鬼籍の人 『軋本サンちの22世紀』
鬼籍の人
2117年
軋本キシモト家に男の子が誕生した。
ボクの従姉の子供だ。
一族に生まれた久々の男子の顔を拝もうと
軋本家の三世代お婆たちが駆けつけようとしていた。
オンナ三代寄れば姦しいのなんのって
出発してからずっと喋ってるんだ。
ボクが順々に拾ってきたとこなんだけど
いつもながら、賑やかすぎて気が遠のくほど。
どうにかしてくれよ。
うるさくって目眩がする。
御歳150歳になる
ひいひいおばあちゃんのエラは
車椅子ダンス選手権で最多優勝者だ。
その昔は歌手だったこともある。
よく通る大きな声で歌うように叫ぶ。
「あたしの若い頃なんか
ちょっと何か個性的だったら
すぐイジメの対象になってたもんだわよ。
あたしなんか歌がうまくて可愛くって
オマケにオシャレのセンスが抜群っていうだけで
イジメられたもんだわ。
あとでこっ酷く懲らしめてやったけど」
エラ婆の娘で
ひいおばあちゃんのミケラは
体育会系。
エラ婆に輪をかけてでかい声。
まるでコートの中で掛け声でもかけてるかのようだ。
それもそのはず、車椅子バスケのコーチだ。
「おかァったらー、また古い自慢話やー。
あたしなんか可愛いじゃなくて
『怖イイ』って言われてたしー。
イジメなんかあたしが成敗してくれとったわー。
生徒をまとめさせりゃ
先生よりあたしの方がうまくてさー
よく言うこと聞かせてたもんだしー。
部活でキャプテンやってた時なんかー
他の部のコーチからもー
『たいしたもんだ』って
褒められとったし……」
って、これでも125歳だ。
ミケラ婆の娘で
ボクのおばあちゃん
100歳のキトラ婆がちょっと甘ったるく気怠い声で
「ママったら、またその話?
何千回も聞いたわよ。
よくまあ、110年以上も前のことを
憶えてられるもんだわ。
あたしなんか昨日起こったことも憶えてられない」
すかさず、体育会系ミケラひいおばあちゃん
娘のキトラおばあちゃんに
フォローのつもりで茶々入れる。
「キトラ、そりゃああんたは
忘れるのが仕事だから仕方ないねー。
毎日『はじめまして』って言い寄ってくる
『相談者』の相手は
あんたくらいじゃないと務まらないからねー」
キトラおばあちゃんは
『認バー』(認知症バー)のマダムをしている。
医療の進歩で天然の認知症は少なくなったものの
バーで治療薬の認知パッチを貼ってもらうと
嫌なことを全部忘れられるため
数ある代替治療バーの中でも根強い人気なのだ。
カウンセラーの資格がないとマダムにはなれない。
そして、患者のことは忘れてやらないと
仕事にならない。
キトラおばあちゃんは
銀座でナンバーワンマダムだ。
そして、ここには同乗していないが
あとで来る予定なのが
キトラおばあちゃんの娘、シカリ。
ボクのママだ。
ママは75歳の現役ファッションモデル。
そのママが、ボクを産んだのが50歳の時だ。
産んだというとちょっと語弊があるかも。
採取して保存してあった20歳の時の卵子と
30年間付き合った中で
一番『好き』だったオトコの精子とを
掛け合わせて作ったのがボク。
生育器観察の40週に
正常分娩コースで誕生したボク。
ママは産休も育休も取らずモデルの仕事を続けて
ボクは国の教育機関で保育された。
そんなのはみんな、今では当たり前のことだけどね。
ボクの家系はたまたま女系だから
親類縁者が寄り合うと
オンナばっかりが集まってくる。
精子採取年齢を過ぎたオトコの半数以上は
オンナに性転換してる。
オンナの方が痛みやダメージに強くて
オンナの方が逆境に強くて
変化に柔軟な対応が出来て
オンナの方が何倍も楽しく生きられる。
もう半世紀近く
セクハラ法で優遇されてるから
断然『生き易い』んだ。
それでもまだ半数は
オトコとして生きてる『漢』がいるにはいる。
中にはどっちが向いているのかわからなくて
性転換を繰り返している奴もいるし。
もっとずっと昔には
性同一性障害を理由にした性転換が殆どだったけど
『楽になりたい』理由で
オンナになりたがるオトコが増え続け
今ではそれが普通のことになった。
性転換しても結婚生活は
それまでどおり続けられるし
オンナの方も『女手』が多い方が
なにかと便利だし
何より、オンナの気持ちを理解してもらえることで
共同生活を長続きさせるのには
持って来いだった。
だからオンナたちは
夫や恋人を喜んで性転換させた。
『性文化史資料館』に行けば
『ゲイ』の歴史が勉強できる。
200年前には迫害されることもあった
少数派のミュータントみたいな存在だったのが
100年後にはアイドル化した。
200年前の『彼ら』は
『英霊』として讃えられている。
彼らが居たから今があるのだ。
斯く謂う自分も、実は何度か手術している。
先週も予約して、キャンセルしてるんだけどね。
彼女の勧めで予約したのに
まだもう少しオトコでいて欲しいって。
オンナは勝手だよな。
ボクも元はと言えばオンナなんだけど。
ともかく、22世紀のこの世は
性別を選ぶことなんかどっちでも構わないんだが
とりあえずは男女が半々ずつ生まれるよう
調整だけは出来ているらしい。
そこが崩れると一気に
