第十六話 おい、お前まさか?
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「……おい」
「……」
「おい」
「……」
「こら、無視するな!」
「あ痛ぁ!? 何すんだこの暴力ゴリラ!」
突然頭部に衝撃を受け振り向くと、そこには野生の本能向き出しで人間を襲った畜生。森の紳士こと秀彦が立っていた。
「おい、その顔。お前今失礼な事考えてんだろ?」
「な、そそそ、そんな事はないぞぅ。そもそも突然人の頭叩く蛮族に非難されるいわれはないと思うな!」
「何度も呼んだのに無視するからだ。で、なにをボーッとしてんだお前は?」
なんと、何回も呼ばれてたのか、それなら僕が悪かったかな? 考え事してたから全く気が付かなかった。
……で、何を考えていたと言われても、頭叩かれたせいで何を考えていたのか全く思い出せないぞ?
……うーんと??
「あれるぇ、なんだっけな? 誰かの事を考えていたような……あ、そうだ。思い出した!! この間会ったおっちゃんの事考えてたんだよ」
「お前……またおっちゃんの知り合い増やしたのか……」
「なんだよその反応は。まるで僕がおっちゃんとばかり仲良くなってるみたいじゃないか」
「自覚なしなのか……まあいいや。で、そのおっちゃんがどうしたんだ?」
「うん、大したこと無いんだけどさ。この前そのおっちゃんと二人でご飯食べて色々話してさ、そんでその時の事がなんだか無性に気になっちゃってさ」
「な……に……?」
「大人の人って僕らとは違うんだなって思ってさ。今も思い出していたんだ」
……――
あの日、酒場で奢られたお返しにお酌をしてあげると、おっちゃんはガハガハ笑いながらどんどんお酒を飲み干していった。あまりに底なしに飲むものだから僕も面白くなってきて、どんどんどんどん飲ませ続けた結果、少し酔いが回ってきたおっちゃんがポロリとこぼした言葉。
「――はぁ~、俺ぁはさぁ、いろんな仕事してて思うんだけどよぉ。この世の中ってやつはぁよ、本当はみんな仲良くやれりゃあそれが一番良いと思ってんのよ。だけどさあ、俺んとこは色々あってねえ。頭張ってる者が下の者弱いところ見せる訳にはいかねえ職場なのよな」
「……いきなり何の話さ、まあ一献どぞ」
「おっとと、すまねえな嬢ちゃん。んー、うめえ。仮面が不気味過ぎるが嬢ちゃんは良い女だぜ。この色男様が保証してやるぜぇ」
「ふへへ、おっちゃんご機嫌だねぇ」
「おうよ、おっちゃんじゃ無えがな。んでだな。さっき話した人攫いに行くって仕事の話な。ありゃあ半分本当で半分は冗談でな。俺のやってる仕事はまあ、ザックリ説明すっと身内の世話係みてえなもんなんだけどよ~」
「ふんふん」
「これが今、ちと困った事になっててなあ。まあそんなもんだからその人にさぁ、どうか俺らを助けてく下さ~いってお願いしたいって話なのよ」
「それの何が問題なの? その人に素直に助けてくださいってお願いすりゃ良いだけじゃない?」
「まあ、普通はそうなるところなんだがよ、ここでさっきの身内に対しての面子ってもんが出てくるのよ。俺が他所で頭下げたりした日には、その頭がその場でボトリと落ちるんだなこれが~」
「おっちゃんの家、世紀末だな?」
「クカッ、そうかもしれねえな。おっとと、すまねえ。嬢ちゃん酌が上手ぇな。どんどんいっちまいそうだぜ」
「まあまあ、嫌な事はお酒で流そうよ。さ、愚痴は全部聞いてあげるから続きどうぞ」
「ふへへ、悪くねえ。まあそんなわけでよ、俺ぁはお願い事をする分際で、その相手には頭を下げねえってめちゃくちゃな事せにゃならんのよ」
「おとなって面倒くさいもんなんだねえ」
「はっ、違ぇねえや。あーあ、嫌だなあ、このままずっと嬢ちゃんの酌で酒を呑みてえ……」
「おう! ずっとは無理だけど時間までは付き合ってやるよ、ご飯奢ってもらったしな!」
