第十七話 皇帝
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「ふむ、先触れは出したはずだが……出迎えもないとは。長き歴史を誇る国というものは、かくも傲慢になるものなのか」
馬車から降り立った皇帝がまず最初に放った言葉がこれである。一言声を発しただけで友好的な意思はないのが見てとれる。昨夜とキャラが違いすぎて本当に同一人物か改めて確認をしてしまう。
お付きの護衛の人たちも物々しい装備をしており、まるで敵国へ少数で殴り込みにきたかのような雰囲気だ。
「まあ良い。通るぞ下郎」
呆気にとられる衛兵を押し退け、門に向かって進む皇帝。本来なら即座に槍の錆となるような振る舞いだけど、流石に相手が相手なので衛兵もどう行動すべきか躊躇っている。
「こ、皇帝陛下、どうかお待ちください。如何に陛下と言えど、この先は王宮。許可なく立ち入ることは許されません」
「……あ? 貴様何をしている?」
「ぐあっ!?」
無断で侵入を試みた皇帝を諫めた衛兵に、皇帝の護衛から強烈な蹴りが飛ぶ。まさか攻撃をされるとは思っていなかった衛兵は無防備にそれを受け吹き飛ばされた。まさかの事態に緊張が走り、場の空気が剣呑なものへと変わる。
「突然なにを! 陛下、如何なるおつもりで御座いますか!?」
「如何なるつもりか聞きたいのはこちらよ。貴様いったい誰の体に触れようとしたのだ?」
横から声をあげた騎士を尻目に皇帝は歩を進めていく。その先には先ほどの衛兵が倒れており、迷いの無い足取りでその前までたどり着いた皇帝は、徐に足を高く降り上げた……
「え、まさか!? ハ、神聖なる盾!」
響く硬質な金属音。間一髪で僕の神聖なる盾が発動し、倒れた衛兵へと振り下ろされた脚を弾くことに成功した。勢い余った皇帝はそのまま態勢を崩し石畳にダイブしてしまう。かなり痛そうだけど、あんな事した皇帝が悪いので僕は悪くない……よね?
……だけどちょっと怖いので一先ず隠れておこう。
幸い、おっちゃんは神聖なる盾に気がついた様子はなく、しきりに首をかしげながら足元を確かめている。その間に先ほどの衛兵は仲間に支えられながら避難することが出来たらしい。鎧を着ているから大丈夫だと思うけど、念のため後で様子を見てこよう。
「――おいおい、皇帝ってのは随分な無法者だな? ゴブリンやテュッセですらもう少し理性的だぞ」
「うーん、おかしいなあ。この間会ったときは気の良いおっちゃんだったんだけどなあ……」
「なんだ。お前、皇帝を知ってるみてえな言いぐさだな?」
「そりゃそうだよ、さっき話した酒場で遊んだおっちゃんだよ。僕と(食事)した時はあんなに優しくしてくれたのにな。今日はなんだか別人みたいだ」
「あ、遊……って、お前やっぱり!?」
「あ、セシルが出てきた。僕もちょっと気になるから見てくるね!」
「ま、まて……気になるは俺のセリフだ!! って、聞いてねえな。あークソ、待て! 俺も行く! あと原因わからねえが姉貴は今すぐそのムカつく面やめねえと盾で潰すぞ!」
珍しく騒がしいゴリラと、珍しく無言の先輩を置いて、僕は階段を降りていく。移動中も因縁をつける皇帝の声が聞こえていた為、どこに向かっているのかはすぐに察することができた。
「――おい、あのおっさん、まだ暴れてるみてえだぞ? 本当にお前と……その……遊んだおっさんで間違いないのか?」
「うーん、そのはずなんだけど。性格違いすぎて自信が無くなってきた」
「見た感じチンピラにしか見えんな。今のところ印象は最悪だぞ?」
確かに今日の皇帝の印象は最悪だ。僕だって初対面であれを見たらドン引きだったよ。でも……
「……やりたくない仕事があるって言ってたから、なんか理由があるのかもしれない。実際話してみたらそんなに悪い人じゃないんだよ」
昨日物乞いと勘違いした僕に、嫌な顔一つももせず笑いながらご飯を奢ってくれたあの姿が全部嘘だったとは思えない。きっと理由があるはず、僕はそれを知りたい……