両性具有化が来そうな気もするし
逆に中性化、無性化が始まって
人類滅亡に向かって真っしぐらかもしれない。
或いはゴキブリみたいに
オンナ三人以上で単為生殖できるようになるとかね。
あくまで個人の見解です。
真実は神のみぞ知る。
古代の宇宙人ならお見通しのはず。
さっきから気がついてると思うけど
年寄りはみんなすごく元気。
この半世紀近くのあいだに医療の変革が進んで
高齢化もどんどん進んで
寝たきり老人なんか殆どいなくなった。
ごくたまに戦死もある。
「あった」とだけ言っておく。
事故死もたまにある。
事故自体が頻繁しても殆ど助かるので。
純全たる老衰による自然死が殆ど。
しかも、いよいよ体が持たないって頃には
亡くなる日時が選べるようになって
心停止と脳死までの間に
次の行き先を感知して
現世に予告伝達してから逝ってしまえるよう
準備が出来る。
それもこれも、実は
前世の記憶を持って生まれてくる子が
増えてきたのが理由だ。
マイノリティーがメジャーになったから
そんなシステムが必要になったんだ。
両方で辻褄合わせというか
照合ができるようにしておけば
転生した時に
そのことを理解されないひとたちが
もどかしい想いに泣くことも無くなるからだ。
必要に駆られて設立された
公的な前世記憶処理事業も
民営化が進んだことで活性化して来て
記憶利用教育事業も体系化が進んで
かつてない分野の学問が次々と出来てきたりして
探求の自由と職種の個性が尊重される
素晴らしい時代が到来したと言えるだろう。
それもさておき。
問題はそこじゃなかったんだ。
問題視すること自体、本来なら問題かもしれない。
100年や200年で天地がひっくり返ることは
昔っからよくある話だ。
問題はこれ。
軋本家に生まれた、久々の男の子は
『まったく障害を持たなかった』
これは一族だけの問題ではない。
なにしろ、この四半世紀の間に
この世に
障害を持たない子供など生まれていない。
この100年の間に
『人類の存続をかけたあらゆるテストケースとして
必ず起こらねばならなかったこととしての障害』を
回しに早回しした結果
すべてのひとが多少なりとも
障害を持って生まれることになったのだ。
奥歯にモノが挟まったままは嫌なので
ハッキリ言おう。
人類は滅亡の危機を覚悟した時に
なんとか存続し進化を遂げるための手段として
それまではある程度稀でしかなかったことを
早回しすること、つまりは全員で背負うことを
強く願望した。
みんなで背負うなら
本当の意味での『個性』として尊重出来る。
言ってしまえば
それまでは見せかけだけで
本当には個性として尊重出来てなかったのだ。
そう。
みんなで背負う当たり前なら誰も泣かない。
手を取り合って喜べることだ。
そうやって個人も社会も成長を遂げて来た。
なのに今になって
障害を持たない子供が生まれてきた。
これは人類の後退、退化なのではないか?
これから一族で大会議だ。
どうやってこの子を守っていくか。
最も問題なのは
残念なことに、この子が
障害医療補助を受けられないと言うこと。
障害コミュニティにも属せない。
成人するまでに障害がみつかる可能性はゼロと出た。
これから発病する可能性もゼロ。
事故にでも遭わない限り障害を持つ可能性がない。
「なにかちょっとでもみつからないもんかしらね
耳が遠いとか目が近いとか
髪が白いとか少ないとか。なんでもいいから」
お婆たちは
たいがいの人間が持って生まれなくても
あとで必ずそうなるようなことを
つらつら並べ立てている。
お婆たちの時代は
少数派から多数派への
ちょうど『ハザマ』だから
色々大変なこともあったはずだろうに。
そっちの話を
あんまり具体的に語ろうとしないのは
それが彼女たちの『戦争体験』だからだ。
その戦争が否定されるなら
声を上げるだろう。
でも、この戦争は肯定されている。
必要な時にはいつでも起こして良いと
全世界で肯定したタイプの戦争だ。
『障害者戦争』は
もちろん武力戦争ではない。
ハンデを負った者が
ハンデの度合いによって優遇されて
生きるために少しでも有利になるようにと
始められた申告の細分化が
論争、闘争を呼んだのだ。
それが
身体障害者と
知的障害者後見人との間の闘争にまで
発展した。
何のための戦いなのか。
戦いとは本来、自由を勝ち取るためのものだろう。
戦う目的が優遇を勝ち取るはずだったのに
争っているそばから
掴み取る価値が消えてなくなろうとしていた。
肉体的、精神的なハンデが大きくなればなるほど
その度合いを正確に正当に主張出来るとは
限らない上に
認定障害の種類も増え
優遇を優遇と思えなくなるほど
障害者が多数派になって行った。
差別はなくなった代償に
『優遇』の意味も薄れて行った。
当然、障害者同士の連帯意識までも細分化されて
小さなコミュニティばかりになった。
『障害を抱えてもたくましく生きる』のは
当たり前のことになり
誰も障害を障害と捉えなくなった。
重度でも解消出来る医療の進歩に
軽度でも解消されない事情が絡んで
コトはより複雑になって行った。
障害についての認識は
マイノリティーと分類「されない」のではなく