「律儀だねえ……俺ぁこんな良い子に会えただけで今日は呑みに来てよかったって思うわ」
「しんみりしなさんな、せっかく知り合ったんだ今日は楽しもうよ」
「おう、こうなったらおっちゃん、今日はとことん楽しむぞ!」
「その意気だおっちゃん! やっと認めたなおっちゃん! がんばれおっちゃん!」
「おっちゃん連呼するんじゃねえよ! わっはははは!!」
――……
そんなやり取りがあったから、大人は大変だなって思って、なにか僕にも出来ることは無いか考えていたんだよね。
「そ、それで、お前……そのおっさんの事を考えてボーッとしてたのか……?」
「ん? そうだよ。いやぁ、大人ってさ、僕らと違って色々な経験してるから、なんか色々あるんだなって思ってさ。なんかそう言うの教えてもらうのって良いよねって」
「大人に色々って……お前……!?」
……トントン
秀彦がなにかを言いかけるのを遮るようにノックの音が響く。どうやら誰かが訪ねてきたらしいのでどうぞと言うと、開かれた扉の向こうから一人のメイドさんが入室してきた。
「ナツメ様、ヒデヒコ様、こちらにおいでで御座いましたか。セシリア女王陛下がお呼びで御座います。よろしければご同行願えますでしょうか?」
入ってきたのは秀彦付きのメイドのトリーシャちゃん。普段は歳が近いのもあってフランクに接してくれるんだけど、今回はセシルの遣いなので恭しく礼儀正しい。ちょっと新鮮で違和感があるけど、仕事の邪魔をしちゃいけないので素直についていこう。
「うん、大丈夫だよトリーシャちゃん。秀彦、行こう」
「――ちょ、まて棗!! 俺はまだ聞きたい事が!」
「何言ってるんだよ秀彦。トリーシャちゃんの仕事邪魔する気か? 変な我儘言ってないで行くよ!」
秀彦が珍しく駄々をこねているので僕が手を引くと、見たことも無い複雑な表情を浮かべつつ大人しくついてきてくれた。
「……お前、そのおっさんにまた会いたいか?」
「ん? そりゃあまた会いたいに決まってるよ。僕(と会うの)初めてなのに凄く良くしてくれたんだ、あの日の事は忘れられないよ!」
「ぬ、ぬう……ぐ。お前、ソレは……そう言うことなのか?」
「……?」
どうしたんだゴリラ? 変な顔して。便秘でも患ったのか?
結局その後、秀彦は一言も言葉を発することはなく、ずーっと唸ったり変な顔をしたりして、何かを言いたそうに僕のことを見つめていた。そんなに便秘が酷いのなら後で治癒法術でもかけてやろうかな?
「ヒデヒコ様……恐らくは大丈夫です。ただの女の勘で御座いますが。恐らくこれはいつものおポンコツで御座います……」
「ぐ、ぬう……」
なんかトリーシャちゃんにも変な顔をされてしまった……解せぬ。
――……
「――ナツメ様、ヒデヒコ様。本日はご多忙の折、お越しいただき感謝いたします」
通された部屋には既に先輩や騎士団長、それと以前紹介された大臣や公爵といった国の重鎮が着席しており、セシルもいつもと違って女王様モードだった。こうしてみると本当に王様なんだなって思う。いつものセシルも好きだけど、こういう王様然としてるのも新鮮でかっこいいね。
「さ、ナツメ様、ヒデヒコ様、こちらのお席にどうぞ」
横に控えていたコルテーゼさんに椅子を引かれ、僕と秀彦も着席する。僕らが着席すると、コルテーゼさんとトリーシャちゃんはお辞儀をして退室してしまった。どうやら今日のお話はここにいる面々にのみ聞かせる重要な話みたいだ。
「それでは、勇者様方もお揃いになりましたので始めさせていただきます。ロッシュ卿、例の書簡をこちらへ」
「はっ」
ロッシュと呼ばれた人が机の上に羊皮紙を広げる。そこには簡潔な文章で王国を訪れる旨、訪問の理由等が書いてあった。
――要約すると。
近日、皇帝自ら王国を訪れたい旨。理由は勇者召喚についての詳しい説明、また王国によるそれら戦力の独占についての是非を問いたい。
との事。回りはざわついているけれど、これって不味い事なのかな?