「……随分肩持つじゃねえか」
「……ん? なんか言った?」
「な、なんでもねえよ! あと姉貴、そのムカつく面今すぐやめろ。言いたい事があるならはっきり言いやがれ……あーやっぱり良い、録でもねえ事言う未来が見えたわ!」
いつも喧しい先輩が今日は妙に静かで不気味だ。秀彦の前を走りにながら顔を覗きこんでいるので表情は見えないが、恐らく録でもない顔をしているんだろう。
前も見ずにどうやって走っているのか分からないけど、相変わらず無駄な部分のポテンシャルが高い。
どうやら今日の先輩は秀彦をおもちゃにするつもりの様なので、そっとしておく事にする。こういう見える地雷はさわらないに越したことはないのだ。
――暫く廊下を進むと僕らを探していたコルテーゼさんと合流することできた。どうやら僕らが突然部屋を出ていってしまったので慌てて追ってきたらしい。随分と息を切らせていたので申し訳ない気持ちになる。
「態々僕らを探していたってことは、皇帝の来訪は僕らにも関係があるの? 野次馬気分で眺めに行くつもりだったんだけど」
「え? えぇ、ええそうですね。そんなところです」
慌てて頭を縦に振るコルテーゼさん。心なしか発汗量が増えたような?
「ふむ、実際は皇帝が来たので棗きゅんを監視しておきたいってところかな」
「(ギックーン!)そんな事はございません。ご冗談をオホホホ……」
「やめてよ。先輩ならともかく、僕の事をコルテーゼさんがそんな風に思ってるわけないでしょ。失礼しちゃうなあ。ねぇ、コルテーゼさん?」
「ソ、ソソソソウデゴザイマストモ。ホホ、ホホホ」
「ほら。まったく先輩は変なことばっかり言うんだから!」
「えぇ~……これに関してはお姉ちゃん本気で棗きゅんが心配になって来たヨ」
「?」
先輩はその後もなにか言いたそうにしていたけど、それは無視してコルテーゼさんの後ろをついていく。コルテーゼさんの汗が凄いので、はやく休ませてあげたいしね。
そのまま廊下を進み、僕らはセシルが皇帝の応対している部屋の隣の部屋で待機することになった。部屋につくとメイドさんたちがお茶の準備をしてくれていたので、ありがたくいただくことにする。
――暫くお茶を楽しんでいたけれど、隣の部屋からはなにも音がしないので、今どういう状況なのかがすこし気になる。どうやらそれは先輩と秀彦も同じらしい。
「なあコルテーゼさんよ。ここで待機してるのはいいが、隣で何が起きているのか分からないのは落ち着かねえな」
「私も何を話してるのか位は把握しておきたいね。いっその事、女神の使徒として普通に参加しちゃ駄目なのかい?」
二人の意見にコルテーゼさんは困った表情を浮かべながらも首を横に振る。
「皇帝陛下の目的がわかりませんのでご了承しかねます。いえ、このタイミングでの来訪。恐らくは勇者様方が無関係である可能性の方が低いと思われます。相手の出方が分からない以上、接触は避けるべきだと陛下はお考えのようです」
「とはいっても、皇帝陛下も王国内で暴れたりはしないでしょ?」
「どうでしょう……皇帝陛下は武力を以て辺境を纏めあげられたお方です。その気になれば、例え王国が相手でも矛を交える事を厭わない。そのようなお方であると聞き及んでおります。国内であっても気を抜くことは出来ぬお方かと……」
うーんデンジャラス、いったい今迄どういう事してきたんだおっちゃん。かなりの危険人物認定されてるじゃないか。確かにさっきの暴れっぷりを見ると、コルテーゼさんが言う皇帝像と合致するものなあ。
「だけど帝国は魔王軍と最前線で戦っているのだろう? 王国に割く余力なんてあるのかい?」
「帝国は魔王軍も王国も押し並べて潜在的に敵の可能性を見ております。もし王国と事を構えるのであれば、彼の国は魔王軍の進軍を止めず、王国に流す事も厭わないでしょう」
「そんなことをすれば挟撃されて滅ぶのは帝国も一緒だとおもうのだけど?」
