第十三話 仮面の嬢ちゃんと市場のおっちゃん
久しぶりに日常回
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――今日は朝から久しぶりの市場散策。
ここの所ゴタゴタが多くて孤児院の子供たちに会えていないので久しぶりに遊びに行くためにお土産を物色する。お菓子を手作りしようかとも思ったけど、実は料理と違ってお菓子作りは苦手なんだよね。必要に駆られない限りできるだけお菓子は作りたくない。なんでお菓子作りってあんなに分量がシビアなんだろうか。昔、勘を頼りに作ったクッキーは砂のような食感でコーヒーよりも苦かった。さすがの葵先輩も涙を流しながら口から吐き出していたし、秀彦もマズイと言われてしまった。
ふん、人間はお菓子など無くても生きていけるので問題はなかろうなのだ……
ま、まあ、二の月のあのイベントまでにはちょっと練習しておこうかと思わなくもない。
テュッセ達が国へ帰って僕が目を覚ました後、僕は今までの人生で味わったこと無いほどのお説教を受けてしまった。それだけ僕を心配してくれてたという事なのでとても嬉しくもあったのだけど、笑顔なのにちっとも目が笑ってないコルテーゼさんと二人きりで過ごす時間は延々と続く地獄の一時だったな……その後は徹底した淑女教育の強化と、自室謹慎を受けてしまい。こうして外に出るのは実に数週間ぶりとなる。
……数週間我慢したので、きっと今日抜け出したことは許してもらえるでしょ!
いつものように隠者の仮面をつけて窓から脱出。この時の為に窓の外にコツコツと足場を作る工作をマウス君と協力して行っていたのだ。パッと見外壁と同じ色なので見えにくいけど、僕の窓から下の階の無人の部屋まで石壁の隙間に金属棒を差し込んであるのだ。これはさすがのコルテーゼさんも気がつくまい。
僕の部屋の周りにはおじいちゃん直伝の幻術を利用した結界を展開しているので、数時間は人が無意識に僕の部屋を避けてくれるはず。最近僕もいろいろな技術を得て、聖女としてより成長したなと感じる。ふふん!
「チ、チゥ……」
「なに、マウスくん。その僕を攻めるような声は?」
「チゥチッチチ!」
「大丈夫だよぉ。今日はこの間みたいなタイマン勝負するんじゃなくて、いつも通ってる市場と孤児院に行くだけなんだから安全安心だよ」
「チッチュウチュウ」
「心配性だなあ。それに危険がないようにマウス君に来てもらってるんだから、今ならテュッセが襲ってきても勝てる自信があるよ!」
「チチチ!」
僕が頼りにしている事を告げると満足そうに胸を張るマウス君。カワイイのでお腹を指でクリクリする。嬉しそうにじゃれつく姿もカワイイ、癒やされる。
『……棗きゅん、ナチュラルにネズミと会話してるね。恐ろしい娘』
「……ん? マウス君なにか言った?」
「チウ?」
「うーん? 気のせいかな?」
なにかネットリとした声が聞こえたような気がしたけど気のせいだったらしい。そりゃそうだよね、ここには僕とマウス君しか居ないもん。マウス君が人の言葉をしゃべるわけないし。
そうこうしているうちに徐々に聞き慣れた喧騒が近づいてきた。この空気感も、仮面を被るのも、なんだかすごく久しぶりでテンションが上がる。僕はそこに向けて全速力で走っていった。路地を抜けて開けた大通りに出ると、馴染みの店が軒を並べていた。
僕は早速近くにいた馴染みの店のおっちゃんに挨拶をする。
「おっちゃん、久しぶり! 元気だった?」
「……ん? おお!?」
いつものように挨拶をしたのに何やら様子が可怪しい。いつも豪快に笑いながら挨拶を返してくれるのに、今日は何やら顔色を青くしたり赤くしたりしながら大量の汗をかいたりしている。体調でも崩しているのなら僕が法術で治してあげられると重い近づくと、おっちゃんは僕の一歩と同じ距離を後ずさる。
「おっちゃん?」
「せ、せせせせ……」
「どしたのおっちゃん? 毒キノコでも食べた?」
「聖女様ぁ!?」
「はぁっ?」
突然大声を上げたおっちゃんに驚いていると、おっちゃんは突然地面に頭をこすりつる。それを見た他の人達も何事かと集まっては僕を見て次々と似たように平伏していく。どういう事!?