「もはや出来ない」ようになっていた。
自由を勝ち取る目的が消えてしまった。
人類はずっと
戦う相手を間違った戦争ばかり繰り返して来た。
本当に戦うべき相手は他者でなく自己だ。
話を元へ戻す。
この、必要な時にはいつでも起こして良いと
全世界で肯定したタイプの戦争
二度と必要はなくなった。
必要はなくとも常に何処かで空回りしている音が
空耳で聞こえてる。
数世代のうちに起こった大洪水をもろに受けて
有意義さも無意味さも全て知っている「潮時」で
お婆たちの時計は止まってしまった。
今も止まった時計をどこかにしまってる。
ついでに言及すると
『障害者戦争』は
戦争の意味が完全に消失した戦争という
つまりは平和の訪れという
記念すべき第一歩なはずで
今でもそれを体験できるツアーがあったりする。
21世紀からずっと
戦争のテーマパークを作りたがっていた企業が
唯一、国の認可を得られたのが
この戦争テーマ。
あそこのあれは、ちょっといただけない。
社会見学のコースに入れると
いまの子達は生理的に受け付けられなくて吐く。
中等部でも倒れるコもいる。
200年前の戦争と並べて考えたら全く別物だ。
人類有史以来ずっと大義名分だったモノと
同列に考えると頭がパニックになる。
それでも無理矢理カリキュラムに入れる。
お婆たちも言ってた。
100年前のホームルームなんかで
キョトンとしながら動画を観て
意味も分からず意見交換させられた
ナントカ問題みたいだって。
そんなわけで、このツアー
教育目的で視察や遠足に使われる
バーチャル体験して、討論して、おしまい。
戦争の記憶は段々薄れて行く。
長生きしている体験者たちも消えて行く。
その記憶を持ったまま生まれ変わる子たちにも
本当の記憶として語り続ける義務が
課せられているわけではない。
前世の記憶があっても
口を噤んで生きて行くひとも少なく無い。
それも自由だ。
今の幸せが
先人の戦いの上に成り立っていることは
言うまでもない。
手段は問わず生き延びてもらったから
ボクたちが生きてる。
ここで言わないと
あとで言うことも無いだろうから
ハッキリ言っておくよ。
先人たちの戦いとは
障害をマイノリティーだとされていた頃の
葛藤のことだ。
孤独で、永遠に封じ込められたままの。
前にエラ婆からこんな話を聞いたことがある。
エラ婆も子供の頃に聞いたという話だが
遠い昔
障害児のことを『宝子さん』と呼び
ご利益(なんの?誰のための?)をあやかりに
見参したがる田舎の老人たちが
各地で後をたたなかったそうだ。
一説によれば
『生まれながらに人身御供を買って出た
立派な徳を授かった子供として敬う風習』
みたいなものだったらしい。
その時既に
『テストケースの犠牲者』のような
人柱のようなことだと考えて
大事に思ってはいたのだ。
けれどそれも建前で
他人事と考え
自己を優位に立たせていることには他ならない。
その反面で
自分が人類の力になれなかった恥
と言う悲しみに酔いしれ
自分がその他の多数派であることの安堵感を
うまく隠している。
もっと単純に一番大切にしなければならないことが
全く蔑ろにされている。
本人の人生への影響を無視してる。
よくそんな酷いことをやってたもんだと
エラ婆は今でも
昨日のことのように思い出しては憤慨してる。
障害者が少数派だった頃
人類は何を学ぶべきだったか。
ボクらがちょっと考えたところで
想像を絶する学びがあったはずなのだ。
学びを選ばないものに可能性はない。
学んでくれた先祖に感謝の意を捧げよう。
お婆たちが大学病院に着いて
新生児室に繋げてもらうと
従姉の家族も
従姉のダンナ
(先月から育児に備えてオンナに性転換した)
の家族もみんな揃っていた。
ひととおりみんな挨拶をし終わって
ダンナの母親が片目に涙を浮かべながら
やっと口を開いた。
「『健常者』であるという
ハンデを負って生きるだなんて
どんなに大変なことか。
できることなら私が変わってやりたいですわ」
そう言うと、泣き崩れた。
みんな口々に慰めの言葉を言った。
ちゃんと障害として認めてもらえることが
何かほんのちょっとでも無いか
あらゆる検査を行って探してもらったのではあるが
なにひとつ見つからなかった。
従姉の息子は、正真正銘の『健常者』であると
レッテルを貼られてしまったのだ。
従姉のイデはあっけらかんとしていて頼もしい。
「大丈夫よ。
生きてるといろんな障害が起こるものだわ。
この子にだってそのうち何かある。
そんな粗探しみたいなことしないでも
きっといつかはみんなと同じように生きられるわ」
みんなの心配をよそに、ニコニコと搾乳していた。
ボクもイデの考えには同感だ。
ボクだって本当は……
と、そこへボクのママ
シカリが義足にパンプスで
カツンカツン走りながら遅れて到着。
「ごめんなさあい、仕事が立て込んでて!
あらー可愛い赤ちゃんだこと!
で、何かみつかった?」
みなさん、申し訳ないです。
いつもながらこのエアドアに阻まれた挙動。
ボクのママなんで、ボクがみんなに謝っておくよ。
で、さっきの話の続き、
ボクのことだけど、実は......