「……セシルの表情から察するに、帝国というのは中々に厄介な相手なのかな? いや、以前にもそう言っていたね」
「アオイ様のお察しの通りです。帝国エアガイツはこの大陸では新興の国で御座います。歴史はほとんどなく、エアガイツ建国はほんの二十年前の事となります」
「ふむ」
「エアガイツと言う国は元々北方に点在する小国のひとつで御座いました。その地域はいくつもの小国が常ににらみ合い、数百年に渡り小競り合いを繰り返し、常に小康状態が続くような地だったのですが、現皇帝が王座に着いてから状況が一変いたしました」
「思い出した。皇帝は覇道を是とする人物といっていたね」
「仰る通りで御座います。かの人物は武による統治で瞬く間に小国を纏めあげ、帝国を名乗るに至りました。一代で我がサンクトゥースに匹敵、いえ我が国を越える武力を手にいれました」
「王国は帝国と敵対しているのかい?」
「いえ、表だっての争いはありません。しかし、帝国はその性質上、すべての国と事を構えても不思議ではない危うさがあります。一応我が国と同盟関係にある獣国の二国で交渉に当たり、牽制することでなんとか帝国の暴走を押さえている状況ではございますが、彼のお方は利害の天秤でしか物の判断をされないお方です。受ける損害を利益が上回るのであれば、帝国は間違いなく動きます」
「……セシルは今回の来訪がその前触れではないかと思っているんだね?」
「はい……」
先輩とセシルの真面目な話は続く。
よし、良くわかんないけどおっかない奴が来るんだって事は理解したぞ。横にいる秀彦も心ここに非ずって感じで唸っているから大体僕と同じような理解をしているんだろう。
その後も葵先輩や貴族方とセシルの会議は喧々諤々続けられているのだけど、どんどん複雑になっていくので僕は理解する事を諦めて、只管ニコニコして座っていることにした。これぞ淑女教育の集大成。奥義”玉虫色の微笑み”だ。
「……そも、”近日中”等と言う先触れには誠意の欠片もございません。あまり友好的な接触ではないと思われますな」
「こんな物、無視して追い返してしまえば良いのでは?」
「如何に先方が無礼であっても、同じ位置まで降りることは誇り高き王国の取る態度ではないと思いますがな」
「卿は、新興国ごときに舐められたままで良いと仰るのか?」
「そうは申しませぬが、無礼に対して無礼で返すのはあまりに短絡だと言っておるのです」
うーんヒートアップしてるな。僕は何も話しません。どうか話を振られませんように(ニコニコ)。
「――勇者様方に関する事です、慎重に事を運ばねば。聖女様はどう思われますかな?」
ほげぇ!? 僕に話を振りますかロッシュ卿!!
「はい、私もロッシュ卿の仰られる通りだと思いますわ(聖女スマイル)」
「おお、流石は聖女ナツメ様、お美しいだけでなくご聡明であられる。聞かれましたか、アスタル卿」
「む……ぅ、確かに。聖女様が仰られるのであれば。いや、よく考えてみればロッシュ卿の言われるとおりかもしれぬ。おみそれ致しました、聖女ナツメ様……」
感嘆と共に広がる称賛の声。
ふ、うふふ。苦しい……
こんな調子で中身の無い返答を繰り返しているうちに正午の鐘が鳴り会議の終了が宣言された。ふふ、ある意味テュッセにボコボコにされるより苦しい一時だった……なんにも分からなかったけど。でもなんとかボロを出さずに捌けたのは誉めてほしい。三名ほどの視線が刺さって痛いですがどうかそんな白い目で僕を見ないでください……
――会議の終了と共に各自部屋を後にしようと立ち上がったが。その時、外から剣呑な雰囲気を孕むざわめきが聞こえて来た。それに気がついたセシルが素早くウォルンタースさんに命じて窓の外を確認させる。その表情から察するにあまり良くないことが外で起こっているのが分った。
「ウォルンタース……」
「は、お察しの通りでございます」
「そう……今日が近日という事みたいですね、皇帝陛下は随分と身軽な御様子ですわね……厄介な」
どうやら件の皇帝とやらがもう来てしまったみたい。まだ殆ど話し合いも進んでいないのにこれほど早く来るなんて。どうやらこちらに考える暇もくれないつもりみたいだね。
ソレはそうと、騒ぎの中心が皇帝だと言うならとりあえず危険はないだろうし、僕も皇帝がどんな人なのかを見たいという好奇心がムクムクと起き上がるね。覇王っていうぐらいだから、めちゃくちゃ厳つい顔でもしてるんだろうか?
「セシリア陛下。私も皇帝陛下を拝見してもよろしいでしょうか?(セシル、僕もその皇帝のツラ見たい見たーい! おーねがーいー)」
貴族の前なので聖女モードで話しかけなきゃならないのがちょっとむず痒い。
「……ま、まあ見るくらいなら大丈夫でしょう、ナツメ様こちらへどうぞ。正門の馬車の横に立っている髭を蓄えた赤いマントを羽織ってらっしゃる御方が皇帝陛下ですよ」
「感謝いたします。あら、後ろを向かれておられますね。残念です、これではお顔が……あ、こちらを向……って、んんんんん?」
「うお!? いきなり変な声だすな。(おい棗、猫剥がれてるぞ……)」
横で秀彦が小声で突っ込んできているけどそれどころじゃない。振り向いた皇帝陛下とやらは、僕のよく見知った顔だったのだから。
「昨日のおっちゃんじゃん……」
どうやらおっちゃんのお仕事……僕らと無関係ではなかったようで……
いや~意外な人物ダッタナ~()