「我々もそう考えております。ですが、それでも帝国は勝利するという内容の噂が帝国内に流布されているようでございます」
「馬鹿馬鹿しいね、なんの根拠もなく盲目的に自国の力を信じているとでも言うのかい?」
「それが実現可能かは置いておいて、開戦とあれば、帝国に敗北はないと信じている帝国民はかなりの数になるようでございます」
「いくらなんでも、そんな滅茶苦茶な噂を信じちゃうものなの?」
「そうですね。我々の感覚で言えば馬鹿げた事と感じますね。ですが、帝国を束ねた皇帝陛下の勇姿を目の当たりにし、且つ外界からの情報が乏しい帝国内では帝国の常勝に疑いをもつ国民は稀なのだそうです」
「だから王国は弱腰で会談に臨まざるを得ないと……まったく、自らを人質に交渉するなんて馬鹿げているね。正気の沙汰とも思えないが、厄介な事この上ない」
死なば諸ともって事なのか、それとも本気で勝つつもりなのか。ちょっと平和な日本で暮らしていた僕らには理解できない感覚だ……
「どんなに愚かな事でも、可能性がある限りは慎重にならざるを得ません。それに、帝国が意図的に魔王軍を通す事が無かったとしても。かの国が瓦解し前線を維持できなくなれば、どの道魔王軍の進軍を止めることは困難となるでしょう」
「どこの世界でも捨てるものがない国相手の交渉ってのは恐ろしいものだね。状況は何となく察したよ、そうなると確かに向こうの要求が私たちである可能性は高そうだね。単純な戦力としても、軍の士気を高めるシンボルとしても」
「はい。ですが我々といたしましては、安全を確保できない帝国に勇者様方を送り出すような真似は出来ません」
「向かうとしても前回の時のようにあまり戦力を分断したくはないしね……」
「戦力の分断に関しましては、現在ウェネーフィカ様が対策を講じられているそうです。が、それでも勇者様方が帝国を訪れるのは危険であると愚考いたします」
……ん! だんだんよく分からないお話になってきたけど、とりあえず先輩が理解してるなら大丈夫。秀彦も既に理解をやめているようで一心不乱にお菓子を食べている。ほれ、バナナもあるぞ。よしよし、食べたいか? 秀彦はバナナ大好きだもんな。
僕が皮を剥いてバナナを差し出すとこちらに顔を向けてバナナにかじりつく。ふふ……ちょっとかわいいな。頭とか撫でちゃ駄目かな?
「……そこ~、おねえちゃんが真面目な話している横でナチュラルにイチャつくのはやめてほしいなあ」
「べ、べべべべ別にイチャ……」
ついていないから! そう言おうとした時、壁の向こうから怒鳴り声が聞こえてきた。王宮の壁越しにはっきり聞こえることから、中々の声量で怒鳴っているように思える。
それを察し、コルテーゼさんの顔は緊張で強ばり、メイドさん達も顔色を青くしてわずかに震え始めていた。
「……ねえ、本当に僕たちがいかなくて大丈夫なの?」
セシル達が心配になり訪ねると、コルテーゼさんは固い表情で首を横に振る。どうあっても僕らには向かってほしくないらしい。しかし、そうこうしている間にも、隣から聞こえてくる声は徐々に剣呑な空気を纏い始めていた。
――ガシャンッ!
ガラスが割れ、微かに聞こえる女性の悲鳴。
「おいおい、こりゃ穏やかじゃねえな?」
「ごめん、コルテーゼさん! やっぱり知らんぷりはできないよ」
「ナ、ナツメ様、ヒデヒコ様いけません! アオイ様どうかお二人をお止めください」
「ん~、私もセシルが心配だからついていっちゃおう♪」
「アオイ様!?」
メイドさん達の制止を振り切って、僕は隣の部屋へと走った。あとでまた叱られるかもしれないけど、セシルの方が心配だもんね。
駆けつけた僕らが扉を開くと、そこには近衛騎士に支えられるセシルと、不適に笑う皇帝の姿があった。
……よし、おっちゃん。事と次第によってはぶっとばすぞう!
活動報告にも書きましたが脳梗塞で入院中です。
リハビリをしていますが現在右手の麻痺が続いておりますので、執筆はゆっくりになるかもしれません。活動報告への暖かいメッセージありがとうございました。




