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第六十四話 復興と聖女

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 ――激しい戦いが終わり夜が明けた。差し込む光が眩しくて、無理矢理微睡みから引き起こされるような感覚を覚えつつ僕は覚醒した。昨夜あれだけの騒動があった割りに、僕の目覚めは穏やかなものだった。布団の中のマウス君は未だ夢の中に居るらしい。


 部屋を見渡すと、いつからそこに居たのか分からないけれど、コルテーゼさんが控えていた。


「お目覚めですかナツメ様」


「……おはようございます、コルテーゼさん」


 コルテーゼさんの優しい声で起こされると、まるで平和な王都に居た頃のような安心感に包まれ、まるで昨日の襲撃などなかったのではないかとすら思わせる。しかし、外から聞こえてくる喧騒が、昨日の出来事が夢ではなかったことを物語っていた。


「皆さん、こんな朝早くから作業を始めているのですね。僕もいかなきゃ……」


 慌てて起きようとする僕の肩をコルテーゼさんが優しく押し止める。


「いいえ、ナツメ様方は昨日の戦いで御疲れでしょうから、今日は一日休養していてほしいと王兄殿下より申し付かっております」


「えぇ……そんなの逆に居心地悪くてやだよ! コルテーゼさん、動きやすい服を用意して。僕も復興作業手伝って来るよ」


「ふふ、そう仰られるかと思い、実はこちらに用意してございます」


「さっすが!」


 流石のメイド長、僕のやりそうな事くらいは既にお見通しだったらしい。僕はコルテーゼさんが用意してくれた服に袖を通すと、朝食をとるために食堂へと向かった。食堂には先輩とカローナ殿下が先についており、なにか難しい打ち合わせをしつつ朝食をとっていた。


「やぁおはよう、棗君。ゆっくり眠れたかい?」


「おはよう先輩! それに殿下。昨日はヘトヘトだったから夢も見ないでグッスリ寝ちゃったよ」


「ふふ、その割りには元気一杯といった雰囲気だね」


「怪我とかは特にしてなかったからね。一晩眠っちゃえば元通りだよ」


 僕は両手で力瘤を作るようなポーズで胸を張り、元気一杯アピールをした。それを見て先輩はおかしそうに笑っていたけど、カローナ殿下は複雑そうな表情で力無く笑っていた。きっと昨日の戦いで全線に立てなかった事を心苦しく思っているのかもしれない。こういう所は凄く真面目で、責任感の強い人だなと感じる。


「それはそうとナツメ様、そのお召し物は……?」


「ん? ご飯を食べたら復興のお手伝いをしてこようと思ってね。動きやすい服装にして貰ったんだけど。変かな?」


「え……は!? ナツメ様自らそのような事をなさるおつもりなのですか!?」


「うん? そうですよ?」


「だ、ダメに決まっているでしょう! 今この聖都の情勢は不安定なのです。そのような時に貴女お一人で外に出るなど!」


 むむ、ちょっとやそっとの事なら、今の僕は自分で切り抜けられると思うのだけど。やっぱり一度攫われちゃってるから信用が無いな。さてどうしたものか……


「そもそも、あなた様方は昨夜の英雄。多くの人々を救うために命をかけて奮闘されたのです。そのような作業は皆に任せ、ゆっくり休養をなさってください。そうだ、良い茶葉がありますので、今日のところは庭でお茶会などを……」


「むぅ~、殿下!!」


「は、はい!?」


「昨日頑張ったのは僕らだけではありませんよ。皆が皆、自分の出来る事を誠意一杯やったのです。前線で戦ったから偉いとか、避難しただけだから何もしてないとか、そんな話じゃないんですよ!」


「……うぅ!」


 もう、殿下は悪い方では無いのだけど。こういう所は御貴族様なんだな。あ、王族様か。悪気は無いのだろうけど僕はこんな時に優雅にお茶を飲むなんてできませんからね。それにどちらかと言えば、庭で優雅に飲むお茶より、労働のあとの冷えた麦茶のほうが僕は好きだ。