「なに!? どうしたのおっちゃん。僕だよ! 仮面の……」
「以前は申し訳ありませんでしたぁ!! あれはその、聖女様とは知らずに、仮面の嬢ちゃんなどと! どうか俺の……いえ、私の不敬をお許しくださいませ!!」
「え、ちょっ!?」
気がつけば周りのひれ伏す人々も似たようなことを言っている。誰も彼も見覚えのある人ばかり。いつもは乱暴だけど優しい仲良しだったはずの人たちだ。
「ちょっと何言ってるの!? ねえ皆も変な事しないで!」
「……」
「むー!」
僕が何を言ってもおっちゃん達は顔を上げてくれない。そういえば最近僕が聖女であることが割と知れ渡ってきてしまっているのだった。当然市場のおっちゃんたちもそういった情報はは仕入れているわけで、以前は砕けた態度で接してくれていた人たちもみんなすっかり態度を変えてしまっていた。
僕は僕のままなのに。
「……マウス君、くすぐりの刑だ! オリジナル法術もふもふ感マシマシ術!!」
「チッチゥッ!!」
「え、あ、あひゃぁぁぁっ!?」
これぞ僕とマウス君が編み出した究極のモフモフ術とマウスくんのくすぐり術の複合技! お婆ちゃんの元で指導を受け、ついに編み出したオリジナル法術! まあ元々は僕がマウス君を吸う時用の法術なんだけどね。因みにモフモフにする際に汚れも取り払うので、僕はとても衛生的にマウスくんを吸うことが出来る。
「ちょ、聖女様! あひっ、一体何を!? あひゃ、なにか私が気に障ることをいたしましたでしょうか!?」
「……」
「ど、どうかご容赦ください! どうか私はどうなっても構いませんので!! どうか!」
「おっちゃん……」
おっちゃんは息も絶え絶えになるほどくすぐられても敬語を崩さない。
僕は杖を構える。
「おっちゃん、これは最後通告。これ以上他人行儀な言葉遣いをするなら……」
「はひっはひ! す、するならなんでしょう……」
「僕、本気で怒るよ? このくすぐりをこれから毎日しにくるよ?」
「ひぇぇっ!? そ、ソレはどうかご勘弁を!」
「どうかご勘弁を? いつもそんな言葉遣いだったっけ?」
「ひぃっ!? 許してくれ仮面の嬢ちゃん! 俺が悪かった!!」
「うーん、まあよし! マウス君くすぐりやめてあげて」
「ちっちぅ!!」
「皆も! 僕の事を除け者にするなら容赦なくマウス君けしかけるからね!!」
顔中いろんな汁まみれで痙攣するおっちゃんをみて皆は無言でコクコクと頷く。よし、解ってもらえたようで何よりだ! 暴君? 知らないよ、皆が薄情なのが悪いんだ! でも、おっちゃんにはちょっとだけごめんなさいだ。
「その、聖女さ……」
「おっちゃん!」
「か、仮面の嬢ちゃん」
「何?」
「お嬢ちゃんはなんでこんな所に来たんだよ?」
「何でって、市場に来るのは買い物に決まってるじゃない?」
「で、でも仮面の嬢ちゃんは聖女様なんだろ? その仮面かぶってると信じられないけどよ。こんなところで何を買おうってんだい?」
まだ恐る恐るって感じだけど、少し調子が出てきたかな? そういえばこの仮面はちょっとデザインが不評だから、怯えてる人たちにはいい影響は無いかもしれないから仕舞っておこう。
……どよっ
「……ん、どうしたのおっちゃん?」
僕が仮面を外すと、またもやあたりが静まり返った。
「い、いや、改めて聖女様なんだなって……あ、いや、すまねえ」
おっちゃんはまた目を逸して僕を見てくれなくなってしまった。
「……で、ここで何を買うってどういう意味だよ。僕いつもここで買い物してたじゃん?」
「そうは言うけどよぉ……聖女様だったら普通お城の中にいるものじゃねえのか? こんな所お貴族様や聖女様が来る場所じゃねよ……」
マウス君をけしかけて漸く敬語を止めてくれたけど、まだどこか硬いと言うか距離を感じる。それどころかおっちゃんはひょっとして、僕が来るのが迷惑だと感じてるんだろうか。仲良くなってたと思ったのは僕の一方的な感情だったんだろうか。
いつもと違うおっちゃんたちの距離に、なんだかちょっと嫌な記憶が頭を過ぎった。
あ、ヤバイ、鼻がツンとする……もう一回仮面を被らなきゃ……
