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 トモエは道なき山道を上っていた。

 背中にはイチコがおぶさり、トモエの肩をがっちりと掴んでいる。

 一刻も早くマオに追いつかなくてはならなかった。






 武器を持ち、マオを取り戻しにムラを出た男たちだが、集落の表口から出発したのが救いだった。マオは集落の裏手から出たはずである。山の地形や方角から考えて、マオを発見するまでにはそれなりに時間がかかるだろう。


「裏手から急いで追いかければ、あいつらより先にマオさまに会えるはず。でも……」


 イチコはそう言いながらも、どこか自信なさげだ。もっともだった。トモエはまだ成長過程だし、イチコは幼い。大人の男たちに体力でも運動力でも劣ってしまうのは、当然である。それに、袴では走るのはなかなか骨が折れるだろう。


「分かった。早くマオのところに行こう」


 けれど、トモエは力強く言った。


「えっ?」


「私がおぶっていく」


「そんなこと!」


「大丈夫。魔力を使えば、速く走れる」






 言われるままにトモエの背に乗ったイチコだが、確かにトモエの足は速かった。

 木々がどんどんうしろに流れてゆく。邪獣が現れた時もそうだったが、トモエには人智を超えた力があることは間違いないようだ。

 男たちが戦が帰ったあの日、祈祷場で祈りをささげていたマオは、突然祈祷の言葉を止め、イチコに言った。


「帰ってくる男どもと一緒に、あるおなごがやってくる。その者を殺してはならぬ」


 イチコが急いで集落へ急ぐと、ひとりの女の子がはりつけにされ、まさに処刑されるところだった。イチコは息を大きく吸い込んで、その人を殺してはダメと叫んだ。その少女こそがトモエだった。

 もしかしてマオは、こうなることを予期していたのではないか。そしてトモエが救世主になることを知っていたのではないか。

 飽くまでイチコの予想ではあったが、しかしそう考えればマオの一連の言葉や行動にも合点がいくのだった。しかし、一方でトモエの行動は読み切れないところもあった。


「ねえトモエ」


 イチコは背中越しに彼女を呼んだ。


「何?」


 トモエは走るスピードを落とさずに言った。


「どうして、マオさまや私たちのために、ここまでしてくれるの?」


 トモエにとって、このムラや住む人々とは、たった数日過ごしただけの関係だ。ムラの分断の危機とはいえ、トモエがここまで身体を張ってくれる理由が、イチコには計りきれなかった。しかし、トモエは平然と言った。


「そりゃあそうだよ。だって友達だもん。マオも、イチコも」


「そっか。ありがとう」


 トモエの言葉で、イチコは彼女を信じることにした。友達になりたいというマオの思いに、トモエは全身で応えてくれている。本当に、この閉塞的な状況を変えることが、彼女ならできるのかも知れない。






 どれだけ走っただろうか。

 トモエたちはようやくマオたちの姿を発見した。

 マオとイッキは、崖にほど近い、岩水があふれているところで休憩をとっていた。


「マオ!」


 トモエはマオの名を呼んだ。声に気づいたマオは、トモエとイチコの姿を見て、目を丸くした。


「トモエにイチコ? どうしてここへ来た」


 トモエはマオのもとへとたどり着くと、イチコを降ろし、荒い息をついてそのままその場にへたり込んでしまった。特別な力を使ったとはいえ、イチコをおぶってここまで急いで来たのだ。魔力も体力も消耗している。マオの質問に答えている間もなかった。


「マオさま、大変です。イゾウたちがマオさまたちを追ってきています」


 代わりにイチコが言う。


「思ったより早かったの」


 マオは追手が来ることを予期していたようだ。


「そうですね。奴らに見つかる前に先を急がなくては」


 イッキの言葉に、イチコは首を横に振った。


「大丈夫。連中はずいぶん回り道をしているはずだから」


「そうか。しかし、油断は禁物じゃ。出発することにしよう。イチコははやくムラに戻れ」


 マオが言う。しかし、イチコは強い目をして返した。


「嫌です」


「なぜじゃ、わらわの言うことが聞けんというのか」


「私はマオさまと一緒にいたいんです」


「ムラの人たちを心配しておったのは、そなたの方じゃろ」


「はい。でも私ももう、ムラにいる気はなくなりました。私には、マオさまが一番なんです。マオさまの願いを妨げる者たちがいる場所に、私はもういたくない」


 マオは大きなため息をついた。今度はトモエの方を見る。


「仕方ないの。――トモエはどうじゃ」


「私も。マオたちがいなくなったら、あのムラに居場所なんてないし」


「分かった。すまぬな、私たちのゴタゴタに巻き込んでしまって」


 マオは静かに言う。その瞳の奥は潤んでいた。


「ではマオさま、そろそろ出発しましょうか」


 イッキがマオに手を差し伸べた。


「そうじゃな」


 マオはその手をそっとつかんだ。森の中では、マオはイッキに手を引かれて歩いてきたに違いない。トモエもイチコも、内心ほほえましい気持ちになった。


「トモエよ、もう歩けるか?」


「う、うん……」


 トモエはよろめきながら立ち上がる。なんとか少しは体力も回復してきた。


「では、行きましょう――」


 イッキは歩きだそうとしたが、しかしすぐにその動きを止めた。


「どうしたの?」


 イチコは不思議そうに尋ねて、イッキの顔を覗き込む。その顔は一点の方向を見つめ、硬直していた。イッキの視線の方を見る。


「イゾウ……!?」


 イチコは叫んだ。


「な、なんでこんなに早く!?」


 トモエも声を震わせる。そこには、イゾウたちムラからの追手が、崖の下の向こうの山道から、徐々にこちらへと姿を現していた。




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