ボクは
障害を持たずに生まれてきた最後の子供だと
言われてきた。
ボクの誕生を最後に
健常者は生まれなくなってた。
すべての子供が障害を持って生まれてた。
昨日までは、ね。
従姉の息子が生まれるまでは、だ。
ボヤキだけど、ちょっと聞いてくれる?
年長さんや上級生に
障害を持たない先輩はまだたくさんいたから
そんなに気にしてなかったんだけど
最後のひとりっていうことで
観察とか取材とか、いつまでも人目があって
居心地悪かったよ。
第一、なんでそんなことわかるんだ?
まだ生まれてくるかもしれないじゃん。
後天的に何が起こるかも知れなくない?
実際、一族のみんなもそう思ったらしい。
だけど、全人類のデータから
何処かで決定付けなきゃならなかったらしい。
ボクが最後の健常者だと。
健常者ゼロ元年だと。
まぁ、それも
低学年の頃までのことで。
なぜって
自分でも工夫して、歩行が遅れたふりしたり
めんどくさくて無口だったりしたから
発達が遅れてるって思ってもらえたり。
IQ140で小細工はバレたけど
なんとなく『最後の一人』は
ボク以前の子に繰り上がって
それも10桁以上のアタマ数だったから
特定して追跡しなくなった。
ともかくもボクは
注目の的から外れることが出来たから
程なくイジメの記憶は揉み消した。
障害は、とりあえずひとつだけ
今では先天性股関節脱臼ってことになってる。
それにはワケがあって
ボクがほんの赤ん坊だった頃に
ママがたまのオフで
珍しく子育てごっこしたかったらしく
オムツ替えの真似事してて
赤ん坊の『カエル脚』なのが
気に入らなかったらしく。
ボクを早いとこモデル脚にしたかった
ってことになってる。
もしかしたら理由は
そっちじゃないかもしれないと
ボクは思ってる。
わかってる。
ママの気持ちを考えると追求はしたくない。
メディアでそのことが噂になったりしてたけど。
ママはボクとママ自身を守るため
『モデル脚』説を主張してた。
ボクもその記事のせいか
いつの間にかモデルデビューして
しばらくそれで食えてたから、それも良しとしてる。
おかげで、以来ずっと
股関節をコキコキポキポキ鳴らしながら歩いてる。
音がするたびに
小骨が折れてるんじゃないかって思うくらい。
遅くまで飲んで帰って
抜き足差し足で
そおっと自分のベッドに滑り込む。
なーんてワザが使ってみたくても
ボクの脚そのものが
『鶯張りの廊下』だもんだから
すぐみつかっちゃって
彼女のベッドに引きずり込まれるんだ。
絡み合ってる最中にもポキポキ鳴ってる。
初めの頃は
『何の音?』ってキョロキョロしてたけど
最近は慣れてきて
『音がしてないと本気出してないわね』とか
好きなこと言ってくる。
ついでだから話すけど
幼稚園の時に
『やーい、最後の健常者』
とか言われて
飛んできた石がおデコに当たったことがある。
眉間がすごく痛かったけど、傷一つなくて
でも後でおデコにヒビが入ってることに気づいた。
触るとホラ、割れてるんだ。
その時に差し込んだ光が原因で
色んなことが眉間で見えるようになった。
その子のことは許してやったよ。
ちょっとボクに気があったのは知ってたし
ボクが注目されてたことに対する嫉妬だったとも
わかってた。
だけどそいつは、どんどんドロップアウトして
ボクの視界から消えていった。
なぜなんだろうね。
理由?ボクにソレ言わせる?
それで、小学校高学年の頃には
クラスメイトや
近所の子たちの考えてることが
手に取るように分かり始めて
特に、同性愛傾向の強い女の子の気持ちが
ハッキリ見えるようになって困った。
1学年下の幼馴染の子たちがふたり
ボクの取り合いをしようとしてるのを
予知してしまったんで
どうやって避けようか考えあぐねてたら
案の定、体を張って
『どちらを取るか』選択を迫って来たのだ。
ボクはその時初めて、同性愛じゃなくて
性同一性障害というものがあることを知って
それも当時、ささやかだけども
障害のひとつとされていた時期があった。
ボクはそこに紛れ込むことで
障害者として市民権を得たし
障害者同士のコミュニティに所属して
思春期を過ごし
成人してからはその中で交霊会や
霊視分科会に参加したりして
特に、ひたいの割れてる後輩のカウンセリングと
彼らのポテンシャルを重視した
眉間可視力育成に力を注いだ。
ボクの寵愛を勝ち取るために競い合ってた
あのふたりは
それぞれに違う障害のコミュニティに
進んで行ったので
その後は会うこともなかったけれど
風の噂で、ふたりとも
普通にオトコと結婚したことを聞いた。
ボクは性同一性障害の傾向を持ったまま
だったにも拘らず
親しくしていた男子と付き合ってみたが
彼とはうまく行かなくて自然消滅した。
その後も、仕事を通じて知り合った人と
『いい仲』になることが出来た。
素敵な時間だった。
永遠ならいいのにとさえ思った。
ちょっとフェロモン系だったけど
思いやりのあるいい奴だった。
こちらの事情で
うまくいかないことが目立ってきても
努力してくれてた。
別れた後
彼の方も、オトコ同士の方がうまくやれることに
気がついたみたいだったけど
恋愛関係にまで発展していったかどうかは知らない。
それ以来ボクは
無理してオトコと付き合うのはやめ
オンナとばかり付き合っている。
オンナ相手に
オトコになったり、オンナになったり
結構短いスタンスで小まめに動いている。
ボクは移動の星を持ってるってわけだ。
移動の星を持ってるってのは
住居や拠点が移ろいやすいって言うことだけを
指してるんではないと言うこと。
性別を自分の立ち位置として選ぶ時
気持ちのローテーションが割と速い。
長くても2年。
早い時は3ヶ月くらい。
で、オンナもオトコも変幻自在に
好きにやっていいことになっているからと言って
すべてのひとが、そのシステムを
完璧に疑問もなく導入出来ているわけではない。
『自分は、男として、女として
生まれたからには
一生そのままの立ち位置で生き通したい』
という
少数派だがそんな人たちも
いるにはいる。
ボクのように
流動的な性別の変化を厭わない人間が
多数派になって来て
集合意識を先導して行ってると
その先がどういうことになっていくと思う?
