち上るのが見えた。
轟ッ!!
竜の放つブレスのような炎が飛来し、アモルを掠めるように大量の蟲を焼き殺す。
『ぐぉおおおおおお! 来い、我が半身よ!』
その炎に焼かれながらアモルが叫びをあげると、炎が飛来した同じ方角から焼け焦げたアモルと同じ姿の蟲の巨人が屋根を駈けてきた。
半身? まさか身体が半分しかなかったのは分裂していたというのか?
あれと近づいたことで私が追っていたアモルの再生力が上がったのなら、あれを近づかせてはいけない。
私は鉄の薔薇の身体強化を速度に割り振り、ナイフを構えて一瞬でアモルの背に迫った。
「――!?」
だがその時、稲妻が飛来して、それをギリギリ躱した私の目にさらに上空に靡き波打つ黒髪が映る。
「カルラっ!」
「ふふ」
何故カルラがここにいる? あちらのアモルはこいつから逃げてきたのか? 邪魔をするように立ち塞がるカルラに私は夜空で対峙する。
「何故、邪魔をする?」
「邪魔をしているのはあなたよ」
私の問いかけにカルラはただそう返した。
「――【拒絶世界】――」
「――【魂の茨】――」
私の全身から光と闇の粒子が混ざり合い、銀の翼がはためく。
カルラの全身を黒い茨が絡みつき、膨大な魔力が溢れ出す。
ゴォオオオンッ!!
アモルを追おうとした私にカルラが割り込み、戦闘力5000を超えるぶつかり合いに、重い鉄と鉄をぶつけるような轟音と衝撃波が王都に響いた。
カルラの放つ複数の稲妻が私の身体をすり抜ける。
私が放つ無数の幻影の刃をカルラが全身を黒く染めるほどの茨で弾く。
これがお前の望みか……カルラっ!!
「――【炎の嵐】――っ!」
「――【兇刃の舞】――っ!」
爆発するようなカルラの炎を私は戦技に戦技を重ねて切り開き、無理をした右腕から血が噴き出した。
「だが知ったことか!」
私はまだわずかに動く左手のダガーを宙に放ると、それを足で絡め取るように靴底でカルラに蹴り込んだ。
ゴォオオオオオオオンッ!!
再び王都の上空で轟音が響き、魔力の衝撃で周囲の屋根瓦が吹き飛んだ。
「かふっ」
足の力でダガーを受けたカルラが口から血を吐きながら後退する。でもカルラの指先がわずかに動き、そこから稲妻が撃ち放たれた。
このタイミングで躱せるか? 私がダメージ覚悟で飛び出そうとした瞬間、闇から放たれた〝電撃〟が稲妻とぶつかり、黒い巨体が私を庇うように稲妻を受け止めた。
「ネロっ!?」
『ガァアアアア!』
何故ネロが? だがそれを考える暇もなく、神殿の方角から〝魔物〟の咆吼が聞こえた。
『うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』
二つのアモルが混ざり合い、ただ一つ残されたアモルの右半分の顔が恐怖と恍惚の表情を浮かべながら、一瞬救いを求めるように血の涙を流して私に向けられ、蟲に飲み込まれるように消えていった。
肥大化する蟲の巨体……二十メートルを超えたその巨体が神殿の真上で咆哮をあげ、その禍々しい姿は悪魔を連想させるのか、何度もその恐怖を味わっていた住民たちの悲鳴がここまで届く。
いや……あれは悲鳴じゃない。
「なんだあれは……」
周辺の住民だけじゃない。あちらこちらからおそらく寝間着のままで集まった住民たちが神殿の周囲で声をあげていた。
その中心にいるのはあの女――〝聖女〟だった。
「皆様、神は私たちの信心を試しておられます! さあ、神に祈りを!!」
『神に祈りを!』
聖女の〝言葉〟と〝姿〟に人々の声が合わさる。聖女とアモルに祈りを捧げる、まるで誰かに操られているような住民たちの様子に私の意識が一瞬逸れた。
「じゃあまたね、アリア。楽しかったわ」
「カルラっ!」
それを見たまだ生きていたカルラが血塗れの顔でニコリと笑い、アモルのほうへと向かう。
「ネロっ!」
――是――
一瞬で理解したネロが私を背に乗せ、カルラの後を追う。
だが私たちの動きは一瞬遅く、神殿の上空へと辿り着いたカルラは、悪魔よりも悪魔らしい笑みを浮かべてアモルとその周辺に向けて指先を向けた。
「――やめろ!」
私の声が空に響き、それに合わせるようにカルラの声が夜に零れた。
「――【凍結】――」
巨大な冷気が放たれ、完全な魔物と化したアモルを白く染め上げていく。
その余波で近くにいた住民まで凍りついて倒れて砕け散る。
「カルラ……これがお前がしたかったこと?」
まるで地獄のような光景の中で睨み付けた私が声を掛けると、カルラは半分凍りついた口元の血を拭いながら私に振り返る。
「ええ。私の用事は終わりよ。もっとも、それも〝あれ〟に利用されたみたいだけど」
「…………」
カルラの望みは王都でアモルを倒すこと?
聖女アーリシアはそれを煽動の材料とした?
二人は何を考えているのか?
聖女の望みは国民に恐怖を与えてエレーナの策を潰すことか……。
たとえそれが悪魔に植え付けられた感情でも、人々はさらに聖女を信奉することになり、そのために彼女は仲間であったアモルさえも捨て駒にした。
でもカルラ……お前の本当の〝望み〟はなに……?
カルラは空間転移でどこかへ消え、私は半分凍りついた髪とローブで民と共に祈りを捧げる聖女に、勝者は彼女たちなのだと思えてならなかった。
カルラの〝舞台〟は整いました。
そして聖女リシアが望む物とは……
次回、今回の結末と最終局面の序章。