「――情けない! あんたそれでもチ○コ付いてるのかい! このバカ亭主!!」
「……ッ!?」
突然の大声に、零れそうになった涙が引っ込んだ。何事かと声の方を向くと、そこには仁王立ちした恰幅の良い中年女性。おっちゃんの奥さんが立っていた。
「全く大の男がなにしてんだい! お嬢ちゃんにそんな顔させて!」
「お、お前、そうは言ってもこちらの御方は「仮面の嬢ちゃんだろ!」うっ……!」
おばちゃんは大声でおっちゃんを叱りつつ僕の方に近づくと、そのままギュッと僕を抱きしめた。大きなおばちゃんに抱きしめられるとフワフワしてて暖かくてすごく安心できる。
「まったく、可哀想に。御免ねぇ、うちの馬鹿は図体は大きいのに肝っ玉が小さくてね。許してやっておくれ」
「……おばちゃん」
おっちゃんを叱ったときとは別人の様に優しい声でそういうと、おばちゃんは僕の背中をゆっくり撫でてくれた。
――しばらくそのまま背中を撫でられていると、安心してしまったせいか、さっき引っ込んだ涙が、何の抵抗も出来ずにポロポロ溢れてしまう。
「あぁ、可哀想に、ごめんねぇ。この娘はなんにも変わってないっていうのにさ」
「う、うぐぅ……」
「良いんだよぉ。こういう時は我慢しないでお泣きよ」
「ふぇーん!」
我ながらこんな事くらいで泣いてしまうなんて情けないと思う。我慢しようとしたのだけど、一度流れてしまった涙が止まってくれない。
やっぱり女の子になってから感情を押し殺したりするのが苦手になってしまった気がする。おばちゃんが優しく背中をなでてくれるだけで、僕の涙は止まらなくなってしまった。
こっちの世界に来て、お城の人たちは皆優しかったけど、それでも僕らは異世界召喚された勇者一行だから、騎士の皆さんはどこか距離があるし、メイドの皆さんは基本的に僕らの言葉に従ってくれる。
そんな中、孤児院の子どもたちと、市場の皆だけが、何の気兼ねもなく僕に接してくれていた。そんなおっちゃん達に余所余所しくされたことが、想像以上に辛かったらしい。そうだ、これって、こっちに来て女の子になっちゃった僕と距離を取ろうとした秀彦と似てるんだ。
結局自分でもなんでこんなに泣いてしまったのかわからないほど泣いてしまい、落ち着いた後は恥ずかしくなって再び仮面で顔を隠した。おばちゃんは何も言わずに僕をニコニコ見つめていたけれど。仮面を被った時はせっかく可愛い顔してるのに隠しちゃもったいないよと言ってくれた。今度からおばちゃんに会うときは素顔で会いに行こう。今日は腫れちゃった泣き顔なので外せないけれど。
「……嬢ちゃん」
おばちゃんから離れるとおっちゃんが申し訳無さそうな顔で僕に近寄ってきた。纏っている雰囲気からは先ほどみたいな畏まった雰囲気はもう感じられない。
「なに?」
「その~、すまんかった!」
おっちゃんはガバッと音が聞こえそうな勢いで頭を下げてきた。
「俺らは平民だからよぉ。お城にいる方々ってのはちょっと天上の人過ぎて緊張しちまったんだ。考えてみたら嬢ちゃんはいつもうちに来てくれてたんだもんな。仮面外すととんでもなく別嬪さんだったのもあって大事な事を見失っちまった」
「……ていっ!」
「あいたっ!?」
頭を下げたおっちゃんの後頭部が目の前にあったので、とりあえずチョップを叩き込む。驚いたおっちゃんは顔を上げたが、その表情がなんとも言えない顔だったので思わず吹き出してしまった。
「今のチョップは僕を仲間外れにした罰だよ!」
「べ、別に仲間はずれにしたわけじゃ……」
「むぅ~!」
「わ、わかった! 解ったからその杖を下げてくれ!! そっちで殴られたら洒落にならん!」
「ふふ、もう意地悪はしないでね、おっちゃん!」
「う、おぉ、おうよ!」
「……アンタ、いい歳こいて何を赤くなってんだい」
「ぬな!?」
真っ赤に照れたおっちゃんを見ておばちゃんと笑っていたら、今度は真っ赤な顔で怒り出すおっちゃん。良かった、僕はまたここに来てもいいみたい。これからはここにいるときは仮面をつけないようにしよう。なんとなくそう思ったんだ。