滅亡?変異?
おデコで、あれやこれやと見えてくるんだ。
地球全人類で
何を選んで進んでいくのか見ものだよ。
話をまた戻すけど
2000年初頭と、2100年代の今とでは、
健常者という語彙の扱いがまるで変わって来てる。
含みは絶えず変動する。
これから100年後の2200年代では
もっと変わって来るだろう。
今の時代をいいか悪いか問うとしたら
『悪い』の声しきり。
だが言い切れないこともある。
100年前より確実に良くなったことがひとつ。
それは『性犯罪がゼロになった』ことだ。
変態が全く居なくなったワケじゃないけど
みんな自由に性別を変えられることになった時には
自分や他人の体を
違う性の立ち位置から
興味本位で体感してみたいと
思う奴も沢山いた。
でも、すぐにわかったんだ
それがどんなに卑小なことか。
この、あたたかくて甘美な借り物の着ぐるみが
どんなに愛おしく大切なものか。
どうしてもわからない奴も居たけど
時々性転換してみると
無い物ねだりを実感出来る。
授かったものからの愛
勝ち取ったものへの愛
『あり得ない』は『有り難い』と紙一重だと。
ボクの眉間に見えている未来を
教えてあげようか?
人類の進化のうねりだ。
多次元宇宙とは違うけど
幾度も繰り返してる大きなパターンのうちの
それぞれひとつなんだと思う。
ひとつはこうだ。
手術なんかしなくても
両性を持ち合わせて生まれて来る子が
実は既に、年々増えているらしいことが前提。
両性具有も過去からの成り行きで
障害のひとつとして認定されているけれど
多数派になれば天地がひっくり返る。
大概のことは
80%のひとが常識と認識したら
常識だと言えるんだから。
そのひとたちの方が『ふつう』になる。
もうひとつはこうだ。
生まれながらの性を
生きる途中で時々返上する者が多くなっている。
ボクなんかもそうだけど。
それが願望として起動するから
性別を持たないどちらでもない中性
というより『無性』が
生まれて来るようになるかも。
無精卵。
まるで食用みたいで怖い。
無性ばかりになると滅亡してしまわないか?
だがそれだけでは片付かないもうひとつの可能性。
両性具有と無性が
バランスよく生まれて来る可能性もだ。
そしてどちらに生まれても特別視しない。
問題視も差別もひいきもしないこと。
ボクはこれが一番望ましいと思っている。
オトコは元来
オンナから進化したものだってことだし
全部元の鞘のオンナに帰るか
全部オトコが持って出るか
どちらかに偏ってみたり分かれてみたり
落ち着くことないプロセスが
ヒトの生命の歴史の大きなうねりだと思うよ。
酔ってはいないけど
話が逸れたのか戻ったのかも不明ですが。
その後、そんなこんなで
みんな思い思いに談笑してたけど
面会時間が終わろうとしてたので
新生児観察室を出て、一族で
お祝いの食事に行くことになった。
ボクはイデに『頑張って』と目で合図した。
イデは『そっちもね』と目で返事した。
一族で集まって食事する時は、いつもここだ。
『Gold Gourd』金の瓢箪って名前の料理屋。
エラ婆のおじいちゃんの頃からの付き合いだ。
第二次世界大戦前から200年以上続いている店なんて
日本国中探しても、もうここしかないかも。
エラ婆とミケラ婆は車椅子。
キトラ婆は歩行器、ママは義足。
彼女らを優先的に
早い話が高齢者順に、非常口に近い席へ案内される。
ボクや従姉妹たち、従姉のダンナの兄弟姉妹たちも
間の席についた。
外食や観劇などの時には必ず、家族ごとに
或いはその場に居合わせた者たちすべてが
非常時に備えて着席位置まで決められている。
弱い者を守るためでもあるが
来世に近い順でもある。
はっきり言って
次の世代を守るためだということだ。
いつも思うんだけど
来世に近いひとを優先して
衛護にまわる若い者が命を落とした場合のこと