 僕の言葉に怯んだ殿下は、暫く考えるような素振りを見せたあと、僕に向かって頭を下げた。


「確かに貴女の言うとおりだね、申し訳ない。どうか謝罪を受け入れてほしい。王族としてふさわしくない言動だった。そして、謝罪の為という訳ではないのだが、私にも何か手伝わせていただけないだろうか?」


「はい、殿下! 喜んで謝罪を受け入れます。やっぱり殿下は良い人ですね。今日は一緒に復興作業頑張りましょう!」


「はうっ!?」


 何だかんだ言って僕を傭兵に取り立ててくれようとした殿下の心は広い。間違いをちゃんと謝罪できる殿下は素晴らしい。しかも、復興の手伝いまでしてくれると言うのだからすごい人だ。僕は嬉しくなって、殿下の手を両手で握りながらピョンピョン跳ねた。


 手を離すと殿下がなぜか心臓の辺りをかきむしっている。どうしたんだろう? ひょっとして体調を崩されてしまったんだろうか?


「……まったく、君は隙あらばすぐに人をたらしこむね。お姉ちゃんナツメきゅんのそういう所が本当に心配だよ……」


「なんの話!?」


 先輩があきれた顔をしてぬるりと現れた。一体いつの間に接近してきていたのか。この人本当は勇者じゃなくて盗賊とか暗殺者なんじゃなかろうか?


 視線を戻すと殿下は相変わらず心臓を押さえている。よく分からない状況になってきたことに困惑していたけれど、コルテーゼさんが僕の分のご飯を運んできてくれたので。とりあえず保留しておこう。わぁい、今日の朝御飯はパンケーキだ。


「うぅ……小動物のように小さく切ったパンケーキを黙々と食べる姿も可愛らしい……毎朝拝みたい」


「……殿下、大変申し上げにくいのだけれど。ご飯を食べ始めた棗君の視界に我々はすでに入っておりませんよ。届かぬ想いを拗らせる前に、棗君は諦めた方が良いんじゃないかな?」


「勇者アオイ様。そうと解っていても、男には挑まねばならない戦いと言うものがあるんですよ……」


 ん? 二人が何かを言っているけど聞き逃してしまった。まぁ、食事時の会話なんてそんなに重要な事では無いだろうから大丈夫かな? 


 ――それにしてもこの世界のご飯は本当に美味しい。このパンケーキも日本の物と比べて遜色がない味どころか、むしろ勝っているのではなかろうか? 使われている粉も、卵も、上に乗せられ、表面を溶かしながらこぼれていくバターも。そして上から垂らされる蜜も、今まで食べたことがない程濃厚だ。しかも全くクドくない。


 こっちの世界にこれてよかった。毎回食事のたびに僕はそう思っているのだ。


 ――そんな事を考えながら黙々とご馳走を平らげていると、不意に食堂のドアが開き、頭にたくさんの寝癖をつけたゴリラがやって来た。


「んお、俺が最後か? カローナ様、コルテーゼさんおはざッス。姉貴と棗もな」


「おそようヒデ! お先に頂いてるぞ。今日のご飯は、なんとパンケーキ様だ!」


「うーむ、おれは朝から甘いものはちょっとな……」


「なんだと? パンケーキ様の良さを理解できないなんて。やっぱり森に住んでる動物はダメだな」


「……うぅ、ナツメ様。ヒデヒコ様の声は届くのですね」


「落ち込まない方がいいぞ殿下。殿下の声は悪気無くスルーされているだけだが、私の声は聞こえてもスルーされることが多いのだからね!」


「勇者様は戦闘だけでなく、心もお強いのですね……」


「はっはっは! 誉めるな誉めるな!」


「朝からうるせえ食堂だな……」


「突っ立ってないでお前も早く食べろよ?」


「お前も飯時はマイペースすぎだろ!」


 せっかくこんなにおいしい朝御飯があるのに何が不満なのかわからないけど、ゴリラはちょっと不機嫌そうに席についた。甘いものは嫌だなんて贅沢なやつだがちゃんと食べておけよ? 今日はお前にもたくさん頑張ってもらうんだから、ご飯食べないとぶっ倒れちゃうぞ。