全然考えてないよね。
結構あるんだけどね。
高齢じゃないのに
来世に近づいてしまうわけなんだけど
来世感知予告システムが
全然、事故に対応出来てないわけ。
そういう大きな穴は無視してる。
そんな時に限って
前例がないから出来ないって逃げるんだよね。
お役所仕事って、100年前もこんなだったのかね。
あれもこれもさて置き
ちょっと気がかりなことがあるんだけど。
まあ、とにかく席について食事して
帰ってゆっくり考えよう。
場合によっては
再来週にはもう一度
みんなが集まることになるかもしれない。
婆たちの心臓に悪いかもしれないけど
きっと喜ぶに違い無い。
なるようになるさ。
ここの料理が再来週また食べられるんだからな。
「レリの誕生以来25年ぶりだね。
こんなに頭を抱える家族会議は」
ミケラ婆が言った。
申し遅れましたが、レリというのはボクの名前。
ボクが生まれた時も
みんなこんなに好き勝手言ってたのかね。
「あの頃、シカリには何度驚かされたかしれないわ。
30週で突然言い出すんだもの
子供が生まれるって」
キトラ婆がため息をついた。
「レリが最後の健常者で
それ以来の久々の健常者が
またうちの家系からだなんて
なんて大変な、大変なことではあるけど……
これって、もしかして、もしかして……」
ミケラ婆が言いかけて宙を見上げてる。
「こういうのを、お目出度いっていうんだよ」
長生きしてないと出ない言葉だ。
エラ婆の言葉で、ほかのみんなも宙を見上げた。
少し間を置いて
みんな吹っ切れたように笑顔になった。
さすが、軋本家だ。
会席料理が運ばれて
ボクが、よりによって、このボクが
乾杯の音頭をとることになった。
「お集まりのおばあさまをはじめ
皆様方の益々のご健勝と
イデとイデの赤ちゃんのしあわせを
ご祈念いたしまして……乾杯!」
ボクは、ほんの一瞬だが
グラスに口をつけるのを躊躇していた。
その時だ。
「レリ、あんた
言わなきゃならないことがあるんじゃないの?」
ママが言った。
「え、何を?」
「とぼけるんじゃないよ。
いま、お酒飲むのを躊躇したでしょ。
あんた、子供作ったんだ。白状しなさいな」
バレたか。
ママって、こういう時だけ、もの凄い洞察力だね。
今、38週だ。
自力で育てるなら搾乳が必要だから
飲酒は控えなくちゃ。
今週手術して、来週にはもう母乳が出るんだろうか。
乾杯の一杯くらいなら大丈夫だろうか?
って考えてたとこだったから。
苦笑。
「おやまあ、そろいもそろって
親子が似てるもんだ」
ミケラ婆が笑い
「シカリもそうだったよ、あたしも見破った」
キトラ婆が笑い
「キトラもだってば、あたしも見破った」
またミケラ婆が笑い
「血は争えないね」
エラ婆が声高らかに、締めた。
今日まで従姉以外の誰にも言ってなかったけど
実はママが察したとおりだ。
これから生まれる。
生育器観察の『正常分娩コース』で
今週が38週だ。
従姉が生育スタートしたって聞いた翌週に
なぜだか急に、自分も欲しくなって。
みんなには内緒で。
もちろん、いま付き合ってる彼女にも
内緒にしてた。
これからどうするか。
彼女に打ち明けるか
里子に出すか、或いは……
細かいことは、まだ考えていない。
子供は国の教育機関で
(自分もそうだったように)育ててもらえるし
必ず何かの障害コミュニティに属して
あらゆるサポートが受けられる。(はず)
子供の成長をそばで見守ることに
生き甲斐を感じるという
財力ある老夫婦がたくさんいて
黙っていても里親を申し出てくる時代だ。
里親探しは全く心配はない。
けど、従姉の嬉しそうな顔を見てたら
自分も我が子を自分の手で育ててみたいと
思うようになっていったのだ。
不思議だな。
今一緒に暮らしてる彼女に
この気持ちを話したら
どうなるだろう?
彼女は一緒に育てたいと思ってくれるだろうか?
言いそびれたけど
卵子は20代の頃の自分ので
精子は例のフェロモン系のだ。
他にオトコと付き合ったことがなかったので。
役場に申請して
過去に半年以上付き合ったことがあることの
証明出してもらって
精子バンクで精子をもらう権利を得た。
今から38週さかのぼった頃には
ちょうどオンナをやってたので
そういう手続きに行っても違和感を感じなかったけど
今ならちょっと行きづらいかもな。
オトコでもオトコの子供欲しくて
そのために半年くらい
わざわざ無理してオンナと付き合って
その卵子をもらいに行くこともあるんだから
別に、いいんだろうけどね。
最近は、付き合ったこともないオトコの精子を
欲しがるオンナが増えてるらしくて
役場も精子バンクも神経尖らしてたけど
ボクが何度も性転換経歴があっても
元々オンナで、各種証明書も提出したら
何の問題もなく精子はもらえたのだった。
あれから38週。
40週は目の前だ。
もうじき子供が生まれる。
お婆たちにあっさりバレてしまったことだし
気持ちが半ば決まった。
自力で育てることにする。
結局は、翌日、彼女と話し合って
少し距離を置くことになった。
ボクがオンナに戻るつもりであることも告げた。
彼女が以前、ボクに
『オンナに戻る』ことを勧めたことがあったのは
自分の気持ちに寄り添ってほしかったからだ。
いまボクが『オンナ』になりたいのは
彼女のためじゃない。
子供のため。
それをよく理解して、彼女は身を引いた。
正確には、ボクが身一つで出て来た。
生育器観察も39週に入った。
この子には、重い障害があると言われた。
はじめは『中性』なのだが
成長とともに『無性化』する可能性が
あるのだということだ。
21世紀まで
南米に似たような種族があったと聞いたことがある。
あれは女の子が男の子に変わるのだったか
その逆だったか。
もしそれが先祖返りだとしても
立派な障害だと言える。
退行ではない、先駆的障害の出現だ。
喜ばしいことである。
ボクが予見していた未来が
誰よりもボクの腕の中に訪れようとしていた。
障害なんて、何でもないことだ。
みんなそれぞれに何かの障害を受け入れ
背負って生きている。
少数派は優遇される。
少数派の障害コミュニティもたくさんある。
けど、いま
誰も通ったことのない道を歩む人生が
ひとつ、はじまる。
この子にとって、この障害は
かけがえのない個性だ。
この子の人生を自分の命の続く限り支え
出来ることなら来世まで追いかけて
見届けてやりたいと思った。
ボクは今まで、ただの一度も
オトコのためにオンナでありたいとは
思ったことがなかった。
オンナのためにオトコになることさえも
全く厭わなかった自分だった。
そんなの普通だと思っていたから。
でも、今、全身全霊で思う。
この子のためなら『オンナ』に戻って
本物の『母親』でいてやりたい。
命がけで。
次の週、私は女に戻った。
40週経って、無事に我が子を胸に抱いた。
オトコでいた間
縫合保存してあった乳房も復活して
なんとか搾乳も授乳も出来るようになった。
初乳は免疫たっぷりだから必ず飲ませなくちゃと
ママやお婆たちから言われてた。
年寄りの言うことは聞いとかなくちゃね。
軋本家は代々、『差し乳』である。
胸は小さいのに母乳は渾々と湧き出る。
首も座らない頼りなげな我が子が
乳首を咥えては寝落ちし
目を覚まして飲んでは寝落ちする
その姿を見てるだけで、嬉しくて仕方がない。
時折動かす手足の動きの愛おしさ。
片時も見過ごせない
天使の即興バレエのようだ。
眠る暇もないけど、楽しい。
従姉のイデは子供のことで
取材や観察要請が絶えなくて、辟易だそうだ。
そのうち、こっちにも
お鉢が回ってくるかもしれない。
連絡とりながら、頑張っていこう。
イデの子供は『カン』という名がついた。
『漢』のカンだって。
こっちもそろそろ決めないと。
中性であろうと無性であろうと
この子に似合う良い名前をつけてあげたい。
命名の字画や音感は
お婆たちがあれやこれやとウルサいので
言うこと聞いてるふりだけしてる。
我が子と共に新しい人生の第一歩を
踏み出して間もない日。
『前世記憶処理事業センター』から
メールが届いた。
開封すると
思いも寄らないことが書いてあった。
軋本レリ 様
先週お亡くなりになった
『伊月レオナ』様の来世感知予告先が
そちら様の新生児様であることに相違ないことを
ご案内致します。
尚、伊月様の喪主さまより
ご面談のご要望がございます。
改めまして、日時等、取り持たせて頂きます。
どうぞ宜しくお願い申し上げます。
前世記憶処理事業センター
担当、棚橋
『伊月レオナ』
それは、その昔、半年だけ付き合った
紛れもない、あの男の名前だった。
あのひと亡くなったんだ。
いいひとだった。
相性悪かったけど。
彼とは全然うまくいかなかったし
何より、ふたりとも、
異性と付き合うのを懲り懲りしたわけだから
向こうにそんな執着が
残ってたはずもないだろうに。
心停止から脳死までの間に
そんな工作する余裕ないよね。
喪主って、奥さんだろうか?
精子をもらったのがバレて
奥さんを怒らせたのかも。
喪主が奥さんだとしたら……
これが嘘だったら……
相手がオンナだろうとオトコだろうと
連れ合いは連れ合いだ。
独占欲が強くて後追いしてくるケースもあるって
聞いたこともある。
面談するのにはためらいがあるけど
前世喪主の要望は絶対に断れない。
伊月は、本当に、この子に入ったのかな?
鵜呑みにできないけど仕方ない。
その後の連絡を待つことにした。
お線香とお数珠も準備して。
再度メールがあって
バーチャル面談が決まった。
二日後の午後、居間でモニターを開き
我が子を抱いて腰掛けた。
向こうで年配というか
伊月よりは明らかに年上の男性が
立ち上がって挨拶した。
「江田と言います」
とにかく、伊月の魂が
来世感知予告を記録していることなので
この子に宿っていることは間違いないと
彼は言うのだ。
5年前から伊月と暮らしていたということだった。
突然の死因は、教えてもらえなかった。
伊月との間に子供をもうけたくて
二人の精子を混ぜて子供を作ったのだと聞いた。
正式なやり方ではないけれど
そんな『慣わし』らしい。
へーっ、オトコ同士だとそんなことするんだ。
知らなかった。
その子はいま生育器観察36週だとも聞いた。
で、そして、卵子は?