 ……――――




 朝食を取り終わった僕らは、早速町へ繰り出して復興の手伝いを開始した。聖都はこの短い期間に色々な事がありすぎた。教会の大幹部であった枢機卿の不祥事、聖女の離反、謎の魔物の襲撃、更には教皇の崩御と、教徒たちは嵐のような数日間を過ごしてきた。


 にも関わらず、逞しく町を建て直す彼らの姿は僕の胸を打った。この世界の人々は基本的にとても逞しい。悲しい事があっても、それをバネに頑張れる人達ばかりだ。そんな彼らの力になりたい。少しでも僕が出来ることがあるのなら、是非とも役に立ててほしいと思う。


「とりあえず肉塊共が破壊した家とかはめちゃくちゃになり過ぎだな。どこから手をつければ良いのかすらわかんねえぞ」


「工事の責任者のような者は居ないみたいだねぇ。無理もないか、教会は今は復興どころではない大騒ぎのようだしね。案外、何も考えずに手当たり次第手伝っていくのが良いのかもしれないよ棗きゅん?」


「なるほど、そういうことなら僕にお任せ! 範囲全開! 神よ、勇壮たる者たちに祝福を。癒やしの息吹クラル・レスピラシオン


 最近すっかりお馴染みの法術を展開すると、光輝く僕の姿に作業中の皆さんの視線が集中した。


「お、おぉ、聖女様だ!」


「聖女様! 聖女様!!」


「ひぇっ!?」


 突然皆さんが僕に向かって祈りの姿勢をとってしまった。え、なに!? どういう状況なの? 横には呆れ顔の先輩と秀彦、え? 僕なんかやっちゃいました?


「あー、棗君。それは流石に迂闊が過ぎる。君は昨日の戦いで顔を覚えられてしまっているんだから、そんな目立つ行動とっちゃダメだろう」


「え、え?」


「そういう無自覚な所も魅力だとは思うがね。今回はちょっと具合が悪い。一旦逃げるよ」


「ひゃぁっ!?」


 先輩はそういうと、僕を小脇に抱えてすごい速度で街を駆け抜けていった。凄い勢いで流れる景色の中、僕らを驚いた表情でみる人々の顔が……て、こっちの方が目立ってないかな!? でも顔に当たる風が強すぎて何も声を発することができない。これ、風圧で僕の顔凄いことになっているのではー!?


 ――しばらく走ったあと、人目のつかない所に辿り着くと、先輩はようやく僕を解放してくれた。風を受け続けた目が痛くて涙が止まらない……


「酷いよ先輩、今のは一体……」


「もう、ダメだよ棗君。この聖都はマディス教の総本山。まして、今は教皇猊下も聖女アグノスもいなくなってしまっているんだ。聖女ナツメに対しての教徒の期待は、君の想像を絶する」


「ええ……」


「それに昨日の戦いでも君の活躍は目覚ましかった。恐らく、君は今、この聖都でもっとも注目されてる人物だと思うよ。そんな人物が迂闊に目立つような法術使ったらどうなるか、君はもっと自分の立場を自覚をするんだ」


「そんな、それじゃあ僕が手伝うことは逆に作業の邪魔になっちゃうのかな?」



「――いや、そんなことはないさ。私に良い考えがある」



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― 新着の感想 ―
[良い点] 無自覚棗くん!無自覚に色々と振りまいててかわいい
[良い点] ゴリラの声だけは届く棗ちゃん、実にいいですね、うん。 [一言] >教会の大幹部であった枢機卿の不祥事、聖女の離反、謎の魔物の襲撃、更には教皇の崩御と、教徒たちは嵐のような数日間を過ごしてき…
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