いま、初めて聞いた。
私のだと。
私は、我が子の寝顔をマジマジと見た。
スヤスヤ眠っているこの子が伊月なのだ。
そしてもうすぐ、私の子が
もうひとり生まれるのだ。
信じられない巡り合わせに戸惑うばかりだが
彼に告げた。
「この子、中性に生まれて。
いずれ無性になるんです。
この子が良い人生を送れるように頑張るつもりです」
モニターの向こうで、江田は言った。
「できる限りのお手伝いをさせてください」
「こちらの方こそです」
面談を終えてもしばらくは立ち上がれなかった。
イデのところとうちとの
合同の命名パーティーで
またお婆達が集まってくれた。
お婆達がいろんな候補を主張したけど
子供の名前はこっちで決めた。
イデも賛成してくれた。
違う名前をつけたところで
いずれこの子が
自分の名はこれだと言い始めるにちがいないから。
『レオナ』
心も体もうまくは
通い合わせることのできなかった相手だったが
新しい命を得て私のところに来た。
今度はがんばらないと。
今度はちゃんとみつめてあげないと。
命名には江田も賛成してくれた。
今日、ここにも呼んである。
『Gold Gourd』での食事会は今月二度目だ。
「頼むから今日は誰も
ナニゴトも起こさないでおくれね」
125歳体育会系のミケラ婆が
こっちを向いて大声で言った。
私はペロッと舌を出して
「そうは行きますか。いろいろ満載だから」
と言った。
みんな口では色々やかましいこと言っても
本心からじゃない。
少しも気にしてない。
ありがたい軋本家のお婆たち。
安心して胸を借りられる。
宴席へ、江田が案内されてやって来たので
私は事の経緯をみんなに話した。
少し遅れてママがまた
義足にパンプスで駆け込んで来た。
そして、江田の顔を見るなり硬直したまま
「なんで?いるの?ここに」
そこで料理がひっくり返ることはなかったにしても
ナニゴトにも動じないはずのお婆たちが
呆気にとられていたことは
言うまでもない。
江田は25年前、ママが私を作った時の精子の主。
つまり、私のパパだったのだった……らしい。
この信じられない展開。
とはいえ、私がママにこんなにも似ていると
感じたことは今までなかった。
内緒でこっそり子供を作ったり。
しかも、どっちも
オンナとうまく行かないオトコの子供を……。
あっという間にひと月が経って
江田のところからもうひとり
我が子がやってきた。
『ハル』は男の子だったが
中性になるかもしれない子だ。
レオナとハルは双子のようによく似ていた。
イデの息子の『カン』と
うちの子ふたりは、就学前には観察が解かれた。
実際には解かれたのではないが
表向き解かれたことになった。
最初は、なぜだかわからなかった。
カンの誕生以降
健常者の出生数も増えてきていた。
レオナとハル以来
両性、中性、無性、性転移可能性児の出生数もだ。
『四半世紀ぶりの健常者など
観察しても無意味』だとか
『両性、中性、無性は障害ではない』とか
いろんな説を唱える研究者が出て来た。
メディアがまた別の意味でウロウロし始める。
騒がれるだけなら構わない。
でも、他の障害者のような
綿密な医療が受けられなくなるのは
もっと困る。
私は一刻も早く
『両性、中性、無性
そして健常者のコミュニティー』を作ることにした。
いまはこの子たちの母親として
やれることは全部やってみよう。
そう思う。
「ママ、最近、また大変だけど、頑張ってるね。
ママって、無理してても
全然そんな風に見せてないから
損してるとこあるよ。
ほんとに無理しないでね」
レオナがいう。
就学前の子供にしては気の回しようが
ちょっと。ちょっとね。
前世がアイツなわけだし
当然といえば当然なんだけども。
だんだん似てくる。
ありがたいんだけどね。
なんだか、ちょっと目眩がした。
ハルは、前世が判明して
以前の家族と、楽しそうにバーチャル面談している。
どれくらいの年齢まで
憶えていられるんだろうか。
記憶って
思い出し続ける限り更新されるみたいだけど。
前の人生の悲しかったことや苦しかったことまでも
小さい胸に抱えて生きるのは
大変じゃないのかな。
私もかすかな記憶があった。
3歳くらいの頃だ。
ずいぶん前からこの世に居た気がしたのだ。
それが時々脳裏をかすめるんだけど
どんどん薄れて行って
もう殆ど思い出せなくなった。
いまは
寂しいような、ありがたいような、安堵感だ。
自分がこの世を去る時は
行き先を知らせないで逝こうかな。
その方がしあわせなんじゃないかって
みんな思わないのかな。
すぐに行き先を決めなくたっていいじゃない。
少し休んで出てくればいい。
休んで、忘れて
出てくるのが待ち遠しくなってから
出て来たい。
やり残したことを続けるんじゃなくて
全部手放して、全部まっさらにして。
死ぬって、そういうことだと思う。
死ぬ時は、全部置いて行く。
私の生きかたそのものが
そうだった。
いくら動いていても、何も持って行かない。
いつも、そこに全部置いて行く人生。
気持ちも行動も記憶も全部
そこに置いていく。
誰かが使えるなら使って。
使えなければ捨てて。
みんなが泣いてる。
さっき心停止したのだ。
もうすぐ脳死する。
ちょっと夢を見てた。
いままでのこといろんなこと。
楽しかった。
次の行き先がわかったけれど
言わないで逝くね。
さようなら。
ありがとう。
*****
ここではまだ明かされない
レリの転生先は
他のエピソードにひっそりと息づいています。
どうぞ引き続きお読みください。




